本屋さんはじめました

第17回

OLD FACTORY BOOKS(和歌山・海南市)

2022.12.18更新

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 こんにちは! 和歌山県海南市で本屋OLD FACTORY BOOKSを営んでおります助野(すけの)と申します。
 お店のある和歌山県海南市船尾という町は、隣町の黒江と合わせ古くから紀州漆器の町として栄えてきました。細い路地が入り組んだ旧市街の街並みが残るこの町の、元々うるし工場だった建物の中に当店があります。
 赤く古びた煉瓦壁に刻印されている「昭和二年建造」の文字からもわかるように、長い時間を積み重ねてきた味わい深い建物です(その希少価値の高さから文化庁の登録有形文化財に登録されています)。四方を赤い煉瓦壁に囲まれたこの空間の中に身を置いていると、いったい今自分がどこの国にいて、いつの時代を生きているのかわからなくなるような感覚に襲われます。

221218-2.jpg 本屋はその工場の中の、さらに奥。古い木製の階段を上った屋根裏部屋のような場所にあります。「隠れ家本屋」と自称していますが、ここを訪れた知り合いに「隠れ家本屋にしても隠れ過ぎやろ」と言われたこともありました。
 「建物は古くて素敵だけど、来る道が細く、迷路みたいで迷う」ともよく言われます。しかし、道が細くて迷路みたいな路地の中にあるからこそ、取り残され、現存している建物でもあります。
 古い町並みのなかに溶け込む古い工場。そして本。どちらも自分がとても惹かれるものです。その理由はうまく説明することができませんが、この2つからは産まれたてのニワトリの卵を掌にのせたときのように、確かな生命の温もりを感じることができます。

 そんな場所で本屋を始めて約2年が経ちました。
 まずはこの場所でどうして本屋をすることになったか、そのいきさつからお話します。

 2019年の5月。現在もこのうるし工場跡(旧田島うるし工場と名乗っています)で活動しているメンバーたちが和歌山で活動するイラストレーターを集めたグループ展を開催しました。妻がそのグループ展に参加したのがきっかけで、僕は初めてこの建物を訪れました。
 妻に連れられ、この場所に一歩足を踏み入れた瞬間、今までもがき苦しんでも埋まることのなかったパズルのピースが、ぴたりとはまったかのような感覚を持ちました。これまでの人生で見たこともなかったような建物、そしてここで活動するメンバーに、すっかり魅了されたのです。その多くがUターン組であったり、京都で大学生活を送っていたりと、自分との共通点も多い彼らは、青春時代を共に過ごした自分の仲間と似た空気を身に纏っていました。そんな彼らとここで活動するということは、なんだか青春の延長線上にあるような、そんな気が強くしたのです。

221218-3.jpgグループ展の様子

 僕もこの場所で、何か自分自身を表現するようなことがしたい! ふつふつと沸き上がった想いを体全体で溜めこむと「この場所で自分が好きな『本』を売りたい」という想いとなって噴き出してきました。
 そして工場の中にあるカフェ「そうげん堂」の夫妻に、本を預けて販売させてもらえないかと委託販売の打診をしました。突然の申し出にもかかわらず、二人は快く了承してくれ、本屋としての第一歩を踏み出すこととなりました。
 そしてそれまでストックしていた古本やいろいろなところからかき集めてきた本を、自分の嗜好やこれまでの経験、さらには古いうるし工場というフィルターを通し、本棚に並べていきました。
 委託販売がはじまると、そうげん堂の二人を通じて、お客さんが本を手に取って喜んでくれたことや、本を介して生まれたお客さんとの色々なエピソードを聞かせてもらいました。自分が好きなことを通して人に喜んでもらえる、これまでになかった喜びを嚙み締めると同時に、自分のなかで手ごたえのようなものを感じました。
 半年ほど経つと、次第に委託販売ではなく、この場所で自分の本屋を開きたいと思うようになりました。工場内の仲間に相談したところ、またしても僕の頼りない背中を押してくれたのでした。妻も、自分がやりたいことなら、と応援してくれました。

