第6回
考えるパンKOPPE(氷見)
2021.08.26更新
今年の3月のある日、ミシマ社にこんなメールが届きました。
富山県氷見市にある「考えるパンKOPPE」のたけぞえあゆみと申します。
パン屋ですが、考えるときや場をつくりたいと「おいしいとき、考えるときを、共に」をコンセプトに活動しています。
この度1周年を迎えるにあたり、小さな書店のコーナーをつくりたいと考えています。
ぜひミシマ社さまの本を置かせていただきたいです。
パン屋さんが「考えるときや場」をつくっている、さらには書籍コーナーまで!
本を置いている雑貨屋さんやカフェにはいろんなお店がありますが、本を売っているパン屋さんは、まだあまり聞いたことがありません。そして富山県氷見市という地方でそのような試みをされている、という点にもとても興味を惹かれました。
その後、やりとりを続けていく中で、ご夫婦(経営は妻のあゆみさん)が以前都内で教員をしており、その後氷見に移住したこと、近くの森で採れた木材の端材を店先で売っていることなど、どんどんとおもしろそうなお話が。
なかなかお店へお邪魔することができない状況なので、オンラインにて、お店のことや氷見での生活のことなどをじっくりとうかがいました。
(取材、構成:山田真生)
竹添さんご一家(撮影:北條巧磨)
思考と肉体労働のバランスを大事に
ーーまず、お店をはじめられた頃のことをうかがいたいです。最初はうみのアパルトマルシェというマルシェに出店されていたんですよね?
たけぞえあゆみ(以下、あゆみ) そうなんです。お店の前の道が1年半前まで橋の工事をしていて行き止まりで、歩行者天国のような状態でした。それを利用したマルシェが定期的に開催されていて、そのときに出店したのがパン屋をはじめた最初のきっかけです。
実は氷見に移住してきたときは、パン屋も本屋もやるつもりはなくて。あるとき参加した「小さな仕事づくり塾」という市の委託団体が主催した講座に出たら、つぎつぎにアイデアが湧いてきたんです。とくに、氷見に引っ越してきて子育てをしている中で、「政治や文学について、思ったことだったり、気になっていることだったりを共有できる場所がない」と気づきました。だからそういう場所を作りたいな、って思ったのがスタートでした。
教員をやっていたときのように、テキストに基づく思考の中に潜り込むことだけではなく、パン屋のくりかえす肉体労働だけでもなく、そのふたつともをバランスよくおこなうのが、わたしのあり方としてしっくりくるな、と考えて、パン屋を営みながら、イベントを行なったり本を販売したりする今の形になりました。
竹添英文(以下、英文) 私たちが移住してきたときには、妻は自分の食べたいカンパーニュとか、ライ麦を使ったパンを売っている店がなかったですし、私は本屋や勉強会がない、というのが唯一都市部のほうがよかったな、と思った点でした。
ないんだったら自分たちでつくったらおもしろいんじゃないか、と考えたんです。
街全体に育てられる子育て
ーー氷見の魅力はどんなところですか?
