穂村 弘×丹所千佳 京都ワンダーランド(2)

第4回

穂村 弘×丹所千佳 京都ワンダーランド(2)

2018.09.28更新

 京都に住み、京都を愛する編集者・丹所千佳さん。この度5月に、春夏秋冬を彩るかわいい、おいしい、切ない、心踊る「京」の断片を綴った『京をあつめて』が手売りブックスシリーズから刊行になりました。

 丹所さんと旧知の仲であり、「けっこう京都に行ってるよ」という歌人の穂村弘さんを京都にお招きして、京都について語った一夜の様子をお届けします。はじめに穂村さんに本書の感想を伺うと、どんどん話は広がり、しまいにはなぜかサーフィンの話に・・・!?

 だんだん涼しくなり、いろんなところに足を運びやすくなるこの秋の季節。『京をあつめて』を片手に京都を歩きたくなる対談、後半をどうぞ。

kyo-shoei2.jpg『京をあつめて』丹所千佳(ミシマ社)

(2018年7月28日、恵文社一乗寺店にて収録)

1人分の注文しか記憶できない喫茶店

穂村 今日イノダコーヒでコーヒー飲んだときに「甘くしますか」って聞かれたんだけど、昔は強制的に甘くなかった? あれ。

丹所 イノダは基本、お砂糖とミルクが最初から入っていると思ってたんですけど、前は甘くするかどうかを聞かれもしなかったってことですか?

穂村 そのような記憶が昔、あったんだけど。記憶違いかな。

丹所 有無を言わさず、お砂糖とミルクを入れるんじゃないんだ。ちょっとたるんでません? お客におもねってる!(笑)

穂村 聞いてくるというのは、客のニーズに合わせるってことだよね。僕、コーヒーが甘いのは嫌なんだけど、嫌なんだけどね、強制的に甘くされるとそれはまた。

丹所 それがそのお店のスタイルなら、それに従うのもよい?

穂村 なんか新鮮。東京だと浅草もややそういうところがあって。有名な喫茶店があるんだけど、ウェイターがすごくおじいさんで、そのおじいさんは僕の観察によると、1人分の注文しか記憶できないの。だから2人で行くとだめ。ものすごい真剣な目で2人目の注文を覚えようとするんだけど、2人目を覚えると1人目を忘れちゃうんです。

丹所 すると、何が起こるんですか? 1人目の注文は?

穂村 間違ったものが運ばれてくる(笑)。でも、なんかときめくんだよね。

 僕、プロ意識とか言われると嫌なんです、すごく。なんでもプロ意識で一元化されると、「いや、僕は締め切りを守らず変な仕事でお金をもらっても全然かまいません!」みたいに言いたくなる。もちろん、こっちはかまわなくても向こうはかまうんだけど、すごく堂々と言われることがあるよね、プロみたいな概念って。

丹所 「何でもあり」みたいなのは許されないとか、そういうことですかね。「プロたるもの」という概念も、けっこう一元化されてしまっているかも。

詠み人知らずを知らねぇか!

穂村 ひとつにはこれは、時間の長さの問題があると思っていて。僕は短歌をやっているんですよ、普段。短歌ってとても古いジャンルなんです。たとえば「本歌取り」という、昔からあった古い歌の一部を自分の作品の中に入れるという技法があるんだけど、それをやると「オマージュですか?」「パロディですか?」「パスティーシュですか?」「剽窃ですか?」「パクリですか?」とか・・・、でも、どれも正解じゃないの。

丹所 そうですよね。本歌取りは本歌取り。

穂村 で、「いや、これは本歌取りなんだ」って言うんだけど、本歌取りは短歌の世界の中にしかない概念で、世界標準じゃないわけ。でも歴史的には1000年以上前からある。オマージュとかパスティーシュ、パクリとか剽窃なんて近代以降の概念、つまり最近のことでしょう。なんだろう、急に京都みたいな気持ちになってきたんだけど、だんだん(笑)。「お前らのほうが後だろ」「敬意を払え!」みたいな・・・そうか、京都ってだから強気なんだ! 今わかった。自分の中の京都が目覚めた。

