前田エマ×北野新太 将棋に恋をした。(2)

第3回

前田エマ×北野新太 将棋に恋をした。(2)

2018.08.29更新

 2017年12月に発刊された『等身の棋士』。静かに燃える棋士たちの世界が著者の北野新太さんによる熱い文章で綴られています。この一冊に、ミシマ社に来て間もない新人ノザキは衝撃を受けたのでした。

 そして、この本が刊行された当初から、いつかはこのお二人の対談を、と願い続けて半年。念願の企画が今回ついに実現しました。北野さんのお相手はモデルの前田エマさんです。モデル、エッセイ、写真、ペインティング、朗読、ナレーションなど多岐にわたって活躍される前田さん。ファッションやアートに関する連載や執筆も多くされていますが、彼女が夢中になっているもうひとつのもの、それが将棋です。

 前田さんには独特の将棋の楽しみ方があるようで・・・? 二人の話題は、個性的な棋士の一面や注目すべき棋士のことに及びました。1日目と併せてお楽しみください。

1日目の記事はこちら

(聞き手・写真・構成:野崎敬乃)

この棋士を語りたい。

勝っても笑わない棋士

前田 棋士は勝っても笑わない。それも将棋を知るようになって驚いたことのひとつでした。

北野 勝ったほうが、すごくなんか辛そうな顔をしてますよね。負けたほうが笑うことのほうが多いかもしれませんね。

前田 負けてすごくうなだれるのは、最近だとやっぱり藤井聡太くんですね。藤井七段を「くん」で呼ぶなんておこがましいのですが・・・(笑)

北野 藤井さんが表す悔しさは棋界随一だと思います。

前田 棋士は対局が終わったあとに感想戦という振り返りをするんですけど、普通は負けたほうから「じゃあここからやりましょうか」みたいに始めるんですよ。でも藤井くんはずっとうなだれてて。だから勝ったほうの大人のみなさんが、「じゃあここからかな」みたいな(笑)

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北野 深いため息が感想戦で10回くらい出たりしますからね。

前田 そしてどんどん盤から離れていく。

北野 藤井さんが16歳らしい顔を見せる唯一の瞬間のような気がします。

棋士の音楽

前田 私は藤井聡太くんのスピッツ論をもっと聞きたくて。北野さんが担当された、卓球の張本智和くんと、藤井くんとの中学生対談に・・・

北野 それ、読んでいただいてるんですか!すごいチェック力!

前田 その対談中の「音楽聞きますか?」という質問に、藤井くんはスピッツを挙げていました。しかもそのときの選曲が『魔女旅に出る』っていう、どちらかというとマイナーな曲で。

 最初の歌詞が「ほら苺の味に似てるよ」ですよ。何が苺の味なのか書いていないんですよ。その曲を名曲だって選ぶあたり、「えっちょっと待って」って思って。それから我が家ではドライブ中『魔女旅に出る』が流れるたびに「藤井ソングだ〜」って(笑)

北野 藤井流ですか(笑)。最近また「将棋世界」さんで藤井さんのインタビューをさせていただいたんですけど、追加の質問をメールでやり取りしている時に、私もあまりに気になって、なぜ『魔女旅に出る』がフェイバリットなのか尋ねてみたんですけど、やんわりと流していただきました(笑)。おそらく、それ以上は明かせない秘密があるんでしょう(笑)

前田 私、棋士が聞く音楽にすごく興味があって、西の王子こと斎藤慎太郎先生がくすぶっていたときに、師匠の畠山鎮先生がミスチルのアルバムを贈ってあげたっていうのをどこか読んだような気がするのですが、どんなメッセージを込めたのだろう・・・とか。

北野 それは今度必ず聞きます(笑)。お二人とも絶対答えてくれるはず。ぜひ聞きたいところですね。石本さくらさんという若手の女流棋士がいるんですけど、「椎名林檎の音楽や容姿、全てにひかれている」とか言っていて、ファッションもそんな感じなんですよ。何かしら影響を受けている。

前田 すごい気になります、棋士の音楽。

北野 伝統的な世界だけにクラシックが好きな人は結構多いですね。

前田 あー。佐藤天彦先生とか。

北野 佐藤名人、クラシックコンサートのホール会場で発見したことありますよ。

前田 貴族ファッションで?

