第83回
今年の一冊座談会「今年思わず読み返した一冊」(1)
2025.01.01更新
あけましておめでとうございます! 自由が丘オフィスのスガです。本年もミシマガをどうぞよろしくお願いいたします。
今年のミシマガも、毎年恒例の「今年の一冊座談会」からスタートします!
「今年の一冊座談会」とは、毎年年末にメンバー全員が、その年に読んだ本からおすすめの一冊を持ち寄り、その魅力をプレゼンしあう、ミシマ社にとって一年の締めくくりとも言える行事です。(昨年の記事はこちら)。
昨年も12月のはじまりとともに、編集スミから座談会開催のメールが届きました。そこから開催日までの2週間をメンバー全員が、「どの本にしようか?」「何をしゃべろうか?」と常に頭の片隅に置きながら、過ごすことになります。
そして某日、自由が丘・京都各オフィスで行いました。2024年のテーマは「今年思わず読み返した一冊」。「読み返す」をキーワードに、各メンバーがイチオシの本を語ります。
本日は自由が丘オフィスの模様をお届けします! 編集ホシノ、営業スガ&ヤマダ、経理サトウ、校正のソメタニ、スタッフサカガミの6人でお送りします!
(収録日:2024年12月17日)
スガが選ぶ「社会部記者だからこその傑作ルポルタージュ」
スガ 私が紹介する方は本田靖春さんの『複眼で見よ』という本です。ちなみに先日、ある人に「最近面白い本は?」って聞かれたとき本田さんの名前を挙げたら、その人はある理由でこの方の名前を知ってたんですけど、ちょっとそれは後ほどお伝えさせていただきたいと思います。
ヤマダ 構成があるんですね(笑)。
スガ はい(笑)。本田さんは元々読売新聞の社会部の記者で、15年くらい勤めてから、その後はフリーのジャーナリストになりました。でも自身では、「ジャーナリスト」という肩書は違うんだと。
ソメタニ ジャーナリストではない・・・?
スガ そうなんです。別の本で、私は「生涯一社会部記者」なんだと語られています。最近亡くなられた渡邉恒雄さんと政治家のエピソードをNHKの番組で見たりとかで、政治部記者のエピソードに触れることはあったのですが、社会部の記者のことを知ることができていませんでした。
でも、この本は「社会部の記者」として書かれたからこその魅力がつまっています。国会とか日本の中心と言われるような場所からではなく、周りを観察して社会評論をされているのが面白いんです。本当は見ることのなかったはずの出来事や景色に思いを馳せさせてもらえます。ルポルタージュって、「お勉強」だけではなくって、すごくおもしろい読み物、ある種のエンタメとしての魅力が、この本のおかげですごくわかりました。
サカガミ 気になる・・・。
スガ そして、なぜその人が本田さんを知っていたのかの話に戻りますと・・・。この本は、元々は本田さんが生前にいろんな雑誌に執筆した評論やルポを編んで作られているんです。この本の版元である河出書房新社の武田浩和さんっていう、この本の担当編集者がすごい熱心だったから、本田さんのご遺族から「ぜひ武田さんに本の最後の文章を書いてほしい」と話があり、編集付記が最後のほうに書かれていて。
で、編集付記の次に載っている、解説をコラムニストの武田砂鉄さんが書いているんですが、「編集付記を書いたのは私だ」って書いてある。その武田浩和さんは、武田砂鉄さんと同一人物だったんです。武田さんはラジオでよく本田さんの話をしているので、武田さんファンのその方は本田さんのことを知っていたんです。
ホシノ 毎年、須賀くんがこの企画で紹介してくれる本って、知らなかった本が多くて、そういう本との出会い方が上手いな、という感じがしますね。
ヤマダが選ぶ「文学史を人類史と重ねて感じられる一冊」
ヤマダ 2024年の本にまつわるビックニュースのひとつが、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』の文庫化だったと思います。書店員さんもみなさん衝撃だったみたいで、書店店頭やSNSでもお祭りのようになって盛り上がっていたのが印象的でした。ただ海外文学に馴染みのない私はとてもじゃないですが読みきれる自信がなかったので、『百年の孤独』の解説も入っていると紹介されていた、池澤夏樹さんの『世界文学を読みほどく』を手に取りました。
ヤマダ この本は、2003年に京都大学で7日間行われた、世界文学についての夏季特殊講義の内容をまとめた一冊です。副題が「スタンダールからピンチョンまで」となっているように、19世紀から20世紀にかけての小説を紹介しているんですが、ある種近現代の人類史の本として読めたというか、小説を通じて世界、ひいては人間がどう変化してきたかを追っているところがとてもおもしろかったです。
