久住さんゆかりの方々による「くすみさんとの思い出」

第4回

久住さんゆかりの方々による「くすみさんとの思い出」

2018.08.25更新

 今月末に『奇跡の本屋をつくりたい〜くすみ書房のオヤジが残したもの』が発刊となります。多くの人に愛されながらも、2015年に閉店した札幌の書店「くすみ書房」の店主、久住邦晴さんの未完の遺稿を再編集し、書籍化したものです。

 ミシマガの「奇跡の本屋をつくりたい」のコーナーでは、本の編集に込めた思いとは? くすみ書房ってどんな本屋さん? 著者の久住邦晴さんってどんな人? そんな疑問にお答えしつつ、くすみ書房店主の久住さんと親交のあった方々や書店員さんからのコメントなど、盛りだくさんでお伝えしていきます。

 一昨日、北海道新聞に解説を担当した中島岳志さんのインタビューと発刊のお知らせが掲載されました。

0825-10.jpg(北海道新聞 朝刊 8月23日(木)掲載)

 この記事の中でも、中島岳志さんが「時代の波にあらがって、パンチを繰り出していた」と語るように、なんといっても久住さんの人柄が魅力です。

 そこで、本書以外でもその人柄を伝えられるよう、フリーペーパーをつくることになりました。今回のミシマガでは、そのペーパーに掲載した内容をご紹介します。生前久住さんと親交のあった方々に「久住さんとの思い出」を語っていただいていますので、どうぞお読みください。

フリーペーパーのダウンロードはこちら


0825-1.jpg

クスミエリカさん(フォトグラファー)

 物心ついた時から、私の周りには当たり前に本がありました。父が厳選した絵本や児童書を読んで育ち、面白い本ある? と聞けば、この作家面白いよとか、この本はすごいぞ、とおすすめが出てきます。そして読んでみると決まって面白い。そんな訳で夢中で本を読む日々を過ごした訳です。くすみ書房の中だけでなく、あちこちで、たくさんの方々に本との出会いをもたらしてきた本屋のオヤジが私のオヤジでした。今まで出会ってきた数々の物語との出会いが、自分の大切な礎となっている事を、日々実感します。

 父は、本当に波乱万丈の人生を過ごし、穏やかな笑顔の裏には沢山の苦悩がありました。それでも、自分の使命と信じた本屋のオヤジという生き方を貫いた父を、本当にカッコイイと思います。

 父がどのようにして苦悩や困難に立ち向かい、次々と企画を打ち出すちょっぴり変わった本屋のオヤジとなっていったのか、時に軽快に、時に鮮烈に語られた一冊となりました。この本が一人でも多くの方に届くことを祈っています。

0825-2.jpg

堀川淳子さん(西野厨房だんらん)

 久住さんと親しく話をするようになったのは中島さんとの縁ですね。三人が一緒の場で会ったのは、時計台のホールで開かれた中島さんのトークイベント後の打ち上げ会場でした。「久住さん!」「あら、堀川さん?」と交流が始まり、中島さんが始めた久住書店の地下の「ソクラテスのカフエ」で開かれる「大学カフエ」に参加して手伝ったり、私のやっている「西野厨房だんらん」にご飯を食べに来たり、中島岳志さん(東工大教授。本書では解説を担当)の結婚祝賀会の企画など楽しい思い出です。久住さんは書店の運営とかご家族の病気とかいろいろな困難を抱えていながら、いつも穏やかで飄々と淡々として突如「琴似駅前に山羊を飼おう!」などと言い始めたり。「これを読め」次の対象は?という話が出たときに「おばさんはこれを読め」なんてやめてね、と言ったら「そうかそれはいらないか?」と笑っていましたが、その時「おばさん」にどんな本を指南したのか聞いておけばよかったなと少し後悔しているところです

0825-3.jpg

吉成秀夫さん(書肆吉成店主)

 琴似のくすみ書房にほど近い発寒商店街のお祭りの古本市に参加したとき、はじめて久住さんにお会いした。私はそれ以前自作の冊子「アフンルパル通信」の販売をくすみ書房に委託したまま放置していたので、不意の初対面に緊張が走ったが、久住さんは終始にこにこと明るく穏やかで、私の心配はすぐに消えた。

