おせっかい宣言おせっかい宣言

第51回

変わる家族

2018.10.10更新

 山口県に住む、60代になったばかりの知人が最近すごく忙しくなったのだという。夫もまだ生き生きと外で働いているし、自分も仕事をしているから、もともとすごくヒマだったわけではないのだ。しかし、5人いた子どもたちもそれぞれ独立して、手はかからなくなったし、自分の家族も夫の家族もひと通りの介護を終え、まあ、夫と一緒に基本的に、ゆったり暮らしていたのである。しかし、このところ、洗濯物もものすごく増えて、食事の量も増えて、洗う食器も増えて、保育所の送り迎えもあり、なんだかものすごく忙しい。

 娘さんが離婚し、3歳の子どもを連れて、実家に帰ってきたのである。娘さんは穏やかで笑顔が可愛らしくて、性格が良くて、手に職も持っていて、仕事もできる。子どもを連れて離婚したので、働かねばならない、と、以前にも増して仕事に精を出している。真面目で働き者の娘さんなのである。そんな娘さんが幼い子どもを連れて帰ってきたのだから、60代の"ばあば"は、がんばることが期待されている。娘の一大事なのだから、ここでがんばらねばどうする。今どき60代は、まだまだ働き盛りだから、軽自動車を駆って、今日は保育所、明日はお稽古事、と、大活躍することになった。

 それにしてもねえ・・・と彼女は言う。「出戻り」とか、「世間体が悪い」とか、もう本当に、昔の話ね、だって、周りも、みんな、そうなんだもん。

 彼女が住んでいるのは、言っちゃ悪いけど、ほんとうに「いなか」であり、50年間ちっとも駅前の雰囲気が変わっていないようなところで、電車は1時間に一本くらいしかこないこともあるし、畑も広がり、田んぼも山ものどかに広がるところで、今どき、車がないと、どこにも移動できず、家族の数だけ車がある・・・そういうところ。大学に行く人とか、まだ、めったにいない。ご近所はだいたいみんな顔見知り。そういう、絵に描いたような「日本のいなか」、つまりは地方なのである。そういう「いなか」ではちょっと前までは、結構、世間体やら、近所の手前やら、そういうことは気にされていたのであったが、今やそういう世間様とか、常識のほうが、明らかに変わりつつある。

 彼女の孫が通っている保育園は1クラス20人くらいなのだが、その多くがシングルマザーであるという。保育士さん言わく、4歳児のクラスにいたっては、「お父さん」が家にいる子どもは1人だけらしい。娘たちは、だいたい高校を出てすぐに、あるいは、専門学校などを出て、少し働いて結婚して、子どもを産んで、そして、離婚して、実家に戻ってきている。子どもと一緒に住んでいるシングルマザーたるお母さんはほぼ全員働いているので、子どもは保育園に預けられ、その送り迎えをやっているのは、ほとんど「じいじ」と「ばあば」なのである。

 私の知人も、当初は、「出戻り」で帰ってきて、シングルマザーになった娘が、保育園とか職場とか、いろいろなところで居心地が悪いんじゃないか、と少しは思っていたのだというが、こういう保育園の様子とか、娘の様子を見て、あれ、これ、みんなそうなんじゃないの、と、思うに至った、という。彼女の娘は、保育園のシングル・ママたちと、すぐにLINEでグループを作ってお友達になり、情報交換をして、近所でお茶したり、お休みの日にランチしたりしている。ご存知の方はご存知と思うが、洒落たカフェや、すごく美味しいランチを出すレストランは、今や都会だけのものではない。最近の「いなか」には、都会から帰ってきたり、アイ・ターンした人たちがオープンした、ここは、原宿か六本木か、みたいな、あるいはそれよりずっと洗練されている上、食材も新鮮で安価なので、すごくリーズナブルなお値段で素晴らしい料理を出すレストランが、畑のど真ん中に、あったりするのである。そういうところで、シングルマザー同士で子どもと一緒に、あるいはママ友だけで、結構楽しくおしゃべりしている。

 子どもとも、あっけらかんと楽しく過ごしていて、休みになったら、車で子どもと出かける。いなかのお母さんは、みんな、車を運転して当然。休日になったら、今日は、あの子ども専用図書館に行こう、明日は、海に行ってみよう、来週は、下関のじいじとばあばに会いに行こう、とか、楽しく過ごしている。下関のじいじとばあばというのは、離婚した夫の父母であり、離婚しても、母と娘で元夫の親戚のところに遊びに行ってお小遣いももらうし、元夫も「会う権利がある」から、子どもともよく会うし、ついでに離婚した当事者同士も、けっこう会う機会があるのだという。

