第4回
西荻窪 日常軒(お弁当・豚饅)
2021.07.21更新
2020年9月、ミシマ社がある東京・自由が丘からはすこしはなれた西荻窪の街に、「日常軒」というお弁当と豚饅のお店がオープンしました。
季節がぎゅっとつまったようなお弁当に引き寄せられるように、路地裏にあるこぢんまりとしたお店に人々がつどいます。お弁当と豚饅は毎日完売。基本的にはすべてを店主・嶋崎恵里奈さんが一人で(大変なときは夫の手も借りて)おこなっているというから、あっぱれです。
実は店主の嶋崎さんは、10年ほど前の学生時代にミシマ社京都オフィスへお手伝いに来てくれていたという、大の本好き。お店をオープンし、その後営業をしていくにあたっても、たくさんの本に影響を受けたといいます。やさしさあふれる店主の人柄がそのまま現れたようなお弁当と、お店の話を聞きたくて、お話を伺いました。
(聞き手:アライ、モリ 構成:アライ、料理写真提供:日常軒)
そのときに一番身体に合うものを
――お弁当はおかずがぎっしりで、しかも日替わりなんですよね。毎日違ったおかずでとても美味しそうです。メニューはどうやって考えているんですか?
嶋崎恵里奈(以下、嶋崎) 季節に沿って作りたいということは強く思っています。今日(取材日は5月18日)、今年初めてトマトを使ったんですが、トマトのような夏野菜は身体を冷やす特性があるから、夏の熱い時期になってから使いたい。そのときに一番身体に合うものを、と考えると、やっぱり旬のものを使うのが一番いい。八百屋さんには一年中トマトもきゅうりもあるんだけれど、その季節に畑でなっていそうなものを使うことは意識しています。
あとは、私自身が美味しいと思えないと出せないと思うから、魚介は基本的になし(嶋崎さんは魚介が苦手)。野菜だけよりお肉もほしい人間なので、お肉のおかずも絶対入れて、食べ応えがあり、野菜もいっぱいとれるように。深く考えているというより、自分が好きな構成で入れているかもしれません。
――豚饅も日替わりなんですよね。中身が「胡瓜と四川豆板醤」「ズッキーニと玄米みそ」「新玉ねぎと糸こんにゃく」だったり、中にこんなにいろんなやつ入れていいんや、というのが発見でした。
嶋崎 そう、豚饅は懐が深いんです。具は季節の野菜とそれに合う調味料を合わせて作っているんですけど、去年の夏はトマトとバジルでイタリアンっぽいものもやりました。豚饅は皮に油を練りこむんですが、今日の「アスパラガスとバター醤油の豚饅」やったら皮のほうにもバターを使ったり、中身に付随して皮に練りこむ油を変えたりしています。あまり試作はせずにやってますね、豚饅の懐の深さを信じて(笑)。
小さい範囲でやれることをしたい
――飲食店を自分でやりたいと思うようになったのは、何かきっかけがあったんでしょうか。
嶋崎 学生時代にミシマ社の手伝いをしていたときから、何かしら自分の店を持ちたい、とは思っていました。それまで飲食はまったく経験がなかったけど、飲食の会社に就職が決まっていろいろ考えているうちに「料理をもっとちゃんとやりたいな」と思うようになり、そこから「料理の店を持ちたい」に切り替わった感じだったと思います。
――何かしら自分の店を持ちたいというのは、どういう気持ちからそう考えていたんですか?
