おせっかい宣言おせっかい宣言

第54回

そういう時代

2019.01.07更新

 こういう時代は続かないんじゃないかな、と思うことはよくある。まあ、一言で言えば、便利すぎるから。なんでもインターネットで注文して、早ければ当日に荷物が届く、というサービス。本当に便利でありがたいことで、こんなサービスがあるから、東京に住むことと地方に住むことで、買えるものに差がなくなってきた。情報と物流が機能しているから、最近は東京にいようが地方にいようが、若い人たちが同じ格好をしている。地方に行ったから、女の子のセンスがめちゃくちゃ悪いとか、男の子がめっちゃダサい、とか、そういうことはちっともなくなった。むしろ空気も食べ物も環境も良い、地方の方のほうが高い生活水準を維持しておられることが多いから、若い男女も地方の方のほうがすっきりしておられたりする。以前はそんなことはなくて、東京に時折出てくれば、ああ、本当に東京の人は着ているものが違うなあと思ったけれど、今やそんなこともないのである。

 世界中の人と、タダで通信できて、タダで延々とおしゃべりできる。これは人類の夢だったなあ、と思う。どれほど距離が離れていようと、whatsappやLINEで一瞬にメッセージやら写真やらが送られてくるし、電話と同じようにいくらでも話ができるし、ビデオ電話までできるから、家族や愛しい人と離れていても、まるで隣にいるかのようにリアルタイムで顔を見ていられて声を聞いていられる。先日、キンシャサ在住の方を大学で招聘していたのだが、キンシャサとリアルタイムで切符やビザの状況のやり取りをして、あら、今、アジスアベバね、あ、今、ソウルに着きましたね、と連絡しながら、お家に着いたら、お疲れ様でした〜、というようなメッセージを送り合うことは、慣れてきたとはいえ、いや、すごいことだなあ、と感心する。いい時代だけど、ずっとできるんだろうか、こんなこと。

 世界に内戦や厳しい状況に伴う飢餓はまだあるし、国内でも貧困問題は解決してはいないとはいえ、この国にあふれる食の豊かさはどうだろう。海外に行って帰ってきた人がよく、日本の外食・中食は安い、という。500円から1000円くらいで、バラエティーに富んで、そこそこ美味しいものが手に入るというのは、ちっとも高くない、他の国はもっと高い、とおっしゃるのである。おそらくその通りであろう。こんなにいつ、どこでも美味しいものが手に入るような暮らしはもちろん大量の食物廃棄に裏付けられているのであり、こんな時代はずっと続くんだろうか。豊かさには不安も張り付いている。

 こう言ったインフラも一度大災害が起きれば一瞬にして崩れることもこの国に住まう私たちは住む場所を問わず経験するようになってしまったから、いかにこの時代の基盤が危ういか、ということも知らないわけではない。それでも勤勉な皆様の力で、一週間持ちこたえれば、なんとか基本的には生き延びる条件を整えられることが多い、という感覚もまた、多くの人が共有していると思う。いくらたくさんの問題を抱え、格差の問題は解決しておらず、生活が苦しい方もまだまだおられるとはいえ、この国の豊かさについては、国際水準で見ても異論がないと思うのだが、でも、こういう時代、続けられるのかな。

 こういう時代は続かないんじゃないかな、と一番思うのは、でも、実はこういう紋切り型の「今はすごく物質的に豊かだけど、これから無理じゃないか」というエコロジカル環境改革、精神的なあり方の是正、等を目指す方向のことではなくて、実は、「明らかな女性差別」などを目にする時であったりする。もう、そんな「明らかな女性差別」しているような時代は、続かないんじゃないかな。

 2018年も暮れようとしている。女性が明らかに医学部入試において差別されていたことが明らかになった年だった。女性や浪人を差別していた、ということで諸医学部は追加合格をかなりの数、出しているようで、今後5年間定員を減らしたりしながら対応するそうである。このレベルにおける、明らかな女性差別をしているような、こんな時代は続かないと思う。医師が働きすぎなのである。働きすぎが悪い、とか、こういうことを簡単に言ってはいけない。幾重にも、働きすぎを顧みず、国民の健康を守るために必死で働いてきた彼らが責められたり、批判されたりしてほしくない。身を粉にして夜も寝ないで30時間以上連続勤務、とかごく普通になさっているのである。そういう働き方を女性にさせたくない、というか女性がすることが難しい。だから体力もあって、子育てに時間を取られない男をとりたい、とお考えになっていたわけである。そのような無理な働き方を自分もしてきて、若い人にもさせよう、と思っておられる層が上層部におられるのであろうから、「男を取らないと、医学の世界は持たない」と思われていたのであろう。

 国際保健を仕事にしているので、海外、とりわけ、開発途上国、と言われるところに働きに行くことが多い。このところエルサルバドル国立女性病院という、国で一番大きな産科と新生児科のある第三次病院によく行く。はっと気づくと院長以下、全員女性である。あら、女性病院なんだから女性の医師が多くて当たり前かしら、みたいな感じだが、もちろんそんなことがあるはずがない。主任から医長から院長まで、幹部が全員女性であることは偶然ではない。エルサルバドルだけではない。ラテンアメリカのどこに行っても女性たちは医師としてしかも病院幹部として活躍している。キューバでもブラジルでも、そうだった。マッチョ・ラテンアメリカにおいて、男女差別の問題はまた別次元で大変だと思うのだが、男女が平等に働けるような条件さえ整えば、おそらく女性医師は増えるのである。

 細やかな気働きと手先の器用さや丁寧さ、総合的な判断力が求められる医師という職業はもともと女性に向いている仕事なのであろう。今、以前の体制のままの日本の各医学部は大変なことになっているだろうと思うが、このような時代は所詮続かない。ご苦労なさっていると思うが、どうか次の世代の女性のみならず男性医師の働きやすさのために、なんとかがんばっていただきたい、と関係者の皆様のお気持ちを思うのである。

 人種や性別による差別を許さない、ということは、この私たちの住まう近代社会の根幹にかかわる問題なので、やってはいけないのだ。やってはいけないとはいえ、やっていることが多いじゃないか、とおっしゃると思い、だからこそ闘ってこられた方も多いわけだが、そこは、そんなあからさまな差別をやっている時代は、長くは続かないように、システムとしてなっているから、時間の問題だと思う。もちろんそこに至るために闘わなければならないことはまだまだ山ほどあれど、ある意味、決着は見えている。

 そういうことを言うと、「三砂センセー、男に甘いですからね」と言われるのだ。しかし、そういう問題じゃない。そういう問題じゃないけど、私が男に甘いのは、真実かもしれない。だって私は男性が大好きで可愛いのである。子どもも男だけだし。バカなことばっかり言って、とか、アホなことばっかりやって、とか思うけど、しょうがないわねえ、と思ってしまうのである。こういうのは女の敵なのだろうか。そうなのかもしれないが、女性への愛情は、男どころではない。若い女性が愛おしくて仕方がない。今から女としての人生を歩いていこうとする人の話を聞くだけで涙ぐんでしまう。要するに、情が深すぎる。こういう人は、一昔前なら、女郎として売られた果てに、情人に一緒に死んでくれ、と言われたら、さっさと死んじゃって、20歳やそこらで人生終えていたに違いない。それなのに、この時代だから、教育も受けさせてもらって、職業も得て、還暦まで迎えた。ありがたいことである。そんな時代は、続いてほしいと思うな。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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