おせっかい宣言おせっかい宣言

第82回

ペットの効用

2021.06.08更新

 生物学的に自分の子どもであるかどうかにかかわらず、赤ちゃんや幼い子どもとの暮らしを始めた人は、自分のうちの子どもだけではなくて、よその子にも目がいくようになる。自分の子どもがかわいいだけじゃなくて、よその子もかわいいと思うようになる。道で小さい子に出会うと話しかけるようになってしまうし、赤ちゃんを抱いている人を見ると、かわいいね〜、とつい言ってしまう。「赤ちゃんかわいいシナプス」、「子ども愛でたいシナプス」みたいなものが、子どもが一人、そばにいるようになることで、頭の中でつながる、というか。自分の子どもだけじゃなくて、よその子もほんとうにかわいいと思うようになって、いやあ、この子どもたちの未来を少しなりとも良いものにしたい、とか思うようになったりして、人類はこのようになんとか幼い人を守りながら生きて来たのかなあ、と思ったりするのである。

「かわいいシナプス」については、イヌやネコなどのペットも同じで、自分がイヌを飼い始めるとこれほどたくさんの人がイヌを連れて歩いていたのか、と気づくことになり、どのイヌをみてもいとおしいと思ってしまう「イヌかわいいシナプス」が、つながる。ネコを飼い始める前は、なんでみんな、ネコの動画とか写真とかにそんなに夢中になるのか、理解できなかったが、ネコが家にいるようになると、もう、世界中のネコがかわいい。国を挙げてネコをかわいがっているというトルコに行きたいとか、ネコばっかり住んでいる島があるらしいから行ってみたいとか、妙なことを考え始める。「ネコかわいいシナプス」もあっという間に接続されるのである。イヌネコを飼うまえには、「ペットも家族だ」と真顔で言う人は、どこかおかしいのではないか、と思っていたのに、飼い始めたら、すぐに自分で定義していたはずの、どこかおかしい人になってしまい「ペットも家族だ」と言い始めるのである。

 赤ん坊とイヌとネコを同列に論じてはいけない、とは思えど、共通点は、ある。まずは、共通点は、これら、「かわいいシナプス」がつながるところにあるのだが、もうひとつ、すごく大事な共通点があると思う。それは、なんといっても、おしっことウンチである。赤ん坊かイヌかネコか、が、おうちにきたときに共通する最も大きな生活の変化は、「おしっこ、ウンチ」が身近となり、家族の話題となり、大きな声で毎日おしっこだ、ウンチだ、ということではあるまいか。おしっこ、ウンチ、は、まさに私たちの日常であるが、近代的な社会はおしっこ、ウンチ、を生活からなるべく遠ざけるところに成立したと思われるので、おしっこ、ウンチ、とか連呼したり、おしっこ、ウンチ、が目の前にばーん、と提示されたり、ふつうは、しないのである。提示されたりすると、動揺する。近代社会だから、はい。日常では、あっても、できるだけ、おしっことかウンチとか声に出さないで暮らし、目の前に提示せず、すぐに水に流し、遠ざけるのが、近代的な暮らし、というものなんである。

 ところが、赤ちゃんとか、イヌとかネコとか家に来ると、そうはいかない。おしっことウンチが生活の中心になる。今朝もあしたも、おしっことかウンチとか。ちゃんとおしっこした、とかウンチでてないけどどうしよう、とか、おしっことかウンチとかおしっことかウンチとか・・・言いたくなくても言うようになるし、直視したくなくても直視せざるを得なくなる。

