第4回
出産ストーリーは突然に
2021.07.04更新
前回、「育休をとる男はその日をソワソワしながら待つ」と書きました。いや、出産を控えた女性のほうが、もちろんソワソワもドキドキもあるんだと思いますが、少なくとも私の場合は、いつから休みに入ればいいのか自分で決めにくい、えも言われぬフワフワとした感覚がありました。いつピストルを打つのかわからないスターターの横でスタートラインについているような感じ、といっても陸上部出身の人にしかわからないかもしれませんが、それはさておき。
弾力的な勤務を組んでくれた職場に感謝しながら午前の仕事を終え、午後の仕事にとりかかったその日、妻からの連絡はありました。出産予定日のちょうど1週間前でした。
「ちょっと、いや、けっこうお腹が痛い。冷汗が出てきた。早く帰れそう?」
上司に事情を告げて早退させてもらい、阪急電車に飛び乗って、でもそこは3人目の余裕なのか電車内では普通に読書して、最寄駅の一つ手前からタクシーに乗って向かった先は次男さとるの体操教室が行われている市立体育館。妻は体育館のフロアのすみっこで、笑みを浮かべて眉間にしわを寄せるという表情で待っていました。
「痛いねん」
「病院行く?」
「いや、とりあえず、さとるの体操の相手してやって。たぶんまだ大丈夫やから」
・・・体操が終わって。
「どう? 病院行く?」
「んー、ここから本番やと思うねんけど、さとる汗かいてるやろ? たぶんまだ大丈夫やから、家に帰ってお風呂に入れてやろ」
・・・帰宅して、子どもたちのお風呂が終わって。
「どう? 病院行く?」
「んー、病院いったら長丁場になるから、ご飯食べてから行くわ。たぶんまだ大丈夫やから」
・・・早い晩ご飯が終わって。
「なあ、病院行こう」
「うん、入院の荷物をチェックせな、、、あ、パンっていうた! たぶん破水した~!」
破水してなお、パジャマ姿の子どもたちの髪をドライヤーで乾かし、車に乗せてみんなでようやく産院に。と、こう書くと「やっぱり3人目ともなると余裕ですねぇ」とお思いかもしれませんが(確かに経験って偉大やな、と私も思いますが)、そこはコロナ禍のこと、立ち会い出産も、廊下でおぎゃあの声を待つ昭和パターンも許されないので「その瞬間に横に居てもらえないのは、すごく不安」と妻は少し前から繰り返し言っていました。コロナの感染状況が落ち着きつつあったとはいえ、まだ私たちの住む兵庫県にも緊急事態宣言が出されているタイミング、産院の助産師さんも「ここから先はご家族も入れません」と優しくも厳しいお言葉。妻はあきらめたような、覚悟を決めたような顔でお腹を抱えて脂汗を浮かべながら、じゃあ、と手を振り、事情をよく飲み込めなくて不安げな4歳児と2歳児と49歳は帰宅。
そんなに長くはかからないだろうとは思っていたけれど、帰宅後ほどなく妻からビデオ通話の着信。どうやら妻のスマホが分娩室で三脚かなにかにセットされているらしく、そのまま「オンライン立ち会い出産」に突入。
「痛い痛い痛い痛い! あれ? 見えてる?」
「きょうさん、頑張って! みんなで見てるから!」
「先生、すみません、音声が聞こえないんですけど。おーい! あ、画面を横にしてもらえます? い、痛い!」
「はい、赤ちゃん出てきますよ」
「痛い痛い! ちょっと! ふぅ、ふーーーーーーーーーぅ!」
あ、生まれた。
「ふんぎゃぁ!」
泣いた!
どう感動したらいいのか、いや、確かに感動はしてるんだけど、これが1回目だったら戸惑いのほうが大きいよな、という不思議な感覚に包まれる私。「赤ちゃんに血がついてる~!」という長男。「これ、赤ちゃん?」という次男・・・
そんなこんなでバタバタと、三男はこの世に生を受けました。産院に入ってからおよそ1時間は我が家の最短記録です。たすくもさとるも私が出産に立ち会い、へその緒を切りましたが、三男はなんと妻がハサミを持たされて、自分で切っていました。自分につながっている体の一部を自分で切るって、どんな感覚なわけ?(後で妻に聞いたら「へっ? 私が切るん?! あ、そうか、誰もここにおらんか、いや切るの? 切るわ。え、硬い!?」だったそうです。痛みはないんですって)
それをオンラインで見るこちら側は、やっぱり不思議な感覚なのでした。
わかっていたことではありましたが、唐突に赤ちゃんはやってきました。出産当日の夜は妻が粘りに粘って子どもたちを風呂に入れ、晩ご飯を食べさせてくれたおかげであとは寝かしつけるだけですが、世にも不思議なオンライン立ち会いで父親の私はちょっと脳みそがグルグルしている感じ。長男、次男が興奮しているのかしていないのか、そして母親の不在をどう理解しているのか、などと考えを巡らせていたら、やっぱりというかなんというか、次男が「ママに会いたい!」と号泣。妻にビデオ通話をつないだら産後すぐなのにスマホを通して優しく語りかけてくれて次男は奇跡のように鎮まり(母はすごいです、本当に)、どうにか寝てくれて、実家とか会社とかに出産の報告をして、夜のうちにその日の洗濯物を干して、ようやく深呼吸したらもう深夜。
出産の日を含めて5日、妻と赤ちゃんは病院にいます。明日の朝ごはんは、そして幼稚園は。感慨や感動とは関係なく、実に現実的な日々が待っています。
そんなふうに、私の育児休業の日々は始まりました。