第25回
時間銀行って何だろう?――つながりで生きる(前編)
2022.03.05更新
「時間銀行」というしくみをご存知でしょうか? お金ではなく「時間」を交換単位としてサービスをやりとりすることで、思わぬ人びとのつながりを生み、細やかな支え合いを可能にしたり、暮らしをちょっと楽しくしたりする試みです。
じつはスペインでは、この十年ほどのあいだに時間銀行が活発化しています。ジャーナリストの工藤律子さんは、『ちゃぶ台8』への寄稿「人のつながり、命のつながり パンデミック下のスペインより」のなかで、時間銀行によってコロナ下の生活困難や孤独を少しずつ乗り越えてきたスペインの実践者たちの姿をレポートしてくださいました。
日本では馴染みのないこの試み。「もうひとつの経済」や「あたらしい利他のかたち」へのヒントが隠されていそうで、とても気になります。そこで私たちは工藤さんをお招きし、「時間銀行って何?」の疑問にいちからお答えいただきました!
(写真:篠田有史、構成:角 智春 構成補助:森谷のぞみ)
(工藤律子さん)
私たちの生活が金融危機に左右されるなんておかしい!
私が時間銀行を知ったのは10年ほど前です。日本では、米国で起きた「オキュパイ・ウォールストリート」運動(2011年9月~)を知ってる方が多いと思いますが、それより前の2011年5月15日に、スペインでは「スパニッシュ・レボリューション」と言われるぐらいの市民運動が起こりました。5月15日をスペイン語で「キンセ デ マヨ(el 15 de mayo)」と言うことから、15M(キンセ・エメ)運動と呼ばれました。
2008年のリーマンショック以降、経済不況が続きましたよね。スペインは本当にひどくて、失業率が30%を超えた時期がありました。「こんなことありえない」と怒った市民が、2011年5月に主要都市すべてにおいて、合わせて50万人という規模のデモをし、政府への抗議の声を上げたことから15M運動が始まりました。それから数年間、この運動を中心にしていろんなことが変わりました。
市民の手で「つながりの経済」をつくりなおす
スペイン政府は、銀行や金融機関、企業などを救うためのお金を、教育費、社会福祉費、保健医療費などを削って捻出しようとしました。それに対して人々は、「政府は国民のために政治を行うべきなのに、なんで金持ちばかりを助けて、一般の市民に必要な領域から予算を削っていくのか」と抗議しました。
それと同時に、「そもそも、なんで、自分とは無関係に思える金融危機から失業率30%以上なんていう事態になっちゃったんだろう?」と真剣に考えはじめたんです。
銀行や企業を優先するような政治は民主主義じゃない、政治家にだけ政治を任せるのは間違いじゃないか、と考えた市民は、政治に積極的に参加しはじめました。デモで広場に集まった人たちは、それぞれの暮らす地域でも週に一回、政治、経済、文化、教育といったテーマについて自分たちの意見を伝え合う「住民議会」をはじめました。
経済についても新たな動きがありました。今回の危機をなんとか脱することができたとしても、既存の金融資本主義経済に依存していてはまた同じような目に遭うんじゃないか、と思った人たちは、もっと人や環境を中心にした経済を作ろうとしました。「つながりの経済」=社会的連帯経済を広めようとする人たちが増えたんです。
スペインでは、歴史的に労働者協同組合という事業形態が広がっています。一緒に仕事をやりたい仲間で協同組合を作り、自分たちで出資して、自分たちで働いて、自分たちで給料をいくらにするかも決めて、経営もみんなでやるという働き方です。そういったものが「社会的連帯経済」と呼ばれます。協同組合のほかにも、NPO、有機農業、社会的企業、フェアトレード団体などがこれに当てはまります。
時間銀行って?――誰だって誰かのためにできることはある
15M運動の参加者にインタビューしてみると、「時間銀行をはじめたんだ」という人がけっこうたくさんいました。
社会的連帯経済のひとつとして、法定貨幣(日本円、ドル、ユーロなど)ではないものを交換単位としてモノやサービスをやりとりする試みがあります。スペインでは補完通貨とか社会的通貨と呼ばれています。日本では「地域通貨」と呼ばれていますよね。
「時間銀行」は、世界共通で誰もが持っている「時間」をいろんな人とやりとりしながら、つながりを育んでいく試みです。
その基本形をご説明します。
まず、「〇〇時間銀行」というグループを作ります。
参加者たちは、「自分がほかの人にしてあげられること」を時間銀行に登録します。たとえば、「英語を教えられる」「べつに特技はないんだけど、話し相手ぐらいならできる」「買い物に代わりに行ってあげるとか、庭の草抜きとかだったらできる」「パソコン関係のことなら助けられる」。なんでもいいんです。