 知人は言うのだ。時代は変わったわね。離婚したって、結構お互い行き来してるしね。そういうものなのね。まあ、お金はそんなにないけど。これがね、都会だったら、きっとアパート借りるのだけで大変で、すぐ、ほら、貧困家庭になっちゃうと思うんだけど、ここはいなかでしょ。実家にいるとそんなにお金かからない。実家にいなくても、公営住宅が月1万円くらいで借りられるし、それに十分じゃないけど母子家庭の手当てもあるし、養育手当てもあるから、働いて給料安くても、なんとか暮らしていけるのよね・・・。

 もちろんつらいことがないとは言わないし、裕福な生活であるわけでもないが、今や地方のシングルマザーの皆様は、割と屈託なく、明るく、子どもたちと毎日を過ごせる環境があるらしい。「じいじ」と「ばあば」と、娘と孫、というパターンは、あまりにも多く、これが新しい家族の形なんじゃないか、と私の忙しくなった知人は錯覚してしまうという。

 日本の様々な制度は、「お父さんお母さんと子ども二人」を平均的な家族とみなして設計されてきているというが、すでにそのような実態は、一番末端の地方から崩れ始めているのではないのか。50代、60代の「じいじ」や「ばあば」は十分に元気で、孫がいるといそいそと張り切ってくれるし、娘のほうも安心して働けるし、子どもとの時間も楽しく過ごせる。「対」としての男女の親密な暮らしさえ恋しいと思わなければ、これはこれで安定して完璧な家族のありようである。そのうち親が老いれば、娘と孫が介護に当たり、孫が女の子なら、その子がまた妙齢になれば結婚して、離婚して、その娘を連れて、実家に帰ってきて・・・。おお、これは新しい母系家族の始まりなのではあるまいか。

 それにしても気になるのは、妻に子どもを連れて実家に帰られ、一人残される男性のほうである。妻たちはみんなシングルマザーとなり実家に帰って保育園に子どもをあずけて、ママ友作って暮らしているのだが、残された夫たちはどうやって過ごしているのであろうか。残された夫が一人で実家に帰った、という話は、知人も聞かないそうである。男の人? あらあ、すぐ新しい奥さんもらっちょってでしょう、と山口弁で言われるのだが、そんなに話がうまくいくものなのかどうか。若い男たちは、いっとき子どもを作る頃だけ、家庭を持って、そのあとは、妻と子どもたちに実家に去られた後、どうするのか。新しい母系大家族と、一人暮らしの男たちが老いていく、新しい日本の家族の形態が見えてくるのが、なんだか少し、うすら寒いような気が、やっぱり私は、するのであった。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 生まれたて! 新生の「ちゃぶ台」をご紹介します

    生まれたて! 新生の「ちゃぶ台」をご紹介します

    ミシマガ編集部

    10月24日発売の『ちゃぶ台13』の実物ができあがり、手に取った瞬間、雑誌の内側から真新しい光のようなものがじんわり漏れ出てくるのを感じたのでした。それもそのはず。今回のちゃぶ台では、いろいろと新しいことが起こっているのです!

  • 『tupera tuperaのアイデアポケット』発刊のお知らせ

    『tupera tuperaのアイデアポケット』発刊のお知らせ

    ミシマガ編集部

    10月の新刊2冊が全国の本屋さんで発売となりました。1冊は『ちゃぶ台13』。そしてもう1冊が本日ご紹介する、『tupera tuperaのアイデアポケット』です。これまでに50冊近くの絵本を発表してきたtupera tuperaによる、初の読みもの。ぜひ手にとっていただきたいです。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

  • 職場体験の生徒たちがミシマ社の本をおすすめしてくれました!

    職場体験の生徒たちがミシマ社の本をおすすめしてくれました!

    ミシマガ編集部

    こんにちは! ミシマ社自由が丘オフィスのスガです。すっかり寒くなってきましたね。自由が丘オフィスは、庭の柿の実を狙うネズミたちがドタバタ暗躍しています・・・。そんな自由が丘オフィスに先日、近所の中学生が職場体験に来てくれました!

