村瀬秀信さんに聞く 野球のこと・ライターの生き様のこと(1)

第2回

村瀬秀信さんに聞く 野球のこと・ライターの生き様のこと(1)

2019.05.21更新

 こんにちは、新人のスガです。突然ですが、私は野球が大好きです。そんな私が、昨年出会った一冊が、『止めたバットでツーベース』という、野球ノンフィクションの短編集でした。

止めツー.jpg

『止めたバットでツーベース』村瀬秀信(双葉社)

 ヤクルトスワローズの絵を書き続けることで、チームの一員になろうとする芸術家の話や、階級や宗派の壁を超えて、一緒にカープを応援するお坊さんの話など、様々な角度から野球を描くこの本。

 そのなかに、ファンを描く作品も複数収められています。そのどれもが「熱狂するとはどういうことか」を語っている、印象深い作品ばかりです。

 「選手も、ファンも、自分の出来得ることで、誰かのために力になりたいと願う。野球を動かしているのは人間の情だ。人間のよろこび、悲しみ、義侠心。怨念にも似た妬み嫉み。そんなものがどちらへ転ぶともしれない白球を媒介としてぶつかり合う。だからプロ野球は人間くさい。だからプロ野球は人の心に突き刺さるのだ」

『止めたバットでツーベース』p286

 今回の「教えてください」は、『止めたバットでツーベース』の著者である、村瀬秀信さんにお話を伺いました。
 この18の短編からなる作品集で、ご自身も熱狂的なベイスターズファンである村瀬さんが、ファンにも焦点をあてた理由や、ライターという職業について、そして、この短編集のカギを握っているのは、実は「生と死」であるということについてお話してくださいました。2日にわたり掲載します!

(構成:須賀紘也 写真:星野友里)

「応援する」って意味がわからないじゃないですか

―― まず、『止めたバットでツーベース』について、お話を伺いたいと思います。
 そこまで野球の専門的な言葉が出てこないこともあって、スポーツノンフィクションとしても、文芸書としても、いろんな人が楽しめそうです。

村瀬 ありがとうございます。
 今は野球中継が地上波で毎日放送されていた時代と違って、野球がみんなの身近にあるわけではないので、野球の本には厳しい状況です。でもこの本はそこまで「野球本」っぽくないので、野球がそこまで好きではない人にも読んでもらいたいな、と思っています。

0520_2.jpg村瀬秀信さん

―― 自分の生活を投げうってチームの応援に熱狂していくファンの姿が印象的でした。今回応援している人を描かれたのはなぜですか?

村瀬 「応援する」って意味がわからないじゃないですか。なんのメリットもないのに、自分の人生や大切な時間を犠牲にしたり、選手を自分に重ね合わせたりするわけですよ。
 僕も同じ野球ファンで、『止めたバットでツーベース』の第3章『未完の大砲に見る夢』は、僕自身の話でもあります。横浜ベイスターズの古木克明の追っかけをしている、2人のファンについて書いたのですが、もともと彼らも一緒に応援していた仲間でした。
(注) 古木克明選手・・・元プロ野球選手。1998年に横浜ベイスターズにドラフト1位で入団。2003年には22本塁打と好成績を残すも、その後は苦しみ、トレードや戦力外通告も経験。2013年に引退。

―― そうなんですか。

村瀬 だからこの文章では、彼らの視点も借りつつ、自分自身も古木を追いかけていたんです。春先の寒い2軍の試合まで。なんでそんなに追いかけるのか。自分でも意味わからないです。

ーー そこまで引き込む古木選手の魅力はなんですか?