あゆみ 海があって山があって温泉もあって、住むと旅行しなくてもいいくらいなんでもあるし、お魚にしてもお野菜にしても、地元の食べ物が美味しいところがいいですね。近くの方にいただいたりもするし。
ーー地元の方とのつながりが結構あるんですね。
あゆみ そうですね。うちの子も近くの食堂のおじいちゃんが大好きで、毎朝ダッシュで駆け寄っています(笑)。歩道にアーケードがあるので安全ですし、天気も気にならないのがうれしいです。毎年何度か花の苗が配られて、家の前のプランターに植えます。朝夕はどの家も水やりに出るので、自然と顔をあわせます。うちの前にはトマトやハーブの鉢もあって、みんなそれぞれの植物を育てて楽しんでいるんですよ。
英文 商店街って独特で、近所の方との交流に垣根がなくていいんですよ。自然がいいだけじゃなくて、人との交流っていうのが日々楽しいですね。
都会でアパート暮らしをしていると、隣の人との関わりがほとんどなくて、個が分離されている気がしていました。こっちは垣根が曖昧で、孤立している感じがないですね。だから子どもを育てていても、僕ら二人で育てているというよりも街に育てられているって感じです。うちの子が歩くだけでいろんな人が手を振ってくれたりとか。氷見は港町だということもあって、来る人をあんまり拒まないところもありますし、ほどよい距離感で接してくれます。
あゆみ 最初のころはお店に来る人来る人に「どこから来たの?」と聞かれるたびに、全部包み隠さず話していました。そのうちに一通り浸透したのか、安心してもらえたのか、今はほとんど聞かれなくなりました。最近では「お宅の旦那さんのご実家、大雨大丈夫だった?」とお声がけもいただくほどです。ありがたい。
英文 お店をはじめたときがちょうどコロナのはじまりの時期で、町内の活動とかが全然なかったんですよ。でもお店をやっているとみんなが買いに来てくださるんで、そこで自己紹介して、すぐに自治会の人とも顔見知りになれましたね。お店という開かれた場所を持っていてよかったなと思いました。
考えるパンKOPPEだけは「アジール(避難場所)」のような場所に
ーー本は、お店にパンを買いに来た方が見てくださる、という感じですか?
あゆみ そうですね、お話ししていて共通点があるなとか、こういうことを考えていらっしゃるな、というときに、「本もあるんで見ていってください」とおすすめしてます。本を目的にいらっしゃった、という方は少ないですね。
英文 実は本はそこまで売れてないんです。でも、たくさん売れるとか、イベントにたくさん人が集まる、とかはあまり目指していなくて。少ない人数でもやっぱりミシマ社さんの本が好きだ、って方がいらっしゃったりして、そういう場所がゼロになってしまうと途端にアンテナがゼロになってしまうので、そういう場所を維持するということを大切にしたいと思っていますね。
すごく印象に残っているのが、戦争について考えるイベントをやった際に、都市部から氷見にいらして長年お住いの方が、「政治のことや戦争のことを話せたのはこっちにきて初めてで、とてもうれしかった」とおっしゃっていたことです。
ーー9月に松村圭一郎さんの『くらしのアナキズム』という本を発刊するんですが、その中で、小さなコミュニティの中で、自分たちの身の回りの問題を自分たちで考えていくことの重要性が説かれています。KOPPEさんはまさにそれを実践されていると感じました。
英文 東京と地方の違いとして、地方はたくみに思考停止させるような力学が働いているように感じます。例えば、何を言うかではなく誰が言うか、というのをすごく重要視するんですね。そのような社会を生きていると、「自分で考えるということ」をちょっとずつ放棄していきがちになります。食べ物もよくて人もよくて、ある種とても豊かであるがゆえに、思考停止になる部分もあるんですけど。それに抗いたいなという気持ちがあります。
ですからイベントなどを通じて、考えるパンKOPPEだけは思考停止になってしまう状態からの「アジール(避難場所)」のような場所になれればと思っています。そういう場所がある、というのは街としても魅力的だなとも思ってるので。
ミシマ社の本は二人のベン図が重なる稀有な本
ーーミシマ社の本を置いてくださるきっかけはなんだったんでしょうか?
英文 妻は国語の教員をやっていて、私は歴史の教員をやっていたので、興味の対象が全然違うんですけれども、ミシマ社さんの本はたまたま共通して興味を持つ、稀有な本が多いんですよ(笑)。ベン図でいうと普段はほぼ重なっていないんですけど、そのちょっとだけ重なっているところが『日本習合論』(内田樹著)とか『縁食論』(藤原辰史著)、そしてタルマーリーさんの『菌の声を聴け』(渡邉格・麻里子著)などでした。
あゆみ 世界の「ほんとう」をとらえようとしている方々が書いた本だから、言葉を操ったうわべだけのテクニックだけじゃない、深みがあるところに私は惹かれているんです。本当はすごく難しいことなんだけど、無意識のレベルで捉えられる、自分の中にある何かを引き出してくれる本が多い気がします。
ーーミシマ社の本以外はどんな本を置いていらっしゃるのですか?
