昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第18回

育休(後)日記1「だらだらは大事」

2021.11.19更新

 気づけば1か月以上も更新が滞ってしまいました。すみません。
 私の育休期間が終わり、勤務に復帰してから1か月。家庭にも、サラリーマンとしての私にも、まあいろいろ変化はありましたが、何から書こうかとパソコンの前に座って最初に頭に浮かんだのは、なぜか、長男と次男がトイレの温水洗浄便座でお尻を洗うようになったという、どうでもいいことでした。ひらがなやカタカナが読めるようになった長男たすくは、便座の横についているボタンを指さして「お!し!り!」と大声で読み上げてはゲラゲラ笑っていました。そのくせ、お尻を洗うボタン使ってみる?と水を向けると「怖いからイヤ」と試そうとしません。先にお尻を温水で洗ったのは、なんと次男さとるでした。
 そうなのです。自分でどうでもいいと書いておきながらアレなんですが、思い起こせばどうでもよくはないかもしれません。なにせ、次男は夏休み前にはまだオムツを履いていたのです。パンツになっても我が家のトイレで機関車トーマスの補助便座を乗っけないと用を足せなかったのに、10月になると「トーマスなしで座る!」と言い出します。3歳としては小柄なさとるが大人と同じ洋式便座に座ると、そのままスポッとお尻から落ちてしまいそうでヒヤヒヤしますが、本人は脚をぐっと広げ、両腕を突っ張って体を支えています。ちょっとうれしそうで誇らしげでもあります。子どもが新しいことができるようになったときの、この小鼻の広がった顔が、私は大好きです。その次男が、ウンチのあとに「このボタン押したーい!」と言い出しました。小さな体のピンポイントにちゃんと温水がヒットするか若干心配でしたが、せっかく本人がその気なので、じゃあ押してごらん、と促すと、うひゃうひゃうひゃあ! と、じつに「初めて温水洗浄便座を使った人らしい」反応を見せました。くすぐったくて面白いねぇ! とその後は調子に乗ってオシッコのときまでおしりを洗いたがるようになってちょっと困っていますが、この夏までオムツを着用していた子がおしりを洗っている姿というのは、えも言えぬ感慨があります。一度だけ、次男が急に立ち上がろうとして温水シャワーが的を外し、私が手のひらで受け止める事態が起こりましたが、次男がトライしたのを見て、その後ほどなくして長男もおしりを洗い始めました。ともにおしりを温水で洗い始めたトイレブラザーズ。新しいものにはわりと慎重な長男に、よくわからないことでもとりあえず試してみる次男と、こんな些細なことでもそれぞれの性格が見えるのも面白いです。トイレは成長と性格を映す鏡、かな?

 さて、あらためて、9月末で私の育児休業期間が終わり、私は職場に復帰しました。朝は私がトイレブラザーズを9時に幼稚園に送って、そのまま電車で出社。うちの会社のデスクワークの始業は10時ですから、ちょうどいいスケジュールです。私が2人を幼稚園に送っていけば、妻は急いでメイクをしたり着替えたりする必要もなく、三男におっぱいを飲ませて寝かしつけたり、家の用事をすることができます。
 ただ、ちょうどいい、というのは裏を返せば「余裕がない」ということでもあります。子どもが1人、もしくは2人のときも、そのときなりに必死のパッチでしたが、今になって思えばやっぱり余裕がありました。私の出社時間が早ければ、妻が「じゃあ、私が送っていくわ」と言ってくれていました。もちろん今もそう言ってくれますけれど、声のトーンが違います。「え、明日、パパ早いの? 朝の登園ムリ? 絶対? どうしても? マジか~。じゃあ、私が送っていくわ、、、」という感じ。そりゃそうです。お化粧もして、4か月の乳児を抱えて5歳と3歳の手を引いていくのです。夕方も、定時に仕事を終えれば、帰宅してすぐに私が子どもと一緒にお風呂に入って、歯を磨いて、寝る前の本を読んで寝かしつけをすることができますが、ちょっと仕事が長引いたりすると、それを乳児の世話と同時進行で妻がやることになります。幸い、職場はそうした事情をすごく配慮してくれていますが、それでも取材となれば時間は取材先の都合に合わせることになりますし、10月末の衆議院選挙の際には、取材や開票特番のために深夜まで帰れないこともありました。
 しかし考えてみれば保育園に子どもを預けて働いている女性など、我々の比ではないパズルのような日々を過ごしているわけですよね。パズルのピースは子どもの送り迎えだけでなく、ご飯を作る、洗濯をする、掃除をする、買い物に行くなど数えればきりがありません。30分早い出社、1時間の残業は、職場では「それだけのこと」ですが、その30分、1時間のために、どれほどの調整が必要か、どれだけ家族のサポートを要するか。わかっていたつもりでもやっぱり軽く考えていたなぁと、職場復帰してからとりわけ強く感じます。