 いまは、結構、著名な方も実践しておられるし、ネットにも情報がいっぱいあるようで、かなり有名になった「おむつなし育児」であるが、2005年ごろには、「おむつなし育児」なることばは、私の頭の中にしか、なかった。一昔前の人がやっていたような「できるだけ赤ちゃんにおむつをつけっぱなしにしないで、気がついた時にはおむつをはずして、おむつの外でおしっこ、ウンチさせてあげる」ことを、なんと呼んだらいいか、わからなかった。昔の人は便利な紙おむつなんかなくて、布おむつで大変だったんですね、というが、いま、紙おむつを使っているような感じで、つまりは、おむつつけたら、つけっぱなしにして、時折気づいた時におむつを替える、などということをしていたら、布おむつが何枚あってもたりないし、赤ちゃんはおむつかぶれだらけになってしまう。布おむつしかなかったころは、この「気づいた時はおむつをはずして、おむつの外でおしっこ、ウンチさせる」を、そんなに意識せずともやっていて、布おむつと併用していたわけである。つまりは、布おむつは「失敗した時のための安全弁」みたいなものだったことは、当時の雑誌をみても、ききとりをしてみても、よくわかる。

 で、この「赤ちゃんがウンチおしっこしそうだったらおむつを外しておむつの外で排泄させてあげる」という、失われた身体技法をとりもどしたい、と、2006年からトヨタ財団から資金援助をもらって「赤ちゃんにおむつはいらない」という研究を始めて、「気づいた時はおむつをはずして、おむつの外でおしっこ、ウンチさせる」ようなやり方を、「おむつなし育児」と呼んでみたのである[1]。そもそも「まったくおむつを使わない育児」じゃないから、「おむつなし育児」って言うと誤解されるかもしれないね、他の言い方がないだろうか、と研究班内部でもずいぶん議論したのだが、他にいい名前がなくて、「おむつなし育児」と言い続けて、結局それで定着してしまったため、いまも誤解されていると思うが、誤解の総体が真の理解、って、村上春樹さんもおっしゃっているから、もう、それで、いい。

 研究を始めて約15年、多くのお母さんたちが「おむつなし育児」にトライしてくださって、いろいろな本が出版されたこともあり[2]、「おむつなし育児」をやってみる人も増えたし、実践している保育園も増えた。やってみた人たちが総じておっしゃることが、排泄物への違和感の軽減である。かんたんにいうと、紙おむつだけ使っている時は、おしっこ、ウンチ、ってただ、嫌なものってかんじだったけど、おむつなし育児をやって、赤ちゃんがおまるにおしっこしたり、大きなウンチしたりしているのをみると、感動する、素晴らしい、って思う、とおっしゃるのだ。これってすごく大事なことだと思う。そういう感覚はかならずや、人生でめぐりめぐってくる、介護の場面で立ち現れてくる排泄マターにきっと役に立つからだ。できるだけおむつをつけないで、おしっこ、ウンチをおむつの外でやってもらう、ということが、介護の場面でも大事なことだ、と、赤ちゃんでやってみた人は自然に思えるようになるだろうし、それよりなにより排泄物への態度が違ってくると思うから。

 子育て、介護、って食べること、出すこと、眠ること、の安寧の確保がすべてである。自分で子どもを育てたり介護をしたりすると、どうしてもこの三つの世話をすることになる。シモの世話だけはできません、という介護など、まあ、あり得ないのである。で、いまは子どもを育てない人も多いから、介護の場面の排泄の世話に戸惑いそうな人も少なくないと思う。  

 で、ここでイヌネコに話がもどるのだが、安心して老いていくためにも、イヌやネコを飼って、イヌやネコのおしっこ、ウンチの世話をしておく、彼らのおしっこ、ウンチにふりまわされる、ということが、排泄物というものに親和性を保つためにも大切なのではあるまいか。ネコはうまれてすぐから、ネコ砂のトイレでしかウンチおしっこをしない、いい子だから、むしろ、イヌのほうがいいかもしれない。イヌはトイレをちゃんと教えないと、できるようにならない。そのトレーニングの途上で、飼い主は、おしっこ、ウンチと格闘するようになる。家族中でおしっこだ、ウンチだ、騒がざるを得なくなる。そうやっておしっこ、ウンチ、の世話と親しくなることこそが、ペットの効用である・・・うーん、ちがうかもしれないけど、まあ、当たるとも遠からず、ということで。


