第2回
toi books(大阪)
2019.09.16更新
「本屋さんはじめました。」第2回は大阪にある5坪の本屋さん、toi books店主・磯上竜也さんにお話を伺いました。今年4月にお店を開店して以来、ちいさな場所でおもしろいことをこつこつと実行する磯上さん。本屋さんのはじまりは、こんな出来事でした。
(聞き手・構成:野崎敬乃、写真:田渕洋二郎)
大阪の本屋が次々と
――toi booksの開店は2019年4月ですね。もともと磯上さんは心斎橋アセンスで働いていたんですよね。
磯上竜也(以下、磯上) 2011年から心斎橋アセンスに勤めていました。色々と担当が変わりながらもずっと働いていたんですが、2018年の9月末での閉店が決まって、それに伴い退職することになりました。
閉店後の事後処理を終えて、12月から無職の状態に。ちょっとフラフラしようと思って、その間に他の本屋さんを見に行ったりしました。色々と見ていく中で本屋業界に残るのかどうかも含めて考える時間をつくろうと思って。
アセンス時代はまとまった休みが取りにくかったり、もともと出不精なのもあって、あまり遠くへ出かけたりしなかったのですが、福岡にも行ったり。その時は本のあるところajiroや、ナツメ書店などを見に行きました。
そうこうしているうちに、天牛堺書店が破産し、立て続けにスタンダードブックストア心斎橋の店舗が閉店して。心斎橋アセンスも含めて、大阪から本屋が急にバタバタと消えていくような状況が、自分の中で面白くなかったんです。
じゃあ、自分に出来ることはあるだろうかと考えた時、初めて自分でお店を始めることを考えました。それまでは自分がお店を開くなんてことは力不足だし畏れ多いと否定していたんですが、何も検討することなく否定しつづけるのも変だろうと思って。
自分ひとりで出来ることは限られているので、やるなら最小限でやりたくて。まずはその感覚に合う物件がないと考えが進まないと思ってネットで物件を探していたら、偶然この場所を見つけました。ここなら出来るかもしれないって思えたので、借りることを決めて、それから大急ぎで準備して、結局2カ月くらいで全部整えてオープンしました。
閉店までの限られた時間と商品で
――心斎橋アセンスの閉店が決まったあとに制作された「私と、アセンス」という冊子がありましたね。磯上さんがむすびの文章を書かれていましたが、胸が熱くなりました。
磯上 あれは最後のフェアとあわせて作ったんです。もともとは閉店が決まった時に、作家の柴崎友香さんと長嶋有さんが、最後に何かできることあったらしたいよね、という話をしてくださったみたいで、提案をいただいたんです。もちろん作家さんの方からお声かけいただけることもそうそうないですし、何よりありがたかったので、是非お願いしますとなりました。
ただ「閉店します」って伝えられたのがまず9月の頭なので、準備も含めて閉店までにひと月しかなくて。結構カツカツではあったけれど、2週間だけでも出来ることをやろうと。
フェアにご協力いただいた作家さんたちは、アセンスで推してた方々ばかりなので、店に在庫があったので。作家の皆さんにアセンスへのメッセージを頂いて、ポップのような形で著書と一緒に展開しました。それとあわせて、アセンスにある在庫からこの本ならおすすめ出来るという作品を見つけていただいて、本の紹介文を書いてもらい選書フェアを開催しました。
いま、文芸書を売っていくには
―― SNS上でも、心斎橋アセンスの閉店をかなりの人が惜しんでいる様子が目に入りました。その場所で一冊一冊を丁寧に売ってきた磯上さんの本との向き合い方、気になります。
磯上 本によって具体的にやることはそれぞれ違うんですけど、文芸作品はどうしてもぱっと見では内容が伝わりにくいものなので、まずは自分が読んで、自分の中でその本に対する理解をきちんと作ることを心がけています。
そこからどう届けるのかというのを考えて、ポップを作ったりとか、イベントをすることで読むきっかけとなる人が増えるだろうと思う作品ならイベントや、場合によってはフェアを開催したり。そういった仕事を通して、一冊の本にちゃんと向き合おうとしたことで、少しずつ評価してもらえた部分はあるのかなとは思います。
書店は以前よりも置いているだけで本がちゃんと売れていくということが難しくなってきている中で、やっぱり効率化が求められてきます。商売としてまず売り上げを作らなくてはいけないので、一冊に向き合って時間をかけて何かをすることが難しい状況になっている。
でも、だからこそきちんとやった方が売れるものもあるはずだし、一冊に向き合うようにすることでも売り上げをつくっていけるんだということを、僕はやっていけたらと思っています。
現状明確なメソッドもないですし、当然仕掛けた全てが売れるというわけではないのですが、色々なやり方を試して実験しながら、精度を上げていくことが出来れば、「文芸はこういう風にやればもっと届けられるものなんです」っていうのを言えるようになるだろうと思っていて。そうすれば、より文芸を手にとってもらえる環境が生まれてくるのではないかなと。そういったことを、アセンスで働いていた頃から考えながらやってきました。
読書のガイドはあの一冊
―― 磯上さんが文芸にのめり込むきっかけとか、きっかけとなった作家さんっていますか?
