第73回
これからの出版社とこれからの書店
2019.02.27更新
今年に入って、書店をとりまく動きが活発だ。
なかでも次の三つを個人的に特筆したい(最後のひとつは、かなりの痛みをともなっている)。
ひとつは、青山ブックセンターの店長山下さんの「出版します」宣言。書店である青山ブックセンターが、書籍を発刊し、自社で販売すると発表した。
二つ目は、アマゾンの「買い切り直仕入れ」方針の発表。出版取次を介さず出版社から直接買い入れ、返品しないやり方進める、と打ち出した。
最後のひとつは、一月下旬に突然倒産した大阪の名店「天牛堺書店」の倒産。
ひとつは「書店発出版」、ひとつは「中抜き取引」、ひとつは「倒産」。一見、別物に思える三つだが、この三者を串刺しにする共通点が実はある。業界に深く根ざす構造的な問題がそれだ。
出版社-書店間の「不平等条約」。
近頃、はっきりとこう思うようになってきた。出版社と書店の関係が、あまりにイビツである。出版社優位すぎる。書店業をマラソンにたとえれば、足枷をしたまま走ることを強いられてきたようなものだ。ところが業界は、足枷を外す(フェアな条件での取引ができる)ことをせず、問題をすり替えてきた。本が売れない「出版不況」が起きているのだ、というふうに。「不平等条約」に目が向くことがないよう、隠れ蓑として「出版不況」が唱えられた。
問題は、「ものが売れない」にあったのではない。むしろ、ものを売り買いするときの条件が「不平等」なことにあった。
これを前提として、「出版」と「書店」の共存を考えないと、なにも始まらない。いま、はっきりとそう思っている。
具体的にいえば、これまで書店は、取次を介して書籍を仕入れてきた。条件は定価の8掛け前後。ただし返品可能。どんなにがんばって売っても、一冊あたり約二割の利益しか上がらない。当然、事業を継続しようと思えば、「薄利多売」をめざすしかない。短期間、多く積んで、できるだけ多く売る。売れ残りは支払いが発生する前に返品する。「薄利」である以上、そうするほかない。
だが、時代は移ろい、「多売」がむずかしくなった。本以外にお金と時間を費やす機会が激増した。スマホ。これをあげるだけで十分だろう。本好きな人間でさえ、ずいぶんとお金と時間を奪われている。ただし、このワンアイテムをもって多売がむずかしくなった原因の全てとしたくはない。むしろ一消費者の実感としては、一冊を買うことに慎重になってきた。物理的に物を増やしたくない。読み捨てのようなことはしたくない。もちろん、職業上かなり買うわけだが、仮に仕事一切抜きでひとりの本好きとして書店に赴くとき、そういう心理が多少働くことは否めない。
いずれにせよ、本と本屋を好きな人たちの多くがこう思っていることは確かだろう。----本屋さんは、いろんな種類のおもしろい本をいっぱい置いてほしい。特定の本だけを多売するというやり方ではなくて・・・。
あらゆる事業において、その継続性は、「一見さん」による消費行為より、常連さんの日常の行為に支えられている。これが是であるならば、本を売って商売を成り立たせることを望む場合、まっさきに耳を傾けるべきは本好きたちの声だろう。
「多売」せずとも商売がなりたつ。「脱薄利」を実現する。
本好きの声を受け、こうした可能性を模索するのは避けてとおれないはずだ。
だが、この間進行してきた事態は、けっして「そっち」に向いていない。
薄利多売がむずかしくなった結果、本屋スペースに雑貨や小物がずいぶん置かれるようになった。より利益率の高い商品へと取って代わったわけだ。東京・下北沢のB&Bが利益率の高い商品として、ビールを選んだのは有名な話だろう。本とビール。その創業メンバーのひとり内沼さんはその後、「これからの本屋は、本×何かを組み合わせることだ」と提言している(内沼晋太郎『これからの本屋読本』)。
冒頭の3社の例に戻れば、青山ブックセンターの「出版します」はその「何か」に当たる。アマゾンの発表は、出版社と買切り直取引にすることで、利益率をあげる行為そのものだ。もっと言えば、遅々として進まぬ不平等条約の改善に、外資系企業がスキを突いてきた当然の施策とも言える。三つ目の天牛堺書店の倒産は、薄利多売の構造で書店業を維持することが不可能になったことの証左にほかならない。
ちなみに、アマゾンの発表後、日経新聞に出た記事が物議を呼んだ。「返品が可能なため書店はこれまで本を販売する努力を怠ってきた。書店が責任を持って販売することで市場活性化につながる」(大手出版社)----「日本経済新聞」(2019.2.2)。この記事を発端に、書店からは、「出版社の本音がこれでわかった」「なんだと!」といった反発の声があがった。
おそらく今年、書店から不平等条約解消に向けた声がどんどん大きくなるはずだ。冒頭の三つは、その狼煙(のろし)だと思えてならない。
*
じゃあ、お前たちはどうなんだ。不平等条約などと言いながら、結局、あっち(出版社)側じゃないか。そんな反論をする方もいるにちがいない。
