昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第14回

「育休」ってなんの省略か知ってますか

2021.09.12更新

 三男のぞむが生後100日を迎えたニシ家です。100日といえば「お食い初め」です。生後1か月のお宮参りはコロナ禍ゆえでもあり、やんちゃな長男次男を連れていくのは苦行やろ、ということもあって、お食い初めと合わせてやろうということに。ところがコロナ禍は収まる気配がなく、お食い初めも両家のじぃじ、ばぁばが集まれる状況ではありません。とりあえず、我が家だけで、こぢんまりとした料理屋さんにお願いしてお膳を設えてもらってやることにしました。
 というと、いかにも私がいろいろ差配したように聞こえますが、実は私、田舎者のくせにお宮参りもお食い初めも、長男が生まれて初めて知ったという体たらく。それどころか、遡って妊娠中の安産祈願に関わる腹帯、戌の日など、すべてが結婚し、妻が妊娠して初めて知った、というか自分にかかわることとして実感したことばかり。お食い初めの御膳には歯固めの石がありますが、長男のときは「なんなん、これ?」という感覚でした。そんなわけで、三人目の今回も「あ、お宮参りの段取りをしなくては」とか「お食い初めはどこでやろうか」と自分から妻に相談できるような発想はなく、毎度「段取りを組むのはいつも私。儀式とか節目とか親族の集まることは大事だとかいいながら、全然、自分から言い出さないじゃない。どういうつもり?」と妻に叱られます。返す言葉がないとはこのことです。たいへん申し訳ない。でもね、どうでもいいと思っているわけではないのです。あ、お宮参りどないしょかな、とふと脳裏をよぎったとしても、寝不足でひぃひぃ言うてる妻に「なあ、お宮参りどうする、、? いや、いいから寝てて」となるでしょ? と、いちおう言い訳。

 さて、遡ることおおよそ4か月。育休を取得することを決めて、いろいろと会社で手続きをしている頃のことです。同じ職場で働く報道記者の後輩H君が少し前に1か月の育休を取ったと聞いて、じつにざっくりと「どうだった?」と尋ねました。するとH君は、苦笑い、そう、まさに苦笑いを浮かべて、

「ううん、そうですね、まあ、もう育休はいいっすわ」

 え、どういうこと?育休を取ることにワクワクとソワソワを同時に抱えていた私は少々面食らいました。とっさに思い浮かんだのは

1 仕事が面白い時期だったので、早く職場に復帰したかった?
2 奥さんと喧嘩した?
3 期間が短すぎて充実感を味わえなかった?

くらいでした。で、H君に「なんで? どういうこと?」とストレートに訊きました。繰り返しますが、私としても育休を取ることを決めてワクワク、ソワソワしていたので、経験者の浮かない表情というのはめちゃくちゃ気になるのです。H君の答えは、私の想像したどれとも微妙に違うものでした。

「んー、1か月もまとまって会社を休むのは初めてだったんで、もうちょっと自分の時間というか、たまっている読みたい本を読む時間くらいはあるのかなと思ってたんですけど、全然なくて。それに、ずっと家にいるからか、妻とも妙にギスギスしちゃって」

 な、なるほどー! これを聞いた瞬間、なんというか、覚悟が決まるような感覚と、どうすれば充実した育休だったと思えるんだろう、という思考回路がグルグルと回り始めました。これほど示唆に富む言葉はなかなかないぞ。ありがとう、H君!

 確かにサラリーマンが1か月もの間、会社を休むことは(特に男性の場合)ほとんどありません。それだけまとまって会社にも行かなくていい、取材にも行かなくていい、記事も書かなくていい、深夜におよぶ編集もしなくていいなんて、マジ? ほんとに? となると思います。そうなると自分の時間がとれて、ずっと読みたいと思っていた本とかも読めるんじゃないかと、私でも考えると思います。読書の時間なんて、実にささやかで健全な望みではないですか。
 でも、じっさいに自分が育休を取ってみて、H君の言っていたことがどういう意味か理解できたように思います。読書の時間が欲しいという願いは、決してささやかではないのだろうと。

