おせっかい宣言おせっかい宣言

第78回

かけおち

2021.02.24更新

 2021年春、NHKの朝ドラ「おちょやん」は、ある程度の年齢の関西人ならかならず親しみを持って思い出す浪花千栄子さんがモデル。関西出身なので、それはもうみないわけにはいかなくて、久々にわくわくしながら朝の15分を楽しんでいる。主人公の名前がちよさんで、「ちよ」は、大阪は船場の生まれだった私の父方の祖母の名前だから、なんだか他人事とも思えない。ちなみに、祖母である「ちよ」の夫、つまり私の祖父は「いのすけ」と言った。こちら、2020年国民的話題となったマンガ、「鬼滅の刃」の登場人物の名前であり、祖父母の名前が突然トレンディになったことには、何も意味がないはずもあるまい、と考えつつ、毎朝仏壇に向かったりしている。息子たちには「え? いのすけ、って本当にある名前だったの」とか、言われているのだが。

 で、「おちょやん」のこのところの話題は「親同士が商売敵で仲が悪い家の娘と息子が、すわ、かけおち」、という話であった。以前、「心中」は、なくなった、ということを書いたことがあるが、「かけおち」・・・。これも、すでに、おそらく、死語である。リアリティがない。結婚というものが、家や親や周囲が決めていたころの名残である。

 結婚を親や周囲が決めていた、は、今や過去のこととなりつつあるとはいえ、そんなに昔の話ではなかった。自分自身が大学生であったのは、ほぼ40年ほど前、若い方にとっては40年前というのは、明治や大正と大差ないほどの昔、と思われるかもしれないが、みなさんが日々出会われるようなじいさんばあさん一歩手前のおじさんおばさんたちの若い頃の話だから、それほど前のことでもないのだ。そのころの大学生は、10年ほど年上団塊の世代による私的な生活の規範がすでにこわされたあとの荒野で生きていたので、都会に下宿する独り住まいの地方出身の学生たちにとって、恋人ができると一緒に寝たり、同棲したりすることはぜんぜんめずらしいことではなかった。逆に言えば、いま、若い人で親しい人ができると、結婚する前に一緒に旅行に行こう、とかちょっと一緒に住もうとかいうことがそんなにハードルが高いことになっていないことの始まりは、だいたい40年くらい前であった、ということもできるのである。

 大学生のパラダイス、京都で大学生活を送っていたのだが、この「同棲」、「同衾」は日々の日常であり、けっこうみんな派手に異性と付き合っていた。友人の一人は地方都市の出身で、とりわけお嬢様、という感じのするタイプでもなかったが、いつも身ぎれいにしていて、裏千家のお茶を習い、池坊のお花を習っていた。私が通っていた大学は薬剤師免許が取れるところで、なんでも彼女いわく、「京都に4年間親が行かせてくれたのは、ここでお茶とお花と薬剤師の免許を取って、地元に戻って見合いして結婚することが条件」であり、それさえクリアすれば、4年間は何をやってもいい、という理解であったのだという。そういう理解を親も共有していたかどうかは別として、大学4年間はなにをやってもいい、という解釈のもとに、彼女のつきあう人は数カ月ごとにことなっていて、相手の下宿に半同棲状態で泊まりこむことが多く、彼女に用があるからといって彼女の下宿にいっても彼女をみつけることは、ほぼ、できなかった。いつもきれいにしていて、チャーミングで、性格も良い人で、さらに、大変男好きのするタイプであったから、相手には事欠かない様子であった。付き合っている男性に私の知り合いがいたこともある。彼は結婚を申し込んだが、彼女は、「結婚とこれは別。結婚は、お見合いでするから」と、にべもなかった、と言っていた。卒業と同時に、お茶、お花、薬剤師、の3枚の免状とともに地元に帰り、医者と見合いをして3人の子どもを産み、平穏にくらしているようで、彼女の大学生活のことなど、知っている人間は、学生時代の友人だけであると思う。

