自分の地図をかきなおせ

第1回

暖房を考えなおせ

2020.02.12更新

23袋の落ち葉

 この秋はとにかく落ち葉を集めるのに必死だった。落ち葉は早く集めないとどんどん掃除されてしまうし、らくようの時期も終わってしまう。なので常にそわそわ過ごしながら、時間ができたときにビニール袋と竹の熊手を持って落ち葉がある場所を自転車で探し回っていた。

 まず自分のアトリエの庭でサクラなどの落ち葉を70リットルのビニール袋で2袋、それから近所の公園、というか、住宅街の中にあって、クヌギ、ケヤキ、アカシデ、シイノキなんかの落葉樹がたくさん植えられていて、全体が急な坂になっている黒土の小さな広場があるのだけど、そこで人に手伝ってもらいながら7袋、他にも歩道の隅に風で自然に集められたコブシやイヌシデやイチョウなどの落ち葉を8袋、それから甲州街道沿いのケヤキの落ち葉を3袋くらい、さらには、ある小学校の図工の先生から「出前授業」の講師として呼ばれたときに、学校の用務員さんが集めたクヌギの落ち葉を100リットルはありそうな袋で3つ譲ってもらった。樹の種類は集めながら覚えた。

 落ち葉を集めているときは、なんだか自分が大いなる自然の一部になったような、神様に仕えているような気持ちになる。冬から春にかけて芽吹き、夏には青い葉を付け、秋には葉緑素が分解されて紅葉し、冬になると落ちる。そうやって循環する時間の流れを感じる。スマートフォンと共に、速く、より直線的に、という生活をしているだけでは味わえないことだ。

 踏んだときにカシャカシャと鳴るのも気持ちが良くて、地面を踏みしめる力加減によって聞こえる音の深さが変わる。すごいことだ。自分がそこに立っていること自体が祝福されている。

 葉は一枚の中にもたくさんの色が見てとれる。何色かと聞かれても答えられない。赤とかオレンジとか茶色とか、そうやって色を区分けることはなんて暴力的なんだろうと思う。全ての物は0か1かではなく、無限に分解できるグラデーションとして存在している。そんな当たり前のことを思い出させてくれる。そういうことを感じるためにわざわざ落ち葉を集めていたわけではないのだけど、結果としてそういうことを感じられ、それはそれだけで価値があることなので、もう集めた落ち葉を利用してどうこうするのは野暮なことかもしれないとすら思えてくる。

落ち葉の温床

 しかし落ち葉集めには別の目的がある。落ち葉を発酵させて、そのときに出る熱を冬の暖房として使いたいと思っている。落ち葉には土着菌がたくさんついている。米ぬかや鶏糞などを加えて混ぜ、水を加えて上から踏み込めば、土着菌が葉の炭素と窒素を消費して二酸化炭素と熱を出す。うまく発酵が進めば摂氏70度近くになるらしい。農家の人たちはこれを「踏み込み温床」とんでいて、夏野菜の苗を冬のうちから育てるための技術として古くからあるものだ。ほとんどタダで熱が手に入るなんて夢のような話だ。僕は農家ではないけど、暖房にも使えるんじゃないかと思いついてしまった以上、作らないわけにはいかない。

 落ち葉を集めたあとで、温床の実験装置を作る。アトリエで余った木材で枠を作り、中に落ち葉やら米ぬか(インターネットで買った)やら鶏糞(ホームセンターで買った)を入れ、水をかけて上から踏み込む。温床作りには窒素(N)と炭素(C)の比率というのが肝心だ。C/Nが20程度のときに発酵が進みやすいとされていて、落ち葉単体では30~50程度ある。これを下げるために、C/N比が20程度の米ぬかや、6~8程度の鶏糞を混ぜるというわけだ。これは農業雑誌を買ったり、国立国会図書館で論文を読んだりして調べた。

 そういうことは調べるのに、長靴を買うという初歩的なことを思いつかず、しばらくはいつものスニーカーで作業していた。当然泥だらけになり、家の玄関が汚れた。玄関が汚れてからは長靴を着用して作業を行うようにしている。どうも、手元にあるものでとりあえず始めてしまう癖がある。