磯上 読み始めたのは、高校生の時です。それまではほとんど本を読んでいなかったんですが、国語の授業では小説を読むじゃないですか。あの頃はまだ、小説家が先生というような空気があったと思うんですが、そんな風に人に敬われて、学校の授業でも出てくる、そういうものが面白くないはずがないんじゃないかって急に思ったんですよね。
―― 急に(笑)
磯上 なのに自分がほとんど読んでないっていうのは、すごく損をしてるんじゃないかって思って、じゃあ読んでみようと。
でもそれまでほとんど本を読んだことがないので、何を読んでいいかさえわからなくて。で、国語便覧ってわかります?便覧には各年代の主要な作家が載っているじゃないですか?だから、国語便覧を適当に開いたページに載っている作家を読もうと思いついて。ばって開けたら川端康成が出てきたんです。
「あ、知ってる、ノーベル文学賞とった人や、めっちゃ有名、大先生やん」と思って。勿論どの作品から読めばいいかもわからないので、図書室ににあるやつ読もうと思って、『みずうみ』を手に取りました。
この作品はすごくざっくり言うとストーカーの話なんですね。それを読んだ時に、大先生と呼ばれている人がストーカーの話を書いてめちゃくちゃ褒めそやされてる、文学はなんてやばい世界やって思って。その時は小説の文章の良さみたいなものも全然わからなかったんですが、色々な意味で衝撃を受けて、よし川端康成を読んでみようと思い少しずつ読み進めました。ある程度読み終わったら、じゃあ次の作家いってみようって便覧に戻り......
―― 便覧の使い方が斬新です。
磯上 で、三島由紀夫がでたから三島いこう、みたいな。量をたくさん読みたいわけでもないので、そういうノリで読んでいたくらいです。あと、僕は基本的に死んだ人しか読みたくなかったんですよ。増えて欲しくなかった。
―― 増えて欲しくなかったとは?
磯上 生きている人だとまた新しい作品を書くじゃないですか。
―― 新作が出ると。
磯上 そうそう。で、また増えたん? みたいな追いつけない感じがする。死んでいる人は、読み尽くせるでしょ。読んだ!っていう感じが持てたので。だから死んだ人しかほぼ読んでなかったんですが、そんなことしてるようなやつは書店では全然役に立たないので。アセンスに入ってこれじゃダメだと思いました。単純に最近の本読めって話なので(笑)
アセンスでの担当も最初は文芸ではなくて雑誌だったので、あんまり関係なかったんですが、文芸担当の人が割と本好きな人で、こういうのも面白いよって教わりながら、ようやく色々な作家を読み始めました。
「本を売る」場所としての本屋の役割
―― 素朴な疑問なんですが、書店員さんって、本、たくさん読んでますか?
