昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第15回

ひとつ屋根の下

2021.09.20更新

 夏休み明けの最大の懸案でもあった次男さとるのオムツ問題が妙な展開をみせているニシ家です。ふだんはパンツで過ごしているさとるです。朝起きたら「おしっこー!」と元気過ぎるくらいの声で尿意を教えてくれます。いっしょにトイレに行って、便座に機関車トーマスの補助便座をのせます。さとるはよいしょとそこに座り、堂々とおしっこをします。ちゃんと手も洗います。これだけをみれば、立派にオムツ卒業です。ところが以前にも書いたように、自宅以外のトイレは全力で拒否です。これだと家から半径100メートルを出られないので、自宅で使っているのと同じトーマス補助便座をもうひとつ買って(わりとお求めやすい価格なので助かりました)お出かけのときには持ち歩いているのですが、成功確率は五分五分。しかもトーマスに座らなくても用を足せるときもあるので、親としてはブンブン振り回されている気分です。うまくおしっこ(あるいはうんち!)できたところは彼のなかでも「成功した場所」に登録されるようで、少し離れていても「あのスーパーのトイレに行く!」と言い張ります。
 それだけこだわっているのだから、と親も気を使っていたのに2学期が始まると「幼稚園にはオムツで行く!」とあっさり宣言。しかも最初のうちは意地で(たぶん)おしっこをがまんして、迎えにいくなり「おうちにかえっておしっこする!」と涙声になっていたのに、最近は幼稚園で堂々とオムツのなかにおしっこをしているようで、帰宅して着替えるときに見ると幼稚園に預けてあるストックのオムツに履き替えています。しかも先日、幼稚園の先生が「さとるくん、今日はおむつにウンチもしちゃって、、、」と教えてくれました。本人はけろりとした顔。オムツからパンツに。パンツからオムツに。やせ我慢からおしっこでパンパンのオムツへ。そして、うんち。うん、うんちね。もう楽しむしかないですな。オムツ卒業はかくも難しいのかと実感する今日この頃です。きっと三男のぞむのときも、また違う展開を見せるんでしょう。

 さて、いよいよ私の育休期間が残りわずかになってきました。家事育児の力になっていればもちろん私としてはうれしいんですが、裏を返せば、育休が終わることがけっこう不安でもあります。幼稚園に子どもを迎えに行くにしても、公園に遊びに行くにしても、お風呂に入れるにしても、私が家にいることを前提に家のなかのルーティンを組んでいることがたくさんあります。私が長男次男と公園で遊んでいるあいだに、妻がどうにか三男をあやしながら晩ご飯を作るとか、私が長男次男をお風呂に入れて、そのあと妻が三男をお風呂に入れるとか。
 育休が終わったあとも在宅勤務、リモートワークで私が家にいられればいいんですが、カメラの前に立ち、マイクの前に座るのがアナウンサーの基本的な仕事です。あと10年もすればそれも変化しているのかもしれませんが、今のところはやっぱり会社に行かなくてはなりません。となると、その間、家のことは妻がひとりでやらなければなりません。いわゆるワンオペです。最近は子どもが寝てからのつかの間の穏やかな時間に
「なあ、大丈夫?」
「わかんない。不安。」
という会話がしばしば。ご近所とは上手にネットワークを作っている妻です。お世話になりたいぞ! コロナあっちいけ!

 前回の連載で職場の後輩H君が私より一足先に取った育休について「読書の時間もなかった。ずっと一緒にいるせいか、妻ともギクシャクして」と話していたことを書きました。その「妻とのギクシャク」が、私の心に、イワシの小骨のように引っ掛かりました。そうなんよね。どんなに気の合う相手でも、ずーーーーっと一緒だと、そりゃイラっとしたり、ぶつかったりすることもあるでしょう。だって、大の大人ですよ。え、うちはずっとラブラブだけど? というあなた。ぜひその極意を伝授してください。うちはお気楽仲良し夫婦だと思っていますが、それでもときには見解の相違が、いや違うな、そんなオーバーなものではなく、ちょっとしたモノの言い方とか、こないだ言うてたんとちゃうやんとか、そんな程度のことのほうがむしろ感情をこじらせやすいようで、(フライパンが飛んでくるようなことはありませんが)ちょっと大きな声でのやり取りに発展することがこれまでもありました。育休に入るときに、H君が「妻とギクシャク」と言ったときにも「そんなアホな」とは思わず「だよね。それをどうやって回避するかは、ウルトラ重要だよね」と思いました。だって、何度でも言いますけど大の大人がひとつ屋根の下でずっと一緒にいるんですもの。

