ミシマ社の話ミシマ社の話

第93回

『ここだけのごあいさつ』――自著を告知できなかった理由について

2023.06.24更新

 もう、お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、5月に単著を出しました。
 タイトルは『ここだけのごあいさつ』
「ここだけ」というだけあり、かなり閉じた状態で発刊を迎えました。そうして現在、そのまま数カ月が過ぎようとしています。自分のtwitterやInstagramなどでも未だ告知せず。書影もあげておりません。
 読んでほしくない。・・・わけがありません。
 が、それでも告知に踏み切れずにいた。
 たぶん、私のなかでは理由はふたつあります。
 ひとつ目の理由は、それほど大きなものではありませんが、自社から出したからです。そこから生じる多少の気恥ずかしさがあったのは間違いありません。
 これまで拙著は3冊書きましたが、すべて他社版元さんから出してもらいました。なぜなら、自社には「担当編集者」がいない。もちろん、私以外にも単行本を編集しているメンバーがこの10年ほどは常時二人はいます。けれど、ふだんから私がけっこう教えたり、指示をだしたり、つまり世に言う上司と部下の関係です。対等な関係とは言いがたい。すると、どうしても遠慮が生まれ、結果、作品へのアプローチが甘くなりかねない。編集側が、著者に忖度して言うべきことを躊躇する。そんなことはあってはいけない。作品にとっては絶対に避けなければいけません。
 それだけに自著の刊行は自社からはむずかしい。そう捉えてきました。
 ところが今回の本は、自社レーベル以外の刊行こそ、よりむずかしい。なぜなら、当初、企画時は、ミシマ社サポーター向けに書いた文章(本書第2章収録)だけを集めて一冊にする予定だったからです。
 自社刊行しかないのだとすれば、編集者は? うーん。
 と、このように唸ったかといえば、そうでもありません。この数年、雑誌「ちゃぶ台」の制作で、私の書くコーナーをノザキが担当してくれていたので、その延長で担当してもらうことになりました。最近、くどうれいんさんの『桃を煮るひと』を企画・編集したことからもわかるように、メキメキと地力をつけている時期だったのも大きかったかもしれません。自社刊行でありながら担当編集者問題は浮上することなく、ごく自然に、違和感なく進みました。
 ちなみに、発行元はミシマ社ではなく、ちいさいミシマ社です。小部数レーベルを掲げて始まった「ちいさいミシマ社」は、作家さんのデビューの場であったり(前田エマ『動物になる日』など)、実験的な本をつくる場であったり(ロビン・ロイド、中川学『幸せに長生きするための今週のメニュー』など)、そうした役割も担っています。
 今回、両レーベルを通じてミシマ社でははじめて「文庫サイズ」の本にしました。こうした実験も、自分の本だからこそ、そして「ちいさいミシマ社」レーベルだからこそできたことと思っています。
 その意味で、自社レーベルで出す以外になく、それがベストだったと思っています。
 なので、自社刊行であることは、告知を数ヶ月もためらうほどの大きな理由だったわけではありません。
 それより、もっと大きな理由があったように感じています。
 先日、そのことに思い至りました。実はミシマ社の著者の方々へ献本もできていなかったので、献本に添えるお手紙に次のような文章を書いたのでした。