 さらに伝統的であるらしい別の地方都市の出身の別の友人は、男性と付き合ったりはしていなかったが、「卒業したら地元に帰ってお見合いして結婚」することを大前提として日々を送っており、彼女にとっても、薬剤師免許は見合いのためのライセンスみたいなもので、就職とか進路とかについては全く悩んでいなかった。単位を取ったり授業に出ることも、最低限でいいので、成績は気にしておらず、とにかく免許が取れればいい、とさっぱりしていた。高校閥が厳然として存在する地域の出身で、彼女の高校はすこぶる進学実績の良い高校だったのだが、同級生の女性が京都大学農学部に通っているというので、女性で農学部はめずらしいね、というと、京都大学ならなんでもいいのよ、お見合いする釣書きに「京都大学卒」ってかければいいんだから、と、こちらもまた、にべもなかった。京都大学も見合いの釣書き用のための学校にしてしまえる地方都市有名高校の存在は、結構なカルチャーショックであったが・・・。それはともかく。

 要するに、今の20代や30代の親たちの世代にとって、結婚とは、まだ、「親や周囲が決めるもの」であることはめずらしくなくて、本人も「そういうものだ」と思っている人が少なくなかった、ということだ。結婚は家同士のものであり、結婚披露は親がやるもので、日本の家父長制はまだまだ色濃く生活に影響をおよぼしていて、「女のくせに」とか言う物言いが、その人の人格をうたがうような言い方とは思われていなかった頃である。そのころ、まだ、「かけおち」する人は、確かにいたのだ。自らの家を捨て、親をすて、故郷を捨て、親戚縁者と二度と会えなくなっても、添い遂げたい、と、姿を消してしまうようなことは、私の周囲にもあった。その後、時代は確かにもっと自由な方向に、そしてひとりひとりの生き方としては本当に良き方向に進んでいて、このような結婚に対する考え方は、家父長制とともにすっかり葬り去られた。

 親や家が結婚相手を決める、などということはもう、どのような家柄の人であっても、堂々とは行われにくく、結婚相手は本人が決めていてよいらしいことは、皇室の方々をみていてもわかるくらいだから、その他は推して知るべしである。結婚しよう、という人たちが、親に反対される、ということ自体は、まだあるとは思うし、親が結婚相手を気に入らない、ということもあるだろうが、だからといって、息子や娘の方も、「親が絶対に許してくれないから、ふたりでかけおちしてしまおう」などと思うはずが、ない。親のほう(私たちの世代であるが)は、すっかり戦後民主憲法の「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し・・・」を血肉化しており、子どもの結婚に口出していいとも思っていないし、自分の責任で子どもに相手をみつけて、子どもの人生に親が責任取れるとも思っていない。子どもの選んで来た人に大反対して、子どもに嫌われて、子どもに会えなくなるなんて、親がいやなのである。「かけおち」があった頃の親は、子どもの気持ちより家を大事にしなければならないと思っていたし、まもらなければならない、と思っていたのだから。いまは、要するに、親の方が弱くなった。親の方ができるだけ子どもの気持ちに添いたい、と思っているのだ。かけおちしなければならないほどの抵抗勢力がなくなり、「対話で解決」できるようになった時代に、だれがかけおちするのだろう。失うものばかりで、得るものもない。

 しかし、恋愛関係、というのは、禁止されるほど熱くなるし、隠さなければならないほど、燃え上がるのではなかったか。ある程度の秘密があって、抵抗勢力がある方が、恋愛という幻想に、油をそそぐことができて、結局は楽しいので、親に反対されなくなってかけおちがなくなったぶん、不倫がふえているんじゃないのかな。実は何の関係もなさそうに振舞っているふたりが、実は、付き合ってました、ということが周囲にバレる、というのを、結構、快感だと思っていそうだもんな・・・そんなことない、といいながら、不倫をしている人はずいぶん増えていないだろうか。恋愛リスクもそれくらいですからね。

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

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