ミシマ社の話ミシマ社の話

第86回

遊び・縁・仕事

2021.01.21更新

 年始、自分の仕事がどういうものか、すこしだけわかった気がした。
 きっかけは、「学びの未来」だった。昨年5月、森田真生さんと瀬戸昌宣さんとのオンライン対談というかたちで始まった「学びの未来 座談会」。以降、月に一度、「座談会」を重ねてきたが、約3時間の「座談会」に加えて、昨秋からは、「週刊 学びの未来」というラジオ形式の対話を週に一度、1時間設けるようになった。森田さん瀬戸さんのお二人が、「学び」について思うことを語り、それぞれの実践を報告しあっている。「人間主導から環境主導の学びへ」「校庭ジャングル化計画」「学びをもっと雑に」「過去に未来を食わせない」など、毎月、大きくテーマに沿いつつも、縦横無尽に語られる話は、子どもたちの教育を考える以上に、自らの大きな学びの場となっている。昨年夏に「こともおとなのサマースクール」を実践し、ちょうど今、「ウィンタースクール」を開催しているのも、そこでの対話が大きな後押しになった。
 その「週刊 学びの未来」今年最初の放送(1/5)で森田さんから、「4月に、5年かけて書いた本が出る」という話があった。その流れで、「100年後、200年後に本は読まれているか」ということが話題にあがった。
 聴きながら、私も考えた。そのとき自分が生きているかどうかはわからないが(たぶん死んでいる)、本というメディアは残っていて欲しい。と正直、思う。
 おそらく、新説を発表するメディアとしては機能していないだろう。その意味では、すでに新聞や学術誌のあり方は根底から見直す必要がきている。一方で、こと、私たちのような単行本は、けっこうしぶとい気がしてならない。
 うん、そうなのだ。

 ・・・。そう、って何?
 これを説明する前に、昨年末の発見について触れたい。ある媒体で「これからの出版社」というお題でやや長文の寄稿を頼まれ、書いた。一度、提出したのち、初校ゲラを確認していると、今自分に訪れているもっとも大きな気づきについて書いていない。そのことに気がついた。
 それで、小見出しを一つふやす形で加筆をした。以下、その「小見出し」箇所を抜粋してみたい。

新たなペンを持つ時代

 『縁食論』で、著者の藤原辰史さんは、次のように書いた。

「たしかに、剣はパンより強いかもしれない。けれども、縁は剣より強いのである」(p.124)。
 縁は剣より強い。
 ちなみに本書で言う縁とは、「人間と人間の深くて重いつながり、という意味ではなく、単に、めぐりあわせ、という意味」(p.27)である。また、ここで述べられた「強い」はいわゆる強弱ではなく、タフ、しぶとい、粘りがある、理屈を超えている、といったことを指す。
 言い換えれば、「めぐりあわせは、競争、争いよりタフである」、となろうか。
 この本で指摘されているように、食べ物が十分あるのに九人に一人は飢餓で苦しんでいる。そうした現代の諸問題に対し、近代の枠組みのなかだけで思考し、問題解決を図ろうとしても限界がある。そのことを指摘したことばでもあろう。

 古来、ペンは剣よりも強し、と言われた。だが、この「ペン」は今に至るまで、武器としてのペンであろう。だが、さまざまな行き詰まり及び息詰まりに直面する現代において、ペンを扱う出版社が取り入れるべきは、これまでのペンではないはずだ。藤原さんの言う「縁」を取り入れたペンでなければいけないと思う。

(「血の通った、すきまのあることばを〜出版社のこれから」『大阪保険医雑誌』2021、1、No.653)より抜粋、改稿)

 ・・・縁を取り入れたペン?
 それはいったいどんなものだろう。先の原稿ではこう続けた。 

 ちいさな経済圏をベースに交わされる、血が通いつつもすきまのあることば。そうしたことばの生成を出版社で働く私たちが感じとり、かたちにしていったとき、行き詰まっていたものが流れ、息のしやすい世界が今よりもっともっと広がっていく。そんな希望を胸に、私は日々の出版活動に勤しんでいる。
 新たなペンを持つ時代。それは、もう、とっくに始まっている。

 圧のあることば、記号(武器としてのペン)に対して、ちいさな経済圏をベースに交わされる、血が通いつつもすきまのあることば(縁としてのペン)を届けていきたい。そのようなことを書いた(「すきまのあることば」については、前回の拙稿をご参照いただきたい)。

