第1回
地理人・今和泉隆行さんインタビュー「地図から読み解く自由が丘」(1)
2019.08.09更新
先日自由が丘オフィスの事務・サトウが、「このあいだ空想地図の先生のお話を聞きにイベントへ行ってきました」と妙なことを言いました。「空想地図ってなんだろう?」と思いながら話を聞いていると、今和泉隆行さんという方が、「中村市(なごむるし)」という架空の街の地図を描かれていることと、『「地図感覚」から都市を読み解く』という本を書かれていることがわかりました。
『「地図感覚」から都市を読み解く――新しい地図の読み方』今和泉隆行 (晶文社)
さっそくその『「地図感覚」から都市を読み解く』を読むと、地図上での距離の測り方など地図の読み方から、地図を見るだけでその街の成り立ちや現在の賑わいぐあいを推理する方法までが書かれており、「あれっ、地図っておもしろいんだな」と気づかされました。
このたび、その今和泉さんにインタビューをお願いして、自由が丘を地図から読み解いていただきました。その模様を今日と明日のミシマガでお送りします!
(聞き手:星野友里、構成・写真:須賀紘也)
地図感覚とは何か?
ーー 『「地図感覚」から都市を読み解く』、おもしろかったです! 私は地図は好きだけど方向音痴なんです。それでも地図感覚は身につきますか?
今和泉 大丈夫です! といっても、「地図感覚を身につければ、方向感覚も身につく」というわけではなくて、地図を読むだけで、「その街がどんな様子でどういう人が住んでいるのか」が想像できるようになる、というのが地図感覚の目指すところですね。
でも、今日は自由が丘駅の「正面口」集合でしたが、地図感覚を活かして、構内の看板を一切見ずに無事にたどり着けました。
今和泉隆行さん
1985年生まれ。通称「地理人」。7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描き、現在も空想地図作家として活動を続ける。 大学生時代に47都道府県300都市を回って全国の土地勘をつけ、2015年に株式会社地理人研究所を設立。日経ビジネスオンラインライター、ゼンリンアドバイザーを経て、都市や地図に関する情報を、多様な人につかみやすい形で提供すべく、情報デザイン、記事執筆、社員研修、テレビ番組やゲームの地理監修・地図制作、グッズ製作に携わっている。2019年には東京都現代美術館「ひろがる地図」出展。著書に「みんなの空想地図」(白水社)、「『地図感覚』から都市を読み解く」(晶文社)。
ーー えっ、自由が丘駅はけっこうややこしいですよ? (自由が丘駅には正面口、北口と南口があります。もし南口から降りてしまうと、正面口にたどり着くのは大変です)
今和泉 正面口集合と聞いて、「『正面』ってなんだろう?」と思いながらも、地図を見るかぎり先に発展したのは駅の北側のほうだから、おそらくこっちが「正面」と呼ばれているのだろうと。でも、私が電車から降りた位置のすぐそばにある改札は、駅の南側にあったから、「ここを降りるとやばいぞ、こっちは正面じゃないぞ」と。そんな推測を立ててられれば、そんなに迷わなくてすみます。
ーー それは方向音痴の助けになりそうです! ミシマ社は13年前の創業以来、ずっと自由が丘にオフィスがありまして、6年前には『自由が丘の贈り物』という本をつくりました。
『自由が丘の贈り物 私のお店、私の街』ミシマ社編(ミシマ社)
『「地図感覚」から都市を読み解く』を拝読して、地図を読み解くことから、私たちの知らない自由が丘が浮かび上がってくるのではないかと思いました。今日はいろいろなお話を伺えればと思っております。
地図で街を読み解いてみようと思ったときに、最初は地図のどこに注目すればいいのでしょうか?
