第46回
今年の一冊座談会「"ええかげん"な一冊」(1)
2022.12.29更新
ミシマ社の年末恒例、「今年の一冊座談会」が本年もやってまいりました!
今年は「2022年に出会った "ええかげん" な一冊」をテーマに、メンバーそれぞれがイチオシの本を選びます!
料理研究家の土井善晴さんと政治学者の中島岳志さんの共著『ええかげん論』のように、私たちの気持ちや暮らしを救うような「いい塩梅」を教えてくれる本について、熱く語り合いました。みなさまは2022年、どんな本との出会いがあったでしょうか?
本日は自由が丘オフィス編をお送りします!
ニシオが選ぶ「今年の一冊」
ニシオ 私が選んだのは、牟田都子さんの『文にあたる』です。この本を自分は自己啓発本のような読み方をしたというか。
ニシオ 「自分の記憶ほどあてにならないものはないと思っている」(p.19)とか、「自分自身、この仕事に向いていると思ったことはありません。何しろせっかちだしそそっかしい。校正者に求められるであろう資質とは正反対の性格です」(p.127)だとか。第一線で活躍される、校正者さんでありながら、だからこそなのかもしれませんが、ここまで本当の意味で、低姿勢に仕事と向き合っている。かたや、新人の私が自分の記憶をあてにしようとして、ミスを連発している、そんな私にとって、とっておきの一冊だったように思います。
スガ ホシノさんは、牟田都子さんとご一緒にお仕事をされていましたが、西尾くんは、牟田さんからどのようなところを学ぶべきだと思いますか?
一同 (笑)
ホシノ まあそれを言ったら全てですよ(笑)。でも、それを自分で察知して、読んで、今みたいなことを、言えるようになったのが、この8カ月だったんだなあと思います。
イケハタ ピッタリの一冊だね。
ニシオ ええ・・・本当にピッタリの一冊でした。
スガが選ぶ「今年の一冊」
スガ 3カ月ぐらい前に読んで、自由が丘オフィスで「今年の一冊はこれにします!」と言っていた本をやっぱり紹介します。若菜晃子さんの『地元菓子』。この本は眺めているだけで楽しいです。
スガ 土井先生がDSKC(土井善晴と食を考えるクラス)で、「その土地のもの」という話をされていましたが、地元菓子はまさにそこがおもしろいんです。なぜその土地でそのお菓子がつくられるのかといえば、地元の特産物や水がきれいな町で飴菓子が名物だったりという地理的なこと。それから場所が離れている北陸と東北で同じ名前の似たお菓子が作られていて、それは江戸時代の北前船が影響していたりという歴史的な経緯の影響や、愛媛や香川できれいな嫁入り菓子が名物だったりするようにその土地の風習が絡んでいたり。そういう「TPO」を踏まえていると、粋なことができそうな気がします。「あなたのご出身のお菓子を持ってきました」とか、「今日はこういう日だから、こういうお菓子を用意しました」とか、そういう「ええかげん」なことをしてみたいです。
モリ 千宗屋さんの講座(「季節のなかでお茶を愉しむ 〜茶の湯入門の入門」)でも、お客さんをおもてなすお菓子を、その時期やお客さんの背景を汲んだ物語を付与して選ばれているのを目にしましたね。
オカダ 各都道府県別の、桜餅が道明寺派か長命寺派かっていうページが気になります。
ホシノ その地図のページ、私も気になってました。
スガ 餅菓子も奥深いんですよ! 柏餅の葉っぱも、地域によって全然違ったり。お菓子を食べに全国にでかけたくなります。この本で和菓子に魅了されて、最近大福づくりをはじめました。
一同 (笑)
モリが選ぶ「今年の一冊」
モリ 「ええかげんな一冊」ということで・・・今年は『ええかげん論』が出ましたね。
ニシオくん、今年の「2大論」といえば、『ええかげん論』ともう一冊はなんでしょうか?
ニシオ ええ・・・?
