特集 「ほどよい量」は、自分の動機で働く人たちから生まれる (1)しごとのわ通信

第9回

特集 「ほどよい量」は、自分の動機で働く人たちから生まれる (1)

2020.01.18更新

 2019年12月3日、『ほどよい量をつくる(しごとのわ)』の出版を記念して、「これからの時代の"ほどよい量"とは?〜個人から始まる未来の仕事、働き方のヒント」をテーマに、紀伊國屋書店新宿本店にてイベントが開催されました。
 ゲストに、株式会社スマイルズ代表取締役社長の遠山正道さん、クラフトチョコレートブランド「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を経営する山下貴嗣さんをお迎えし、著者の甲斐かおりさんが司会を務められたこのイベント。
 "ほどよい量"をめぐる対話は、それぞれの人がいかに自分の理由で、自分のエンジンで仕事をするか、というテーマに発展。深くうなずき続けたお話の内容を、2日間にわたりお届けします。

理由が自分たちの中にあるものでないと、話にならない

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遠山 私は三菱商事のサラリーマンだったんですけど、10年目に絵の個展をやったんですね。それが私にとって大きな体験で、そこから今日までの20数年は、地続きで繋がっているんです。個展があって、結果としてスープストックトーキョーが生まれて、いまは70店舗くらいになっていると。それから個人商店みたいなことをいくつか社内外でやっていて、私は今はほとんどアートに関することをやっています。

山下 改めましてMinimalというチョコレートの会社をやっています山下と申します。僕たちはなるべく自分たちでカカオの産地に行って、その味をダイレクトに伝えたいと思って活動しています。
 僕は今35歳なんですけど、20代はずっと組織人事コンサルティングをサラリーマンとしてやっていて、30の時に全く未経験でチョコ屋になりました。だから「作り方をウィキペディアで調べる」と専門誌で答えて、炎上しました(笑)。
 でも3年間真面目にやっていたら、手前味噌なんですけどヨーロッパの品評会の部門別で日本のメーカーでは初めて金賞をいただけるようにもなりました。僕個人の思いはけっこう産地側にあって、今まで30カ国300農園以上に、自分の足で行ってきました。
 自分でやれる限界をどう広げていけるか、今日は遠山さんからヒントをもらえたら嬉しいなと思っています。まさに「ほどよい量をつくる」というテーマですね。

甲斐 まずお伺いしたいのですが、遠山さんが個人の思いからスマイルズを始められて、会社が大きくなる過程で、はじめの思いや温度感が冷めてしまわないように工夫されてきたことはありますか?

遠山 私は、個展によって三つのことを得たとよく話しているのですが、一つ目は初めての意思表示です。大学を卒業してから商社に入って楽しく過ごしていたんだけど、それまでは世の中や組織の出来事に乗っかっていただけでした。33歳で絵の個展を開いたのは、上司にも誰にも頼まれていない、初めて自分でやると言ったことだったんです。二つ目は、自己責任が生まれたこと。そしてその結果、三つ目はスープストックトーキョーをつくることになりました。
 そういう成り立ちだから、誰かが作ったものを、オペレーションで渡すフランチャイズには全然興味がないんです。だから今でも、新しいことに取り組むときには、自分たちに発意があってスタートするということを大切にしています。それは結局、この時代を生き残っていくための一つの方策だと思います。
 うちはマーケティングがないと言ったりもしていますが、外部の理由で事業を進めると、うまくいけばいいんだけど、うまくいかないときに、どうすればいいのかジャッジすらできない。仕事なんてちっともうまくいかないものだから、「どうしてこの仕事をやっているんだっけ」と振り返るタイミングはしょっちゅうあります。そのときに、理由が自分たちの中にあるものでないと、話にならないし踏ん張れないです。

クオリティと喜びの広がりを両立させる

甲斐 Minimalは、店舗も増えていますが、いまの遠山さんのお話を受けていかがですか? 規模が大きくなる過程で変わってきたことなどあるでしょうか。

山下 正直、2店舗目を出した時に、クオリティーが落ちたんじゃないかなと思った瞬間があったんですよ。うちの職人は、最高のチョコレート1枚を作りたいと思っていたんですけど、100枚作らなきゃいけないとなった瞬間に気持ちが乗らなくなっちゃって。
 最初、カカオ豆の農家に通常の2倍とか3倍の値段を提示しても、こちらの注文量が少なすぎて、相手にされなかったんです。なので、自分としてはもっと産地からフェアトレードで豆を買いたい! と思って焦って銀座に2店舗目を出したんですけど。
 今の僕の中間解としては、同じ熱量を持った職人を増やしていくしかないなと思っています。この前も職人から、「多くの人が好きなものって本当に世の中に求められてるものなんですか? チョコレートって甘いだけでみんな美味しいって思っちゃうけど僕たちのやりたいことってそうじゃないですよね」と言われて。僕がその時に言ったのは、「自分のお金を何に使うかは本人が決められる。ということは、売上は、お客さんからの共感の総量とも言えるよね」と。彼らに何がしたいのか聞くと「作ったものをお客さんに食べてもらってありがとうって言われるのが一番嬉しい」と言うんです。じゃあその笑顔を広げていくための自分の引き出しを増やすのは、良いことなんじゃないか。一つ一つ「こういうことなんじゃないですか」と紐解いていくのは、けっこう疲れました(笑)。ただとても大切な事だと思っています。