 余裕って大事。最近、つくづく思います。幼稚園に連れて行ったり、一緒に帰ったりするとき、子どもは前だけを見てスタスタと歩くなんてことは「絶対に」ありません。ダンゴムシを見つけてはつまみ上げ、ドングリを宝物のように集めていたかと思えば、ねぇ! 犬のウンチ落ちてる! と丁寧な報告。そのときに、私がそのあと自分が乗らなきゃならない電車の時間が決まっていると、つい、この言葉が出てきてしまいます。

「いいから早く」

 ほんのちょっとの余裕さえあれば、これを口にすることもないのです。ダンゴムシを手に「これは体の横に点々がついてるから、メスなんだよ」とうれしそうに教えてくれる長男とも付き合えるし、ドングリを手のひら一杯に集めた次男のうれしそうな顔を真正面から見ることもできます。それが、時間がない、いいから早く、というマインドだと、そんなコミュニケーションを全部、こっちから遮ってしまう。考えたら本当にもったいない話です。雨上がりのマンホールで足を滑らせてコケて号泣したとしても、気持ちに、時間に余裕があれば、泣き止むまで抱っこして、それから手を繋いで幼稚園までいっしょに歩けます。実は、こんなときに「いいから早く」モードで子どもに接すると、かえってグズグズと時間がかかってしまい、しかも子どもは機嫌が悪いまま、なんてこともあったりします。頭ではわかっているんです。わかっているんだけど、時間が余裕を奪う。
 もちろん、すべてにおいて鷹揚に構えていると、朝ごはんだけで1時間かかったり、着替えの時間が裸踊りの時間になったりして、いつまでたっても幼稚園にたどりつきませんから、緩急は大切です。それでも、大人に余裕がないと、どうも子どもにはバレるようです。余裕は力。余裕は潤滑油。

 10月になって、ひとつうれしくない変化がありまして、それが三男のぞむの睡眠です。生後3か月を過ぎたころに朝まで9時間も寝る奇跡が起こり、「この子は寝てくれる!」と我ら両親は小躍りしたのですが、最近はまた深夜に頻繁に目覚めて、おっぱいを欲しがるようになりました。当然、妻は寝不足です。なまじ9時間睡眠の実績があるだけに、体力もさることながら精神的にキツいはずです。よそのおうちの赤ちゃんが、一度寝かしつけたら朝までぐっすり、なんて話を聞いたら、うらやましいを通り越して恨めしいくらいの気分。
 身体のことを考えたら、妻にはちょっとでも早く寝てほしいと思うのですが、子どもが寝てからその日の出来事を話す時間を「ごめん、疲れてるから寝るわ」と妻が省略することはめったにありません。子どもの話はときにうれしい報告だったり、ときに愚痴だったりしますが、30分、1時間、洗濯物を畳んだりしながらだらだらと話す時間を、妻は「こういう時間がないとあかんねん」と言います。最近は新しい007の映画が公開された話から、じゃあ過去の作品を観るか、と動画配信で(30分ずつに分けて、1作品に5日ぐらいかけて)映画を観て、こんな暇あったら早よ寝たらええのにな私ら、と言いながら床に就きます。

 そうなんですよね。子育て中の大人だってちょっとはだらだらしたいのです。気持ちの余裕って、案外そういう時間が生んでくれるのです。子どもたちとの時間、自分の時間、夫婦の時間、それぞれにいい匙加減で「だらだら」が混ざっている方がいい。日常のスケジュールがタイトになった今こそ、我が家にはだらだらが必要です。がんばってだらだらします! いや、がんばっちゃダメか(笑)

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長。相愛大学客員教授。2021年6月から9月までおよそ4ヵ月間の育児休業を取得。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

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