モリ それはもちろん、私が大好きな内田樹先生の、『レヴィナスの時間論』です!!
モリ レヴィナスの哲学は難しいことで有名で、この本も何を言っているのか基本的にわからないんですが、なんとか最後まで読み通しました。
なぜこんなに難しいのか、内田先生は「レヴィナスの哲学が難解であるのは,哲学者が観念的な思弁を弄しているからではない。逆である。あまりに日常的な生活経験の本質をどこまでも深く掘り下げようとするからである」(p394)と書いています。
つまり、日常生活を徹底的に考えて言葉にした結果、見たことのない哲学が産まれているわけです。
この感覚、どこかで味わったことがあるな、と思ったんですが、それは土井先生のMSLive!でのお話や文章に似ています。みそ汁の話が、なぜあんなに深く新しく面白いのか。
もしかしたら、レヴィナスが西洋哲学や第2次世界大戦を日常生活の倫理につないでいくのと、土井先生が地球の自然を家庭料理に仕立てることは通じているのかもしれない・・・。
日常生活は難しくて尊くて、言葉にできない複雑なもので、それを情熱的に教えてくださる先生がいるというのはありがたいことだなぁと思った次第です。
イケハタが選ぶ「今年の一冊」
イケハタ 私が選んだのは、榎本空さん『それで君の声はどこにあるんだ?――黒人神学から学んだこと』(岩波書店)です。
イケハタ 尊敬している書店員さんから「とにかく一回読んでみて。なにも調べたりせずに」と勧められて読んで、強い感銘を受けました。これこそ魂の一冊だと思います。
『うしろめたさの人類学』や『ほんのちょっと当事者』とも通じるのですが、社会的な苦難を負っている人たちやその事態に対して、隣人としていかに向き合うことができるのか? という難しいテーマに、とても誠実に、懸命にレスポンスしています。
当時27歳の榎本さんが、J・H・コーンに学ぶために、黒人神学の聖地とも言えるマンハッタンのユニオン神学校に入るくだり。ブラック・ライヴズ・マター運動が巻き起こるなか、神学校内で交わされる黒人の生徒と先生の間でのヒリヒリとする応酬。榎本さんが幼少期を過ごした沖縄・伊江島の土地闘争と榎本さん自身の葛藤・・・。すべてに血の通ったリアリティがあり、榎本さんの目を通したノンフィクションとしても、引き込まれてしまいます。
オカダ 帯文がすごいなと思いました。
イケハタ 帯に引用されている「この愛は闘いだぞ。わかるか?」は、虐げられてきた黒人たちにとって「自分を愛すること」はそれ自体が闘いである、という意味で使われています。でもこれは黒人に限らず、すべての人間にとってそうだと思いますし、「自分なんてどうせ」と思わずに自分を愛することで、世界は変わっていくのだと、この本を通じて励まされたように感じました。
オカダが選ぶ「今年の一冊」
オカダ 私が選んだのはよしながふみさんの『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』です。
今年下半期はあまり本が読めなくて、漫画を読んで過ごすことが多かったんですけど、本当に漫画って素晴らしいなと思って。
一同 (笑)
オカダ 漫画を読むたびに「漫画家さんの頭の中はどうなっているんだろう?」と思うんですが、今回30年近く漫画家さんとして活躍されている、よしながさんのインタビュー本を読みました。
私が好きな『きのう何食べた?』は、40歳を過ぎたゲイカップルの男性二人が一緒に暮らしてご飯を食べる話なのですが、よしながさん自身が好きな食事や料理の様子だけでなく、セクシャリティのことや親との問題なども盛り込まれている作品です。他作品では女性として働くこと、よしながさん自身が幼少期に見聞きしたことなども盛り込まれているのですが、どれについても押し付けがましくなく作品の中で描かれていて、どれもバランス感が素晴らしいなと思いました。
「これまでを振り返られて、まず心に浮かぶのはどんなことでしたか?」という質問に対しての答えが「締切は守りましょう」。「自分の好きなものを描くこと」と「漫画で生計を立てること」を両立させるためのよしながさんの仕事への姿勢も、ええかげんだなと思いました。