北野 貴族ファッションだったと思います(笑)。カジュアルな佐藤さんは見たことがない(笑)。

前田 私もクラシック聴きに行くときは、いつも天彦先生いないかなと思って見回してしまう。

棋士のファッション

前田 あとは棋士のファッションもすごく気にして見てます。大橋貴洸先生は、いつも赤とかモスグリーンの背広を着ているんですけど、NHK杯に出たときもスーツがデニムみたいな素材で(笑)。それに緑色のネクタイとスカーフをつけていて、「これは葉っぱをイメージしているのかな?!」みたいな。

 あと斎藤慎太郎先生がVivienne Westwoodのネクタイを身につけていることが多くて、これは反骨精神なのか、意味はなくてファンの人からもらって締めているのかどっちなんだろう、みたいなことをいつも考えています。

北野 彼の場合は反骨精神ではない気がしますけどね(笑)。大橋さんは色のみならず素材感もこだわりがあるように感じます。ベルベットの素材とか、ただならぬ何かを感じることもあります。

前田 眼鏡も個性的ですよね。「これ対局中に肩凝ったりしないのかな?」って思うくらいの結構な重さがありそうな眼鏡をされてて。

北野 さすがモデルさん。すごい見てますね(笑)。

前田 いつも気になっちゃって。ちょっと大橋先生にファッションについて語ってもらう企画とかしてほしいです。

北野 言われてみますと、それは素晴らしいですね。今度お願いしてみます。本気で。

前田 中川大輔先生のダンディーなファッションも好きです。

私も26歳までに・・・

前田 大橋先生とか都成竜馬先生とか、遅めに棋士になった先生たちが今とても活躍されていて、私はそれにすごく勇気をもらっています。早く棋士になった人が強いのが定跡みたいな感じがありましたが、今はそうではない人もすごく輝いている。それが花開くところを見たいなあというのもありますし、今、私と同年代の若手がこれだけ強くて多いので、その姿を見ていてとってもわくわくするし、先人を超えて行く姿に、自分もがんばらなきゃって思うんです。それと棋士になるには年齢制限があるということも、残酷だけれど興味深いなと・・・。

北野 奨励会は26歳で退会しなくてはならないですからね。それも将棋界特有の世界ですよね。

前田 私ももうすぐ26歳なんですけど、棋士は26歳までになにかを決めたり失ったりするんだから、私もそこまでに自分の芯をちゃんと持たなきゃ、と考えるようになりましたね。あと、私が生きている間に女性の棋士の誕生を目撃したいです。

北野 将棋の世界から受ける影響としてものすごく良いものじゃないでしょうか。大橋さんの話に戻って一つお話ししたいんですけど、棋士になれるのは半年に一回、二人だけなんですね。藤井さんが四段に昇段して史上最年少棋士として脚光を浴びたとき、もう一人がベルベットのスーツを着た大橋さんでした。彼は強くて結果も出していたんですけど、なかなか棋士になることができなくて、平均より遅い23歳で夢を叶えたんです。

 僕はその日のことをすごく憶えているんですけど、「史上最年少棋士が誕生した」って言ってみんなが藤井さんの取材に来て、いつもはやらない大がかりな記者会見をして、わーっと、藤井さんに質問して。その後、大橋さんの会見もあったんですけど、もうみんな藤井さん藤井さんってなっていて、藤井さんの取材が終わるとさっさと帰っていくテレビクルーもたくさんいて。

 大橋さんに穏やかに昇段を喜んでおられましたけど、心の中では「見てろよ」って、絶対思ったはずなんですよね。ひしひしと感じる何かがありました。で、デビューしてからの大橋さんの活躍というものはものすごくて、羽生先生がデビューした年度よりも勝率としては高い勢いで勝ちまくった。

 感情を発露させるでもなく、静かに、フェアな世界の結果だけで示していくっていうのは、やっぱり美しいんですよね。あのときのことは彼にとって大きなことだったように思うんです。

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前田 スーツ的には藤井くんより全然目立ってましたよね。

北野 あのモスグリーンのスーツはモデルさん的にもおしゃれということなんでしょうか?(笑)

前田 おしゃれですよ! 一歩間違えるとお笑い芸人になりかねないんですけど、あの美的センスはどこで磨かれるのか、なにが好きなのかすごい気になって。天彦先生はなんとなくこういうふうなのが好きなのかなってわかるんですけど、大橋先生はまた独特のセンスがあって。棋士のおしゃれに興味あります。

(つづく)

■3日目の記事はこちら


プロフィール

前田 エマ(まえだ・えま)
1992年神奈川県生まれ 東京造形大学卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーに留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、朗読、ナレーションなど、その分野にとらわれない活動が注目を集める。現在連載中のものに、オズマガジン『夜のよりみち あしたのワンピース』(スターツ出版)、marie claire style『アートのとなり』(中央公論社)、She is『前田エマ、服にあう』(CINRA)がある。

北野 新太(きたの・あらた)
1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌『SWITCH』で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。著書に『等身の棋士』『透明の棋士』(ミシマ社)がある。

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