昭和生まれ、アナウンサー西靖の育休日記

第19回

育休(後)日記2「テキトーってすごい」

2021.12.12更新

 11月の初旬に、それはもうほんとうに唐突に、我が家の車が壊れました。かれこれ12年乗っている車なので、そろそろガタがきてるな、なんてサインがあってもよさそうなもんですが、何の予兆もなくその瞬間はやってきました。
 コロナ禍で夏の帰省をあきらめた我が家ですが、涼しくなるころには感染状況も落ち着いたので、帰省を兼ねて、私の郷里、岡山の神社で七五三詣りをしようということになりました。5歳の長男たすくには、ご近所からいただいたおしゃれジャケット。3歳の次男さとるには私が子どものころに着たブレザー(47年前!)。0歳の三男のぞむのベビーカーも折りたたんで愛車に積み、意気揚々と家を出発した10分後、走行中の車がいきなりガクンと揺れて、異音とともに停止。え? 今なの?
 いろいろ試しましたが、愛車が息を吹き返すことはなく、あえなくレッカー移動となりました。ロングドライブに備えて、ガソリン高いねぇとぼやきながら満タン給油した3分後のことでした。ガソリン返してくれ~。まあ、家族が無事でよかったんですけど。
 壊れた車を安全に停めることや、車のディーラーへの連絡やレッカー車の手配などでなんだか疲れてしまい、こりゃ帰省は無理だなと思っていたのですが、長男次男は「やったー! 新幹線に乗れるぅ!!」と大喜び。子どもは元気。子どもは前向き。三男を乗せたベビーカーを押し、はしゃぐ兄たちを連れて阪急、神戸市営地下鉄と乗り継ぎ、新神戸駅から新幹線で岡山に着いたときには、親2人はぐったりでした。

 岡山での七五三が無事に終わったしばらくあとには、三男のぞむの離乳食が始まりました。土鍋でおかゆを炊き、先端に回転刃のついたドリルのようなマシーン(ブレンダーというらしいです)でつぶしたものを、はむはむと美味しそうに食べています。すりつぶした煮野菜を足したりするとさらに美味しく感じるのか、もっとほしい! と口を開けて催促するような様子すらみせます。まずは順調な滑り出しです。
 おっぱいだけで過ごしてきた日々から、食べ物を口にするようになるというのは生き物としても大きな転換だと思います。そのせいか、最近ののぞむはプップ、プップとよくおならをします。おかゆを食べるときに一緒に空気を飲み込んでしまうせいかもしれませんし、お腹の中で革命が起こっているのかもしれませんが、自分のおならの音に「え? なんの音?」みたいな顔をしてキョトンとする三男、それを面白がって「のんちゃん、おならした~!」とゲラゲラ笑いながらおならダンスを始める長男次男、それに驚いて泣く三男、母に怒られる兄たち、という、意味のない、でも楽しい場面がちょいちょいあります。しかしウンチ、オシッコ、オナラが長男次男はホンマに好きです。まあ、自分も身に覚えがありますから、不思議ってわけでもないですが。
 のぞむの離乳食は、誤解を恐れずに言えばテキトーに始まりました。というのも、家族が食事をしている横に座らせていると、それをじっと見て、はむはむとタオルを噛みながらダラーっとよだれを垂らすようになったのです。それを見て「なんか、食べたそうやね」「ぼちぼちかな?」という感じのスタートでした。もちろん生後5か月を過ぎたところですから時期もちょうどよいのですが、生まれて5か月経ったから、ではなく、「食べたそうだから」という始め方に、私は「母ちゃん、さすが3人目やな」と思ったりしています。
 だって、1人目の赤ちゃんから、そろそろおっぱい以外のものを欲しそうかな? なんて、なんとなくわかったりはしないです、たぶん。うちも長男のときは、目安とされる時期や先輩お母さんたちのアドバイスをもとに試したと記憶していますが、それとて恐る恐るだったと思います。それに自信がないときは、どうしても数字に頼りがちです。離乳食開始の目安は生後5か月から半年、と書いてあると、「目安」という言葉はいつの間にか抜け落ちて、5か月経ったその日が解禁日みたいな気分になってしまいます。初めての育児は、数字に振り回される日々でもありました。
 数字なんて案外あてにならないと、今なら言えます。もうちょっと早く気づけよって話ですが。例えば同じ5キロの赤ちゃんでも、抱っこしてみるとフワッとしていたり、ムチムチしていたり、ガッチリしていたりします。首がすわっているかどうかとか、男の子と女の子の違いだったりとか、ちっちゃな手でしがみついてくるかどうかとか、いろんな要素で5キロの感じ方は変わるのだと思います。そんな小さな要素を足し合わせた結果が、抱き上げた瞬間の印象になります。そう考えると、「5キロ」なんて本当にただの数字。ある意味で乱暴な括り方とすらいえるかもしれません。ちなみに次男のときは、12月だから、冬になったからと温かいパジャマを着せていたら全然寝なくて、あまりにも寝ないのでお医者さんに相談したら、「夜に汗かいてません? この子は暑がりなんじゃないかな」と言われて、薄着に換えたらスヤスヤ寝る、なんてこともありました。目の前で子どもが汗をかいているのに、「冬だから温かくして」を疑わなかったのです。アホみたいと思われるかもしれません、というかアホだったんですが、でもちゃんとしようと思うほど、目の前の情報を見落としてしまうってことが、どうもあるようです。