よしながさんの半生を振り返る本としても、仕事の本としてもとても面白かったです。
サトウが選ぶ「今年の一冊」
サトウ わたしは今年に入って西洋占星術にドはまりしまして。
一同 おお(笑)
サトウ その流れにのって石井ゆかりさんの『星占い的思考』を読みました。
サトウ 石井さんがいままで読まれた文学を使って12星座を読み解いていく本です。星座にはそれぞれ「象徴するもの」があって、その意味をふくらませて再構築するしくみを持っているそうなんです。人生を重ねるうちに「これってこういうことだったんだ」と気づけることが、何度も読み返すうちに印象が変わる文学と似ていると石井さんは書かれています。分からないものもいったん受け入れて、時間が経過するうちに実感できる感じが「ええかげん」な気がしました。
最後に石井さんは、「占いには根拠も倫理もない」と書かれています。けれど倫理的で道徳的なものだけの世の中だと苦しいから、占いのようなはみ出た存在はあった方がいい。それは「ハレとケ」のようなイメージとも書かれています。倫理的な世の中が「ケ」だとすれば、「ハレ」はそこから外に出て俯瞰して眺めてみたり、気持ちを楽にできる占いのような存在なんだと理解したときに、「ああ、ええかげんだな」と思った一冊でした。
イケハタ 文学はいろんな作品から引用されているんですか?
サトウ そうですね、海外の古い文学や神話などが多くて、石井さんの文学の知識もすばらしいなと思いました。
ホシノが選ぶ「今年の一冊」
ホシノ 私が選んだのは山本文緒さんの『無人島のふたり』です。
ホシノ すべての作品を読んできたわけではないのですが、大学受験から解放されて最初に読んだのが『プラナリア』だったり、折々のタイミングで読んできた作家さんです。昨年、すい臓がんで亡くなられたのですが、今年になって、余命宣告を受けてから、ご自宅で緩和ケアを受けながら過ごされた5カ月ほどの日記が発刊されました。
もともと山本さんの文章からは、厳密さのようなものを感じていて、こういう本を残されたと知ったときに、勇気がいるけれど、絶対に読んだほうがいいなと思いました。読者が悲しい気持ちになりすぎないように、かといって「いい話」にするわけでもなく、自分のような経験を今後する人たちに対して、ある程度の情報を書きとめようという意思も感じるし、ご家族との葛藤も隠さず、それでいてまわりの人たちへの深い感謝も書き切られていて。これだけ体調が悪いなかで、全方向に対する、針の穴に糸を通すような「ええかげん」を人は書き残せるのだという、文章を書くことを生業としてきた方の凄みを感じました。
今年ミシマ社からも小田嶋隆さんの本(『小田嶋隆のコラムの向こう側』)や那須耕介先生の本(『つたなさの方へ』)が出ていますが、言葉を本気で書いてきた方々が、自分の命の終わりを意識したうえで紡がれる文章には、そこにしか宿らないものがあるのかなということも思いました。
なんというか、「こういう本があったなぁ」とどこかで覚えていて、3年後に読むのがその人にとってベストなタイミング、ということがありそうな本です。
オカダ 今日の帰りにでも手に入れて手元に置いておいて、「今なのかもしれない」と思ったときに読みたいなぁと思いました。
***
スガ(司会) ありがとうございました。いやぁ、今年も盛り上がりましたね!
オカダ スガくんって司会のときに演説みたいになるよね?
イケハタ 僕も思いました、「台本あるのかな」って?
モリ ほら、そこはもっと自然に、というかええかげんにやっていこう!
一同 (笑)
写真右上から時計まわり
・『無人島のふたり―120日以上生きなくちゃ日記―』山本文緒(新潮社)
・『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』よしながふみ 著、山本文子 聞き手(フィルムアート社)
(明日の京都オフィス編につづく)
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