 以下では、もっと具体的に、「縁」を取り入れたペン、つまり、縁を取り入れた出版活動について考えてみようと思う。
 縁には、地縁、血縁、出会い・・さまざまある。その中で、新しいペンという視点でいえば、楽しい縁、遊びの縁がしっくりくる。
 というのも、先に「私たちのような単行本(づくり)は、しぶとい気がする」と言った理由とも重なってくるのだが,自分たちの仕事のベースにあるのは、「遊び」にほかならない。今年の初めに、100年後も本は読まれているだろうか、と考えたとき、「時代のニーズに関係なく、僕は、本を作るという行為をつづけてるんじゃないかな」と思ったのだった。子どもが1日中、ブロックやレゴや砂で粘土で何かを組み立てたり、つくったり、練ったりするように。これが、「うん、そうなのだ」の正体である。
 何度もつくっては壊し、つくっては壊す。そうして、納得のいくものをつくりあげる。
 頭の中で空想していたイメージが、実在のかたちあるものになる。
 1の道具から10や100が生まれる。
 そのことがもたらす喜びははかりしれない。無上の喜びといってもいいだろう。そして、その無上の喜びをひとたび味わうと、無限ループにはまったように、くりかえしくりかえし手を動かさないではいられなくなる。
 自分がやっている日々の仕事は、子供のときのそうした「遊び」の延長上にある。おそらくそれは、ネットゲームのような仕組まれた場でプレイヤーとして動く遊びとは根本的に違う。ただ一つの道具(砂、粘土、ブロック、枝など)を手に、自分のアイデアだけを頼りにつくり上げていく遊びだ。
 仮に、これを遊びの原初的な基本形とする。
 この基本形をさらに面白くするには、誰かが必要となる。自分がつくったものを他者に見せる、誰かに使ってもらう、遊び相手がつくったものと一緒に遊ぶ。一から生まれた十をそれぞれ使ってあそぶことで、掛け算になり、100が生まれる。有機的な遊びになる。必然、遊びの次の段階として、縁を避けては通れない。
 遊びにおける縁とは、たまたま近くにいた人と遊ぶ、これに尽きよう。まずは、兄弟姉妹、親戚の子たちや近所の子たちと育まれた縁が保育園、幼稚園の友だちへと広がっていく。こうした他者との協働が遊びを豊かなものにする。
 だが、こうした遊びにもある程度のルールはあるものだ。
 うちの次男(現在5歳)が3歳のころ、2歳上の兄に向かって、「あそびにならへんやろ!」と怒ったことがある。兄が遊びを決め、弟がそれに従う。その頃は、たいていの遊びがそのように進行していた。「この線から出たら、この飛行機は動けへんて言うことな」「これ(自分がブロックでつくった車)は絶対に壊れへんねん」「そうちゃん(弟)のは一回ぶつかったらそこから動けへんねんで」、など、兄はとかく自分の都合いいように、どんどんルールを変更する。弟はひたすらそれに対応する。が、あまりに増長する兄のルール変更に、ある瞬間、弟が怒ったのだ。「遊びにならへんやろ!」。それを聞いて思った。
 そうか、むちゃくちゃに、適当に、遊んでいるように見えて、ちゃんと遊びが成立するための最低限のルールが二人の間に存在するんだ。真剣に遊ぶことで、縁の育み方を子たちは学んでいるんだな。
 ある一線を超えたら、遊びが成立しない。遊び相手を失う。無縁となる。
 その当たり前を無視し、失ってきたのは、社会のほうだろう。高度資本主義社会という名のもと、環境を破壊し、自然界の循環をたちきり、目の前の結果(実体と離れた株価上昇など)ばかりを求める。そうして無縁社会が生成するところとなった。
 きっと、どこかで「遊び」を置き忘れてしまったにちがいない。
 遊びなら、その大半の時間を占めるプロセスを楽しまないことには、面白くない。結果を最優先にするなんてことにはならないはずだ。しかも、それによって縁が断ち切られては、遊びをつづけることができなくなる。少し考えればわかること、あるいは、ちゃんと遊んでいれば感じられることだ。

  

 現在もノンストップで進むコロナ禍で、頼れるものが、ほぼ「縁」しかないことが浮き彫りになった。
 そして、その縁を育む前段階として、「遊び」がある。
 実際、私の知っている小売業、飲食業の方々も、縁を頼りにちいさな経済圏でなんとか日々をしのごうとされてきた。Go toなどの無縁政策で邪魔されつつも、粘り、淡々と、くる日もくる日も同じことをつづけながら。この繰り返しの中に「遊び」があるのは言うまでもないだろう。だからこそ、僕たちはしばらく行けないだけで、寂しさをおぼえ、無性にそのお店へ行きたくなるのだ。
 縁は剣より強い。
 めぐりあわせを大事にする生き方・働き方は競争社会よりしぶとい。タフである。
 この苦境下で、なかなか先を考える余裕のない人も多いだろうが、せめて、これからは、見かけの強さを求めるのではなく、しぶとくて、タフな生き方を育んでいって欲しい。私もそうしたい。そのためにも、原初的な遊びがもっともっと、あっていいと思う。家庭にも近所にも学校にも、職場にも。
 だからあえて言いたい。遊ぼう。非生産的と思われてきた遊びを、もっと、たっぷり、時間をかけてしていこう。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

ちゃぶ台編集室――タルマーリーとお金の話 開催します!