なかでもメルヴィルの『白鯨』という本と、世界のあり方の変化を繋げた紹介が印象的でした。それまでの物語は、一つの軸から枝わかれしていく、いわゆる体系的なものが一般的だったのに対して、『白鯨』は、ある鯨について百科事典的、羅列的に書いたところが新しい、と。実は世界自体も、体系的に語ることがどんどん難しくなっていて、一つずつ羅列していくことでしか説明ができなくなってきている、と当時のインターネットの興隆と絡めて池澤さんがおっしゃっているのには「なるほど」と思いました。
こんな感じで、単なる名作文学の解説書というだけではない壮大な一冊だったので、これからも折に触れて読み返すことになるだろうなと思います。
スガ 分厚いっすね。
ヤマダ そうですね。でも講義形式で話し言葉なんで、割とすぐ読めましたよ。
ホシノ ちなみに今月のミシマ社の新刊、万城目学さんの『新版 ザ・万字固め』では、新たに加わったエッセイ「酒」にて、万城目さんが池澤夏樹さんの小説『スティル・ライフ』について触れていらっしゃるので、それもぜひ、チェックしていただきたいですね。
スガ そうだ! ここは絶対記事に入れましょう(笑)。
ソメタニが選ぶ「校正者として励まされる一冊」
ソメタニ 『不実な美女か貞淑な醜女か』はロシア語同時通訳者の米原万里さんの本なんですけど、私が校正の仕事をしているので、家族から校正のことを思い出したよと教えてもらって読みました。
ソメタニ タイトルはこの本で紹介されている、訳文についての比喩です。訳文に忠実かそうじゃないかで貞淑か不実か、美文かぎこちない訳文かで美女か醜女かという。同時通訳がどういう感覚かみたいなところから、通訳的な言葉の話が楽しい本です。
その中で一番印象的なのは、通訳者は文科系出身者が多いけど、実際の仕事現場は理系分野のことが多い話。予備知識がないことが多い、けど通訳しなきゃいけないと現場に入る。ただ、そこで文科系出身者が有利なこともあるんじゃないかと。というのは理系だったらどのぐらい難しいかが具体的にわかるけど、文科系だったらもう全部遠すぎるから逆にどうにかなるだろうみたいな精神が出てくる。「このおおらかで、向こう見ずな心意気こそ、文科系出身者特有のものである」と米原さんは書いてるんですけど、この「向こう見ずな心意気」はすごいわかるなって。私も文学部出身で、向こう見ずな心意気だけでここにいるって思うので。
仕事で校正をしていても、もう全然わからない分野がいっぱいある。それに対していやでも結局言葉だからなんとかなると思って取り組むことが多いので、たしかにこの心意気は文科系出身者のものかもしれないと。あと、言葉に慣れていることが新しい知識に向かう意思と能力になるんじゃないかみたいな話もおもしろいなと思って。励まされるような気持ちもあって特に読み返す箇所ですね。
サカガミの「意識的にいろんなジャンルから選んだ本たち」
サカガミ 今年一番読んでいた本は、『柔らかい個人主義の誕生』です。ちょっと内容が難しいから、何回も読み返したっていうのもあるかもしれないんですけど・・・。著者は山崎正和さんで、美学者の方です。一個人の欲や感情を、深く掘り下げていきながら、社会を俯瞰して見ていく感じが、読んでいて落ち着きます。
サカガミ すみません。説明がうまくできないと思ったので、部門ごとにあと3冊持ってきました。
装丁買い部門は、『ぼくだけはブルー』。ドレスコーズというバンドのボーカル、志磨遼平さんの自叙伝です。デビュー前から現在に至るまでが、まだ活動中なのに大丈夫なの?と思うくらい赤裸々に語られていて面白かったです。元々ドレスコーズが好きだったのと、羽良多平吉さんの装丁が好きなので購入した一冊です。サインも書いてもらいました!
サカガミ 写真集部門は、東京アートブックフェアで購入した『Und im Sommer tu ich malen』。こういうユーモアが好きで、自分の本棚を彩って欲しいと思いました。
サカガミ 次はリトルプレス部門で、編集者とデザイナーのユニットbundle(バンドル)から発刊された『30歳のまなざし』です。今年30歳になる人たちのポートレートと、手描きの自己紹介がまとめられています。
サカガミ 振り返ると、今年は意識的に色んなジャンルの本を買っていました。来年は、読み終わってちゃんと文章にできるようにしたいです!