村瀬 古木はあの文章を書いた時点だとまだプロ野球選手なのですが、その後格闘家になると言い出します。でもリングに上がって、2戦やったところで、「俺には野球しかない」と言い出してトライアウトを何度も受験しました。今はTシャツを売っていて、草野球の助っ人を職業にしたり、最近ではユーチューバーもはじめたそうです。・・・・・・それでわかっていただけますか。

―― ものすごく多方面にご活躍ですね。

村瀬 彼のホームランバッターとしての才能は本当にすごかったんですよ。そこにやっぱり夢を見ちゃうわけです。でも打ち方をコロコロ変えたり、急にバントでアピールしようとしたり、自分を見失って迷走してしまう。
 でも彼は迷走して、人からバカだなと言われながらも、やりたいと思ったことはやるんですよね。まっすぐな瞳で。だからこそ、「ユーチューバーになりたい」と言っているのを聞くと、「手伝ってあげようかな」と思っちゃう。そうやって周りの人たちを引き込んでいく、無邪気なブラックホールみたいなもんですかね。でも彼だけでなくそういう「引き込む熱狂の力」というのがこの本の核になっているような気がします。

古木克明さんのyoutubeはこちら

「生きること」と「死ぬこと」を意識

―― 読んでいて、その「引き込まれる熱狂の力」に圧倒されました。

村瀬 ありがとうございます。ただ、選んだ短編を見てみると、知らず知らずのうちに「生きること」とか「死ぬこと」が、テーマになっていたような気はします。

―― この本が企画されたのは、一昨年の末にガンかもしれないと医者に宣告されて、「人生を振り返るような、過去の作品から自薦した作品集を」ということでできあがった。

村瀬 結局ガンじゃないとわかったら発売が一年遅れてしまうんですけどね(笑)。ただ、死生観みたいなものは各作品にすごくあって、なかでも第1章の近藤唯之さんの話(『君は近藤唯之を知っているか』)は、思い入れが強いです。もともとこの記事が掲載された「小説すばる」の編集長が、「近藤さんの企画をやろう」と提案してくれた直後に亡くなってしまった。そうやって始まった企画だったんです。
(注)近藤唯之さん・・・3000人以上の選手・監督からエピソードを引き出し、62冊もの著作を発表した伝説のスポーツライター。「男の運命なんて一寸先はどうなるかわからない」など情念を煽るフレーズを多用する、「近藤節」という文体で知られる。

 野球がわかる編集者が誰もいなくなってしまったなかで、当時84歳、表舞台からは姿を消していた近藤唯之を探すことになって。

―― 探すと見つかるものなんですね。

村瀬 ねえ。意外と結構早くみつかりました、実は(笑)。それでご自宅に伺いました。近藤さんはリビングで、優しい光に包まれながら野球を観ていて、なんだか映画のラストシーンのようでした。

――  数多くの野球の本を書いてきた近藤さんが、最後に「スポーツは結局体に悪いんだ」と言う。ユーモアを感じる中で、なぜかじんわり感動させられたのが不思議でした。

村瀬 書きたかったことがいろいろあったんですけど、その言葉が集約しているかなって思いました。
 近藤さんの同世代の人がみんな死んじゃって、自分だけ残っている。自分は文筆業で、ある意味、ちゃんと現場に行ってマジメに働いてた人間じゃないっていう負い目もたぶんそこにあるんですよ。そんなことも含めて、今なにを思っているのかと想像しました。もちろん、「生き残ったぞこの野郎」という気持ちもあるだろうし、いろんなことも含めて、あの一言をラストにしたのかな。

―― それにしても、生き死にと野球がかかわるんですね。

村瀬 ね。まあ、そんなおおげさなものじゃないんですけどね。全部バカバカしい話じゃないですか。
 ただ、人間みんな弱いんだな、というのはすごく思いますよね。強い人間もいるのかもしれないですけど。みんな弱くても、すごいですよね、がんばってますよ。だからこんなインタビューでビビってちゃダメですよ。嫌なインタビューもいっぱいあるんですから。

―― がんばります・・・(スガは終始めちゃめちゃ緊張していました)

ライターってなに?