たしかにその通りだ。
ご存じの方もいるかもしれないが、ざっと自社のやり方をここで述べておく。ミシマ社では、創業1年目にあたる2007年6月以来、書店直取引をおこなっている。7掛けで卸し、書店側の利益が3割出るように設計してきた。
もちろん、それで十分だとはまったく思っていない。
『善き書店員』(木村俊介、2013)を編集する過程で、現場の疲弊ぶりを再認識することとなった。それ以降も、自分たちが同志と思っていた「善き書店員」たちが何人も何人も、書店業から去っていくのをただ見送るしかなかった。
そうした流れを受けて、「コーヒーと一冊」シリーズは始まる(2015年5月創刊)。すこし長いが、そのとき「ミシマ社の話」に書いた創刊直前のことばを一部引用したい。
そして、三つ目のコンセプトは、いきなり生々しい話をするようですが、「本屋さんに利益を」というもの。
これこそ、もっとも太い柱にしていかねば、と思っていることであります。
というのも、毎日、書店さんと「直取引」をさせていただくなかで、本屋さんの大変さということに思いを致さない日はありません。
「書店業界というのは、やっぱりちょっと、離職率が高すぎるのかな。でも、この仕事のほんとうの魅力がわかるまでには、それは二年や三年ではわからないので、なんとかふんばってもらって、と中にいる側としては思うのですけど」
(木村俊介著『善き書店員』2013年11月刊より)
よく知っている何人かの書店員さんを思い浮かべても、これ以上無理という限界まで創意工夫をこらし、がんばっておられます。肉体的にも精神的にもギリギリまで。
志のみならず、実務面においても、優秀だと私も心底尊敬している書店員さんたちが、そこまでしても「足りない」と言われる。経営を支えるには「足りない」と。
この事態を前に、私はこう考えざるをえませんでした。
もはや、書店員さん個人の努力や実力の問題ではないのでは?
どんなにがんばろうが、改善しようのない構造になっている。そのなかでいくらもがいても、終わりのない後退戦を強いられるようなものではないか。
けれど、同じがんばりでも、その先に光があると感じることのできる状況では、人はつづけることができる。その光に希望を託して。
具体的に言います。
いま、書店の利益は、「流通」経由の場合、2割前後だと言われています。
それを、同シリーズでは、買い切りというやり方をとることで、書店側が、4割以上、つまり倍以上の利益が入るようにしたいと考えています。
そうすることで、たとえば1000冊の目標を800冊しか売れなかったじゃないか、といって責められていた書店員さんが、700冊の売りであっても、利益ベースでは倍近く儲かっている。1000冊を「無理やり」売るのではなく、本屋さんが思いを込めて届けたい本をしっかり届けていくことで、循環してく経済。
そういう流れをつくっていきたいですし、いかねばならない。
一出版人として、そう思わない時間は一刻たりともありません(ほんとうに)。
「コーヒーと一冊」シリーズでは、6掛け買切りという条件で取引をおこなった。昨年5月には、「手売りブックス」というシリーズを始めるなど、書店との共存を模索する取り組みを継続している。
もちろん、決定打ではない。自分たちの取り組みひとつで問題が一挙に解決する。なんてことはハナから期待していない。ただ、とにかく「実験」をしつづけることが大事だと思ってきた。動きつづけるなかで、どこかに風穴が見つかるかもしれないから、と信じて。
実験開始からまもなく4年が経とうとしている。
ずいぶんと時間が経ってしまったが、今年になって、ひとつの結論を得るに至った。
それは、「多売」をめざす書籍の条件と、「利益」をめざす書籍の条件を分けるという方法だ。
たとえば、ミシマ社の本は基本、7掛け委託(返品可)で卸してきた。ミシマ社の本が売れれば、書店に3割の利益が残る設計だ。全国で実売一万部を超えるような場合、同じ一万部であっても取次経由で仕入れる本より、書店にとって約1.5倍の利益となる。幸い、毎年一万部を超える本が数冊は出ており、その点では書店さんの経営に微々たるものだが貢献できていると思っている。
ともあれ、ベストセラーをめざす、ヒットが出るというのは、出版という世界で働く楽しさのひとつであるのは間違いない。
だからといって、すべての本が、ベストセラーやヒットをめざす必要がないのは言うまでもない。そもそも、書籍のもつ良さは、先に述べたように、多品種小ロットにある。全国に何万人もいないけれど、数千人にだけは必ず「熱く」届く。こうした本の種類が多くあればあるほど、多様性が本屋という空間に生まれる。本屋という空間がきらきら輝く。同時に、社会にもその多様性の空気が拡散していくことになる。
少部数の本こそ、本という世界の醍醐味なのだ。
ベストセラーと少部数本。
一見、矛盾するこの両者を同時にあわせもつことに出版という仕事のおもしろさが宿っている。
では、このふたつの魅力を、書店経営という視点から見てみるとどうなるだろう?
