第23回
最後の育休(後)日記
2022.08.08更新
三男のぞむが1歳になりました。妻からの「お腹痛い」という電話で会社を早退し、そのまま出産、そのまま育休に突入したあの日から1年が過ぎ、ふにゃふにゃの0歳児だったのぞむは1歳になり、50歳だった私は51歳になりました。うひゃあ、早い! と感じる一方で、育児休業の間も含めていろんな出来事があり、たくさんの新しい体験をした日々を振り返ると、ずいぶん長い時間が経ったようにも感じます。年を重ねるごとに、時間が経つのが早くなるとは、年配の人からよく聞くことではありますが、この1年はそう簡単なものでもない気がします。のぞむはどんなふうに感じているでしょうね。人生の最初の1年をどんなふうに感じているのか、聞きだす方法があれば聞いてみたいと、ちょっと思ってみたり。
のぞむは元気にすくすく育っています。体重や身長はほぼ平均。思い起こせば、長男たすくと次男さとるは、生まれてしばらくすると誕生時に生えていたフワフワとした髪の毛がいったん抜けてかわいらしい坊主頭になりました。長男のときは「え、抜けるの?」とびっくりしましたが、先輩お父さんお母さんに「そういうもんやで」と言われてソワソワしながら待っていたら、その後、少し癖のある少年らしい太い髪の毛が生えてきました。最近、似顔絵が上手になってきたたすくは、自分の頭にはグリグリと黒いクレヨンで髪の毛を書きますが、私の頭には3本ほど短い線を描くだけです。抜けたら生えない50過ぎの大人にはもう少し気を使うべきだと、今後教え込む予定です。
のぞむは生まれたときの髪の毛がそのまま伸びていて、兄ちゃんたちとは違うサラサラヘア。最近は前髪が目にかかる長さになったので、妻が頭のてっぺんでちょんまげやお団子に結うことが多く、ときどき女の子に間違われます。切ればいいのに、と私が言うと、妻は「せっかくサラサラにまっすぐ伸びてるんやもん。もったいないやん。1歳になったら切るわ」なんて言っていましたが、1歳を過ぎた今も、なんだかんだと言って散髪しようとしません。ひょっとしたら一人くらいは女の子を育ててみたかったのかもな、なんて感じもします。妻は決してそうは言いませんが。
元気にすくすく、とはいうものの、コロナ感染前後から1歳までののぞむは、わりと大変な日々が続きました。まず、順調だった離乳食を急に嫌がるようになったこと。おかゆとか、野菜を柔らかく煮たものとかをモグモグとおいしそうに食べていたのに、2月に家族みんなでコロナに感染し、回復した後は、あまり食べたがるそぶりを見せません。おっぱいはたくさん飲んでいるので、やせたり元気がなくなったりということはないのですが、いくら用意しても食べてくれない毎日に、妻は心配したり落胆したりです。いずれ食べるんだから、と大きく構えればいいと頭でわかっていても、用意したご飯を口に運んでプイっとされるとやはり落ち込みます。長男次男のときは離乳食も順調で、あまり食事について心配したことがなかったので、余計にモヤモヤします。ひょっとして0歳児でも味覚障害の後遺症が残ることもあるのだろうかと、考えても仕方のないこと考えて、改めてコロナを恨めしく思ったりもします。
これまでにも何度か書きましたが、おっぱいがメインの間は、ご飯ほど腹持ちがよくないせいもあるのか、夜もあまり連続して眠ってくれません。2時間もすると、うにゃあと目を覚まし、おっぱいを求めます。ママへの執着も強くなったようで、腕枕を抜くと目を覚ましたり、その延長なのか、起きているあいだも、キッチンに立つ妻の脚にしがみついて離さなかったり、姿が見えなくなると激しく泣いたり。最近、よちよち歩きが高速よちよち歩きに進化し、自分の意志でスムーズに移動できるようになって、ママがトイレに入るだけで号泣、というシーンはちょっとずつ減っているようにも思いますが、まあ一筋縄ではいきません。
言葉は、ママ、マンマのほかに、電車を見ると「ゴーゴー」。幼児用マグでお茶を飲むときは「カンカン!」といって乾杯をやりたがります。親バカですが、めちゃくちゃかわいいです。それにしてもキミ、いつパパって言うつもりなんだ?