 そして新型コロナウイルス真っ盛りの2020年2月、この場所で本屋をするという新しい目標に向かって動き始めました。
 しかし、そのときの私は30代の半ば過ぎ。育ち盛りの子どもも二人いて、たいした貯金があるわけでもありません。そのため、二人の娘の父として、平日は会社員として働き、週末に本屋をする、という形で本屋を始めることにしました。
 しかし、不安が頭の中から消えることはありませんでした。高くないといっても毎月家賃はかかるし、本を仕入れるお金もかかる。そしてそもそも、人口5万人ほどの地方都市である海南市の、さらに辺鄙で入り組んだ路地の奥にある古い工場の中で、お客さんは来てくれるのか。道を歩いているお客さんが偶然目にして入ってきてくれるような場所ではないため、ここを目的地として訪れてもらわなければいけません。さらに本屋は儲からないという話は巷に溢れ、本屋の数もどんどん減っている現状も目にしています。
 このように不安を挙げればきりがなく、色々な理由をつけ、やっぱり難しいからやめようと言うほうがよっぽど簡単な選択でした。そのほうが子どもや妻にとっては幸せかもしれないとも思いました。
 ただ、そこで今までの自分の人生を振り返ってみました。自分が一番喜びを感じて取り組めることはなんだろうかとずっと探し続け、あっちへ行き、こっちへ行きを繰り返してきたこれまで。回り道に回り道を重ね、ぐるっと一周してきた結果戻ってきたのが、この「本が好き、本屋をやりたい」という思いなのではないかということに気づきました。ここで思い切らなければ、この先もずっと自分がしたい何かを探し求め続け、結局、何もできぬまま死んでしまう。本屋をして儲かる未来は想像できませんでしたが、本屋をせず、後悔する未来だけは想像できました。
 だから僕は覚悟を決めて、2020年の7月、えいや! と会社員を続けながら本屋を始めることにしました。
 店名はいろいろ悩みましたが「OLD FACTORY BOOKS」としました。読んで字のごとく、古い工場の本屋さんです。妻には「急に借りられなくなったり、地震が来て、津波で工場が流されたりしたらどうするの?(当本屋は南海トラフ地震の津波警戒エリアにあります)」と言われましたが、この場所が好きで始めたし、この場所ありきの本屋だから、と思い結局この名前にしました。今のところはこの店名が気に入っています。

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 そして本屋を初めて約2年が経ちました。平日は会社員のまま、金曜の夕方からと土曜日の日中に営業するというスタイルを続けています。
売り上げは当初の予想通り(!?)低空飛行を続けており、気を抜くと危うく不時着しそうですが、それ以外はとても充実した日々を過ごしています。あのとき、思い切って始めてよかったと思うと同時に、無事本屋を始められた安堵の気持ちが強く、この場所に救われたとも思っています。
 自分が好きな場所で、気の合う仲間がいて、好きな本を並べ、お客さんが来て、喜んでくれる。本屋を通じて、色々な書き手・作り手さんや出版社の方とも知り合うことができたことも大きな喜びです。
 まだまだ経営的には苦しい日々が続きますが、何とか日々努力し、試行錯誤しながら今後もこの場所で本屋を続けていきたいと思っています。

 いつかこの文章を読んでいる皆様に直接、当本屋でお会いできることを楽しみにしています。
 グーグルマップを使っても簡単に来れないような細い路地を抜け、赤く古びた煉瓦造りの工場の中に歩を進めてください。そして広々とした煉瓦壁の空間を抜け、木製の階段を上がってきてください。
 ようやくたどり着いた本屋に入ったあと、「隠れ家本屋にしても隠れ過ぎやろ」という言葉はぐっと堪えていただき、ぜひ本を手にとっていただければと思います。
 ご来店心よりお待ちしております!

OLD FACTORY BOOKS
住所:和歌山県海南市船尾166
金曜15:30~20:30
土曜10:00~17:00
月曜→木曜 15:30~(予約制)
HP: https://oldfactorybooks.stores.jp/about
Instagram:@old_factory_books
Twitter:@oldfactorybooks

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

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