第92回
ぼけとやさしさとおもしろさと
2023.04.19更新
次号「ちゃぶ台11」(6月刊)の特集は、いつになく早く決まった。10号が刷り上がる前から決めていたほどだ。
「自分のなかにぼけをもて」
ところが、巻頭文になかなか着手できない。書きたいことはいっぱいある。特集の内容にも自信があった。ただ、決定打が見つからなかったのだ。
もっとも、昨年の終わりあたりから「ぼけ」の尊さを説く日々を過ごしていた。
ミシマ社サポーターの方々に毎月送っている「サポーター新聞」には、こんな文章まで書いた(5月に出る拙著『ここだけのごあいさつ』に収録)。
『ぼけ』2022年11月30日(水) 第53号
近ごろ、「ぼけと編集」ということを考えています。編集者にもっとも必要 な資質は「ぼけ」なのではないか。あるいは、ぼけがたちあがるとき、編集の仕事が自ずと駆動する。もちろん、伊藤亜紗さん、村瀨孝生さんの傑作・往復書簡『ぼけと利他』を受けての着想です。発刊前は、「ぼけと編集」が結びついているとまったく思っていなかったのですが、じわりじわりと、この着想が実を結んできました。実際、そう思って読み直すとーー。「わかったつもり」 になってしまう場面でも、ぼけのあるお年寄りが相手だと「わかったつもり」 にすらたどり着けない場面が増えることになる(伊藤 4頁)。(ぼけを抱えると)時間と空間の見当が覚束なくなる。(略)概念から社会をとらえるのではなく、生身の実感から世界をとらえるようになる(村瀨 29頁)。
どうでしょう? 編集の仕事とは? を説明しているとしか思えない内容です。事実、著者と編集者の打ち合わせで、編集側が「わかったつもり」になったとたん、そこですべてが止まる。逆にほへ? という表情が自然とでたときなど、双方の間に理解の差、ズレがあると著者側が認識。その差やズレを埋めるべく、まったく別の回路を使って思考しだす。結果、思ってもいなかった「おもしろい」に出会える。編集者をしていると幾度となく、こうした瞬間にたちあってきました。企画者である編集者が「生身の実感」から企画をたてるのは当然です。これほど「ぼけと編集」は相性がいい。
とはいえ、時間と空間の見当が覚束なくなって、一冊のかたちになるのか? と問われれば、答えはノー。さすがに無理です。タイムキーパーをする、ものとしての本を仕上げる、いずれの要素も編集の重要な役割。そこには技術も欠かせません。
ただ、そうした技術や能力(頭の良さ、論理性など)をどれほど鍛えても、「おもしろい」には辿りつかない。「ぼけ」や那須耕介さんの言う「つたなさ」に向かって全身ダイブしないかぎり。
そういえば、創業期、「ミシマ社の編集方針は〝アホ〟です!」とブログに書いた(何を思ったのか)。すると、尊敬してやまないある方から「私の本はアホですか?」と訊かれた。アホは、私ひとり・・・。
*
昨年末、某大学で編集の授業をする機会があったとき、「編集者に必要なのは、ぼけです」と言った。
スマホを開けばたいがいのことはわかる。調べがつく。そんな時代に生身の編集者が要るとすれば、むしろ、ぼけの力が高いことではないか。などと述べたが、そのことば自体、どこかにぼけて消えてしまい、学生たちにはまったく届かなかった気がする。
以降もぼけづく日々を過ごした。
すっかりぼけが自分のなかに定着した。あえてぼけの大切さを強調せずとも、当たり前にぼけがある。たぶん。
そうして、4カ月ほどぼけを身体に浸したあと、先週のある日、いっきに次の巻頭文を書き上げた。
自分の中に毒をもて。
岡本太郎のこのことばには、ちいさな存在でも強くなれるのだから、という前提があっただろう。けれど、時は進み、時代は後退し、私たちのなかの毒はすっかり無毒化されてしまった。消毒剤の成分表には「正しさ」の表記。その割合はけっこう高い。もうひとつ高い成分が「くっきり、はっきり、すっきり」といった「透明性」。もし現代人が自分のなかに毒を持ってしまったら、毒への耐性、免疫が乏しく、毒に呑み込まれるのは必至。最悪のばあい、中毒死の危険すらある。
では、今、私たちが自分のなかにもつべきは何か?