長男たすくは幼稚園の年長組に進み、次男さとるは年少組に入園しました。
たすくはもうすぐ6歳。つい1か月ほど前から、下の前歯の乳歯が抜けていないのに、その下から永久歯がぐいぐいと出てきていて、歯並びのために乳歯を抜くべきかどうか家族会議をしたりしています。(近所の2つの歯医者さんで意見が違うのです)永久歯、という響きに、あらためてお兄ちゃんになったなぁと思います。鏡文字混じりのひらがなが書けるようになり、簡単な漢字も見様見真似で書きます。ブロック遊びやパズルなど、一人で根気よく黙々と遊ぶことも多く、集中力があるほうなのかな、と思う一方で、おもちゃを独り占めしようとしたり、自分のお菓子を人にあげるのを渋ったりと、ちょっとわがままな面が見え隠れ。根気強く言い聞かせようと思っています。それでも幼稚園では「さくま君」という仲良しができて、家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっています。さくま君も男3兄弟なので、さくまママとうちの妻はしばしば戦友のようにしみじみと語り合い、支えあっています。
次男さとるは、どちらかというと小柄ですが、それでもこの1年でずいぶんお兄ちゃんになりました。くるくると動く大きな目と、小さな体からは想像できないくらい大きな声で、いつも元気いっぱい。自転車に乗れるようになったお兄ちゃんの後ろを、地面を蹴って進むペダルのない自転車のような「ストライダー」に乗って、負けないスピードで追いかけます。ちなみに幼稚園の入園式のあと、公園でストライダーに乗っていて転倒し、手の親指を骨折しました。私も1月にスキー場で小指を骨折したばかり。そんなところで親を見習わんでええのに。
お話も大好き。ねえねえ、寝てる間に屋根がなくなったらどうする? ねえねえ、プラレールが500キロで走ったらどうする? ねえねえ、アリさんが、こーーんなに大きかったらどうする? と返答に困る「どうする?」を毎日大量生産してくれます。同じラムネ菓子をたすくとさとるに買ってやると、たすくは大切にとっておいてチビチビと一人で食べますが、さとるは、パパあげる! ママにもあげる! と大盤振る舞いであっという間に空っぽにして、特に気にする様子もありません。身体は小さいけど気は大きいのです。
とまあ基本的にはとってもご陽気なさとるですが、妻や私がのぞむの世話で手一杯になって、自分に目線が向いていないのを感じると、猛烈な癇癪を起すことがあります。ご機嫌なご飯の途中で急に「ごはん食べさせて!!」と大声で泣き出したり、歯磨きを拒否して泣きながらジタバタしたり。もう3歳なんだから自分のことは自分でやりなさい、という対応はいまのところ逆効果。なにせ(たぶん)構ってほしいわけですから、正論をぶつけても満足もしないし、納得もしません。そりゃそうなんですが、いつでもさとるの望むように構ってあげられる余裕がないのが三兄弟ファミリーのつらいところ。抱きしめてやりたい気持ちと、ごめん、頼む、成長してくれ、という気持ちが交錯する父ちゃん母ちゃんなのです。
妻は、たくましくなりました。特に家族でのコロナ感染のあと、もともと社交的な妻のご近所との絆はさらに強く、深く、広くなりました。市民プールに行くにも習い事に子どもを連れていくにも家族単位で動くことの多かったニシ家が、最近は他のご家族を誘ったり、連れて行ってもらったり、お兄ちゃんだけを預かってもらったり、預かったり。もちろん、お兄ちゃんたちがそれぞれ大きくなったから、ということもありますが、なんというか家族の絆は強いままだけど、壁は薄くなって、地域に家族が溶け込んでいっているような感じです。のぞむの後追いの強烈さと口をへの字にして離乳食を拒む姿にときどき心が折れそうになることはありますが、彼女が作り上げたこの風通しのよさに、妻も私も救われているように思います。
私自身は、どうなんでしょう。成長したのかな。よくわかりません。妻とはときどき口喧嘩もするし、その理由は、言い方がキツいとか、後から考えたら喧嘩するだけ損、というレベル。あいかわらずだなぁと思います。家族ごとコロナに感染したというのは強烈な経験でしたが、自分の内面を大きく変えたかというと、そうでもないような気もします。ただ、去年の夏の育休以降、妻との「子育てタッグ」は強くなっていると思いますし、下手なりにご飯を作ったり、掃除をしたり、幼稚園の持ち物の用意をしたりするなかで「いま、家族の困りごとはなにか」ということへのセンサーは、ちょっとだけ磨かれたかもしれません。
仕事を終えて帰宅して、一日中、家事と育児に追われ、疲れ果てて洗濯物の山に手を付けられないで座り込んでいる妻がいたら、以前の私なら、その洗濯物をてきぱきと片付けることが、まず解決すべき困りごと、と判断していたはずです。でも、いまそんな様子を見たら、まずは冷えたビールとノンアルコールビールで一杯やりながらその日あったことを話すことの方が、優先順位が高いと判断するような気がします。それから二人して、どうでもいい話をしながら、子どもたちの小さなパンツや、いくら洗っても落ちない泥汚れのついた靴下をたたむと思います。そして、そんな時間がもてるようになったことが、いちばん大きな収穫なんじゃないか、そんなふうに思います。
今回の掲載で、私の育休に関する連載はいったん終了です。いずれ本になったらいいな、育児や家事で疲れた人に読んでもらえたらいいな、と思っています。1年ちょっとの連載にお付き合いいただいたみなさん、どうもありがとうございました。駄文に丁寧な修正を加えてくださったミシマ社の角さん、連載をお許しいただいた三島さんにも、心から感謝いたします。ではまた。
編集部からのお知らせ
お読みいただき、ありがとうございました!
本連載は今回で終了となります。約1年間、本当にありがとうございました。
この連載を含む書籍がこの冬に発刊となる予定です。どうぞお楽しみに!