昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第17回

終わりは始まり、いや通過点

2021.10.07更新

 いや、みなさん、困ったことになりました。

 哺乳瓶、完全拒否。

 もちろん三男のぞむのことです。哺乳瓶のシリコン乳首を口に入れようとすると顔を真っ赤にして「なんじゃワレ! バッタもん掴ます気ぃか!」と凄んできます。いや、中身は冷凍した母乳を解凍したものでニセものなんかじゃございませんよ、とへりくだってみせるのですが、「やかましわ! ワシゃ、モノホン以外は飲まへんのじゃ!」と血管が切れそうな形相。どうにもこうにも話が通じません(当たり前。あと、台詞は想像)。
 ニシ家が長男次男体制(?)のときは、妻と私で手分けしてどうにかこうにか2人の面倒を見てきましたが、子ども3人の家族になったわけで、何がどうなるかわかりません。どうしても幼稚園の面談があるから、哺乳瓶でミルク飲ませてて! とか、妻、風邪でダウン、というような事態はしょっちゅう起こるだろうと想定して、のぞむが新生児のころから、じつは意識的に哺乳瓶を使ってきました。夜にしっかり寝てもらおうという狙いで、母乳よりも腹持ちがいいと一般的にいわれる粉ミルクを夜の最後の授乳で飲ませるといったこともしていました。
 しかし、我々にも油断があったのです。8月に入った頃でしょうか、授乳のリズムがけっこうよくなり、粉ミルクを飲ませなくてもスヤスヤと寝てくれたので「粉ミルク溶かすのも、それを人肌に冷ますのもそれなりに大変だし、しばらくは飲ませなくていいよね?」ということで合意をみたのです。ところが、ほんの3週間後、あんなにごくごくと美味しそうに解凍母乳やミルクを飲んでいた哺乳瓶を、のぞむはまさに取り付く島もない態度で「はぁ? なにこれ?」という感じで拒絶したのです。どうしましょうか、ねぇ。

 さて、9月いっぱいで私の育児休業は終わります。6月8日の三男出産から始まった日々を思い返すと、驚くほどのスピードで時間が流れました。ほんと、あっという間。のぞむはこの3カ月で6キロを超え、生まれたときの倍の重さになりました。長男にも次男にも大きな変化、小さな変化がありました。そんな子どもたちの成長を、間近で伴走しながら実感できたのは、振り返るとやっぱりうれしいものです。
 私自身が成長したかどうかはわかりません。でも、経験はたくさんしました。いまはその経験はこま切れの風景でしかありませんが、いずれその風景を愛おしく感じるだろうという予感があります。
 ひとつ、印象的な場面を振り返ってみます。幼稚園のお迎えです。うちの子らが通う幼稚園では、保護者は指定された場所で、子どもが教室から出てくるのを待ちます。その間、お母さんたちは、駅前のスーパーは今日はブロッコリーが安いとか、うちはオムツの卒業、なんとかイケそうとか、櫻井翔くん結婚だってね、とか、極めて多岐にわたる井戸端会議を展開していますが、この会話の輪に入っていくのが育休男子にとってはなかなか難易度の高いことでした。ブロッコリーの値段くらいはわからないこともありませんが、いきなりその会話に割って入って「ですよね~、今日はブロッコリー、安いですよね!」というのも図々しい気がします。在宅勤務なのでしょうか、たまに私以外にも男性がお迎えにきているのを目にしますが、やっぱり手持ち無沙汰に携帯に目をやっていたりします。居心地悪そうな私に気を使ってか、同級生のお母さんが話しかけてくれることもありましたが、

「こんにちは。育休を取られたって聞いたんですけど、すごいですね~」
「いや、すごいなんてことないです。さすがに3人目が生まれたら大変だろうと思って」
「え~、でもほんとすごいです」
「ありがとうございます」
「・・・今日も暑いですね」
「・・そうですね」