 で、育休3か月、ギクシャクしない極意に達したのか。結論から言うと、「そんなに簡単にギクシャクしなくなるわけないやろ!」です。相変わらず、ちょいちょいぶつかります。理由も相変わらず「あ、ちょっと、その言い方なんなん?」みたいに低レベル(なのか?)です。
 でも、でもですよ。ちょっと減ってはいると思うのです。育休の始めの頃と比べると、最近は夫婦がお互いにイライラする場面は減っているのではないかというのが個人的な実感です。この連載を毎回読んでいる妻(これ、けっこうプレッシャーです)にも聞いてみましょう。

「うん、減りました。たぶん。三男のぞむが少しまとまって夜眠るようになって寝不足がマシになったことがいちばんだけど、夫婦が別行動をすることでリビングにずっと一緒にいる時間が少なくなったこともあるかもしれません。あ、一緒にいたくないわけではないですよ(笑)」

 だそうです。やっぱりいちばんの要因は寝不足か。でも、一緒にいる時間が少なくなったから、という妻の分析にはブンブンと首を縦にふります。あ、一緒にいたくないわけではないですよ(笑)。
 子どもが3人、しかも一人は乳児となると、先程も書いたように、おっぱい飲ませている間に長男と次男のお風呂とか、ご飯の用意をしているあいだは子どもたちを公園に連れ出すとか、そんなふうに家事育児を分担する必要が出てきます。必要にせまられて分担している結果として、夫婦が別々の時間を持つことができます。料理が好きな妻は三男が穏やかにはむはむと自分の手をしゃぶっているあいだとか(最近多いのです)、お昼寝をしてくれているあいだに少しゆっくりキッチンに立つのはうれしい時間だといいますし、私も5歳ともうすぐ3歳と一緒に公園にセミ捕りに行くのは、体力勝負ではありますが楽しい時間です。「こんな時間を過ごせるのもあとどれくらいかな。そのうち親と一緒にでかけるのはイヤ、とか言うんだろうな」なんてときどきセンチメンタルになっていたりもします。まあ、50歳で幼子の親というのは余計にそんな気分になるのかもしれません。
 また、私は育休中も週に一回程度、子どもたちが幼稚園に行っている時間帯に(もちろん妻に笑顔で送り出してもらって)スポーツジムに泳ぎに行ったりもしています。ジムの顔見知りからは「育休中なのに泳いでていいんですか?」と冗談交じりで聞かれます。まあ、冗談交じりとはいえ、そんなふうに声を掛ける側の気持ちもよくわかります。仕事を休んでいるのにのんきに泳いでていいの? という意味と、育休なんだから育児をバリバリやらなきゃいけないんじゃないの? という意味で。私自身も育休に入って初めてジムで泳いだときは、なんかサボっているような気分になりましたから。
 でも、こんなふうにちょいちょい「育休を休む」ことは、けっこう大事なんだろうし、裏を返せば、お母ちゃんにも「育児を休む」時間が必要ってことだと思います。じっさいには、妻の方は、おっぱいをあげたり、寝かしつけをしたりと、なかなかひとり時間を過ごせていません。育休期間中に、ちょっとでも妻が友達とすごしたり、映画館に行ったり、買い物にでかけたりと、育児をサボる時間をもってもらえたら、私の育休のミッションがひとつ達成できたということになるのかもしれません。父親からはおっぱいが出ないとか、私が寝かしつけるとべらぼうに時間がかかるとか、いろいろハードルはありますが。

 まあ、そんなわけで、夫婦がギクシャクしない極意は「一緒にいる時間を減らす」という、年配のご夫婦からすれば「え、いま気づいたの?」と思うような結論に到達しつつあります。でも、これって育休中に限らないような気もするんですよね。あ、何度も言いますが、一緒にいたくないという意味ではなくて(笑)

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長。相愛大学客員教授。2021年6月から9月までおよそ4ヵ月間の育児休業を取得。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

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