磯上 書店員によると思います。一日一冊は読むという人もいますし、月に2冊くらい読めばいいみたいな人もいたり。一冊も読まない人も中にはいました。人それぞれなので、そこにいい悪いとかはあんまりないのかなとは思います。
書店員に求められていることは究極的にいうと、「本を売る」ことなんだと思っています。もちろん「本を届ける」という意味も含めての「本を売る」ことですが、多分本を売れない書店員ほど求められないものはなくて。
―― なるほど、本が読めることというよりは。
磯上 そうです。売るための方法として僕は読まないとわからないというか、読まなくても売る方法が自分には上手く出来なくて。多少非効率ではあっても、読むことで売る力を伸ばしていけるだろうと思っています。「届けたい」というよりは「売りたい」というニュアンスのほうが僕は強くて。
きっと本を届けるのは本屋じゃなくてもできるんですよ。図書館の司書とか、書評家の方もそうですし、この本はいい本ですよって紹介する機会が今はたくさんありますし。でも本を売る場所として、やっぱり本屋が必要だと思っています。
どれだけ面白い本だったとしても結局売れないと、そう思える本がどんどん出なくなると思っているので。だからできる限り売りたいと思っていますし、じゃあ売るにはどうしたらいいのかを考えています。
―― 読書会もやられていますね。
磯上 いい読み手の方をホストに迎えて読書会がやれたら、面白いんだろうっていうのは前から考えていたんです。僕自身読書会の経験も少なく、1回目は、結構心配していたんですが、ゆったりとした空気の中でも色々な意見が出て、読書会としてとてもいい時間が出来たと感じました。
―― 単にイベントで話を聞くだけというよりは、しっかり参加者が能動的に関われる場所を、書店さんでやるのがいいですね。
磯上 読書会は特にそうなんですけど、書店でもっと出来たらいいのにということは、ずっと思っていました。勿論1人で読むことがまずは大事なんですが、1人では読みに限界もあって、読んだ上で他の人の意見も聞いてより広げたり深めることが出来ると思うんです。そういった場を本屋でもっと積極的にできたならと思っていました。
大きい本屋さんだとどうしても集客とか、収益性の部分で難しさもあるんですが、toi booksは良くも悪くも小さい本屋なので、やりたいことが出来る。失敗しても、自分の責任に出来るのでやっています。少しずつでもいろんな形で読書に関われるような場所がどんどん増えていけばいいとは思います。
目指す本屋の姿
磯上 これはアセンスの頃から考えていたことですが、東京以外だと文芸に関するイベントがあまり多くありません。大阪でももっと作品とか本を読むことに対して興味が持てるイベントが自然に起こる環境が作れたらと思っていました。自分がその一端を担うことが出来ればいいなと。
そういった場所がないと本を読む人がどんどん減りつづけていくだけだと思うので、自分がどこまで出来るかわからないけれど、面白いと思えることをどんどん積極的にやっていける場所を一つでもつくっていけたらいいなと思っています。大阪は全国的に見ても、人口とか、書籍の売り上げ金額もそんなに悪くはないので、色々なことを試せる場所だと思うんです。
ここでやっていることは面白そうだから行こうとか、ここに行けば面白い本があるという期待をもってもらえる、誰かにとってtoi booksがそういう場所にちょっとでもなれたらいいですね。自身の興味の外のことに触れてもらえるような場所を作りたいです、元々本屋はそういう場所だと思っているので。目的があって行くだけではなくて、無目的に行ったとしても、興味がその場で起こって、拡がりを持てるような場所に出来たらと思います。
秋の読書に
磯上さんに、いまおすすめの3冊をご紹介いただきました。
●『ぼくがゆびをぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』(斉藤倫 著/高野文子 画、福音館書店)
やわらかい題名から魅力的な、連作短編集です。各話に1つか2つ詩が引用されていて、詩についての話をしながら、言葉っておもしろいものだよ、自由なものなんだよって優しく教えてくれる一冊です。一応ジャンルとしては児童文学ですが、大人も子どももぜひ読んでほしい。本を読むこととか、言葉を読むことの楽しさがたくさん詰まっているので、ずっと長く読まれてほしい作品です。
●『大人になれば』(伊藤敦志)
これはセリフがほとんどない漫画で、作者がデザイナーということもあって、すべてが細部までこだわられている一冊です。物語も色々な仕掛けや細かな伏線がたくさんあって、一回読んでおしまいではなくて、2回3回と読んでいくことでより深い楽しみを見つけられる奥行きのある漫画です。誰かと一緒に、語り合ったりするのもきっと楽しいだろうなと思います。
●『惨憺たる光』(ペク・スリン、書肆侃侃房)
暗闇の中でこそ、感じる確かな光を繊細に描きだした短篇集。哀しみや痛みをすごく丁寧に掬いとって書いてあって、生きていく中で感じる寄る辺なさ、切実さとすごく真摯に向き合っている作品です。心を静かに、でも深く揺さぶられる読書をお探しの方に。すこしタイプが違いますが、ルシア・ベルリンが面白かったらこちらもぜひ読んで欲しいなという一冊です。
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