第6回
『こども六法』著者・山崎聡一郎さんに会いに行く!
2019.11.15更新
「きみを強くする法律の本」。名前はもちろん知っているけれども、日常生活には馴染みのない「六法全書」を、イラストとともにわかりやすいような言葉で書き直したのが『こども六法』です。いざという時に自分で自分の身を守る手段として、またいじめなどで困っている人がまわりにいたときに適切な対応が取れるようにと、こども大人関係なく読まれている本書。著者の山崎さんのプロフィールをみると、「教育研究者」、「写真家」、「ミュージカル俳優」と気になる肩書きがたくさんあります。いったいどんな人なの?? というわけで、『こども六法』の話に加え、中高時代の話、音楽の話についても伺いました!
(聞き手、構成、写真:田渕洋二郎、構成補助:伊藤早紀)
『こども六法』ができるまで
―― はじめに、『こども六法』作ることになったきっかけを伺えますか?
山崎 僕は小学校の5年生から2年間いじめの被害にあっていて、そのときに受けていた暴言とか暴力は、今考えると犯罪に相当するものだったんです。
でも学校の先生は「謝ったら終了」という対応で、結果的にそのいじめは止まらなかった。そのときから、このいじめの対応に対する違和感がずっとあって。それで中学校に進学したときに学校の図書館に六法全書が置いてあったんですよ。その刑法の章を読んだときに、これを小学生の頃の自分が知ってたら、自分で自分の身を守れたかもしれないなと思った。それが原体験としてずっとあって、この『こども六法』の原型となるものを大学3年生のときに作りました。それを弘文堂の編集者の方がみつけてくださって編集会議にかけてくださったんです。
ーー そうだったのですね。
山崎 でも当時作っていたものは、わりとシンプルなつくりだったので、商業出版として出すレベルではありませんでした。イラストもしっかりとプロの人に頼んでやらないといけないし、内容も不安なところがあるから、専門家の先生の監修を入れなくてはならない。さらに弘文堂は法律専門の出版社なので、児童書をつくるのには慣れていないのもあって、形になるまでは3年はかかりましたね。
ーー クラウドファンディングもされていましたね。
山崎 そうですね。この企画も元々はクラウドファンディングでお金が集まったら、自費出版で出すつもりでスタートしました。いじめに悩む子たちが自分たちのお小遣いでも買えるように、とにかく定価を安くしたくて、クラウドファンディングを呼びかける動画でも定価を1200円で出したいという話はしていました。結果的にクラウドファンディングで180万ほど支援をいただけて、弘文堂さんから出していただけることにはなったものの、初版の段階では、出版社としては原価的にアウトだったんです。でもこれは法律出版社として、社会的に意義のあることだから、と社会事業として出してもらえたんです。
大人のための『こども六法』
―― この「きみをつよくする本」というコピーもいいですね。
山崎 ありがとうございます。もともとは「きみの武器になる」というコピー案でいこう、という話になっていたのですが、これだと「この本をもって加害者や先生に立ち向かえ」という捉えられ方もされるかもしれないので、このかたちに落ち着きました。
―― 大人が読んでも初めて知ることが多かったです。
山崎 そうなんですよ。なかなか六法って読みませんもんね。ちなみに本当の六法では、憲法・刑法・民法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法の六種なのですが、『こども六法』では、商法はあまり関係ないので、少年法と入れ替え、「いじめ対策推進法」を追加しました。この「いじめ対策推進法」は、いじめに遭ったときに、先生、親、教育委員会、学校がこういう風に対応しなきゃいけませんよということが書いてある大人のための法律なんですよ。
先生や親も子どもと一緒に読むことになると思うので、まわりの子がいじめを受けているとわかったら、この通りに対応していれば最小限の負担で いじめの問題にアプローチできます。
ーー それはありがたいですね。
山崎 逆にこの法律通りに対応したら、すごく負担があった、という話になったら、それは法律に欠陥があって改正しなければならないという議論になるじゃないですか。だからそういう議論を進めていくにしても、まずはこの法律通りにやってるって実態がないといけないので、それを浸透させる意味でもこの法律を入れています。
あとは、子どもに、周りの大人にも責任があるから自分で抱え込まないでね、という意味でも書きました。
ほかに意識したこととしては、出版の時期ですね。1年のなかで一番自殺者が多くなる、9月1日の前にはどうしても出したかった。ありがたいことに、8月に出したことによってその「9月1日問題」に合わせてメディアにも取り上げていただけました。
ルールがある自由、ルールのない自由
―― 中高のときはどんなことを考えていましたか?
