第1回
絵本を編集するということ、教えてください。(1)
2019.03.17更新
プロローグ:ある一冊の絵本と出会って
こんにちは。京都オフィスの野崎です。今日からミシマガ上で新連載「教えてください。」が始まります。その名の通り、ミシマ社メンバーが知りたいこと、気になること、どうにか上達したいことなど・・・その道に詳しい方々に教えを請うというコーナーです。
記念すべき第1回目は、絵本編集者として活躍する、野分編集室の筒井大介さんにご登場いただきます。
きっかけは、ある一冊の絵本との出会いでした。それまであまり足を運んでこなかった児童書コーナーにある日すうっと引き込まれ、一冊の本に目がとまりました。きくちちきさんによる『みんな』(WAVE出版)。
ページをめくると一瞬で全身をまるごと包まれるような感覚。ことばを介さずに、直接感覚に訴えかけてくる絵本の世界にびっくりするとともに、肩の力がすっと抜け、心地よい本読みの時間を味わったのでした。どんな人が編集したんだろうか、なんでこんな本がつくれたんだろうか、そもそも絵本ってどうやってつくるんだろうか、そんな疑問が止まらなくなり、この度念願叶ってこの本の編集を担当された、野分編集室の筒井大介さんにお話をうかがうことができました。前篇・後編、2回にわたってお届けします。
(聞き手・構成:野﨑敬乃、構成補助:山﨑詩央)
『みんな』きくちちき(WAVE出版)
絵本には正直興味もなかった
―― 筒井さんはお生まれが大阪で、教育画劇、イースト・プレスを経て独立された、とネットに書いてありました。
筒井 出てきますね。本当は大学を出てから教育画劇に入る前に、2カ月くらい編プロにいたんですよ。僕、大学生のときってほとんど大学に行ってなくて。留年もしてるんですけど、就職活動もしたことなくて。5年生で大学卒業する間際になって、あぁ、就職活動してないなぁまずいなぁって思って求人誌見て、雑誌の編集プロダクションを見つけたんです。どっかに潜り込まないと食べていけないので、それで入ったのが、最初の会社ですね。でも編プロってやっぱりすごくきつかったです。入社初日に23時くらいまで働きました・・・。定時を誰も把握していないっていう。ヤバイ。
―― おお・・・。
筒井 で、すぐに嫌になって1カ月ぐらいで半ば逃げるように行かなくなったんですね。それでまた就職探さなきゃいけないっていうので、次は新聞の求人を見てたら、ちっちゃーい募集で「絵本・紙芝居 教育画劇」って書いてあって。絵本って普段ほとんど読まないし、正直そんなに興味もなかったんですけど、もしかしたら面白いかもしれないなと思って入社試験を受けたんです。筆記と面接ありましたけど、なんか、受かって。そこから本格的に絵本の編集者になったんです。それが2002年の9月ぐらいでしたね。
―― てっきり子どものころから絵本をたくさん読んでこられたのかと・・・。
筒井 絵本の編集者になる人ってどうやらそういう人が多いみたいなんですけど、僕は全然。僕は会社に入ってから好きになったっていう感じですね。
教育画劇に入ってから、3日間くらい新入社員全員が、教育画劇が出している本をひたすら読むっていう業務があったんです。でも、読んでも読んでも、なんかピンとこないというか。面白くないな、って当時は思ってましたね。まぁ、面白くなかったらまた辞めればいいかっていう気持ちもあったけど、でも、辞めたらまた就職探さなきゃいけないし(笑)。それで参ったなって思ってるところに、長新太っていう作家がいることを知りました。なんかすごく変な絵本というか、意味わかんないけど、ものすごく面白いなぁっていう絵本が当時教育画劇から出ていてそれに衝撃を受けました。『あかいはなとしろいはな』(1996年)という本です。で、絵本ってすごいことができるんだなって思って、そっから興味が広がっていったんです。長さんをきっかけに、井上洋介さんとか、片山健さんとかスズキコージさんとか。そういう作家を知りました。
当時、吉祥寺にトムズボックスっていうお店があって、そこで毎月そういう人たちの絵本の展覧会をやってたんです。そこに通い始めてから本格的に絵本にハマったっていう。だからだいぶ、特殊な入り方をしてるかなぁと思いますね。
編集部に編集経験者がいない
―― 教育画劇に入ってから、具体的にはどのように絵本をつくっていったんですか?