 育休に入って4日目に、私はツイッターにこう投稿しました。

「いや、マジ家事終わらんな。」

 妻が出産直後でまだ入院していた時期ではありますが、本当に、心から、こう思ったのです。朝起きたら食事の用意。起きてきて遊んでいる子どもたちに食べさせ、着替えさせて、自分も着替えて幼稚園に送っていく。家に戻ってキッチンの洗い物、洗濯、自分の昼食を用意して食べて、ふぅ、と一息ついたらもう降園時間。子どもたちを迎えに行きます。子どもは道草を食う天才です。大人の足なら5分の距離を20分くらいかけて歩きます。疲れたら、あるいは機嫌を損ねたら容赦なく抱っこを要求します。途中のスーパーでお買い物。晩ご飯のビジョンが固まっていないと、店内をぐるぐる彷徨うことになり、明後日のぶんまでおやつを買わされることになります。帰ってきた子どもを着替えさせ、おもちゃで遊んだり、公園に行きたいというご要望にお応えしたりしてたら、え? もう晩ご飯の用意の時間? 慣れない食事作りは、2歳の次男の「オシッコ!」「ウンチ!」の声でしばしば中断します。ご飯を作って、一緒に食べて、子ども達の椅子の下に落ちたご飯粒その他もろもろを拾い集めます。なんでこんなに落ちるのでしょう。お風呂に入るぞと声を掛けると、もっと遊びたいといって嫌がり、いったんお風呂に入ると、そろそろ出ようと声を掛けても、もっとお風呂で遊びたいとこれまた嫌がる。身体を拭き、皮膚の弱い次男の保湿を済ませたらゴールは近いぞ、と思いきや、パジャマをどちらが先に着せてもらうかでケンカ、どちらが先に歯ブラシに歯磨き粉をつけてもらうかでケンカ。寝る前に読む絵本を選んでようやく寝室へ。寝かしつけているはずが、いつのまにか自分が先に寝落ちしていることも珍しくなく、数十分後、ときに小一時間後に目覚めて、晩ご飯の洗い物を済ませ、洗濯物をたたみ、翌日の朝ごはんの仕込みを終えて時計を見たら、そうです今日という一日は終わりでーす。いや、マジ家事終わらんな、なのです。
 忙しいというだけなら、職場の仕事だって相当に忙しいものです。私でいえば、ニュースを読んでいる間はそれはもう秒刻みの仕事ですし、急に原稿を差し替えられて内心は心臓バクバクでも涼しい顔をして読まなくてはなりません。インタビューをしている間は、どんな言葉をどうやって引き出せるか、脳みそはフル回転です。でも、そこには「緩急」というものがあります。ニュースを読む前には、情報を整理してじっくり咀嚼する時間がありますし、心臓バクバクの時間はほどなく終わります。お昼ご飯は一仕事終えたらゆっくり食べられます。
 でも、家事育児というのは、考えるすき間がないというか、こちらの事情を無視してどんどんやるべきことが押し寄せてくるのだと、育休をとってみて、心底、痛感しています。何度でも言わせて頂きます。いや、マジ家事終わらんな、です。
 ましてや新生児を家庭に迎えるのです。好きなときにおっぱいを飲み、好きなときにウンチをし、好きなときに寝て、好きなときに目覚め、その都度、大きな声で泣きます。そして、新生児に関するほとんどのことは、お母さんにしかできなかったり、お母さんのほうが上手く対応できたりします。おっぱいも、沐浴も、寝かしつけも。
 ふぅ。H君、読書の時間がないと嘆くのは少々贅沢かもしれんで。お母さんに読書の時間がどれだけあるか、われわれ男は考えなあかんのかもね。

 と、偉そうなことを書いていますが、H君のちょっとした一言にヒントをもらって多少なりとも心構えができたおかげで、自分の時間がないことに(あんまり)フラストレーションを溜めずに過ごすことができています。あらためて、ありがとうH君。でも、育休中に本は読めないけど、本には書いてないことを経験できたり、本に書いてあることがより深く理解できるようになっていけるような気がしているよ。ごめんね、後知恵でえらそうなことを言って。でも、本当にそう思うんです。

 あと、おまけにもうひとつだけ。育休のことを「育児休暇」だと思っている人が意外に多いです。ちゃいます。正しくは「育児休業」です。会社に行かないだけで、だらだら休んでるわけじゃないんだ! 休暇ちゃうで! とH君と声をそろえて叫びたいぞ!!

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長。相愛大学客員教授。2021年6月から9月までおよそ4ヵ月間の育児休業を取得。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

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