第46回
まぐろわなげ みさき まるいち
2019.01.28更新
2018年の暮れは母港に帰った。神奈川県、三浦半島南端の港町、三崎。
2001年から2010年まで、松本や京都へ移り住みながら、ひきつづき家を借りつづけて住んだ町。住んでいたその家は、外観はそのまま、内装は最高のリフォームを加えて、誰でも泊まれるゲストハウスとして生まれ変わった。僕たち一家もそこに泊まった。
クリスマスイブ前日、「第3回 いしいしんじ祭」が開催される。
第1回目は2013年。三崎への恩返し、というつもりで始めたものの、結局、商店街じゅうのお店にお世話になった。第2回目はまるいち魚店の店主「のぶさん」の初盆と、小説「港モンテビデオ」の発刊記念。そして第3回は、三崎にまつわる小さな話を集めた本の告知をかねたブックフェアだ。
主催は、三崎にひっこしてきた夫婦がはじめたばかりの出版社アタシ社。そういえば、夏の京都で「いしいしんじ 夏の『きんじよ』祭」を主催したのはご存じミシマ社。僕と出版社のどちらがお祭好きなのか。
当日は雨だった。その分、商店街に点在する、会場となった数々のお店で、遠来のお客さんたちは身を寄せ合い、親密そうに話しこんでいる。
宇宙一の魚屋まるいちからは、この祭の呼び物「まぐろ輪投げ」が出店された。まぐろの巨大かつブキミな頭を九つ、正方形にならべ、3メートルほど離れたところから輪を投じる。なかなか入らない。入ったならもれなくまるいちから特製の干物、生魚などが進呈される。雨の日のまぐろ輪投げは相当奇天烈な見世物で、お祭とは関係ないひとたちが遠巻きに、ぱしゃぱしゃシャッターを切っている。
パフォーマンス集団、鉄割アルバトロスケットから来てくれたのは、作家でもある戌井昭人さん。一時は、京都、東京のみならず日本各地で、ふたりそろってのイベント出演ばかりつづき、「いしいぬい」なるユニットを結成していたくらい。
ブックフェアということで、戌井さんは自作「鳩居野郎」を朗読した。会場はアタシ社のオフィス兼書店「本と屯」。
途中で何度も小説から離れ、みずからがどれほど鳩嫌いか、鳩のどんなところがいやらしいか、身ぶりつきで熱弁をはじめる。小説もおもしろいがさすが役者、身のこなしが、見とれてしまうくらいおもろくて、ただの朗読でなく、ほかの誰にも真似できない、ジャンルもへちまもない新しい一芸を見ているようだった。すばらしかった。「鳩居野郎」爆笑なので是非読んでみてください。戌井昭人「すっぽん心中」に収録されています。
お昼から会場は老舗旅館・三崎館本店の、大正時代からそのままの大広間に移った。まずは、音楽評論家・湯浅学さんが結成したバンド、湯浅湾のライブ。今回は湯浅さんだけなので「ひとり湯浅湾」ということになる。
このライブの二週間ほど前、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」を見ていた。鶴瓶さんは秩父の住宅街を歩きまわり、そうして、
「あ、あんなとこに誰か」
そういって家屋の敷地に入っていき、広大な前庭で、段ボール箱の中身を検分している男性に話しかけた。
「あんた、なにしてまんのん」
「あ、かたづけですよ」
顔をあげたのは、引っ越したばかりの湯浅さんだった。
「ホントに来るんだよ。仕込みとかなんもなくって。いきなり鶴瓶さんなんだよ。野良犬みたいな鼻だね」
ライブで曲の合間に湯浅さんは笑いながら語った。湯浅さんは学生時代から大瀧詠一氏の助手、鶴瓶さんも大瀧さんのラジオに呼ばれたり対談したりしている。鶴瓶さんは、大瀧さんが引き合わせてくれはったんやねえ、と感慨深げにいっていたらしい。そうしたマニアックなくだりは、放送時にはそっくりすべてカットされていた。
僕は、まるいちの店員、三崎名物のんちゃんの話を書いた。むろん実在する。五年ほど前、ものすごく忙しいゴールデンウィークの真っ昼間、まるいちのおかみさん美智世さんが、のんちゃんに五百円玉を手渡し、
「ごめん、いま手が離せないから、これでアルミ箔買ってきて」
といった。サランラップだったかもしれない。いずれにせよのんちゃんは買ってこなかった。あとできいたところでは、まっすぐコンビニにいって紙パックの酒を買い、石んところに座ってチューと飲んだ。それで帰りづらくなってトンヅラした。