遠山  私はさきほど話した個展を、スープストックトーキョーができてからは1回もやっていません。絵を描いて買ってくださるのも嬉しいけど、スープを買ってくださるほうがより嬉しい。たくさんの方に届くという広がりがあるから。おばあちゃんにあげたら喜んでくれたよ、とか。だから職人さんの想いもわかるんだけど、外食をやっているとお客さんの「ありがとう」「美味しかったよ」というひと言にどれだけ救われるか。独りよがりになるだけじゃなくて、それも両立していけたらなって。
 ちょうど今、うちの会社は20年目なんですね。それで総括しようと思って計算したら、今まで売ったスープが約1億2000万杯でした。ちょうど国民1人あたり1杯。それって嬉しいなって。

「その会社らしさ」はどこから生まれるのか?

甲斐 経営者の想いを従業員の方々と共有するために、どんなことをされていますか?

遠山 会社ができてから20年経っていて、その間にいろんな段階があったので、いきなり今の話をすると身も蓋もないかもしれないんですが・・・私はさほど関与していません。
 私はスタートした人ですが、生みの親と育ての親みたいなもので、やっぱり現場が大変なんですよね。だから現場に対して何も言えなくなっちゃう。私はスープは注げないしレジも打てない(笑)。それに人事は人事担当が得意なわけで、お金のことはよくわかんないし・・・(笑)。だからみんな私より得意な人がやってるわけですよ。そうするとみんな自分がやらないと会社が潰れる、と感じながらやってくれるし、彼らなりのプライドがあるわけです。
 たとえばだいぶ前だけど、物販の部長から「あるドラッグストアのポイントカード還元の商品として、600万円分のスープを買いたいと連絡がありましたけど、やめておきました」と報告があったんです。彼は、店頭にポップでスープストックトーキョーのマークが置かれて、何ポイントでプレゼント、と書かれている場面を想像してやめておいたと。各々の中に「スープストックトーキョーってどういうもの」というのがあるんですね。

甲斐 社員の方が自発的に、会社としての判断をしている感じですね。

遠山 私はよくスマイルズという会社もスープストックトーキョーというブランドも「スマイルズさん」とか「スープストックトーキョーさん」という言い方をして、人物だったときにどうかを考えるんです。さっきお金の話が出ましたけど、別にお金が悪いわけではないんです。ただ人物だとした時に、好きなものを挙げるとして、「お金が一番です!」っていう人なんて、ほとんどいないと思うんですよ。我々の会社もそれと同じなんです。
 よく車でたとえるんですが、お金はガソリンなんです。ガソリンがないと走らないから、もちろんお金を稼がないといけない。だけどガソリンだけあっても意味がなくて、誰を乗せてどこへ行って何をする、というのが大切。お金は手段なわけでそれが目的に変わっちゃうとね・・・。

山下 遠山さんが今日おっしゃっていることって、一貫してますよね。内発的動機というか、自分がやりたいという気持ちがないと意味がないということ。

遠山 ちなみにうちでは「遠山さんがいいって言ったから」という理由はすごくダサいってことになってて(笑)

山下 でもそれが究極の理想ですよね。全員が会社を自分のものだ、自分でやっているんだと言えるって。僕のところは今、20〜30人規模の会社なんですけど、それでもやっぱり悩みます。別にお願いしてこの会社入ってもらったわけでもないし、最初はすごくキラキラして「やりたいです」と言ったのに、なんで僕に「何すればいいですか」って聞いてくるんだろうな、とか思うんですよ。どっちかというと背中を預けたくてこの会社入ってもらったのに、なんで僕が逆にケアしなくちゃいけないのって(笑)