丹所 京都は本歌取りだったんだ。

穂村 あと歯痒いの。なんの疑いもなく「オリジナリティが」とか言うんだけど、「オリジナリティなんて最近の概念だよ」と。「詠み人知らずを知らねぇか!」と思うんだよ。詠み人知らずって、歌の作者名がわからないことをいうんだけど・・・

丹所 でも、歌だけは脈々と受け継がれて、知られている。

穂村 そう。でも近代以降の概念では「作者と作品はセットだ」というのが大前提でしょう。でも近代なんてね、最近なんだから。・・・あー、丹所さんにいつも不思議な自信があるのはこれだったのか(笑)。

丹所 穂村さん、よく「ナチュラルな自信があっていいなあ」って言いますよね・・・。そんなことないんですけど、そう思われてる理由がまさか京都にあったなんて。

本当に素敵だと思うものを、別の序列で測らない

穂村 今日ここに来る前に、打ち合わせの後でどこか1カ所だけ行けるくらいの時間があったんです。アンティークショップに行こうか、古本屋さんに行こうか、どこに行こうかみたいなことをいろいろ言ってたんだけど、僕の頭の中にあることで行くと僕の頭の中にあることでしかないから、丹所さんに任せて「どこか連れて行ってください」と言ったら、足を水に入れさせてくれて。なんか、ロウソクをつけたね。

丹所 下鴨神社のみたらし祭ですね、今年は明日までやってるのかな。下鴨神社の御手洗池に足を浸して、無病息災を願う風物詩です。ロウソクに火をともして。この本でも書いてるんですけど、楽しいし涼しいので、ご一緒できてよかった。(*みたらし祭は、2018年は7/20〜29に催されていました)

穂村 すごく嬉しかったんです。あんまり嬉しかったから鴨川まで行って、鴨川でも足をつけて。冷たさを較べました。お金はロウソク代の300円しかかからなかったけれども、素晴らしかったんですよね、それが。

 そういうのが、この本にはいろいろ出てくるよね。現在の資本主義的に精度の高い網の目とはまた違う。ノイズのようなものをはねつけるフラットな強さというか、変な云い方だけど、愛のえこひいきの平等さみたいなものがこの本にはあると思っていて。

丹所 愛のえこひいきの平等さ! ありがとうございます。自分ではうっすらとした意識だったものが、今すごく的確に言語化してもらった感じがあります。偏ってはいるんだけど、フラットさはある、というのは、たしかにそうかも。

穂村 本当に素敵だと思うものを、別の序列で測らない。かといって、資本主義的にいいとされているものを頭から「ダメだ」と言うのとも違うというか・・・実際いい場合も多々あるわけで、それを敢えて「ダメだ」と言うのもなんか変だから。そういうものもないでしょ、「おしゃれ憎し」みたいな。それはすごく、この本の好きなところだなぁ。

h1.jpg

丹所 たしかに、なんというか、シュッとしたものしか好きじゃないなんてことは全然ないですし、おしゃれなものは好きだけどおしゃれなら何でも好きなわけでもないし、逆におしゃれアレルギーみたいなものもない。流行ってるからってだけでは飛びつかないけど、ベタなものやミーハーっぽいものも、惹かれたら全然好きですね。

自分が自然に興味を持たないことも、やってみるべき?

穂村 そういえば僕、八坂神社は知らなかったけど、下鴨神社は知ってたんだよね。神社、行くべき?

丹所 下鴨神社は古本まつりがあるからですね? 行くべきかというと、どうなんでしょう。穂村さん、神社とか神仏に対する興味ってあんまりないんですよね。

穂村 うーん、なかったねぇ。どうなんだろうね。自分が自然に興味を持たないことは、自分の人生にもう、ない要素だよね。来世でやればいいことなのか、それともちょっと試したら「もっと早く出会えばよかった」みたいになることもあるんだろうか。

丹所 それは私も考えます。知らないだけで、実は自分にものすごくはまる何かがこの世界のどこかにはある、みたいなことですよね。「あるんだろうか」ということは、穂村さん自身はあまりそういう経験はないですか?