二年後、電話がかかってきた。
「いま、イオーじま。パワーシャベルとか、スコップで、いろいろほってんの」
なんだか嬉しげだ。遺骨収集の最中、のんちゃんに頭蓋骨をかち割られたりしたら、帝国陸軍の英霊のみなさんもたまったもんじゃないだろう。僕は南方を見つめ、のんちゃんのかわりに、モウシワケアリマセン、と手を合わせた。
その二年後、また電話があった。なんだか声に元気がない。
「いまはね、フクシマ。そうじの仕事」
とのんちゃんはいった。
「あのさ、ここオレいやだ。イオーじまのほうがまだよかった。はやく帰りてえよ」
「逃げてこいよ」
「逃げられないんだよー」
そういってのんちゃんは電話を切った。
けれども祭の日、のんちゃんは僕の前に、前と変わらずボロボロのジャンバーであらわれ、
「おれがいねーと、みさきで、いしいさんのマツリなんか、はじまるわけねーじぇん」
といってくれたのだ。
そんなような話をたっぷり1時間かけて書いた。書き終わったら、勝手にステージに出てきたのんちゃんがマイクを取り、
「あのよー、よかったらオレ、サインでもなんでもすんからさー。さかなの絵でもなんでもかくからさー」
よほど嬉しかったみたいだ。
すっかり暗くなった午後6時、名物店「ミサキドーナツ」の2階にあがり、京都でも上映したドキュメンタリー映画「いしいしんじの 十一のはなし」を上映した。日本各地で僕が歩き、しゃべり、書きつづける姿を、映像作家の香山宏三さんが四年間にわたり追いかけた。まだ妖精だった頃のひとひも、お正月の一家も、まるいちの湯浅さんも登場する。さいごの場面は、元立誠小学校の講堂で、クラムボンの原田郁子さんが唄うライブ。
郁子ちゃんは僕が三崎に住んでいたとき、歌詞を書いてほしい、と京急バスに乗って頼みにきた。たまたま僕は、まだ三崎に引っ越す前、錦糸町のHMVで、クラムボンのデビューシングルを試聴コーナーで聴いて即買いしていた。ふたりでえんえん音楽と小説の話だけして、その日は解散した。
僕はまず「かじき釣り」という物語のある歌詞を書き、次に「海からの風」というシンプルな歌詞を書いた。どちらも海が出てくるのに、郁子ちゃんに完成した歌を聴かせてもらうまで、それが三崎のうただと考えもしていなかった。
サンプルCDがとどいた日、夕方に家じゅうの窓を開け放し、音楽を鳴らした。風が通り抜け、潮騒が歌に重なる。三崎は「うたのまち」でもある。「よい子が住んでるよい町は」ではじまるあの歌は、三崎生まれのひとが作ったのだ。
家を揺らす 海からの風は
皿も 煙も わたしをも揺らす
どこかへ飛んでいっちゃいたいな
窓をあける 空を犬飛んでく
しっぽ逆立て 赤い布をくわえて
どこかへ飛んでいっちゃいたいな
どこへも飛んでいきたくはないな
(海からの風)
映画が終わると、さっきスクリーンで唄っていた原田郁子さんがみなの前に登場し、ものすごく楽しそうにからだを揺らせながら、
「かじき釣り」と「海からの風」をうたってくれた。永遠と一瞬のあいだの時間を、ここに集まったぼくたちはいま、ともに過ごしている、とおもった。拍手が終わり、お客さんも出演者も入り交じって、本と屯に運ばれてきたまるいちの、絶品のお刺身をたらふく食べた。牡丹のかた焼きそば、シュウマイも大好評だった。また二年後も、と、際限なくビールをあけながら、そこにいる全員で笑いあった。
三崎はこんなようなところです。みなさんよかったらいつでもおいでください。僕の家はいま、ichiというゲストハウスにうまれかわっていますし、僕の表札はまるいちの2階にひっかかっています。あらゆるひとを迎えいれる港。誰にとっても「きんじよ」の町なのです。
と、こんな風に祭のつづくあいだ、ひとひはずっと中華料理の牡丹にいて、おとなたちと競馬新聞を開き、有馬記念の中継に前のめりでかじりつき、そうして見事、予想を的中させていた。ひとひの、この競馬狂いについては、次回配信の「きんじよ」で、これでもか、というくらい、くわしくお伝えする予定です。
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『ブレッドはパン探偵』いしいしんじ(表)