 献本が遅くなりましたこと、大変失礼いたしました。お詫びの気持ちでいっぱいです。
 言い訳になりますが、なぜこの本(とりわけ、第1章と第3章の書き下ろし)を書いたのか、自分自身わからずにおりました。その整理がつかないまま献本することにためらいがありました。
 ようやく最近になって、執筆の理由が自分のなかで腑に落ちてきた次第です。
 それは、会社を形骸化せずに、どうすればいきもののまま維持できるか、その問いを切実に自分自身が欲していたからにほかなりません。執筆当時、ちょっと気を抜けば、ルールと形式で会社をぬりかためかねない、そう感じていたのだと思います。そのとき、こうも思いました。
 ――融通の効かないガチガチな会社も最初からそうだったわけではないのではないか? ガードを下げ、風通しよく、みんな和気藹々とやっていた。むき身で。ところが、あるとき、とても傷つくことが起こる。必然、生物としての防御本能が働く。もう二度と傷つきたくない。そうして、あらかじめ傷つかないための「規定」を作成。それでもまた傷つく。規定の追加、ルールの強化。さらに・・・こうしたことをくりかえした結果、会社はいきものではあることを諦め、血の通わぬ無機物へ。多くの会社はこのような過程を経てきた。そして、ミシマ社も例外であることは免れない・・・。
 このような危機感のもと、次の問いを探しつづけた記録が本書です。
 形骸化した無機物にならず、血の通ったいきものとしての会社でありつづけるためには、どうすればいいのか?

 「第3章 ああ、これかも・・・!」は、発刊直前まで無我夢中で書きました。なぜこれを書くのか、自分でもわからないまま、それでも書かないではいられない。何かにつき動かされるように、上記の問いを求めて書いたのだと今は思います。
 結果、本書の最後で一つの着地点へ辿りつくことができました。
 そうして今、発刊から数ヶ月が経ち、会社がふたたびいきものへと変化しているのを感じています。
 おそらく、そう感じられたからこそ、今こうして告知をする気持ちになったのでしょう。ミシマ社の周りの方々のなかには、この数ヶ月のミシマ社のことを心配してくださっていた方もいると思われます。ご心配おかけして、すみません。
 もう、大丈夫です!
 いずれ、この間の変化についてもご報告したいです。
 まずは自著を出したからこそ、この変化が生まれた。そう実感している。というご報告だけに今日のところはとどめ、筆を置こうと思います。

三島 邦弘

三島 邦弘
(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。 ミシマ社代表。「ちゃぶ台」編集長。 2006年10月、単身で株式会社ミシマ社を東京・自由が丘に設立。 2011年4月、京都にも拠点をつくる。著書に『計画と無計画のあいだ 』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)、『パルプ・ノンフィクション~出版社つぶれるかもしれない日記』(河出書房新社)、新著に『ここだけのごあいさつ』(ちいさいミシマ社)がある。自分の足元である出版業界のシステムの遅れをなんとしようと、「一冊!取引所」を立ち上げ、奮闘中。 イラスト︰寄藤文平さん

編集部からのお知らせ

『ここだけのごあいさつ』刊行記念イベント
@大阪・梅田

『ここだけのごあいさつ』刊行を記念して、ミシマ社代表・三島邦弘と、インセクツ代表・松村貴樹さんの対談「ちいさな出版社の歩み方」を開催します!

 リトルプレス、zineなど、ちいさな出版活動のうねりが全国で起きています。
 その先駆け的存在とも言えるのが、大阪を拠点にするインセクツと、京都と東京・自由が丘の二拠点で活動するミシマ社。
 今回、両者の代表が、個人出版から商業出版まで、今ならではの「やり方」(つくり方、届け方)を紹介します。また、本や書店、出版活動がすこしでも好きな人たちにとっての「これからの楽しみ方」も語り合います。
 同時に、それぞれ出版社運営を通して感じている、「人とお金」の話や、「チームづくり」についても言及する予定です。

日  時| 2023年6月26日(月) 18:00 講演開始(17:30開場受付開始)

場  所| OIT梅田タワー2階 セミナー室201号室

     ※アクセスはこちらをご覧くださいませ

参加方法|チケット1,000円(税込)を、紀伊國屋梅田本店③番カウンターにてご購入でご参加頂けます。(定員:先着50名様)

お問合せ・ご予約| 紀伊國屋書店梅田本店 06-6372-5821 10:00~21:00

詳細はこちら

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ここだけのごあいさつ

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INSECTS Vol. 16

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