ホシノが選ぶ「荷物も、仕事も、シャンと運ぶヒントになる一冊」
ホシノ 私が紹介するのは、三砂ちづる先生の『頭上運搬を追って 失われゆく身体技法』で、光文社新書から出ています。
20年前の2004年に『オニババ化する女たち』というインパクトのあるタイトルで出た本と同じ編集者が担当されているのですが、このある種マニアックとも言える1テーマで作り切る勇気がまず尊敬で、そこを入り口にしたすごく豊かな内容で、軒並み書評が出て売れている。自分もこういう本を作れるようになりたいな、というのがまず思ったことです。
ホシノ 内容としては、日本にも海外にも、頭に物をのせて運ぶ文化は各地にあって、その身体運用について文献等から探っていきます。日本には、背負う文化と頭にのせる文化(主に女性が頭にのせ、男性は肩にかつぐ)があって地方によって違い、背負う文化の人たちは、年を取ると腰が曲がりやすいのだけど、のせるほうは姿勢がシャンとしているとか、なるほどと思わされることがたくさん書かれています。
そもそも、頭上運搬と言うと、女性たちが過酷な重労働をさせられている悲惨な歴史ととらえられがちで、そういう側面も否定されてはいないのですが、実はうまく頭にのせられると、それほど負荷が高くなくて、美しい姿勢で歩くことができたということも分析されています。沖縄では女性たちが、海で採れたものを頭にのせて、毎日12キロほど、小走りで運んだそうですが、本に載っている写真をみると、本当に姿勢が美しくて、どこか楽し気でもあるのが印象的でした。
サトウ 姿勢、綺麗ですね。
ホシノ 歩くと、のせているものが常に動くので、その重心と自分の重心が崩れないようにバランスを取り続けることで、体幹が鍛えられるそうです。あと、荷物が軽すぎると、逆にバランスが取りづらいそうで。私はそこから連想して、たとえば責任なんかでも、背負ってしまうと重く感じるけれど、覚悟を決めて頭にのせてうまく重心を取るくらいのつもりでいけば、軽く感じるのかなと思ったりもしました。
ヤマダ なるほど。
スガ 頭に本のせて直納営業するの、いいかもしれないですね。
一同 それ、いい!!
サトウが選ぶ「自分はこのあたりでいこうかな、と思えた一冊」
サトウ 私は今年結婚をしたんですけれども、ちょっと、どうしたらいいんだろうという気持ちから、内田樹さんの『困難な結婚』を読みました。今までは自分の家族がいて、友だちがいて、という環境だったけど、自分の横にもう一人いて、その人の家族もいて、という経験したことのない立場で、分からないことがいろいろとありすぎて・・・。この本は、結婚にまつわるお悩みに対して、内田先生が答えていくというQ&A方式で書かれています。すべてのお悩みに対して、内田先生は的確に答えてくれるんですけど、内田先生って哲学とか教育とか宗教のことは当然ながら、結婚のことまで、本当に何でも答えてくれるんだな、と思いました。
サトウ 本の中で、結婚式って何のためにするんですか? という質問がありました。内田先生の回答は、結婚というのは公的な契約であり、神様の前で、大勢の人の前で誓うことで成立する。結婚をする前は、他人からあれやこれや自分たちのことについて聞かれると、そんなに踏みこんで聞いてこないでくださいよ、と思ってしまうけど、公の場でみんなに誓いをたてることで、他人がおせっかいをしてもいいというか。ふたりの関係を公の場で認めるというのはそういうことだ、という回答に私はすごく納得できました。
いま私は結婚式を絶賛段取り中なのですが、打ち合わせとか、誰を呼ぶとかを決めるのがいちいち大変で、親戚にも遠くから来てもらったりしてすごく人を巻き込むし、自分が何のためにこれをやっているんだろう、と目的を見失いかけていました。でも、それはやっぱり、そういうもの、っていうのがこの本ですごく腑に落ちたんです。今の世の中は、すごくいろんな生き方があって、結婚に対しての考え方もいっぱいあって、自分がどの方向の考えでいくかが決めきれずふわふわしていた中で、この本を読んで自分はこのあたりの考え方でいこうかな、と私のなかで指標が見えた1冊でした。
スガ 内田先生ご自身の結婚生活も語られていたりするんですか?
サトウ そうなんです。内田先生の過去のお話とか、結婚の経験談についても語られていて、内田先生のこういう一面もあるんだなというのも垣間見れて、おもしろかったです。
(京都オフィス編は1月3日に公開予定です)