遠山 とはいえ、私が言い出しっぺで始めている事業などは、私の頭の中にしかイメージがなかったりするから、聞いてきたりするのは当然で、だからまあ段階があるとは思います。
 ちなみに私がすごく参考になった話があって。お母さんがいてね、レイコちゃんという娘と歩いていて、「レイコちゃん、あそこにお花があるわよ」と言ってレイコちゃんがそれに気づくのと、レイコちゃんが自分で「あそこにお花がある!」と気づくのとでは、似ているようで全く違う。
 でも大人のほうが気づきやすいから、大人がレイコちゃんに気づかせるように仕向けてあげるのがいいと。それを会社に当てはめると、たとえば部長で「ああこいつ『部長』をやってるなぁ」という人がいますよね。部下にいちいち口出しをするような。でも本当は「部長らしいこと」なんて、なにもやらないほうがいいわけです。
 うちでは、与えられる仕事なんて普通にやってほしいわけです。だって給料を払ってるわけですし、それは「作業」と呼びたい。そうじゃなくて、「これはもっとこうやったほうがいいよな」というのを自分で生み出して価値にしていくことを、仕事と呼びたいですね。そうじゃないとやっていてもおもしろくないだろうし。

(2日目はこちら)

遠山 正道(とおやま・まさみち)

株式会社スマイルズ 代表取締役社長
1962年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、85年三菱商事株式会社入社。2000年株式会社スマイルズを設立、代表取締役社長に就任。現在、「Soup Stock Tokyo」のほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、コンテンポラリーフード&リカー「PAVILION」、海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」を展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。近著に『成功することを決めた』(新潮文庫)、『やりたいことをやるというビジネスモデル-PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。最近では、もっともシンプルな結婚の在り方「iwaigami」、小さくてユニークなミュージアム「The Chain Museum」、アーティストを支援できるプラットフォーム「Art Sticker」などをスタート。

山下 貴嗣(やました・たかつぐ)

株式会社βace 代表取締役CEO
チョコレートを豆から製造するBean to Bar(ビーントゥバー)との出合いをきっかけに、世の中に新しい価値を提供できる可能性を見出し、2014年に渋谷区・富ヶ谷にクラフトチョコレートブランド「Minimal -Bean to Bar Chocolate-(ミニマル)」を立ち上げる。
年間4か月強は、赤道直下のカカオ産地に実際に足を運んで、カカオ農家と交渉し、良質なカカオ豆の買付と農家と協力して毎年の品質改善に取り組む。カカオ豆を活かす独自製法を考案し、設立から3年で、インターナショナルチョコレートアワード世界大会Plain/origin bars部門で日本初の金賞を受賞。2017年にはグッドデザイン賞ベスト100及び特別賞「ものづくり」やWIRED Audi INNOVATION AWARD 2017 30名のイノヴェイターにも選出される。

甲斐かおり(かい・かおり)

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で、昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿。携わった書籍に『ソーシャルデザイン』『日本をソーシャルデザインする』(以上、朝日出版社)、取材本に『暮らしをつくる』(技術評論社)

しごとのわ編集部

しごとのわ編集部
(しごとのわへんしゅうぶ)


「しごとのわ」とは?
仕事について考えるとき、成果や時間、お金を意識することがあっても、輪を意識することは少ないのではないでしょうか。小さい輪でも大きな輪でも構いません。会社や家庭、地域、過去と未来、わたしとあなた。切り離さなければ、輪はできます。仕事を考えるときそんな輪を大切にしたいという想いから、ミシマ社とインプレスの2つの出版社で起ち上げたレーベルです。

編集部からのお知らせ

1/23(木)『ほどよい量をつくる』刊行イベント@B&Bを開催します!

 今回は、本書の著者であり、ものづくりや農業、地域コミュニティなどの分野で日本各地を取材してきたライターの甲斐かおりさんをファシリテータとして、ゲストにALL YOURS代表の木村まさしさんと、無人古本屋やブックマンションを運営する中西功さんをお招きします。
 テーマは、「僕たちがこれを選ぶ理由。これからの売る・届けるを考えよう」。

 奮ってご参加ください!

詳しくはこちら

「しごとのわ」から新しい本が発刊になりました!


1119101054-520x.jpg『ほどよい量をつくる』甲斐かおり著(インプレス)

 大量生産・大量消費による食品ロスや環境負荷など、その弊害が叫ばれて久しいですが、「ではどうすればちょうどよい量をつくれるのか」に対する明確な回答はありません。
成長のためにはとにかく多くつくって多く売ることが当たり前という風潮のなかで、あえて生産を抑えることへの抵抗もあり、そもそも「ほどよい生産量」を決めることは覚悟が必要です。
 そんななか、従来とは違う「つくりすぎない」取り組みをして成長している企業もあります。ほどよい量、ほどよい時間、ほどよい成長……。これまで当たり前だった「大量生産」や「無理な時短」、「急成長」とは異なる「ほどよさ」をどのようにとらえ、実現しているのか。本書では、そのような事例をひもとき、自分のビジネスに活用するためのヒントを提示します。

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