こう考えたとき、「ぼけ」だと思い至るに時間はかからない。というのは、私自身が何よりそれを欲していたからだ。
実際、クリアカットな物言いをする人より、うーんと唸ったり、何を言っているかよくわからない人に惹かれてきた。白黒はっきりつけましょう、といった風潮にも馴染めない。その傾向は年々、強まるばかりだ。
昨年、『ぼけと利他』を読んだとき、編集者に大切な要素も「ぼけ」なのでは、とまで思った。きっと、私だけでないはずだ。最近でいえば、阪神タイガースの監督に就任した岡田彰布氏の発言が、いちいち話題になる。「いや、おーん、そらそうよ」。そのあまりの「わからなさ」にファンは歓喜する。
今私たちに欠けているものは、岡本太郎が生きていた(経済発展が地球環境より優先された)時代とは二つの点で異なる。
ひとつは、現代人のタフさは、毒では培われない。問題が起きたときの対処法が違う。毒で殺すのではなく、溶かす。そういう解消法が必要とされている気がする。
また、タフになるといっても、昔とちがって強くなるわけではない。それは、包容や寛容といった、質の違うタフさだろう。
だから、自分の中にぼけをもて、だ。
最近、老眼が進みつつあるが、私はこの原稿を裸眼で書いている。おかげで、文字はぼけている。そんな人間が企画した雑誌ですが、最後までおつきあいいただければ幸いです。
この巻頭文はともかく、ぞくぞくと寄せられる書き手の方々の「ぼけ」を絡めたエッセイ、読みもののおもしろさは格別だ。山極壽一先生に公開インタビューした「先生、ゴリラは「ぼけ」るのですか?」は、まあ、おもしろかった。そうか、これからの人類がめざすのは、チンパンジーよりゴリラだな、と確信した。
寄稿文でひとつだけ挙げるなら、「ちゃぶ台」に初登場いただいたヨーロッパ企画の上田誠さんの「自分のなかにぼけをもつための三箇条」は、目からウロコの連続だった。まだ引用できないのが残念でならない。
「ちゃぶ台編集室」ゲスト:山極先生 アーカイブ動画を販売中です
ともあれ、今週は三重の「ひびうた」さんでトークをおこなう予定がある。テーマは「これからの共有地」。平川克美さんの『共有地をつくる』、「ちゃぶ台9」の特集「書店、再び共有地」を受け、実際に共有地・日々詩書肆室を今月、ひらかれた。
そのオープニングのイベントに呼んでいただいたのだ。ありがたい。
トークのサブタイトルは、「ぼけとやさしさとおもしろさと」にした。
きっとそんな時間になると思う。話す内容は今のところない。ただ楽しくなる予感だけがくっきりとある。そこは不思議とぼけていない。
編集部からのお知らせ
『ここだけのごあいさつ』発刊記念、著者・三島邦弘(ミシマ社代表)が各地の書店でトーク! 『ここだけのごあいさつ』先行発売も!
【4/23(日)】『これからの共有地 〜ぼけとやさしさとおもしろさと〜』@日々詩書肆室
生活者のための総合雑誌『ちゃぶ台』の次号特集は、「自分の中にぼけを持て」。これに決めた理由を本誌編集長・三島は、「くっきり、はっきり、きっちり」と「り」ばかりが正解になっていますが、かえって不幸になっていることって多くないですか? もちろん、それらも大切ですが、同時に、「ぼけ」ももっていないと、自分も他人も、きずつけ、苦しむことになると思うのです」と語る。
きっと、それは個人のみならず、共有地にも同じことが言えるはず。そこが豊かになるにはどうすればいいか? 「ぼけとやさしさとおもしろさ」を手がかりに考えます。
※当日は10時~15時まで、コミュニティハウスひびうた(津市久居幸町1104番地)さんのマルシェイベントで、ミシマ社書籍の手売りを実施します!
『これからの共有地 〜ぼけとやさしさとおもしろさと〜』
日時:2023年4月23日㈰ 16時~18時
場所:HIBIUTA AND COMPANY
住所:三重県津市久居本町1346-7
参加費:1,800円(税込)
予約:要ご予約
ご予約・お問合せ先:メール:honmachi@hibiuta.art
電話:080-2652-2854
※日々詩書肆室さんでは、現在ミシマ社フェアも開催中!