嶋崎 すごくミシマ社のあり方に惹かれていたんです。大きいところの一部になるというのではなく、つくるところから渡すところまでやりたいと思って。もっとさかのぼると、大学で国際協力の勉強をしていて、すごく広く「発展途上国を助けたい」みたいなことを考えていたけれど、難しいなと実感した。広い目で見ると「いい」と思ってやったことも、いい人にはいいけど、よくない人にはよくないし、何かを大きく見て動くのは自分には向いてないと思いました。
そうして、海外への興味から「自分の身の回りに対して何かしたい」に変わっていきました。小商いがしたかったのかな。あまりにも大きすぎると、何がいいのか・よくないのかがわからなくなってしまうから、目の前の人を相手にできる、小さい範囲でやれることをしたい、という思いからでした。
今のお店も、誰か人を雇ったらもうすこし作る量も増やせるんやろうけれど、とりあえず今は自分でできる範囲のことをやりたいという気持ちです。
(店主の嶋崎さん。お店の入り口にて)
店を開いたきっかけはコロナ
――大学を卒業後は、Soup Stock Tokyoを運営する会社・スマイルズで働かれていたんですよね。
嶋崎 そうですね。2年前に退職したんですが、会社を辞める前の1年半は、夜間の調理学校に通いながら時短で働くという形にしてもらっていました。調理学校を卒業するというときに、自分でお店を持つことを具体的に考えて、もうすこし調理をガッツリと勉強したいと思い、会社は辞めて中華料理屋のキッチンで働くことにしました。でも実際にお店を開くのはもっと先のことやと思っていたんです。
店を開いたきっかけはコロナでした。去年の春のコロナ初期のころ、私たち夫婦二人とも飲食や接客の仕事で、コロナでかなり仕事が減ってしまったんですね。「これはやばい」と思っていたときに、リモートワークに切り替わって自宅で働く友人にお弁当を作ることになって。お店のInstagramの最初の投稿が、その子に初めてつくったお弁当なんですけど。
(こちらがそのInstagramの投稿。お弁当と豚饅のスタイルははじめから)
それまではお弁当の店をやろうとはまったく考えたことがなくて、定食屋や食堂を想像していたけれど、定食屋を一人でできるという自信というか、イメージが湧いていなかった。でも、「あ、お弁当やったら一人でもできるやん。一人でつくって、完成させてから売る、っていうことができる」と思って。そうしてお弁当屋を思いついたときに、知り合いの方が今の物件を使ったらと言ってくださって。ここの物件はいいなと前から思っていたので、「こんなにいいタイミングはないから、やっちゃおう」と。それが5月ごろで、そこから一気に開店までいった、という感じです。だから、コロナありきで思いついたお店だったんです。
(お店には愛読書たちが。ミシマ社刊『縁食論』もみっけ!)
食べたい日も、食べたくない日も、食べてほしい
――お店も毎日忙しいと思いますが、オープンしてから読まれた本で、なにか印象深いものがあったらぜひ教えてください。
嶋崎 ちょっと、持ってきますね。(席を離れ、すぐに2冊の本をつかみ戻ってくる嶋崎さん)
常にメニューを考えなあかんから、基本的には料理本を見てヒントをもらっているんですが、料理エッセイも好きです。この間立て続けに読んだ2冊があるんですが、それが2冊に共通するものがあって、どちらもすごくよかったんです。
まず一冊が、阿古真理さんの『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』という本。すごくいいと思ったのが、「生きていて何も楽しくないと思っても、体が動かなくても、鳴ってしまうお腹が私を守ってくれた」という言葉です。もう、ぜひ読んでほしい!
もう一冊は猫沢エミさんの『ねこしき』。エッセイとレシピが一緒になっている本です。人生に大変なことがあったときにもお腹はすいて、そのお腹がすいたのを満たすことで生きていける。「食べることは生きること」がテーマになっている本を立て続けに読んで考えるところがあったし、すごくやる気が出たというか、いい刺激をもらった本です。
――お店の名前が「日常軒」というのも、その「食べることは生きること」ということに影響していたりしますか?
嶋崎 まさにそうなんです。『アンナチュラル』という大好きなドラマで、恋人を亡くしてとても沈んでいる人に、主人公が、菓子パンを鞄から出して「食べますか?」と聞くと、「そういう気分じゃないんで、いいです」と断られるんですが、「そういう気分じゃないから食べるんです」って言うんです。なんかそれが、めちゃくちゃ残っていて。
食べたいときに食べるごはんはもちろん大事。ごはんを食べる気もしないようなときに食べるごはんも大事やな、と思います、生きていくためには。食べたいときに対応できるというのは、飲食店として当り前やと思うけれど、いまひとつ食べたいものないな、あんま食欲ないな、食べたくないなというときに思い浮かぶような店というか、食べ物をつくりたいな、と思っています。そういう「食べたくない」っていう日もひっくるめて、全部、日常やと思うので。そういう思いを店名に込めました。
お弁当と豚饅は、6月からWEBで事前予約ができるようになりました。当日分も少しだけ出ますが、事前予約がおすすめです。
また、毎週日曜日は飲茶の日で、中国茶、豚饅や花巻をその場でイートインすることができます(テイクアウトも可)。「お弁当はテイクアウトされる方がほとんどなので、飲茶でイートインしてくださる方とおしゃべりするのは、心の支えになっています」と嶋崎さん。
取材日にお弁当と豚饅をテイクアウトした営業・モリは、「2歳の子どもがおいしさに興奮して3分の2ほどの量を食べてしまった」「豚饅、最高だった」と話していました。本好きのやさしい店主がつくる、おいしいお弁当と豚饅たち。お近くの方はぜひ。
日常軒(にちじょうけん)
〒167-0053 東京都杉並区西荻南3-15-18
事前予約サイト:https://nichijyoken.stores.jp
営業日:月火土日(日曜日は飲茶営業のみ)、不定休あり
最新の営業カレンダーはお店のSNSをご覧ください。
・Instagram https://www.instagram.com/nichijyoken/
・Twitter https://twitter.com/nichijyoken/