[1]三砂ちづる編『赤ちゃんにおむつはいらないー失われた身体技法を求めて』勁草書房、2009年。
[2]たとえば、三砂ちづる『五感を育てるおむつなし育児』主婦の友社、2013年。(いまは、新版となって『親子の絆が深まるおむつなし育児』と言うタイトルになっている。)

三砂 ちづる

三砂 ちづる
(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。沖縄八重山で女性民俗文化研究所主宰。津田塾大学名誉教授。京都薬科大学卒業。ロンドン大学PhD(疫学)。著書に『オニババ化する女たち』『女に産土はいらない』『頭上運搬を追って』など多数。本連載の第1回~第29回に書き下ろしを加えた『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)が2016年11月に、本連載第30回~第68回に書き下ろしを加えた『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』(ミシマ社)が2020年5月に発売された。

おすすめの記事

編集部が厳選した、今オススメの記事をご紹介!!

  • 生まれたて! 新生の「ちゃぶ台」をご紹介します

    生まれたて! 新生の「ちゃぶ台」をご紹介します

    ミシマガ編集部

    10月24日発売の『ちゃぶ台13』の実物ができあがり、手に取った瞬間、雑誌の内側から真新しい光のようなものがじんわり漏れ出てくるのを感じたのでした。それもそのはず。今回のちゃぶ台では、いろいろと新しいことが起こっているのです!

  • 『tupera tuperaのアイデアポケット』発刊のお知らせ

    『tupera tuperaのアイデアポケット』発刊のお知らせ

    ミシマガ編集部

    10月の新刊2冊が全国の本屋さんで発売となりました。1冊は『ちゃぶ台13』。そしてもう1冊が本日ご紹介する、『tupera tuperaのアイデアポケット』です。これまでに50冊近くの絵本を発表してきたtupera tuperaによる、初の読みもの。ぜひ手にとっていただきたいです。

  • 「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    「地獄の木」とメガネの妖怪爺

    後藤正文

    本日から、後藤正文さんの「凍った脳みそ リターンズ」がスタートします!「コールド・ブレイン・スタジオ」という自身の音楽スタジオづくりを描いたエッセイ『凍った脳みそ』から、6年。後藤さんは今、「共有地」としての新しいスタジオづくりに取り組みはじめました。その模様を、ゴッチのあの文体で綴る、新作連載がここにはじまります。

  • 職場体験の生徒たちがミシマ社の本をおすすめしてくれました!

    職場体験の生徒たちがミシマ社の本をおすすめしてくれました!

    ミシマガ編集部

    こんにちは! ミシマ社自由が丘オフィスのスガです。すっかり寒くなってきましたね。自由が丘オフィスは、庭の柿の実を狙うネズミたちがドタバタ暗躍しています・・・。そんな自由が丘オフィスに先日、近所の中学生が職場体験に来てくれました!