穂村 うん。僕はもう、キャバクラは来世で行くことにしてるから。キャバクラに行ってる人を見ても、べつにうらやましくないので。でも、「サーフィンはやらなくてもいいのか」というのはまだ5%くらい残ってて(笑)。サーフィンやってる人はちょっとうらやましいのね。それはひとつには、キャバクラに行く人はべつにかっこよく見えないけど、サーフィンやってる人はちょっとかっこいいなと思っているからなんだけど。

 でも、いま僕が56歳でしょ? サーフィンしたら死んじゃうかもしれない。死んじゃうのはなぁ。みんなどうしてるんだろう、自分が自然に興味あることだけで生きているのかな。でも僕そうしたら、すごくオタクなことにしか興味がなくて。

丹所 そのスタンス自体が人によってけっこう分かれそうな気がしますね。どんどんいくべきかそうじゃないか、「広く浅く」派と「深く狭く」派と。

穂村 寺山修司はね、「いくべきだ」と言っていて。喫茶店に入ると、ケーキをいつも4つずつ頼んでたの。自分でそのことを「体験の狩人」とすごくいいふうに言っていて(笑)。つまり、べつにケーキを食べたいわけじゃない。けれど体験をするために自分は生まれてきたのであり、すべては出会いだから、出会いを増やせば増やすほどいいと。「体験の狩人」と言われると、「自分も体験の狩人になるべきなのか」とかね。だって、1万回古本屋に入る、そのうちの1回をキャバクラに行ったってべつにいいわけでしょう? もう1万回も古本屋には行ってるんだから。そしたら古本屋を9000回にして、1000回をキャバクラ、サーフィンみたいにこう・・・

丹所 「体験の狩人」、かっこいいですね。さすが寺山。ケーキは私もだいたいいつも2つ頼みます。それは食べたくて食べてるんだけど。1万1回を古本屋に全振りしなくても、いくつかに振り分けてもいいわけですよね。

穂村 でも、今までそれをしてこなかったんだよね。でももう、やってみるには年齢的にギリギリだと思うんだよ。今日、初めて鴨川に足をつけて、涙ぐむほど感激して、これはやっぱり、鴨川に足をつけただけでこんなに感激するのは自分がオタクだからだなぁと思ったの。つまり、体験に対して感じやすいわけ。「あぁ、俺も鴨川に足をつけられる日がきた」と。でも普通のやつらは何も考えずにそんなことをしていて、べつに泣いたりしないわけ。

丹所 そんなに感激されていたとは・・・。たしかに普通のやつらはべつに泣いたりしないと思いますけど、鴨川に足をつけて涙ぐめるのって、すごくいいじゃないですか。

「俺は短歌が好きですよ」って返すサーファーがいたら、号泣すると思う

穂村 僕、自分がサーフィンとかしたら、ものすごい脳内麻薬物質出ると思うんだよね。

丹所 すごくいいことなんじゃないですか? お得!

穂村 だね。鴨川に足をつけるだけで涙が出るなんてすごくお得だよ(笑)。

 でも鴨川に足をつけるのと、サーフィンの間にはだいぶ差があるんです。海沿いに、サーフィンの教室みたいなのがあるでしょう? でも、僕みたいな人はいないわけ。そこの周辺にいるすべての男性を見ても、僕とは全員ちがう。ということは僕みたいなやつはここには行かないのか、それとも使用前使用後みたいに・・・

丹所 変わっちゃうのかどうか。経験が人を生まれ変わらせるんですかね、わかんないけど。あの、なんでまたサーフィンなんですか? かっこいいからというのはさっきおっしゃってましたけど。

穂村 なんか、憧れてんだよねぇ。でも悔しいんだよね、サーファーで短歌に憧れてるやつなんかいないと思うんだよ。そういう気持ちもあるの。「サーファーに憧れられる歌人になりたい」とか。なんで非対称的なんだろうね。

丹所 その、憧れの方向みたいなものが。

穂村 うん。高校生のときからそれは不思議だったんだよね。文化祭で、僕は体育館の一番後ろの壁に背をつけて見てる。かたや舞台上でバンドをやっているやつらがいる。そのボーカルが、あるところでバク転をするシーンがある。バンドをするやつは運動神経もいいからバク転ができる。体育館にいる女子は全員「きゃーー!」って言って、ここで壁に背中をつけている僕のことは誰も存在を知らない。そこまでは許せたの。それはしょうがない。バンドはかっこいいよ、そりゃ。

丹所 しかし・・・?