筒井 僕が入った当時は結構特殊で、編集をやっていた人たちが次々と辞めて、編集部に編集経験者がいないっていう状況ができたんです。編集長もいなくて、社長が編集長を兼ねてたんですけど、社長は絵本づくりの実務はやらない。営業部から1人男の人が編集部希望で入ってきたんですけど、その人も未経験。それでも本は出さなきゃいけないっていうので、最初は先輩たちが置いていった企画を割り振ってつくることからでした。どの編集部も、まずは先輩の後についていって作家に挨拶したり、いろいろ教わったりすると思うんですけど、そういうの全然なくて。
誰も何も教えてくれないんですけど、今思うとそれが逆に良かったなと思ってます。すでに各社に担当編集者ががっちりいるので、普通新人は長新太さんとかスズキコージさんとか荒井良二さんとか、そういう人の担当にはなれないです。
でも僕の会社はみんな辞めてたから、長さんいいなぁと思ったら、俺、長さんやりますみたいな感じで早いもの順で好きな人を担当できたんです。入社したての段階で、大物の作家さんに会いに行って、絵本つくりたいですみたいなことやってましたね。
―― 作家さんに会いに行ってからの、編集の実務的なことはどうしてたんですか?
筒井 今思うと、どうしてたのかなって思うんですけど、まぁ、勘でするしかない状態ですよね。ほぼ知識のないところからだから、作家も大丈夫かなぁって思ってたかもしれないけど、逆に面白がってくれて。当時24歳ぐらいでしたから、作家さんからしたら、急によくわかんない若い兄ちゃんが絵本つくりたいって連絡してきて会いにくるという・・・。
絵本の業界って女性の編集者が多いので、そもそも若い男ってだけで珍しがられたんです。作家さんが飲みに連れてってくれたりして、そういう中で一緒に仕事をしつつ、実地で経験して学んだというかね。多分普通ではなさそうですよね。よく社長もやらせてたなって思います。
―― へぇーそうなんですねぇ、すごいなぁ。
筒井 でもやっぱり今思うと新人の方が、ベテランとか大御所の作家についた方がいいっていうか。そこから学ぶことってたくさんあって。それを経て、ちょっと経験積んでから、新人とかあんまり経験のない作家・著者とかと仕事をしていくほうがいいんじゃないのかなって思ったりしますね。
子どもの頃の自分みたいな子どもに届くように
―― 絵本を作るとき、どんな読者を想像して作っていますか?