そして、グループの中でお互いに頼みごとをします。その際に、お金ではなく「時間」をやりとりします。
とにかく「誰だって誰かのためにできることはある」という発想が大切です。「何をできるのがいいか」とか「これは1時間かかった? いや50分?」といったことはあまり気にしません。堅苦しいこと言わずにゆるやかな関係を作っていきます。
根本にある考え方は、お金に依存せず、時間を共有することを通して豊かな暮らしを創っていくこと。「みんなが誰かのためにできることがあるし、誰かに何かをしてもらうことができる」という自己肯定感が得られたり、生きがいが生まれたりすることが少なくありません。
具体例を知ろう!――家庭教師、ベリーダンス、ネットについての講義
では、具体例をみていきましょう。
まずは首都マドリードの東側にある、リバスという町の時間銀行です。
2005年に創設され、現在は380人以上が参加しています。ルイサさんという左の女性は、もともと市役所でシングルマザーの支援などをしていました。生活が大変だという相談ごとが多かったときに、たまたまラジオで時間銀行の話を聴いて、「ああ、これだったらお金がなくても心豊かに暮らせるじゃない!」と思ったそうです。すぐに仲間を集めて市役所に掛けあい、市のコミュニティセンターを無料で提供してもらいました。
いまはウェブサイトもあり、利用者は自分のアカウントを作って時間のやりとりを管理しています。誰がどんなことをできるのかもサイトに載っていて、頼みごとがある人は、自分で直接連絡するか、ルイサさんのような仲介者に連絡してもらうそうです。最近ではメッセージアプリでグループを作ってやりとりする人たちもいます。
これは、中学校の教師が、退勤後に近所の小学生に勉強を教えている様子です。少年のお父さんが時間銀行のメンバーで、「息子の家庭教師をやって」と頼んできたそうです。スペインでは、学校の先生は遅くとも午後5時前には退勤します。この先生は教えるのが大好きらしく、「困ってるならいつでも教えるよ」と。ちなみに少年のお父さんのほうは、引越しの手伝いや家の掃除をやっているとのことでした。
これはベリーダンス教室です。ピンクの服を着ている彼女は、プロのベリーダンスの先生。なんでお金にならないのに時間銀行で教えるのかと訊いたら、「お金になるかどうかは関係ありません。時間銀行のグループにいることで、急に誰かに子どもの面倒を頼まなければならなくなったときなどに、気軽に助けを求められる人がいるのが嬉しいのです。だから、ベリーダンスをやりたい仲間には喜んで教えたい」と話してくれました。
とはいえ、どうしても、人に何かをやってあげてばかりで時間預金がどんどん増える人と、やってもらうばかりの人が出てきます。
そこで、時間銀行自体も、メンバーに時間を使ってもらうための企画をやっています。集まる機会を作れば、より多くの人がつながりあえますからね。
この企画では、時間銀行のメンバーである研究者が、インターネットやテレビといったメディアが若者に及ぼす影響について話しました。講師料は時間で支払われます。参加者は高校生やその親世代の人たちで、けっこう盛り上がっていました。スマホを使ったいじめの話が出たときには、「うちの子もいじめられた」「ああ、その話知ってる」と、身近な問題に関するディスカッションが起こりました。
(後編につづく)
*後編では、なんと、工藤さんの本で紹介されているスペインの事例を参考に、日本で時間銀行に取り組んでいる方々にご登場いただきます! この街でも、そしていまの私でも、時間銀行をやることはできるかもしれない。そう思わせてくれるような、実践者たちの声をお届けします。
工藤律子(くどう・りつこ)
1963年大阪府生まれ。ジャーナリスト。スペイン語圏を中心に、市民運動や社会問題などをテーマに取材する。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。著書に『ルポ 雇用なしで生きる――スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』『ルポ つながりの経済を創る――スペイン発「もうひとつの世界」への道』『マラスーー暴力に支配される少年たち』など。『ちゃぶ台8』(ミシマ社)に「人のつながり、命のつながり パンデミック下のスペインより」を寄稿。
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ご紹介しきれなかった具体例が盛りだくさん。スペイン現地の活動の様子を、生き生きとした写真とともにお伝えします。日本での実践者のみなさまにも、たっぷりお話いただきました。