英文 新刊本は少ないです。自分のルーツを発信する、ということで自分の出身である島根をはじめとした中国山地に関する『みんなでつくる中国山地』という年刊誌を置いています。あと、うちの建物を設計してくださった能作文徳さんが書かれている本だったり、ゆかりのある方の本を置いていますね。あとは古本です。基本的に自分の読んだ本を、本当は売りたくないような本も多いんですけど、それをきっかけに対話ができたりするので置いています。
あゆみ 家にはすごい本の量があるんですけどね(笑)。歴史とか社会学とかの、普通の人は関心持たない研究書のような本が多いんです。
ーー本棚を通じてお店の方がどういう考えをされる方なのかがわかりますね。
民藝品のようなパン
英文 東京ではパン屋をはじめようと思ったら、賃料がすごく高いので、毎日営業しないと家賃を払い続けられなくなってしまうと思うんです。氷見の商店街はとても家賃が安いので、週2日しか営業していないんですけど、それでもまわっていっています。そもそも職住一体なので家賃が安いというところもあるんですけど。
そういう意味ではチャレンジしやすい環境ですね。ですからそういう人がどんどん集まってきてくれたらおもしろいな、と思いますし、今、その兆しは感じています。
ーー無理のない範囲で商売をされているということなんですね。他の日は仕込みなどをなさっているんですか?
あゆみ 水曜日に営業するとしたら、月曜日の15:00くらいから仕込みをはじめて、そこからは夜中も含めてほぼノンストップですね。販売の方がいればお店を開けながらパンを作ることができるので、もう少し営業日を増やすことはできると思いますが、そうなると私も週の大半、ずっとパンのことを考えて売らなければいけないので、むしろストレスになってしまいます。
英文 パンは生き物なので、季節によって発酵のスピードが違います。妻は夜な夜な起きて仮眠して、というのを繰り返して仕込みをしているんです。それを見ていると、大変な仕事だな、と思うんですよね。営業日は週2日でも、週5,6日分は働いていると感じます。ただ、妻は「こだわってつくっている」と言われるとぜったい否定するんですよ。これが僕にとっては謎だったんです。え、こだわってつくっているんじゃないのかな、って。
そんな中でこの前『料理と利他』(土井善晴・中島岳志著、ミシマ社)を読んでいたら民藝の話が出てきて、うちのパンも民藝品に近いんじゃないかな、と思ったんです。うちだけの、という特色や作家性といった「こだわり」はないけど、ていねいにつくられていて、暮らしの中に溶け込む。パンの発酵にゆだねる姿も、他力の思想といいますか。この本を読んですごい腑に落ちたんですよ。
あゆみ 本当に基本的な配合で、どこのパン屋さんでもやっていることをやっているだけなんです。しかも機材が小さくて家庭用のものばかりなので、発酵はほとんど室温にまかせています。パンが発酵したり、焼けたりしていくのに私がなんとかついていっているようなものです。先んじてこうなるようにとか、パンをコントロールする、みたいなことは考えていません。氷見の果物や野菜の旬はメニューに取り入れますが、お客さんにも「おうちで手に入るもので、全部つくれますよ」と言っています。一番の主役である小麦は、環境に配慮されていたり、地元を盛り上げていたりする会社さんからいただいています。小麦は自分でも育ててみましたが、やっぱり難しかったです。
新玉ねぎのフォカッチャ:刻んだ新玉ねぎを有機オリーブオイルを練り込んだ生地に混ぜ込み、上にもスライス玉ねぎとゴーダチーズを乗せて大きく焼いた。調味料は塩だけで、みずみずしい野菜の甘さがいきている。
"鰤"コラージュ的経営
ーーお店をやっている中でほかになにか意識されていることはあります?