 くすみ書房が大谷地に移転してからはトークイベントを何度か開催した。私の持ち込み企画を快く受け入れるばかりか、毎週でもやりたいと言ってくれた。その寛容と信頼が嬉しかった。くすみ書房閉店作業は深夜に及ぶ過酷なものだった。心身ともに超多忙消耗の久住さんに対して本棚什器を頂戴したいと申し入れたときも二つ返事で、私の希望する以上の本棚を譲ってくれた。後日円山茶寮という喫茶店でお会いしたのが最期となった。新しい本屋の構想を聞いて、正直驚いた。あれだけ大変な目にあってなお本気でまた本屋をやろうとしているなんて。久住さんは生涯書店人であった。

0825-4.jpg

森田真生さん(独立研究者)

 二〇一四年の冬にくすみ書房で三島さんと対談をさせてもらった日の夜に、初めて久住さんとゆっくりお話することができました。この日のイベントに参加してくれた札幌の学生さんたちと一緒に「数学の演奏会in札幌」を実現しよう! とおっしゃってくださったときの優しく情熱的な眼差しがいまも印象に残っています。美味しい中華料理をご馳走になり、この夜タクシーでホテルまで見送っていただいたのが、久住さんと過ごした最後の時間になりました。久住さんと初めてお会いしたのは、同じ年の夏、ミシマ社主催の「数学ブックトークin札幌」の日です。ブックトークでも、一般的には「売れていない」本を紹介することがあります。ちょっとした「売れない本フェア」になることもしばしばです。二回しかお会いしていないのに僭越ですが、売れない本を手にしてもらえる喜びは、僕にもちょっとわかります。とっておきの売れない本をこれからも探し続けますね。

0825-5.jpg

矢萩多聞さん(装丁家)

 はじめて久住さんに会ったのは、二〇〇七年一二月のこと。朝の飛行機で札幌に着いて、すぐに中島岳志さんと落ち合い、北大を案内してもらったあと、琴似駅近くのスープカレー屋で昼ご飯を食べた。ぼくにとってはじめての北海道。着ぶくれしたコートに汗ばみながら、慣れない雪の横断歩道をつるつる渡り、くすみ書房に向かった。

 中島さんからは「くすみ書房が気に入りすぎて、琴似に引っ越した」と聞いていたので一体どんなスゴイ書店なんだろう、と期待していたが、はじめてお店をみたときはすこし拍子抜けした。雑誌も漫画も参考書も文房具もある、なんてことない町の本屋に見えたからだ。失礼ながら、店長の久住さんはフツーの本屋のオヤジという印象で、「売れない文庫本フェア」などのとんがった企画を次つぎと生み出した人物には思えなかった。

 しかし、すこし店内を回ると、単純にジャンル別で棚に収まっているようにみえた本たちが、実はある文脈で並べられていることがわかった。地元の本をセレクトした棚があり、他の書店ではみないような本が面だしポップ付きで一押しされている。

 本をインテリアの一部にしか思っていないようなおしゃれなセレクト系書店とはちがう。神保町にあるような頑固親父が経営する玄人好みの店でもない。週刊誌があり、趣味や手芸の実用書があり、トンボの鉛筆やジャポニカ学習帳が並ぶ、同じ店内にまっとうな人文書や、硬派な文学がでしゃばりすぎず、ピリッと置いてある。

久住さんに、

「中島さんの本以外にどんな本を装丁しているんですか?」

と聞かれたので、いくつか近刊を上げると、手元のメモに書き込んで、

「すぐ取り寄せます!」

といってくれた。

 数カ月後、札幌に再訪すると、あのとき紹介した本がみな、お店の棚に並んでいた。これはほんとうに嬉しかった。中島さんの『中村屋のボース』の隣に、ぼくの『インド・まるごと多聞典』がさしてあったので、こんなにジャンルの違う本を並べていいんですか、この二冊のつながりがわかる人なんていないでしょう? とぼくが言うと、久住さんはハハハハ、といたずらっぽく笑ってみせた。