この記事のバックナンバー

11月21日
第123回 グローバルとインターナショナル 三砂 ちづる
10月28日
第122回 再 ロングショットの喜劇  三砂 ちづる
09月26日
第121回 その国の雰囲気 三砂 ちづる
08月26日
第120回 よく眠れる 三砂 ちづる
07月29日
第119回 縁起が悪い 三砂 ちづる
06月25日
第118回 学び続ける姿勢 三砂 ちづる
05月27日
第117回 タレフェイラ 三砂 ちづる
04月26日
第116回 道楽 三砂 ちづる
03月30日
第115回 時間がない 三砂 ちづる
02月29日
第114回 教師生活の終わり 三砂 ちづる
01月29日
第113回 洗濯機鎮魂 三砂 ちづる
12月29日
第112回 戸籍 三砂 ちづる
11月28日
第111回 家計簿 三砂 ちづる
10月26日
第110回 文化の衣と哀悼と 三砂 ちづる
09月29日
第109回 呪縛 三砂 ちづる
08月30日
第108回 one to one 三砂 ちづる
07月28日
第107回 自分の機嫌は・・・ 三砂 ちづる
06月27日
第106回 つかないぱんたー 三砂 ちづる
05月30日
第105回 タバコのある風景 三砂 ちづる
04月24日
第104回 人間が生きているということ 三砂 ちづる
03月29日
第103回 手仕事と伝統工芸 三砂 ちづる
02月28日
第102回 拒絶される恐怖 三砂 ちづる
01月28日
第101回 嫁と姑 三砂 ちづる
12月27日
第100回 もしも 三砂 ちづる
11月27日
第99回 子供と危険 三砂 ちづる
10月28日
第98回 結婚 三砂 ちづる
09月28日
第97回 オフレコ 三砂 ちづる
08月25日
第96回 子どもについて 三砂 ちづる
07月29日
第95回 ボーダ 三砂 ちづる
06月24日
第94回 長寿県転落 三砂 ちづる
05月29日
第93回 顔が見えない 三砂 ちづる
04月16日
第92回 初めての北米 三砂 ちづる
03月16日
第91回 ダーチャ 三砂 ちづる
02月13日
第90回 プリンセス 三砂 ちづる
01月06日
第89回 寒い冬、寒い日本 三砂 ちづる
12月09日
第88回 タレフェイラ、シュトレイバー 三砂 ちづる
11月17日
第87回 前提 三砂 ちづる
10月12日
第86回 産まなかった人は 三砂 ちづる
09月08日
第85回 ウォラムコテ 三砂 ちづる
08月19日
第84回 マジョリティーの変容 三砂 ちづる
07月18日
第83回 マスク 三砂 ちづる
06月08日
第82回 ペットの効用 三砂 ちづる
05月09日
第81回 名前 その2 三砂 ちづる
04月08日
第80回 名前 その1 三砂 ちづる
03月29日
第79回 運転 三砂 ちづる
02月24日
第78回 かけおち 三砂 ちづる
01月28日
第77回 夢をみた 三砂 ちづる
12月24日
第76回 若い女性を愛する 三砂 ちづる
11月26日
第75回 ナラマニヤン先生 三砂 ちづる
10月26日
第74回 クリス 三砂 ちづる
09月21日
第73回 知らなかった力 三砂 ちづる
08月05日
第72回 胸痛む夏 三砂 ちづる
07月12日
第71回 失われる教育 三砂 ちづる
05月25日
第70回 道ならぬ恋の行方 三砂 ちづる
05月06日
第69回 その次のフェーズには 三砂 ちづる
03月27日
第68回 還暦を超えても楽しい 三砂 ちづる
02月19日
第67回 献身のエトス 三砂 ちづる
01月23日
第66回 親を許す 三砂 ちづる
12月20日
第65回 更年期  三砂 ちづる
11月22日
第64回 記述式 三砂 ちづる
10月16日
第63回 スキンシップと強さ 三砂 ちづる
09月15日
第62回 かわいやのー 三砂 ちづる
08月15日
第61回 屈辱感 三砂 ちづる
07月10日
第60回 "きれいにしていなくっちゃ"遺伝子 三砂 ちづる
06月06日
第59回 クローゼット 三砂 ちづる
05月08日
第58回 男女の心中 三砂 ちづる
04月06日
第57回 アイ・ラブ・ユー、バット 三砂 ちづる
03月13日
第56回 再発見される日本 三砂 ちづる
02月08日
第55回 求められる、という強さ 三砂 ちづる
01月07日
第54回 そういう時代 三砂 ちづる
12月10日
第53回 女性活躍 三砂 ちづる
11月12日
第52回 共有する物語 三砂 ちづる
10月10日
第51回 変わる家族 三砂 ちづる
09月10日
第50回 アジアの旅 三砂 ちづる
08月07日
第49回 仏壇 三砂 ちづる
07月08日
第48回 ランドセル 三砂 ちづる
06月09日
第47回 自営業の減少 三砂 ちづる
05月17日
第46回 「手紙」という資料 三砂 ちづる
04月09日
第45回 爪を染める 三砂 ちづる
ページトップへ