第1回
地理人・今和泉隆行さんインタビュー「地図から読み解く自由が丘」(2)
2019.08.10更新
先日自由が丘オフィスの事務・サトウが、「このあいだ空想地図の先生のお話を聞きにイベントへ行ってきました」と妙なことを言いました。「空想地図ってなんだろう?」と思いながら話を聞いていると、今和泉隆行さんという方が、「中村市(なごむるし)」という架空の街の地図を描かれていることと、『「地図感覚」から都市を読み解く』という本を書かれていることがわかりました。
『「地図感覚」から都市を読み解く――新しい地図の読み方』今和泉隆行 (晶文社)
さっそくその『「地図感覚」から都市を読み解く』を読むと、地図上での距離の測り方など地図の読み方から、地図を見るだけでその街の成り立ちや現在の賑わいぐあいを推理する方法までが書かれており、「あれっ、地図っておもしろいんだな」と気づかされました。
このたび、その今和泉さんにインタビューをお願いして、自由が丘を地図から読み解いていただきました。その模様を昨日と今日のミシマガでお送りします!
(聞き手:星野友里、構成・写真:須賀紘也)
ミシマ社西谷畑オフィス!?
ーー 自由が丘を地図で見たとき、特殊だなと思う部分はありますか。
今和泉 自由が丘駅の周りの街、たとえば自由が丘駅のとなりのとなり、大岡山駅のあたりは曲がった道や斜めの道が入り組んでいます。これが自然な状態なんです。対して自由が丘の道路は、直線の道路がきっちり縦横に走っています。その模様の違いが気になります。
ーー 見比べると、はっきり違いますね。
今和泉 直線の道は区画整理、または耕地整理によってできます。どっちによってなのかはわかりませんが、自由が丘はかなり「整理」された街といえると思います。
ーー 逆に言えば大岡山のほうは、区画整理ではなく、自然発生的に街が広がったのですか?
今和泉 そうですね。田畑があったところに少しずつ家が増えてきて、「あっ整理しよう」と思ったときにはもう間に合わなくて、道路作れないままどんどん家が増えちゃったっていうパターンですね。
ーー なるほど。ということは、自由が丘の場合は、どこかの時代のどこかの年に・・・
今和泉 街中ガーッとつくりかえていますよ。
ーー ガーッとやってるんですね。
今和泉 それはね、ちょろっと調べれば出てきます。(と言いながらスマートフォンのアプリで古地図を検索して)ほら、約100年前はこのあたりの道路もグネグネと曲がっています。そのころ、ここは西谷畑(にしやばた)2555番地だったそうですよ。
ーー ここ(ミシマ社自由が丘オフィス)がですか?
今和泉 番地はぴったりここかわかりませんが、このあたりです。だいたい自由が丘という地名が、大昔からあるはずがないですもんね。
ーー 西谷畑だったんですか。畑・・・
今和泉 まあ当時は畑も多いですよね。それが電車が通るようになったのとほぼ同時に宅地化されたんですね。
(編集部注:後日調べたところ、現在もオフィス付近の谷畑坂、谷畑弁財天に「谷畑」の名を残しています)
谷畑坂の案内柱
谷畑弁財天の鳥居
駅から歩くことが逆に魅力になる街は貴重
ーー 先ほど、商業施設が駅から離れたところにある、というお話がありました。それは何を意味するのでしょうか?
今和泉 駅から離れたところに商業施設が点々とあって、「これは普通の街がやっている人の集め方とは違うぞ」と感じました。
郊外のベッドタウンは特に、すべての商業施設がは駅に集中しがちなんです。「その街が好きかどうか」ということより、アクセスの利便性などで選んでその街に住んでいる人も多いので、特に街を歩き回ることもなく、仕事や学校に行くときに使う駅の近くで買い物を済ましてしまう、ということになりがちです。だから自由が丘はちょっと不思議にも思えます。
ーー 確かに不思議です。
今和泉 普通、駅からちょっと歩くことは、お店にとって売上の支障になる。でも自由が丘は遠いことがそんなに支障にならない。それはつまり、街歩きそのものが魅力になりうるからこそ、お店を駅から離れたところに作れるんです。駅からちょっと歩くことが逆に魅力になりうるという街はなかなかレアですよ!