穂村 バク転できるのもかっこいいよ、僕バク転できないから。しかしあるとき限界を超えた瞬間があって、それはいつもバク転をしていたやつが、でんぐり返しをしたんだ、バク転をするタイミングで。そのときいつもの10倍も、女子たちは「きゃーーー!!!」って言ってて・・・わかる? この感じ。バク転できるやつが敢えてでんぐり返しをしたかわいさってこと。

丹所 「でんぐり返しなら俺もできるのに」!

穂村 俺もできるんだよ、しかしあそこで「俺もできる!」ってやったところでだめなんだよ。

 その問題を僕は時間に頼って解決しようとしたの。「見てろ。50年後、ああいう奴らは繊細じゃないから、きっと部下に説教するようなおじさんになるにちがいない」「僕はいまの繊細な心を失わずに物書きなってやる」みたいに。

丹所 思ってたんですか、その歳から(笑)。

穂村 それで僕は、まぁまぁ繊細なまま56歳まできたって、自分では正直思ってるんだけど(笑)。

でも、もう今となっては彼らどこに行ったかわからないし、そして今もまだサーファーに憧れてる。ただもし「僕、サーフィンに憧れてるんです」と言ったときに「えっ、でも俺は短歌が好きですよ」って返すサーファーがいたら、号泣すると思う。

丹所 もう、とりあえず1回サーフィンやってみたらいいんじゃないでしょうか。

穂村 まぁ、でも京都は偉いよね。だって、サーフィン的じゃないもん、都市として。むしろ短歌的というか。それなのになんか、異次元のかっこよさを保っていてね。

(終)

 そんなかっこいい(?)京都も垣間見られる『京をあつめて』、全国の書店で発売中です。
 また、穂村弘さんの17年ぶりの歌集『水中翼船炎上中』(講談社)には、京都を詠んだ歌も収録されています。

 自転車のベルがふたりを映しだす夜の百万遍交叉点  (『水中翼船炎上中』より)

 イベント当日は、この歌についても語られていました。穂村さん曰く「百万遍という交差点名が素晴らしい」のだそう。美しい装丁は、『京をあつめて』と同じ装丁家・名久井直子さんによるもの。秋の夜長にあわせて、ともに楽しんでいただきたい2冊です。


プロフィール

穂村 弘(ほむら・ひろし)
1962年、北海道札幌市生まれ。歌人。1990年、歌集『シンジケート』でデビュー。その後、短歌のみならず、評論、翻訳、エッセイ、絵本など幅広い分野で活躍中。2008年、短歌評論集『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、連作『楽しい一日』で第44回短歌研究賞、2017年、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞を受賞。他の歌集に、『ドライ ドライ アイス』(1992年)、『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』(2001年)、自選ベスト版『ラインマーカーズ』(2003年)等。エッセイに、『世界音痴』『短歌ください』『ぼくの短歌ノート』『野良猫を尊敬した日』他多数。

homura-shoei.jpg『水中翼船炎上中』穂村弘(講談社)

丹所千佳(たんじょ・ちか)
1983年、京都生まれ。編集者、会社員。高校までを京都で過ごし、大学時代と社会人生活で7年間の東京暮らしを経て、現在はふたたび京都で暮らす。「PHPスペシャル」「mille」 編集長。担当した書籍に、穂村弘『鳥肌が』、巖谷國士『幻想植物園』、深井晃子『ファッションから名画を読む』、茂木健一郎『すべては音楽から生まれる』など。

kyo-shoei.jpg『京をあつめて』丹所千佳(ミシマ社)

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