 二〇一四年、自著『偶然の装丁家』の執筆中、ぼくは久住さんに原稿ゲラを送り、アドバイスを求めた。ほんとうはくすみ書房の経営不振でそれどころじゃなかったはずなのに、電話をかけると小一時間でも相談に付き合ってくださった。

 本が出版された数ヶ月後、大谷地のお店で刊行記念トークイベントをしたことが昨日のように思い出される。

 打ち上げの席でぼくが、こういう刊行イベントって、発売日から何ヶ月後ぐらいまで許されるんですかねえ? と冗談交じりに聞いたら、久住さんは真剣な顔で、すっと答えた。

「一年後でも二年後でもかまわない。気長にやっていったらいいですよ」

 発売日なんてものは書店や出版社、取次が気にしているだけで、読者がその本にどんなタイミングで出会うかは誰にもわからない。むしろ、絶版にならないかぎりは、いつまでも売れる。

「お客さんが本を手にとって読み始めたときが新刊です」

 その後、数えきれないほど本のイベントを開催してきたが、いまでもトークに登壇する前には、あのときの言葉を心のなかで反芻して、自分を奮い立たせている。

 残念ながら久住さんの夢の書店は実現しなかったけれど、ちいさな蝶の羽ばたきが地球の裏側に影響を及ぼすように、きっと想像もつかないところで、誰かの手のなかで花ひらく本もあるだろう。それだけを信じて、これからもまっさらな気持ちで本を手渡していきたい。

 明日は、書店員さんからのコメントをご紹介します!

0825-11.jpg

編集部からのお知らせ

出版記念イベント「奇跡の本屋をつくりたい〜くすみ書房のオヤジが残したもの展」を開催します

日時:2018年8月28日(火)~9月24日(月)
10:00~20:00 年中無休

『奇跡の本屋をつくりたい〜くすみ書房のオヤジが残したもの』(久住邦晴著・ミシマ社刊)発売を記念して、同タイトルの展覧会を、札幌の新古書店 書肆吉成にて開催します。長女で写真家のクスミエリカ氏が撮影した記録写真をメインに、くすみ書房ゆかりの品や書籍の生原稿などを展示します。

〈オープニング&トークイベント〉
日時:2018年8月28日(火)
17:00~ オープニング
18:00~19:30 中島岳志×矢萩多聞×三島邦弘×クスミエリカ トーク(入場無料)

詳しくはこちら

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある

    斎藤真理子さんインタビュー「韓国文学の中心と周辺にある"声"のはなし」前編

    ミシマガ編集部

    ハン・ガンさんのノーベル文学賞受賞により、ますます世界的注目を集める韓国文学。その味わい方について、第一線の翻訳者である斎藤真理子さんに教えていただくインタビューをお届けします! キーワードは「声=ソリ」。韓国語と声のおもしろいつながりとは? 私たちが誰かの声を「聞こえない」「うるさい」と思うとき何が起きている? 韓国文学をこれから読みはじめる方も、愛読している方も、ぜひどうぞ。

  • 絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    絵本編集者、担当作品本気レビュー⑤「夢を推奨しない絵本編集者が夢の絵本を作るまで」

    筒井大介・ミシマガ編集部

    2024年11月18日、イラストレーターの三好愛さんによる初の絵本『ゆめがきました』をミシマ社より刊行しました。編集は、筒井大介さん、装丁は大島依提亜さんに担当いただきました。恒例となりつつある、絵本編集者の筒井さんによる、「本気レビュー」をお届けいたします。

  • 36年の会社員経験から、今、思うこと

    36年の会社員経験から、今、思うこと

    川島蓉子

    本日より、川島蓉子さんによる新連載がスタートします。大きな会社に、会社員として、36年勤めた川島さん。軽やかに面白い仕事を続けて来られたように見えますが、人間関係、女性であること、ノルマ、家庭との両立、などなど、私たちの多くがぶつかる「会社の壁」を、たくさんくぐり抜けて来られたのでした。少しおっちょこちょいな川島先輩から、悩める会社員のみなさんへ、ヒントを綴っていただきます。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

ページトップへ