この記事のバックナンバー

11月21日
第123回 グローバルとインターナショナル 三砂 ちづる
10月28日
第122回 再 ロングショットの喜劇  三砂 ちづる
09月26日
第121回 その国の雰囲気 三砂 ちづる
08月26日
第120回 よく眠れる 三砂 ちづる
07月29日
第119回 縁起が悪い 三砂 ちづる
06月25日
第118回 学び続ける姿勢 三砂 ちづる
05月27日
第117回 タレフェイラ 三砂 ちづる
04月26日
第116回 道楽 三砂 ちづる
03月30日
第115回 時間がない 三砂 ちづる
02月29日
第114回 教師生活の終わり 三砂 ちづる
01月29日
第113回 洗濯機鎮魂 三砂 ちづる
12月29日
第112回 戸籍 三砂 ちづる
11月28日
第111回 家計簿 三砂 ちづる
10月26日
第110回 文化の衣と哀悼と 三砂 ちづる
09月29日
第109回 呪縛 三砂 ちづる
08月30日
第108回 one to one 三砂 ちづる
07月28日
第107回 自分の機嫌は・・・ 三砂 ちづる
06月27日
第106回 つかないぱんたー 三砂 ちづる
05月30日
第105回 タバコのある風景 三砂 ちづる
04月24日
第104回 人間が生きているということ 三砂 ちづる
03月29日
第103回 手仕事と伝統工芸 三砂 ちづる
02月28日
第102回 拒絶される恐怖 三砂 ちづる
01月28日
第101回 嫁と姑 三砂 ちづる
12月27日
第100回 もしも 三砂 ちづる
11月27日
第99回 子供と危険 三砂 ちづる
10月28日
第98回 結婚 三砂 ちづる
09月28日
第97回 オフレコ 三砂 ちづる
08月25日
第96回 子どもについて 三砂 ちづる
07月29日
第95回 ボーダ 三砂 ちづる
06月24日
第94回 長寿県転落 三砂 ちづる
05月29日
第93回 顔が見えない 三砂 ちづる
04月16日
第92回 初めての北米 三砂 ちづる
03月16日
第91回 ダーチャ 三砂 ちづる
02月13日
第90回 プリンセス 三砂 ちづる
01月06日
第89回 寒い冬、寒い日本 三砂 ちづる
12月09日
第88回 タレフェイラ、シュトレイバー 三砂 ちづる
11月17日
第87回 前提 三砂 ちづる
10月12日
第86回 産まなかった人は 三砂 ちづる
09月08日
第85回 ウォラムコテ 三砂 ちづる
08月19日
第84回 マジョリティーの変容 三砂 ちづる
07月18日
第83回 マスク 三砂 ちづる
06月08日
第82回 ペットの効用 三砂 ちづる
05月09日
第81回 名前 その2 三砂 ちづる
04月08日
第80回 名前 その1 三砂 ちづる
03月29日
第79回 運転 三砂 ちづる
02月24日
第78回 かけおち 三砂 ちづる
01月28日
第77回 夢をみた 三砂 ちづる
12月24日
第76回 若い女性を愛する 三砂 ちづる
11月26日
第75回 ナラマニヤン先生 三砂 ちづる
10月26日
第74回 クリス 三砂 ちづる
09月21日
第73回 知らなかった力 三砂 ちづる
08月05日
第72回 胸痛む夏 三砂 ちづる
07月12日
第71回 失われる教育 三砂 ちづる
05月25日
第70回 道ならぬ恋の行方 三砂 ちづる
05月06日
第69回 その次のフェーズには 三砂 ちづる
03月27日
第68回 還暦を超えても楽しい 三砂 ちづる
02月19日
第67回 献身のエトス 三砂 ちづる
01月23日
第66回 親を許す 三砂 ちづる
12月20日
第65回 更年期  三砂 ちづる
11月22日
第64回 記述式 三砂 ちづる
10月16日
第63回 スキンシップと強さ 三砂 ちづる
09月15日
第62回 かわいやのー 三砂 ちづる
08月15日
第61回 屈辱感 三砂 ちづる
07月10日
第60回 "きれいにしていなくっちゃ"遺伝子 三砂 ちづる
06月06日
第59回 クローゼット 三砂 ちづる
05月08日
第58回 男女の心中 三砂 ちづる
04月06日
第57回 アイ・ラブ・ユー、バット 三砂 ちづる
03月13日
第56回 再発見される日本 三砂 ちづる
02月08日
第55回 求められる、という強さ 三砂 ちづる
01月07日
第54回 そういう時代 三砂 ちづる
12月10日
第53回 女性活躍 三砂 ちづる
11月12日
第52回 共有する物語 三砂 ちづる
10月10日
第51回 変わる家族 三砂 ちづる
09月10日
第50回 アジアの旅 三砂 ちづる
08月07日
第49回 仏壇 三砂 ちづる
07月08日
第48回 ランドセル 三砂 ちづる
06月09日
第47回 自営業の減少 三砂 ちづる
05月17日
第46回 「手紙」という資料 三砂 ちづる
04月09日
第45回 爪を染める 三砂 ちづる
ページトップへ