第3回
前田エマ×北野新太 将棋に恋をした。(3)
2018.08.30更新
2017年12月に発刊された『等身の棋士』。静かに燃える棋士たちの世界が著者の北野新太さんによる熱い文章で綴られています。この一冊に、ミシマ社に来て間もない新人ノザキは衝撃を受けたのでした。
そして、この本が刊行された当初から、いつかはこのお二人の対談を、と願い続けて半年。念願の企画が今回ついに実現しました。北野さんのお相手はモデルの前田エマさんです。モデル、エッセイ、写真、ペインティング、朗読、ナレーションなど多岐にわたって活躍される前田さん。ファッションやアートに関する連載や執筆も多くされていますが、彼女が夢中になっているもうひとつのもの、それが将棋です。
将棋を指すのではなく、観て楽しむことを「観る将」、読んで楽しむことを「読む将」といいます。3日目の今日は、将棋本のことについて話が広がりました。1日目、2日目と合わせてお楽しみください。
(聞き手・写真・構成:野崎敬乃)
「読む将」のたのしみ
熱い気持ちがつまった将棋の本たち
北野 Twitterを見させていただいたんですけど、アップされていた本棚の写真はご自身の本棚ですか?
前田 自分の本棚です。
北野 いや〜「僕の好きな本たくさんあるよ!」って思ってチェックしてしまいました。「開高健の『声の狩人』があるよ!」とか思って(笑)
前田 将棋のライターさんや、エッセイを書く人って、ものすごく熱い方が多いですよね。みんなじゃないけれど「好きだー!」っていう気持ちと「伝えたい!」っていう気持ちがとてもきらめいていて、すごく将棋が好きなんだなって、心がほくほくします。
私が今まで尊敬してきたエッセイを書く人とか取材をする人は、いかにクールに冷めて書くかみたいな感じの人が多くて、そういう人に惹かれていたので、新しい価値観を知るきっかけになって、おもしろいです。
北野 我々の世界でも取材して書くものってだいたいはクールに書くものが良いものには多いです。まず「私は」って登場人物で自分が出るとか、自分の感情を叩き込むものっていうのは基本的に亜流というか。
前田 ですよね。
北野 そう言われがちなんですよ。言われがちというかそういうものなんですけど。僕が今まで書いてきたものは、なんかもう、思いをそのまま書くっていう覚悟を決めて書いたって感じですかね。けっこうな冒険でしたけど。でも、それでたぶん伝わる人もいるんじゃないかな・・・という思いを込めて。
前田 伝わってます。
北野 ありがとうございます(笑) でも前田さんが惹かれたように、たぶんまだ伝えれば伝えるほど「あ、将棋っておもしろいじゃないか」っていう人ってたくさんいる気がするんですよね。僕なんかもともとボードゲームとか、いわゆるゲームっていうものには一切興味ないくらいだったので。スポーツにおいて、肉体が躍動する世界で勝負を決める、みたいなものにずっと惹かれて今の仕事を始めたようなところがあるんですけど、言ってしまえば、そんな僕がボードゲームの将棋の世界に惹かれたっていうのは、そういうふうに潜在的な人がまだたくさんいるんじゃないかなっていう気がするんです。そういう人に投げかけて届けばいいなって思うんですよね。
前田 知りたいですよね。もっといっぱいほんとに。160人ぐらい棋士がいてもっと何十通り何百通りの物語があるんだろうなと思うから、それがすごく知りたくて本を読んでしまうんです。そうして思うのは、将棋に興味を持てる自分でいられて嬉しいなって。
北野 それこそ全現役棋士160人全員に取材をして、彼らの人生を全部ひもといて『棋士』っていう本ができたらいいでしょうね。物語のない人はいないですからね。
将棋の世界を知るための必読本
前田 私は棋士自身が書く自戦記や、昇段した際の作文を読むのがすごく好きなんです。詩人のごとくロマンチックに書く人もいれば、小説家のように読ませる文を書く人もいて、とても楽しい。米長邦雄先生の『将棋の天才たち』(講談社)や、大崎善生さんの『聖の青春』(角川文庫)とか、棋士の様々な面を知ることができる本もたくさんありますよね。
北野 前田さんの必読本がありますよ。中平邦彦さんの『棋士・その世界』(講談社文庫)っていう本で、もう40年前くらいの本ですでに絶版になっているんですけど、古本で買えると思います。昭和の棋士たちの群像が分かるマスターピースで、ぜひ読んでいただきたいですね。そういう時代があって、羽生世代が現れて今に至るんだって、羽生世代以前の世界のことがたぶん俯瞰できると思うので。
前田 すごく知りたいです。
北野 めちゃくちゃおもしろいです。
前田 最初に話した『3月のライオン』を将棋界が少しわかってから読むと、全然感じ方が違って。
北野 そうですね、確かに。
前田 まだこの漫画、何回読んでも、こんなに別の感じ方があるんだっていうのを知れたときは、おもしろいなあと思いました。でもやっぱり将棋の漫画もおもしろいけど、本当に生きている棋士が相当おもしろいと思ってます。
北野 実際の将棋界に起こっていることが空想以上におもしろいですからね。
前田 私は棋士という生き物が、今という同じ時間に生きているという現実が、どうしても信じられないんですよね。私はどうあがいても、こんなにストイックにずっと続けることはできない。けれど、人間の奇跡みたいなことを今現在、一生懸命、人間として人間らしくやってる人たちがいるっていうのを知るだけで、いつもと同じ時間を同じように生きていても、毎日のきらめきが変わりました。私はおすすめの本を雑誌に書くことが多いのですが、最近紹介しているものは、ほとんど将棋関係ですね。
北野 それはありがたいですね。
前田 「また将棋か」とか思われそうですけど、どこまでも推してきたいです。
北野 どうぞよろしくお願いします(笑)
(終)
プロフィール
前田 エマ(まえだ・えま)
1992年神奈川県生まれ 東京造形大学卒業。オーストリア ウィーン芸術アカデミーに留学経験を持ち、在学中から、モデル、エッセイ、写真、ペインティング、朗読、ナレーションなど、その分野にとらわれない活動が注目を集める。現在連載中のものに、オズマガジン『夜のよりみち あしたのワンピース』(スターツ出版)、marie claire style『アートのとなり』(中央公論社)、She is『前田エマ、服にあう』(CINRA)がある。
北野 新太(きたの・あらた)
1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌『SWITCH』で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。著書に『等身の棋士』『透明の棋士』(ミシマ社)がある。
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棋士という二文字は「将棋を指す侍」を示している。...一六〇人いる棋士たちは皆、自らが信じた将棋という勝負において光り輝くために戦っている。日夜の研鑽を積み、策略を謀り、勝利という絶対を追い求めている。――本文より