語尾砂漠

第12回

ずらめ

2023.04.17更新

 古文というのはつまり昔の日本語なわけですが、たぶん、初見ではほとんど意味がわからないと思います。
 それもそのはずで、100年前の日本語ですら結構変わっているわけです。ましてや1000年以上前の言葉が、同じ日本語だとしてもすぐに通じるわけがない。先日、平安時代から貴族がタイムスリップしてきたドラマをやっていましたが、「なんで言葉があっさり通じるんだろう」と気になってドラマに集中できませんでした。まぁ、通じなかったらドラマは成立しないのですが。

 ただ、変わらないものがあるとすればやはり「語尾の存在」でしょう。
 当然ですが、「けり」「たもれ」「ぞ」など、昔の日本語にも様々な語尾があり、おそらくそこに、日本人はさまざまなニュアンスを託してきました。
 たとえば「なりけり」なんてとてもカッコいい語尾ですが、「だったそうな」みたいに過去の伝聞を示す場合と、「そうだったんだなぁ」という詠嘆を表す場合があるそうです。
 その辺のニュアンスを取り違えて、「なりけりとか言ってんじゃねぇよ!」とか突っ込まれていた人がいるかもしれないと思うと、なんだか楽しくなります。

 さて、そんな昔の日本語の語尾の中で私のイチオシが「ずらめ」です。
 なんともザラッとした語感(「ざらめ」に引きずられているかも)の非常に押しの強い語尾で、一度聞いたら忘れられません。

「ところで今日、会社辞めてきたずらめ」
とか衝撃的なことを言われたとしても、「え? 会社辞めたの?」ではなく、「え? ずらめってなに?」と、語尾のほうに意識が奪われること請け合いです。

 この語尾が使われる有名なシーンが、平家物語の中にあります。
 壇ノ浦で源氏によって追い詰められ、平家方の女性たちが不安がる中、猛将として知られる平知盛(平清盛の子)があえて彼女たちに、
「めづらしき東男(あづまをとこ)をこそ、御覧ぜられさうらはむずらめ」
(珍しい東国の男たちをご覧になれるはずですよ)
と冗談めかして言うという、悲しくも粋な場面で、私もこのセリフにすっかり魅了されてしまいました。
 で、いずれ使ってやろうとこの舌を噛みそうな言葉をスラスラと言えるように暗記していたのですが、幸いこれまで源氏に追い詰められることもなく、そもそも考えてみれば自分が東男(関東出身)でもあり、いまだに使ったことがありません。

 この連載で、やっとこの素敵な語尾を紹介できると改めて調べてみたところ、衝撃的なことを知りました。
 なんと、この言葉の語尾は「ずらめ」ではなく「むずらめ」だ、ということに。
 推量を表す「むず」に、やはり推量を表す「らめ」がくっついた形だそうです。
 もう数十年間違えて覚えていたことになります。うろ覚えの知識って本当に怖いです。

 ところで、「むず」も「らめ」も推量を表す助動詞だそうです。つまり、推量を表す言葉が二つ重ねられているということです。
 となると、先ほどの平知盛の言葉は、
「めずらしい東国の男がご覧になれますよ、たぶんね」
 くらいのニュアンスだったのかもしれません。
「ずらめ」という押しの強い印象の語尾が、なんだかだいぶイメージが変わった気がします。
となると、前述の
「ところで今日、会社辞めてきたずらめ」
というのは、
「会社辞めてきたんじゃないかな、おそらく」
くらいの、なんだか妙に他人事なイメージかもしれません。
 それこそ
「ずらめじゃねぇよ!」とか突っ込まれそうです。

 昔の日本語を「古文」という科目だと考えてしまうと、どうしても「覚えなくてはならないもの」というイメージになってしまいます。
 でも、「昔の人も語尾に色々ニュアンスを含ませていたんだろうなぁ」とか考えると、意外と興味深く古文を学ぶことができるのかもしれません。学ぶことができるむずらめ。

松樟太郎

松樟太郎
(まつ・くすたろう)

1975年、「ザ・ピーナッツ」解散と同じ年に生まれる。ロシア語科を出たのち、生来の文字好き・活字好きが嵩じ出版社に入社。ロシアとは1ミリも関係のないビジネス書を主に手がける。現在は、ビジネス書の編集をする傍ら、新たな文字情報がないかと非生産的なリサーチを続けている。そろばん3級。TOEIC受験経験なし。著書に『声に出して読みづらいロシア人』(ミシマ社)『究極の文字を求めて』(ミシマ社)がある。

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