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温床実験一号機。体積が小さいせいかうまく発酵せず、温床の内部は一週間経っても18度までしか上がらなかった。

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温床実験二号機。10日間で24度まで上がったが、蓋のビニールに雨が溜まって蓋が落ちてしまい、それから温度がみるみる下がってしまった。

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しかし二号機の表面には発酵を示す白い菌糸がでていた。

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二号機を踏み込んでいるところ。この頃はまだスニーカーを履いている。

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温床実験三号機。二号機にさらなる落ち葉と鶏糞を加え、雨がたまらないように蓋を山型にしたもの。ビニールハウスに近い形になった。10日で24度まで上がったが、その後なぜか19度まで下がってしまう。

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温床実験四号機。日当たりの良い場所に新たな落ち葉で作り直した最新型。一号機から四号機に進化するまでに1ヶ月半ほどかかっていて、2月1日現在も四号機(改)で経過観察中である。

 日当たりの良いところに四号機を作ったところ、温床の内部温度も30度程度まで上がったのだけど、それ以上に日が当たっているときのビニール内の温度が50度近くまで上がった。農業用ビニールの断熱性能がこれほどのものだとは知らなかった。しかも安い。常々思うのだけど、農業用の素材は性能が良いわりに価格が安い。何か素材に困ったら農業用のものを探してみると良い。しかし50度は高すぎる。最終的にはこの実験の成果をもとに、温床を備えたテントのような大きな家を作り、そこに住んでみる予定なので、晴れた昼間に暑くなりすぎた室内温度を下げる方法を考えなくてはいけないかもしれない。

うまくいっているのか、いないのか

 「落ち葉の発酵熱を冬の暖房に使おうとしてる」と言うと、よく人から「うまくいくの?」とか「それは無理だよ。」とか言われる。実際やっていて思うのは、これを「うまくいってるかどうか」の二択で答えるのは難しいということだ。自分の温床もそうだし、人の実践などを読んでも、温床は温度が上がったり下がったりする。温度を測る場所によっても違う。酸素や温度や、色々な種類の菌の温床内における勢力図や、水分量などの微妙な変化で少しずつ変わる。僕の温床も、いまのところ最高36度までしか上がっていないとも言えるし、36度までは上がったとも言える。長年踏み込み温床をやっている農家の方のように、もっと経験を積めばある程度コントロールできるようになるのかもしれないけど、彼らのやりかたもばらばらで、それぞれの土地でそれぞれに都合の良いやりかたをみつけている。落ち葉の色と同じく、落ち葉の温床も0か1かではない。うまくいく場所もいかない場所も、うまくいっている時期もいってない時期も、すべてがまだらにある。均一に安定しているものではない

 この「それってうまくいくの?」という問答は、地球の気候変動への対策の話と似ている。最近、カナダのある会社の試験場で、温暖化を食い止める技術を開発するために現在1日1トンの二酸化炭素が大気中から取り除かれ、1日1バレルの燃料がCO2から作られているというニュースを読んで、それまでの自分の考え方を反省した。僕は地球の温暖化問題について「ある日全てを解決する夢の技術が開発される」か「解決は不可能」の二つの極で考えがちだった。なんて恥ずかしい考え方だろうと思った。

 彼らはこの問題にずっと前から実践的に取り組んでいて、近い将来CO2から作った燃料を大量に生産する商業目的の施設を建てるべく、低コスト化に向かって日々開発を繰り返し、1トンのCO2を取り除くコストを8年間で1/6にしていた。彼らに対して「うまくいくの?」などと聞いても何の意味もない。ただ恥ずかしい自分が露呈するだけだ。でもたぶん多くの人は、自分が実践的に考えたことのない問題群に対し、往々にしてそういう思考に陥りがちだ。僕は自分がそこに陥りやすいことに自覚的でありたいし、そうならないための練習としても、落ち葉温床を搭載した家を作りたいと思っている。

(続く)

村上 慧

村上 慧
(むらかみ・さとし)

1988年生まれ。2011年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2014年より自作した発泡スチロール製の家に住む「移住を生活する」プロジェクトを始める。著書に『家をせおって歩く』(福音館書店/2019年)、『家をせおって歩いた』(夕書房/2017年)などがある。

satoshimurakami

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