ーー「嫌なインタビュー」というのはどのようなインタビューですか?

村瀬 そもそもインタビュー自体、人の心にずけずけ踏み込んでいく作業ですからね。楽しいインタビューなんて基本僕はないです。一般的に本人が墓場まで持っていこうとしている事柄であればあるほど、価値や反響は高くなるわけですよ。さらに聞きだした情報の重さはイコールでプレッシャーになるし、いつも録音した自分の声と思惑を聞き直す度に、ああ、もう趣味悪い。気持ち悪い。俺はなんて下卑た人間なんだと叫ぶことになっています。

―― ああー、それはつらそうですね。こんなことを言うのはどうかと思いますが、ライターさんって、短命な方が多いですよね。

村瀬 本当に。死にますよこんなん。僕だっていつ死んだっておかしくないですから。

―― 身を削って・・・

村瀬 「身を削って書いている」と言ったら、聞こえはいいですけどね。結局、「俺は身を削っているからしょうがない」って甘えているんですよ。僕に限ってのことですけどね。生活めちゃくちゃにして、「俺はこんだけやってる」という証にするようなね。自分が最高にいいもの書いたって思えても、世の中の9割9分の人間が読んでない。クソみたいな出版ゴロが、原稿をおざなりにして目立ったもん勝ちの勝負をしてる舞台に乗っからざるを得ないのが現状ですからね。

―― そこに神々しさが・・・

村瀬 そんな神格化するもんじゃないですよ。作品が神々しいのであって、生きている人間は無様です。

―― その中で尊敬されているライターさんとなると。

村瀬 純粋に尊敬している書き手の方はたくさんいます。永沢光雄さんとかね。
(注)永沢光雄さん・・・47歳で夭逝したルポライター。著書に「AV女優」、「声をなくして」など。

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『AV女優』永沢光雄(文春文庫)

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『声をなくして』永沢光雄(文春文庫)

 まあ、ライターってなんなのかって考えてしまいますね。ものを書けばそれでライターなのか? と。

―― ものを書けばそれでライターというわけではないんですか?

村瀬 そうなんでしょうね。だから、誰でもなれる。故にライターという呼ばれ方を好まない人もいますよね。
 僕はライターに物凄い憧れを抱いていたから、ライターになれたことがうれしくて、高校の同級生だったかわいい子に、「ライターになったんだよ」といったら、「ああ、あの誰でもなれるやつでしょ」って言われて。

―― そんなこと言うんですか?

村瀬 えええ、と思って。今から20年ぐらい前ですよ。ショックでした。だから「ライターを名乗り続けよう」と意地になっているところがあります。でも、そんなエラそうなこと言ってもね、かわいい女の子に『何やってるんですか』って聞かれたら、脊髄反射で『作家です』とか出ちゃう。漏れちゃうんです。薄っぺらいもんですよ。

―― 『止めたバットでツーベース』では、雑文書きと自称されていますね。

村瀬 ライターと書いて雑文書き。ジャンルを限定したらその瞬間、死にますからね。なんでもやるわけじゃないけど、優秀な編集者が「これを書かせてみよう」と遊んでくれるおかげで僕なんかは生きてこられたわけです。10年ぐらい連載が続いている、チェーン店なんて資本主義のブタぐらいの勢いで嫌いでしたしね。

・村瀬さんのチェーン店の本

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『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』村瀬秀信(講談社文庫)

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『それでも気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』村瀬秀信(交通新聞社)

(つづく)


プロフィール

村瀬秀信さん

1975年生まれ。神奈川県出身。全国を放浪後、2000年にライター事務所「デストロン」の戦闘員に採用。幅広い媒体で執筆したのち03年からフリーに。主な著書に『止めたバットでツーベース 村瀬秀信 野球短編自撰集』、『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』、『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』など。現在は編集プロダクション、Office Ti+代表。

ミシマガ編集部
(みしまがへんしゅうぶ)

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