ーー おお! それはいいことを聞きました。『「地図感覚」から都市を読み解く』には、「街の新たな動きが起きる場所」についても書かれていますが、自由が丘ではどのあたりになりそうですか?
今和泉 なかなか難しいですね・・・でも大型商業施設が駅から離れたところに散らばっているので、駅とその商業施設たちの間なら回遊性がありますから、この中の小さい民家とか古い小さい建物とかは、意外と可能性はあるでしょうね。
ーー なるほど!
今和泉 たとえば代官山もそういう構造になっています。駅から遠いところでも人がやってくる。そんな街は、東横線沿線だと渋谷と横浜を除けば代官山と自由が丘ぐらいですよ!
商業施設までの道のりにある、元々民家だったところを店舗にしたり、アトリエにしたり飲食店にしたりしようと思う人がいてもおかしくないです。
メインの駅の隣を狙え!
ーー 自由が丘の周辺だと、どの駅が気になりますか?
今和泉 自由が丘の近くの、奥沢や九品仏もいいところです。「となり」というのがミソで、自由が丘とか渋谷とか新宿とか、メインの駅の一駅となりは注目です。
ーー そうなんですか?
今和泉 たとえば、渋谷はファッションの街と言いますが、今渋谷を押さえているのは、資本力をもった大型チェーン店です。そこから新たなファッションデザインが生まれるかと言われるとそうとも言えないです。それでは、今ファッション系の動きがどこで生まれているかというと、今ファッションデザイナーって千駄ヶ谷から北参道の間にいるんですね。そんなデザイナーがいる北参道には、スタンドでコーヒーを飲めるようなお店がたくさんできています。
ーー へぇー。
今和泉 ストリート系ファッションは原宿、大量生産ではない、大人やファミリー向けファッションや雑貨は代官山にあります。世界的なファッションブランドは表参道ですよね。全部渋谷の一駅となりじゃないですか。
もうひとつ例を挙げると、新宿は多文化の街と言われますが、ゲイタウンがあるのは新宿三丁目より奥の二丁目、はじまりは韓国だったのが、今やほぼアジアンタウンになっているのが新大久保。そんなふうに、メインの駅が持つエッセンスが、隣の駅により濃くなって転移するという現象がよく起きます。
ーー たしかに! それはすごくおもしろい現象ですね!
今和泉 吉祥寺の隣の西荻窪がおもしろいとか、渋谷の隣の恵比寿がおもしろいとか、今そういう流れがありますよね。そういうような、人を集める町のとなりって、大きい駅の匂いが香ってきつつ、でも真ん中ほど人は押し寄せてこないし、地価も高くないので、ちょっと落ち着きもあるんです。奥沢や九品仏もそうだと思います。
ーー 今日はいろいろなお話を伺えて、勉強になりました。ありがとうございました!
今和泉隆行さん
1985年生まれ。通称「地理人」。7歳の頃から空想地図(実在しない都市の地図)を描き、現在も空想地図作家として活動を続ける。 大学生時代に47都道府県300都市を回って全国の土地勘をつけ、2015年に株式会社地理人研究所を設立。日経ビジネスオンラインライター、ゼンリンアドバイザーを経て、都市や地図に関する情報を、多様な人につかみやすい形で提供すべく、情報デザイン、記事執筆、社員研修、テレビ番組やゲームの地理監修・地図制作、グッズ製作に携わっている。2019年には東京都現代美術館「ひろがる地図」出展。主な著書に「みんなの空想地図」(白水社)、「『地図感覚』から都市を読み解く」(晶文社)。