 会話、へたくそ(笑)
 探り探りの会話はさながら転校生のようです。私、けっこう人見知りなんです、アナウンサーなのに。でも、さすがに4カ月たてば多少は会話もつながるようになってきます。
「こないだ図書室で借りた絵本、面白かったですよ」
「明日、お迎えの時間が30分早いんですよね?」
「ブロッコリー、昨日は258円だったのが、今朝みたら178円でしたよ」
 こういう会話ができると、なにか一人前の子育てメンバーに入れてもらったみたいで誇らしい気分ですらあります。でも、自分がなじむのに一生懸命の時期が過ぎて、少し落ち着いて周りをみると、自ら会話の輪から距離をとっているようなお母さんもいますし、緩やかながら会話のグループがあるのもわかってきます。保護者のLINEのグループをめぐって過去にトラブルがあったらしい話も聞きました。社会の縮図というのは少々オーバーですが、馴染めばそれでよし、でもないようです。
 満3歳児クラスの次男は、時間がくると満面の笑みでタッタッタッと走ってきて私の脚にしがみついてきます。育休中、一二を争う幸せな瞬間です。たどたどしく、でもうれしそうに、今日ね、あのね、お歌を歌ったの、聞きたい? と話してくれます。
 年中組で5歳の長男は、もう駆け寄ってきたりはしません。こちらが先に見つけて手を振ってもあまりそれを喜ぶ様子は見せず、保護者エリアにいる私に向かって大きな声で「ミヤマクワガタとー! ノコギリクワガタはー! どっちが強いと思うー?」と、とりあえず急ぎではない案件を(笑)叫んでいます。それはそれで、ああ、兄ちゃんになったなぁ、とじんわり幸せをかみしめられます。
 おどおどしていた私が馴染んだと思ったらもう育休は終わり。今後も朝の登園は一緒に行けそうですが、午後のお迎えは基本的に行くことはできなくなります。うぅ、寂しい。
 そうそう、担任の先生から「さとるくん、トイレでオシッコできましたよ!」と教えてもらったのも、このお迎えの場でした。じつは次男は9月29日に3歳の誕生日を迎えたのですが、かねてから「さとる、3歳になったら、パンツで幼稚園に行く」と宣言していたのです。これまで何度となくパンツとオムツの無限ループに振り回されてきた父ちゃん母ちゃんは半信半疑だったのですが、彼は言ったことはやる男でした。誕生日の朝、「3歳だから」とパンツで幼稚園に。私も妻も、ズボンを濡らしてくることを半ば覚悟していたのですが、担任、副担任の先生方がそろってものすごくうれしそうにトイレ報告をしてくれ、本人はうつむき加減に、でも誇らしそうな顔をしていたのでした。そんなうれしい瞬間に立ち会えたのも、お迎えの場でした。

 10月からは、そのお迎えも含めて、昼間のことは妻が一人でこなすことが多くなりますから、育休のあいだも、妻がひとりでやれる段取りをどう組むか、職場復帰したあとでも私ができる育児、家事はなにか、念入りに話し合ってきました。
 というのは全くのウソです。すみません。本当は向き合って、話し合わないといけないんです。わかっているんです。でも、子どもを寝かしつけるまでは、まったくすき間なく育児と家事に追われますし、子どもたちが眠ったあとの穏やかな時間には、私はなぜか急にクローゼットの整理がしたくなったりするし、妻はちょっと凝った料理がしたくなったりするらしいのです。挙句の果てに、たまりまくった子どもの写真を整理しようとパソコンの画面に向かっているうちに、なぜだか2人で涙ぐんでいたりします。なにしてんねん、私ら!
 育休後に始まるワンオペ3人育児の過酷さから目を背けていたのかもしれません。いや、そうだと思います。でも、クローゼット整理や料理から得られるささやかな充足感が必要なときがあります。「今すぐやらなくてもいいことを、今すぐやりたい」と思うことはきっとなにかのサインで、その楽しさが切実に必要なんだと思うんですよね。だから、妻が急に家事を投げうって編み物を始めたりアサガオのタネを植えたりし始めたら、何かのバランスを(ストレスという言葉はあえて使いたくないのです)取ろうとしてるんだと受け止めたいと思っています。
 育児休業の日々が、やってみて、ぶつかって、考えて、考えたら何かしらの答えがでたり、ちょっとマシになったり、アカン、無理やなぁ、難しいなぁ、となったりの連続だったように、育休が終わったあとの日々も、やっぱり試行錯誤の連続になるでしょう。もちろん準備もしますし、話し合いもしますが、「思ってたんと違うけど、これはこれでおもろいな」くらいに収まれば万々歳じゃないかな、と。

 さあ、三男は哺乳瓶を拒否し続けるのか? 次男は本当にオムツに後戻りしないのか? 長男の鉄道愛は昆虫に取って代わられるのか!? 妻の3兄弟とのハードな日常はどうなる? あと、父ちゃんの神経痛は治るのか?(い、痛いんです!) 育休後についても、もう少しだけ書きたいと思っていますので、なにとぞお付き合いください。

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長。相愛大学客員教授。2021年6月から9月までおよそ4ヵ月間の育児休業を取得。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

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