【4/29(土)】「SPBS編集ワークショップ2023」 第1回でミシマが講師を務めます!
「ライフスキルとして、編集を学ぼう」。
今期、SPBSが打ち出した新たなコンセプトによる「編集ワークショップ」が始まります。
第一弾は「SPBS編集ワークショップ 2023」。1冊の雑誌づくりを通して編集の醍醐味を体感します。一人ひとりが、自分がつくる雑誌の編集長となり、プロの編集者やライター、デザイナーから編集の極意を学びながら、自分の中にあるテーマを深く掘り返し、雑誌制作のプロセスを経験することを目的としています。(SPBSさんイベント紹介ページより)
「SPBS編集ワークショップ2023」
第1回 雑誌とは何か? 2023年の雑誌づくり
日時:4/29(土)9:30-12:30
会場:SPBS豊洲店
住所:東京都江東区豊洲2-2-1 アーバンドックららぽーと豊洲3 4F
講師:三島邦弘(編集者/ミシマ社)
内容:雑誌編集の面白さとは何なのだろうか。編集から流通までを手がける〈ミシマ社〉三島さんをお迎えし、雑誌編集だからできること、雑誌づくりの現在地についてお話しいただきます。参加者同士の自己紹介も行います。
【4/27(木)】一冊トーク!本屋の本音、版元の煩悶 vol.1@UNITÉ(東京・三鷹)
2020年、「一冊!取引所」という新しいプラットフォームが立ち上がりました。書店・出版社間のコミュニケーション、精算、流通をもっとスムーズにし、街の中で本に出会える場面を増やしたい。そうした思いから始まった一冊!が、今回、初めてリアルイベントを開催。テーマはずばり「本屋の本音と版元の煩悶」。
街の本屋が、より持続可能で創造的な商売になるためには? 版元(出版社)が継続的に本をつくるには?
当日は、昨年三鷹にオープンしたばかりの書店(UNITÉ)にて、店長・大森さんと創業15年を迎えるナナロク社の村井さん、この秋、初めての書籍を出そうとしている新規出版社・出雲路本制作所の中井さんとともに、一冊!代表の三島が進行役を務め、大いに語り尽くします。
・今の時代、書店経営は「本を売る」だけではむずかしい? 本だけで経営するには何が要る?
・書店として、出版社に求めるものは?
・売れる本、本当に届けたい本。どのように棲み分けて仕入れている?
・この地域にある店として、意識していることは?
・出版社は、印刷、製本、流通費や、印税など、さまざまな支払いに追われる立場。お金に関して、こうなったら良いのにな、とか、これはうまくいっている、ということは?
・出版社にとって、書店とは?
・これから出版社をたちあげるに際し、これだけは気をつけたほうがいいというものはある? etc.
書店と版元、双方の本音と煩悶をぶつけあった先に見えてくる出版の未来は?
責任を担いながら現場仕事を日々実践する人たちが、「小売」と「ものづくり」のこれからの関係、あり方を本気で探ります!
一冊トーク!本屋の本音、版元の煩悶 vol.1
日時:2023年4月27日(木)
場所:UNITÉ
住所:東京都三鷹市下連雀4-17-10 SMZビルディング 1F
来店参加:2,200円(税込)
オンライン参加:1,650円(税込)
予約:要予約
2023年度ミシマ社サポーターを募集します!
【サポート期間】2023年4月1日(土)~2024年3月31日(日)
★お申し込み特典★
①非売品の特別本『ここだけのミシマ社』
代表ミシマの書き下ろしの文章とミシマンガを収録し、なぜか営業・スガ(デザインは全くの素人)が装丁デザインを担当(?!)、まさに「ここだけの」一冊です。
②MSLive!「仕上がるまで終わらない!寄藤文平と営業・スガの時間無制限デザイン講座」のアーカイブ動画視聴URL
2023年度のサポーターの種類と特典
下記の三種類からお選びください。サポーター特典は、毎月、1年間お届けいたします(中身は月によって変わります)。
※特典の内容は変更になる場合もございます。ご了承くださいませ。
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サポーター費のお支払いの方法によって、お申し込み方法が変わります。以下よりお選びください。
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