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昨年11月にリニューアルし、以降半年に1回の刊行ペースとなった雑誌『ちゃぶ台』。
次号2021年5月発刊予定の『ちゃぶ台7』の特集テーマは「お金を分解する」を予定しています。
岡山から鳥取の智頭に移り、ビールもつくり始めたタルマーリーのお二人は今、お金をどう捉えているのか? 世界が大きく変わりつつあるなかで、私たちとお金のちょうどよいつき合い方とは? などなど、徹底的に「お金を分解する」時間にできたらと思っています。

詳しくはこちら

2021年度ミシマ社サポーター募集中

縁ある方々に私たちの出版活動をサポート賜れば幸いです。よろしくお願い申し上げます。


2021年度ミシマ社サポーターのご案内

募集期間:2020年12月1日〜2021年3月31日
サポーター期間:2021年4月1日~2022年3月31日

*募集期間以降も受け付けておりますが、次年度の更新時期はみなさま2022年の4月となります。途中入会のサポーターさまには、その年の特典をさかのぼって、すべてお贈りいたします。

2021年度のサポーターの種類と特典

下記の三種類からお選びください。サポーター特典は、毎月、1年間お届けいたします(中身は月によって変わります)。


◎ミシマ社サポーター【サポーター費:30,000円+税】
いただいたサポーター費のうち約25,000円分をミシマ社の出版活動に、残りをサポーター制度の運営に使用いたします。

【ミシマ社からの贈り物】
* ミシマ社サポーター新聞(1カ月のミシマ社の活動を、メンバーが手書きで紹介する新聞)
* 紙版ミシマガジン(非売品の雑誌。年2回発行・・・の予定です!)
*生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』(年2回発刊)と今年度の新刊1〜2冊(何が届くかはお楽しみに!)
* 特典本に関連するMSLive!(オンライン配信イベント)へのご招待
* ミシマ社オリジナルグッズ
・・・などを予定しております!(※特典の内容は変更になる場合もございます。ご了承くださいませ。)

◎ウルトラサポーター【サポーター費:100,000円+税】
いただいたサポーター費のうち約95,000円分をミシマ社の出版活動に、残りをサポーター制度の運営に使用いたします。

【ミシマ社からの贈り物】
上記のミシマ社サポーター特典に加え、
*ウルトラサポーターさん交流会

◎ウルトラサポーター書籍つき【サポーター費:150,000円+税】
上記のウルトラサポーター特典に加えて、その年に刊行するミシマ社の新刊(「ちいさいミシマ社」刊も含む)を全てプレゼントいたします。いただいたサポーター費のうち約100,000円分をミシマ社の出版活動に、残りをサポーター制度の運営に使用いたします。


お申し込み方法

サポーター費のお支払いの方法によって、お申し込み方法が変わります。以下よりお選びください。

⑴ ミシマ社のウェブショップから クレジット決済・コンビニ決済・PayPal・銀行振込 をご希望の場合
ミシマ社の本屋さんショップ(ミシマ社公式オンラインショップ)にてお申込みくださいませ。

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⑵ 郵便振替をご希望の場合
下のボタンから、ご登録フォームに必要事項をご記入のうえ、お手続きください。後日、ミシマ社から払込用紙をお送りいたします。

郵便振替をご希望の場合

ご不明な点がございましたら、下記までご連絡くださいませ。
E-mail:supporters@mishimasha.com
TEL:075-746-3438

2/28(日)学びの未来座談会 第10弾 開催します!

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森田真生さんと瀬戸昌宣さんとともに思考し、実践する、週刊「学びの未来」(週1回)と「学びの未来 座談会」(月1回)2021年2月の開催日程が決まりました! 今月のテーマはRULER(=支配者、定規〔あらかじめ規定された「まっすぐさ」の観念、あるいは固定された尺度〕)からの解放です。第10弾ではありつつも、今回からのご参加も大歓迎です。お待ちしております。

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