 そうそう、さっき少し触れた「赤ちゃんのほうからしがみついてくる」というのは、めちゃくちゃうれしい変化です。赤ちゃんは生まれてからしばらくは寝かせた状態で横抱きにします。3か月くらいで首がすわり始めたら、だんだんと縦抱きできるようになりますが、それでも最初のうちは、赤ちゃんの頭を抱っこする大人の肩に乗せるようにして背中を軽く支えます。そのうち腰が少ししっかりしてくると、赤ちゃんが自分から顔を持ち上げて周りを見回すようになり、それとほぼ同時に、抱っこする側の服や首、腕のあたりをちっちゃな手でキュッと掴んでくるようになります。三男のぞむは今まさにこのタイミング。
 何がうれしいって、まず、抱っこが楽です。長男たすくが赤ちゃんのときには、初めての育児で抱っこに力が入り過ぎていたんだと思いますが、肩は凝る、腰は痛い、ついには肘の関節が痛くて抱っこできなくなってしまい、整形外科に通ったりしました。ちなみに妻も同じ時期に手首の腱鞘炎で苦労しました。初々しくもほろ苦い記憶です。今はさすがに力が入り過ぎて身体を痛めることはありませんが、新生児や首のすわっていない時期の赤ちゃんを抱っこするのは3人目でもやっぱりちょっと緊張します。すべてを委ねられているようなものですから、かわいいね~、だけでは済みませんし、「抱かれ心地」が悪ければすぐ泣きます。そう、抱っこって、責任感を伴うぶん、けっこう難しいのです。それが、赤ちゃんのほうからキュッと首に手をまわしてくれるようになると、抱っこする側の緊張度はちょっと下がります。同じ体重でも物理的にも精神的にもずいぶん軽く感じるのです。とはいえ、妻に言わせれば、成長したぶん、授乳のときのずっしりした重さはそんなに楽なものではないそうですが。
 もうひとつのうれしさは、これはもう単純に、赤ちゃんがこちらを求めてくれるということそのものです。生後しばらくは、おっぱいを飲むという行為以外には親の存在を積極的に求めてくることはほとんどありません。顔をのぞき込んでもとくにリアクションしてくれるわけでもありません。それが3か月くらいになるとだんだんと表情の幅が広がってきて、あやすと笑顔を見せてくれたりして、なんだか育児のごほうびをもらったような気分になります。そして抱っこに対してしがみついてくるというのは、あれは本当に最高です。あの小さな手で、心臓をキュッと掴まれているような気分。見返りがほしくて子どもたちに接しているわけではありませんが、成長の過程でときどきもらえるこんなご褒美にはうれしくなりますし、成長を数字ではなく、もっとリアルな手触りとして感じられる瞬間でもあります。そう、数字より手触り。長男が生まれた直後の自分に伝えてやりたい気分です。

 ちなみに、最近、ごほうびどころか強制的に抱っこを要求してくるのが次男さとるです。三男に親の目が向くのが不満なのか、このところ、全身から「ボクを見て!」というオーラを出しているように思います。いや、オーラなどというふんわりしたものではなく、ママ来てー!! 抱っこーーーっ!! と水揚げされたマグロのように短い手足をバタバタさせて暴れます。少し前まで幼稚園までの10分ほどの道のりを全部歩けることを誇らしげにしていたのに、最近はちょっと歩くと「抱っこ!」。小柄とはいえ14キロを超えた男の子の抱っこはけっこう腰にきます。頼む、歩いてくれ~。
 とまあ、抱っこがうれしかったりしんどかったり、親の方もそれなりに自分勝手だったりもするのです。

西 靖

西 靖
(にし・やすし)

1971年岡山県生まれ。毎日放送(MBS)アナウンサー。大阪大学法学部卒業後、1994年にMBS入社。『ちちんぷいぷい』(2011年~2021年)、報道番組『VOICE』(2014年~2019年)、『ミント!』(2019~2021年)といった人気番組の司会やキャスターを務める。現在はMBSアナウンスセンター長。相愛大学客員教授。2021年6月から9月までおよそ4ヵ月間の育児休業を取得。著書に『西靖の60日間世界一周旅の軌跡』(ぴあ)、『辺境ラジオ』(内田樹・名越康文との共著、140B)、『地球を一周! せかいのこども』(朝日新聞出版)、『聞き手・西靖、 道なき道をおもしろく。』(140B)。

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