今和泉 正しい見方というものはないです。歴史を見る人、地形を見る人と、人それぞれです。そのなかで私が一番気になっているのは現代人の日常です。どこにどういう人が集まっているかというのが個人的に気になっています。
その街の歴史は道路の太さでわかる
ーー 自由が丘を地図で見たとき、どのような印象を受けられましたか? 先ほどは「自由が丘は南より北が先に発展した」という言葉がありました。
今和泉 そうですね。駅を中心に広がった街ならば、駅を中心に、同心円状に街が広がります。でも自由が丘の地図をみると、施設などを意味する色や建物の名前の記載が駅の左側、北西のほうにかたよっているんですよね。対して、駅の右側は駅から少し離れると、住宅ばかりで目印になるよう建物がない。
インタビューはこちらの地図を見ながらおこないました。
『街の達人 7000 でっか字 東京23区 便利情報地図』 (昭文社発行)
ーー (地図を見ながら)そうですね。
今和泉 この地図上で、オレンジ色で色づけされている建物は商業施設です。商業施設は、できるだけ多くの人を集めようとしますよね。だから通常、交通量の多い、駅の近くあることが多いです。
自由が丘が特徴的なのは、北西のほうは、駅から遠いところにも商業施設がたくさんあります。
自由が丘駅付近の地図 (地図の写真)街の達人 7000 でっか字 東京23区 便利情報地図 (昭文社発行)
ーー 確かにそうですね。
今和泉 商業建物の他は、公共建物、余暇建物、宿泊建物で色分けられています。余暇建物が難しいのですが、市民文化ホールとか、映画館など趣味で使うような場所ですね。
雑な言い方をすると、地図上にいろんな色がある、つまりいろんな種類の建物が集中している場所には、不特定多数のいろんな人が集まっている、ということなんです。たとえば渋谷には、駅から遠くには、余暇建物とされている文化総合センターやbunkamura、美術館がある。駅から近いところには、商業施設がある。宿泊施設もあちこちに点在しています。となりのページの広尾とかと比べると、なんとなく色が多いですよね?
ーー 多いです。
今和泉 だから「渋谷には不特定多数のいろんな人が集まっているんだな」という雑な見立てができます。自由が丘はどこに色が集中しているのか? と調べてみると北西になるわけです。
ーー では、まずどこに人が集まっていそうかを見るんですか?
今和泉 そうですね。地図を開いて、最初の3秒くらいで、「こちらのほうに多くの人が集まるんだな」、ということがわかる。「ああ、この街の重心はこっちか」みたいな。
ーー 3 秒ですか! 話は変わりますが、その街がわりと新しくできた街なのか、それとも古くからある街なのかというのを見分ける方法はありますか?
今和泉 その街ができたのが、車社会になる前なのか、なった後なのかというのが、見分ける上でのポイントです。自由が丘って細い道路が多いですよね。幹線道路も細くて、車を使うには不便です。
ーー そうですね。一方通行の道がけっこうあるんです。
今和泉 一方通行の道って、どうして一方通行になると思いますか?
ーー 細いからですよね?
今和泉 でも自由が丘にも、細いのに一方通行ではない道もありますよね。
ーー んー、なんでだろう?
今和泉 駅に向かう道に一方通行が多くないですか? つまり、道が細いわりに、交通量が多い道が一方通行になるんです。
ーー あー、そういうことですか!
今和泉 高度経済成長のあとできた街だと、すでに車社会になってから道ができるので、駅から各方向に向かう道はもっと広い道幅になります。自由が丘は戦前に宅地化しているので、全国的に見てもかなり早いのです。
自由が丘と下北沢の意外な共通点
ーー 自由が丘は駅前の道が細いからか、一部の路線のバス以外は、駅から離れたバス停で乗らなきゃいけないんですよ。
今和泉 あの細い道じゃバスは通れないですよね。このパターンの街で、もっとひどいところもあるんですけど、思いつきますか? たぶん行ったことがあると思いますよ。
ーー どこだろう?
今和泉 (地図をめくって)ここです。下北沢。
ーー あーっ!
今和泉 下北沢もバスは入れないですよね。実は「下北沢駅前」というバス停が、全然駅の前ではない、すごく離れたところにあるんです。
ーー ということは、下北沢も宅地化が早かったということですか?
今和泉 そういうことですね。23区の「山手線より少し外側」のエリアは、早い時期に宅地化された地域が多いです。関東大震災以降に人口が増えて宅地化しますが、終戦まもないころにさらに人口が増えています。山手線の外側3キロから5キロぐらいの範囲って、今も賑わう商店街がある街が多くないですか? 下北沢、中野、三軒茶屋、武蔵小山、大井町、大森と。
ーー 本当ですね!
今和泉 少し話が変わりますが、東横線だと、わりと山手線にも近い中目黒駅や学芸大学駅のあたりに賑やかさのピークがあります。そのあたりは夜遅くまで個人経営のお店がやっていたりして、一人暮らしが主役の街ですよね。
それに比べると自由が丘はより郊外というか、ファミリーが主役の街。そんな「外食屋のお店と総菜屋が減ってスーパーが増える境界」が、学芸大学と自由が丘のあいだにあります。
(つづく)