ベストセラーがどんどん売れれば、たとえ「薄利」でも経営の支えになりうる。むしろ返品可能な条件で、たくさん仕入れて、大きく積むことでより多く売れる。そうしたことが可能になるかもしれない。その点、取次からの仕入れるやり方はとても有効といえる。
一方、少部数本は、数が売れていくわけではないので、書店にとって大きな経営の支えにはなりにくい。既存の条件のまま(薄利)だと、どうしても「売れそうな本」に押しやられる可能性が高くなる。
けれど、一冊売れば2倍超の利益が出るとなればどうだろう? それなりに単価が高く、確実に数冊は売れる。そのような本が仮に定価2000円として一冊売れれば、600円の文庫本を8冊売るのと同じくらいの利益が出ることになる。これまでの条件だったら、文庫本3冊の利益しか上がらなかったのに対し、一冊売り切ることの価値がずいぶんと増すのではないだろうか。
きっと、これまでの問題は、ひとつの条件しかなかったことにある。「薄利多売」が成り立たない時代において、「ベストセラーと少部数本」という出版のもつ二つの魅力を双方同時に生かす条件がこれまでなかったのだ。結果、ベストセラータイプの書籍ばかりが流通するようになった。
いま必要なのは、少部数本用の条件を別につくること。
このような結論に一カ月前にたどりついた。
というわけで、あとは実践あるのみ。ミシマ社では、こういうふうにしていきたいと考えた。
初版5000部前後の本は、これまで通りの条件で「ミシマ社」刊として発刊・発売する。わかりやすくするためにあえてこの表現をとるが、「ベストセラータイプ」をミシマ社レーベルで出していく。
一方で数千部の初版から始める「少部数タイプ」の書籍については、「ミシマ社の本屋さん」発刊・発売にしようと考えている。誠光社、青山ブックセンターなど、「書店発」の出版において先行例があることから、レーベル名も書店名でいきたいと考えた。卸しの条件は買切り55%。「コーヒーと一冊」シリーズは60%だったが、さらに踏み込んで、書店の利幅が45%になるようにしたい。今年の夏までに一冊出版し、以降、年に3〜4冊出していく予定だ。
レーベル名を分けるのは、仕入れ条件が異なる本が、同じ「ミシマ社」から出ていると、「え、これは返品できないの?」「どっちが利幅の高い本だっけ?」みたいな混乱が起きる(これは必至だ)のを避けるためだ。一見して「わかる」ようにしておくことが、出版社側、書店側、双方にとって継続的な活動になっていくために欠かせない。そう考えた。
*
今年、書店からの動きで業界全体が大きく前に進む可能性が高い。自分たちもその一部でありたいと願う。もちろん、本業は出版社であるのは言うまでもない。
これからの出版社としてこれからの書店とともに。共存の道を探り、実践していきたいと思う。
いよいよ、だ。
*何度かこのコーナーでも書いたが、こうしたアイデアのベースには平川克美さん著『21世紀の楕円幻想論』がある。未読の方は、ぜひとも読んでいただきたいと切に願う。
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