英文 無理に設計しないということは考えていますね。妻が教えてくれた言葉でレヴィ=ストロースが提唱していた「ブリコラージュ」という言葉があって。あらかじめレシピがあってそれ通りに食材を集めて作るのではなく、冷蔵庫に今ある食材の中であれこれ工夫をする、みたいな発想なんですが、たしかに現状に委ねていると、勝手におもしろいことが向こうからやってくる気がします。
店の前で木材を売るっていうのもそうなんです。持ち家率が高い富山なのに、住宅建材には海外から入ってくる安い木材ばかりを使っていて、地元の木材を全然使っていないことを知って、お店の建物を改修するときに地元の杉を使わせてもらったんです。そのとき、せっかくの機会なので、木を切るところから製材してお店ができるまでを、子どもを連れて追体験したんです。そうしたら製材所の方とも仲よくなって、街中でも氷見の杉をPRしたいと考えていることを知り、店先で木の端材を売ることになりました。そのことにより間口が広がって、木をきっかけにパンや本を知ってくださる人もいたり。けっこう木の需要があったので、いまは製材所の方がその売り上げで、近くの空き店舗を木材のDIYができる場所にしようとしています。
あらかじめこういうことをしよう、と設計していたら起きなかったと思います。自然に身を任しておくと、その場その場でニーズが出てきてそれに対応していく、という感じで、日々自力というより、他力で変化が起きていますね。
氷見は寒鰤が有名なので、「氷見"鰤"コラージュ」ってことを発信していこうと(笑)。
「偶然」が起こるお店へ
ーーこれからどうしていきたいですか? と伺おうと思っていたのですが、そういうことではないんですね(笑)。
あゆみ そうですね(笑)。転がっていく感じですね。
つくったパンを誰かに食べてもらいたい、そのことは続けていきたいです。一方で子どもが大きくなってちょっとずつ手が離れれば、また新たにやりたいことが出てくると思います。そのときはそれをしたいですね。
あと、もともと二人とも教員根性が染み付いているので、社会、子ども、環境などに貢献したいな、というのはずっとあります。自分の興味やおもしろいと思うことを深めて、ちょっとでも誰かにとっていいことができればな、と思っています。そのときのためにも、信頼できる本を読んだり対話を通して、自分の感受性をみがいていきたいです。
英文 たしかに僕らの発想でいくとあんまり計画を立てないんですが、こうなったらいいなって思っていることはあります。それは「偶然を増やしていきたい」ということです。平田オリザさんが『下り坂をそろそろと下る』(講談社現代新書)の中で、若い人が地方から大都市に行ってしまうのは、地方では偶然が起きないからだ、ということをおっしゃっていたんです。たしかに地方に住んでいるとほとんどの人と顔見知りになっていて、それはとても楽しいことなんですが、たしかに偶然が起きにくくなるんですよ。ただ、お店を営業しているとこの前も、氷見に帰省していたという60歳くらいのお客さんと地元のお客さんが店先で高校卒業以来の出会いをしたりということがありました。昔は商店街にいろんな人が行き来していたので、地方であっても偶然の出会いがあったり、偶然おもしろいお店を見つけたり、ということも多かったと思うんですけどね。そういうことがまた起きていく、という仕掛けのひとつになれたらうれしいなと思っています。
考えるパンKOPPE
住所:〒935-0011富山県氷見市中央町9−10
営業日時:(水)10:30-19:00、(土)10:00-17:00
Facebook:https://www.facebook.com/ -koppe-1868289659871053/
Instagram:@kangaerupan_koppe
※パンはご予約、お取り置き、発送が可能です。詳しくはFacebookやInstagramをご覧ください。