第1回
平川克美×安田登 その日暮らしの男たち(1)
2018.04.13更新
2018年3月初頭、青山ブックセンター本店にて、文筆家兼喫茶店店主の平川克美さん、能楽師の安田登さんによる対談が実現しました。ミシマ社から刊行しているシリーズ「22世紀を生きる」において著作を著してくださっているお二人。今回が初の対談となったのですが、この日ある共通点が明らかになりました。
それはなんと、「貯金がない」・・・。
『21世紀の楕円幻想論』の中で会社を売り、借金を返済し、アパート暮らしを始めたことを告白された平川さんですが、なぜ安田さんも・・・!? お金はもらって生きていく、そんな言葉が飛び交うお二人の対談は、こんな話から始まりました。
(構成:野崎敬乃、写真:池畑索季)
もらいたい、でもお返しをしたくない
平川 えっ、安田さんって貯金無いんですか?
安田 はい、一切貯金しない主義なんです。だから下手すると、家賃も足りなくなったりするんです。
平川 いやぁ嬉しいねえ〜(笑)。このあいだ僕もね、通帳の残高不足で保険料の振り替えができなくて、催促されましたよ。
安田 いいですね〜(笑)。
安田 先日、アーツカウンシル東京の助成で「イナンナの冥界下り」の海外公演というのをしたのですが、この公演の飛行機代などは国際交流基金から助成金をもらうはずだったんです。ところがね、落ちちゃった。落ちると何が生じるかというと、十数人分の飛行機代、宿泊費、ギャラ、日当が無い。結局何が起こったかというと、自腹で300万円くらい払うことになったんです。
僕は貯金をしない主義なので300万円なんてあるはずがない。ところが偶然、今回2冊の本がすごく売れましてかなり入ったんです。でもその2冊の印税プラス100万円くらいが全部消えてしまいました。
平川 でも、その海外公演をやるっていう契約は、もうしていたんですか?
安田 助成していただいているアーツカウンシル東京さんはやらなくてもいいと言っていたんですけど、一回決めたら、やらないって嫌じゃないですか。これは気分の問題ですよね。
平川 安田さんの立場は、総合プロデューサーであり、予算を出す部分も?
安田 本来予算を出すのは僕がしなくてもいいんですけど・・・。
平川 じゃあ自分の責任ではないものを引き受けたんだ。
安田 はい、そうなんです。平川さんが『21世紀の楕円幻想論』で書いていたのと同じで、俺がやらなきゃ誰がやるっていう(笑)。
平川 俺も責任を負わなくていい借金を背負ってきましたから。
心の時代・お金の時代の次を考える
安田 でもやっぱり大きな額だけに、半日くらい落ち込んだんです。その時点では旅行会社を頼む予定だったので、500万円くらいの借金になるという試算が出たので。でも、落ち込んだ後に、この意味は何なんだ、なぜ今これだけのお金が出て行くのかと考えたんです。
『あわいの力』を書いたときもそうでしたけど、僕はずっと心の時代が終わった後、次に何がくるのかということを考えていたんです。そのときに、すごく興味があったもののひとつが貨幣なんです。
貨幣というのは文字とともに生まれたところが多くて、「心の次の世界」では、貨幣も無くなる可能性がある。でも、今純粋な意味での新しい貨幣を作るのはすごく難しいんじゃないかっていうことを考えていたんです。
平川 僕は最終的にはベーシックインカムしかないと思っているんですが、でもその前に、安田さんの本に書いてあった、投げ銭じゃなくて、お賽銭。お賽銭形式はありだと思うんですよ。
安田 そうですね、お賽銭はよく投げ銭と間違われるんです。たとえば投げ銭でトークショーをやった場合、よかったと思う人は多く入れてください、ダメだったと思う人は少なくていいです、って言うじゃないですか。あれだともらう側が評価される対象になりますよね。僕はよくも悪くも評価されたくないんで(笑)。お賽銭はそうじゃないんです。
平川 お賽銭は何なんですか?
安田 お賽銭は、身銭を切るだけの話です。
平川 功徳を積むんでしょ。
安田 そうですね。
お金をもらうときは「上から目線」、それが大事
平川 でも結局、お金をもらうっていうことの含意は何かというと、修行するっていうことなんですよね。つまり托鉢は修行だということで、修行中はお金を稼ぐことをやってはいけない。自分に禁ずるわけですよ。その代わり家々の戸口を回ると。托鉢僧が回ってきたときに、その家のおかみさんはお賽銭を渡すわけでしょ。それで渡されたときに、「あなたに功徳がありますように」ってもらっておきながら偉そうなことを言うわけです。お金をもらって、お礼を言わない生き方っていいですよね。でもこれね、それができるようにちゃんと設計をしなきゃいけないんですよ。言葉では簡単に言えますが、人さまから何かをもらって生きていくのは大変ですから。
安田 そうですよね。今回イナンナの公演は2月で、お金が入らないってわかったのは12月の後半だったんです。それで、たとえばこういうトークをするときに、「実は今イナンナ公演のお金が無いので、企業の方たち、お金をくれませんか」、と言ったんですよ。そしたらなんとね、かなりの金額が入ってきた。しかも払い込んだという連絡も無しにです。でね、最初にそれを言うときに、「正直言って、お礼は一切ありません」と言いました。
平川 「お礼は一切ありません」って、なんか偉そうじゃないですか。上から目線でしょ? それが大事なんですよ。もらう人は、そこで下手に出ちゃダメなんですよ。もらって生きるって修行ですからね。お前、そろそろ金出し時じゃねえか? って。
会場 (笑)
プロフィール
平川克美(ひらかわ・かつみ)
1950年、東京都生まれ。隣町珈琲店主。声と語りのダウンロードサイト「ラジオデイズ」代表。立教大学客員教授。文筆家。早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。著書に『小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ』、『「消費」をやめる 銭湯経済のすすめ』(ともにミシマ社)、『移行期的混乱』(ちくま文庫)、『俺に似たひと』(朝日文庫)、『路地裏の資本主義』(角川SSC新書)、『言葉が鍛えられる場所』(大和書房)、『「移行期的混乱」以後』(晶文社)など多数。
安田登(やすだ・のぼる)
1956年千葉県銚子市生まれ。高校時代、麻雀とポーカーをきっかけに甲骨文字と中国古代哲学への関心に目覚める。高校教師をしていた25歳のときに能に出会い、鏑木岑男師に弟子入り。能楽師のワキ方として活躍するかたわら、『論語』などを学ぶ寺子屋「遊学塾」を、東京(広尾)を中心に全国各地で開催する。著書に『あわいの力 「心の時代」の次を生きる』、シリーズ・コーヒーと一冊『イナンナの冥界下り』(ともにミシマ社)、『能 650年続いた仕掛けとは』(新潮新書)、『あわいの時代の『論語』: ヒューマン2.0』(春秋社)など多数。