山崎 六法全書が気になるくらいだったので、校則には関心がありましたね。中学の校則は厳しいことはなかったんですけど、制服の着方とか、買い食いして帰っちゃダメよとか、そういう最低限のものはありました。
それで、僕は自分で言うのもなんですけど順法意識は割と高い中学生で(笑)。問題だったのは校則を破らないギリギリの非行ばっかりしてたんですね。
―― どんなことを(笑)。
山崎 あの、教科書ガイドってあるじゃないですか。教科書の答えとか詳しい解説とかが書いてあるやつ。あれを持ち込んで併読しながら授業を受けてたら没収されたことはありますね。授業に関係ないものの持ち込みが禁止というルールなら関係ないわけではないはずなんですけどね。マンガでなければ名指しで禁止されている本でもなかったですし。ほかにもちょこちょこと未だに納得できないことはあります。
ーー 嫌な中学生ですね。
山崎 そうですね(笑)。それで高校に上がったら、県立高校の男子校だったのですが、ここは、中学校とは逆で校則が一切ないんですよ。日本の法律が我が校の校則です、という感じ。
でも先輩とか先生とかからずっと言われていたのは、自由の数だけ責任があるということ。ルールを決めるのは自分たちで、やって良いこととやってはいけないことの線引きも自分たちの中に求められることになる。それで、例えば地域や他校など外でなにか問題が起こったときは、もちろん自分自身の責任を考えたり反省したりしないといけないわけですが、対外的には先生が体張って責任を取ってくれていたんです。そういう経験をしているうちに、自由とは何かみたいなものを学んでいくことのきっかけになりました。
逆に中学ではルールに違反していないけど悪いこと、みたいなことを色々とやらかしていましたが、それは法的には悪だったわけではなくて、予めやってはいけないことが決まっているからこそ自由なんだという、ルールがあることによって保障される自由みたいなものを実感として学びました。
「音楽」からいじめにアプローチする
―― 法律の研究だけでなく、教育者、司会者、写真家、そして劇団四季のミュージカル俳優としても活躍されていますね。
山崎 いろんなことやっています(笑)。劇団四季「ノートルダムの鐘」は今でも声がかかれば出演させていただいています。この作品でも、僕は原作となる、「ディズニーアニメーション映画版」のものがすごい好きで。そのなかに「フロロー」という悪役が出てくるんですけど、それがすごく興味深くて。
―― そうなんですね。
山崎 ディズニー映画のフロローは自分の欲望を満たすために権力を使うことを、ひたすら正当化していくんです。他のディズニーの悪役というのは自分が悪者の立場にいることに自覚的で、「自分こそが悪である」という言い方をするんです。でも、このフロローだけは、悪役として描かれるんだけれども、自分が悪だっていう自覚がないんですよね。
『こども六法』は被害者になったときに、声をあげましょうねという本というのがベースとしてはある訳なんですけど、その一方では、加害者は「自分がいじめている」という自覚がないこともある。むしろ、被害者の子に何々されたからこういう風にやり返すんだという言い訳をするじゃないですか。そういう意味では加害者って、意識としては被害者なんですよ。
―― なるほど。
山崎 でもその報復をしてしまうと、それは「いじめ」にもなってしまうし、問題は解決しません。その前に大人に解決してもらった方がいいんじゃない、という提案をすることが重要だなって思っていて。そうしたらもちろん対応の全責任を大人が負わないといけない訳ですけど、とりあえずそこから先、犯罪に相当するレベルまで深刻化しないですよね。こういうアイデアは自分の経験もありますが、作品から得たアイデアでもあります。
―― おもしろいですね。全部つながっているんですね。
山崎 そうですね、やっぱり僕がやっている色々な活動は、最終的にいじめの問題にアプローチできたらいいなってところで繋がっていて。法教育の研究者として紹介されることもありますけど、結局はいじめの問題を解決するのがゴールとしてある訳です。
ミュージカルでも同じで、いじめている側が作品を観ていじめをやめようって思うっていうベタな話もあるかもしれないし、いじめに悩んでいる子どもが、他に楽しみなんかないけど、お芝居とか歌っていうのを生きがいとして生きていこうかなと思ってくれたらそれはそれで良いと思いますし。
あとは僕自身のお芝居のスキルが上がっていくことによって、法教育の講演会や出張授業がもっと面白くできるようになるっていう相乗効果もあります。そういうところで、いろんな切り口からいじめにアプローチすることができたらいいなと思っています。
山崎聡一郎
教育研究者、写真家、俳優。合同会社Art&Arts代表。慶應義塾大学SFC研究所所員。慶應義塾大学総合政策学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。修士(社会学)。2013年より「法教育といじめ問題解決」をテーマに研究活動と情報発信を行う。劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演するなど、ミュージカル俳優としての顔も持つ。