筒井 対象年齢に関していえば、基本的にまずは子どもっていうのはありますけど、上は問わないというか。そうじゃなきゃダメと思ってます。よく絵本にある「4才から」みたいな表記は、買う立場からしたら安心して本に接する目安として欲しいんだろうなって思いますけど、実際絵本の読まれ方を見ていると、作り手がこれなんとなく4、5才かなと思っているものを0歳児がすごく熱心に見てハマってるときもあるんです。そういうのを見ると、ああいう年齢の区分っていうのは結局大人というか、売る側・買う側という商売上の都合も大きいのかなって思いますね。
読者対象に関していうと、僕は結構明確にあります。子どもの頃の自分、もしくは子どもの頃の自分みたいな子どもたちというか、人たちというか。
僕、友達があんまりいなかったんですよ。かなり人見知りで、なかなか集団に馴染むことができなくて。保育園のときからずっとそうですけど、集団がストレスだったんです。で、小学校とかになってくると、子どもの社会も生々しいじゃないですか。大人みたいにオブラートに包まないし、なんかこう、生々しい弱肉強食の社会みたいなのがあって。運動できるやつと社交的なやつが頂点。そういうのが嫌で、なかなか馴染めないなぁって鬱屈とした精神状態でしたね。子どもながらに、子どもって嫌やなって思ってたんですよ。馴染めないし、どこいってもなんかあぶれる。楽しいふりとかするんですけど、それでもやっぱり嫌やなっていう気持ちがずっとあって。
そういうときに自分にとっては本とか音楽とかそういうものが救いで。一歩外に出たら広い世界があって、面白い人たちとかがいっぱいいて、文化を通してそれに触れたり、それの気配を感じたりするのが救いみたいなとこはあったので、自分の編集する絵本もそうあってほしいなと思ってます。
今の子どもたち、僕が子どものときよりもさらに同調圧力みたいなものにさらされて、辛くないふりしながら辛い毎日を送ってる。そういう子っていっぱいいると思うから、そういう子たちにね、読んでもらえたらいいなっていうことにここ数年で思い至って。結構明確に読者はイメージしてますね。
―― 私自身がそうだったように、子どもに限らず筒井さんの絵本に救われる人、多いと思います。
筒井 そういう風に届いてたら嬉しいです。
これからの絵本の届け方
―― 絵本は版元の新規参入が難しいジャンルだな、と感じています。筒井さんは絵本の届け方についてどんなことが大事だと思われますか?
筒井 書店員さんのジャンルに限らずだとは思うんですけど、書店の児童書担当者の人たちって、特に相手の熱意とかそういうものを重視する人たちが多いので、本を営業しに行くときに、うち今度こんな本出すんでお願いしますとかっていうより、あなたの売り場でこれを売ってほしいっていうのを熱を持って伝えるっていうのはね、結構必要だと思いますね。まぁ辛辣なこといわれたりするんですけどね。それでもめげずに熱意を伝えるというのは、なかなか即効性のあることじゃないけど、やっぱり信頼関係みたいなのはそうやって築いていかないといけないと思うので。あそこはちゃんと頑張って絵本をやるとこなんだっていう認識をされるまでが大変なんですが大事ですね。
―― 絵本に限らず「あなたに読んでもらいたいんです」とか「あなたに売ってほしいんです」っていう具体的な読者としてまず書店員さんとの関係性をつくることってやっぱり大事なことなんだと思いますね。
筒井 やっぱり、改めて書店員さんとのコミュニケーション、重要だなぁと思いますね。特にこれからは。あとは、原画展などで読者に直接見てもらう機会も重要だと思います。原画展自体は現在も盛んに行われていますが、都会で単発ではなく、それぞれの地方の文化の交流地点となっているお店で展示をして、その作品の良さを読者にきちんと直接伝えることの重要性はますます増していくと思っています。やはり、コミュニケーションですね。
プロフィール
筒井大介(つつい・だいすけ)
1978年大阪府生まれ。出版社を経てフリー編集者に。担当した絵本に『うちゅうたまご』(荒井良二)『むかしむかし』(谷川俊太郎・詩/片山健・絵)『人魚のうたがきこえる』(五十嵐大介)『ネコヅメのよる』(町田尚子)『えとえとがっせん』(石黒亜矢子)『わたしのものよ』(マルー)『やましたくんはしゃべらない』(山下賢二・作/中田いくみ・絵)他多数。『ブラッキンダー』(スズキコージ)『オオカミがとぶひ』(ミロコマチコ)がそれぞれ第14回、第18回日本絵本賞大賞を受賞。『オレときいろ』(ミロコマチコ)で2015年度のブラティスラヴァ世界絵本原画展「金のりんご賞」を受賞。絵本編集のかたわら、水曜えほん塾、nowaki絵本ワークショップを主宰し、作家の発掘、育成にも力を注いでいる。
編集部からのお知らせ
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2019年3月6日に発刊された『あの日からの或る日の絵とことば』は、東日本大震災をめぐる、絵本作家32名のそれぞれの記憶が、絵と言葉でつづられています。
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