第1回
小田嶋 隆×仲野 徹 「依存」はすぐとなりに(1)
2018.05.14更新
2018年2月、コラムニストとして活躍する小田嶋隆さんが、自身のアル中時代を初めて語った『上を向いてアルコール 元「アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社)が刊行になりました。現在、テレビやメディアでも話題沸騰中です!
『上を向いてアルコール 元「アル中」コラムニストの告白』小田嶋隆(ミシマ社)
「誰もが依存症になる危険性を孕んでいる、ということを意識するためだけでも、この本は十分に読む価値がある」と本書を絶賛くださる阪大医学部教授・仲野徹先生とおこなった対談の模様を、全2回でお届けします。
アルコール依存とはどんなものなのか? 思った以上に身近にある「依存」について、爆笑を交えながらの白熱トークとなりました。
(2018年4月17日スタンダードブックストア心斎橋にて収録/構成・写真:新居未希)
「依存症」だと、頭のいい人がかかる病気みたいに聞こえる?
仲野徹(以下、仲野) 最初に、ちょっと確かめたいことがあってですね。 「アルコール依存症」と言いながら話をするか、「アル中」と言いながら話をするか。これ、けっこう大きな問題ですよね?
小田嶋隆(以下、小田嶋) そうですね。私は医者から「アルコール依存症って言ったほうが正しいんだけど、アルコール依存症者を甘やかす言い方だから、アル中と思ったほうがいい」と言われていました。
「中毒」というのは、依存の問題とは別の言葉なので。それがごっちゃになるから「依存症」という言い方をするんですけど、「依存症」って言うとちょっと利口そうな病気に思えるんですよ。
仲野 なんか可愛らしい感じしますよね。
小田嶋 なんか、頭のいい人がかかる病気みたいに聞こえちゃうんで。だけど、「そんなんじゃないよ。あなたたちはアル中だよ」と。要するに、おっさんたちがデロンデロンで路上で飲んでるみたいな、あの図で思い浮かべてくれと。「依存」っていうと、「なんか頼っててかわいいやつ」みたいなんです。
仲野 本当のところは病気なんですけどね。では話の中でどちらも出てくるとは思いますが、「アル中」という言葉を認識して使っているということでご理解いただけたらと思います(笑)。
僕、アルコール依存症の自己診断テストをしたらね、なんとアル中と予備軍の中間でしたよ。けっこういってますよね。
小田嶋 お、グレーゾーンに・・・。
仲野 急に、「ちょっと節酒しよかな」と思ったり。
小田嶋 アルコール依存って、「依存」という線が引けて、中毒者とそうじゃない人がきっぱり分かれてる、みたいに語られがちですけど、グレーゾーンもすごく広いんですよね。
仲野 ネットで調べたら、日本ではアル中患者が100万人から200万人の間で、予備軍は1000万人って書いてました。1000万人ってすごいですね。子どもは飲まないから実質人口6000万くらいとすると、女の人もいれて1000万っていうたらむちゃくちゃな数ですね。
小田嶋 飲んでる人の3人に1人くらいじゃないですかね。
仲野 そうですよね。それなら、ぜったいそこに入る、入っていて別に不思議じゃないなと思いました。
「2日も飲まなかった以上、俺はアル中じゃないぞ」
仲野 あのー、本を読んでると、ものすごい客観的にご自身を見ておられますよね。読んでて不思議だったんですけど、それだけ客観的に見ててもアル中になっていくもんなんですか。
小田嶋 いや、これはあとでついた知恵なんですよ。その当時は全然そんなこと思ってなかった。自分を客観視なんて、飲んでるときはしてないですよ。
ただ、30代の初めの頃、「自分の飲み方はまずいな」という自覚はあったんです。アルコール依存症というかアル中者って、罪の意識だったり、「これはまずい」という気持ちも半分は持ってるんですよ。だけど、その気持ちがだんだんなくなっていくんです。
症状が深まると、否認する気持ちが強くなっていくという時代がきます。細かいちょっとした証拠を見つけては「俺は先月2日も飲まなかった日がある」「2日も飲まなかった以上、俺はアル中じゃないぞ」と。
仲野 だから大丈夫だと。一回も飲まずにおれるはずやと。
小田嶋 3日くらい飲むのが空くときもあるんですよ。それは嫌だからやめてるんじゃなくて、体調が悪すぎて飲めないんです。
仲野 それって、全然だめじゃないですか(笑)。
小田嶋 でもそれを証拠にしちゃうくらい、そういうものにとりすがっていっちゃうんですね。
仲野 西原理恵子さんの本読んだら、「アルコールが覚せい剤みたいな効き方をする」と書いてましたけど・・・。そんな感じなんですか?
小田嶋 いろんな人にいろんなパターンがあるんですよね、一番ひどい人はそうなると思います。
シラフのときの状態がひどくなっていくんです。酒がきれると眠れない、というのはよくある話ですけど、不眠と抑うつですね。抑うつっていうのは要するに憂鬱になるということですけど。
「最近は飲みすぎだから明日は抜こうかな」と思っていると、午後3時を過ぎたころになんとなく虚無感みたいなものが襲ってきて。「あー、空が低い」「空が低いから悪魔が降りてきそうだ」とか、そういう感じがしてくるんですよ。それで「死のうかな」とか思うんです。マジでそう思う。そして、「でも死ぬくらいだったら飲もうか」と。
仲野 (笑)。そら、死ぬより飲んだほうがマシですよね。
小田嶋 お酒が脳をコントロールしていると言っても過言ではないんですけどね。
(写真)小田嶋隆さん
シラフのときは猛烈に憂鬱で、無気力だった
小田嶋 私はずーっと長い間、夕方になると独特の憂鬱感があって。なんていうんだろう・・・なんともいえない虚無感がくるんですよ。「4月の風は自分の心の中に吹いてくる」みたいな気持ちを持つんです。そして「こういう風が吹くっていうことは、俺は人並みはずれて感受性が豊かなのか、猛烈頭がいいからなんだ」と。
仲野 どっちにしてもレベル高いです。
小田嶋 お酒をやめて1年くらいして、酒を絶ってからの離脱症状がなくなると、あの種の意味のない、理由のない憂鬱というのは自分の人生の中から消え去ったんです。
ということは、あの憂鬱は俺の頭がいいからじゃなくて、酒がきれたときの離脱症状だったんだということに気がついたんですけど、それはすごく大きな発見で。「あぁ、そうか。じゃあ酒がきれたときのあの気分から俺は解放されたんだ」と思ったときに、はじめてやめる方向に強く足を踏み出す気持ちになれた気がしています。
仲野 それが1年くらい経ってからですか。
小田嶋 そう。それまで、あの気持ちは離脱症状だったんだということに全然気づかなかったんです。
だから、私はずっと20代の後半くらいからシラフのときは猛烈に憂鬱だったんですよ。憂鬱かつ、無気力だった。たとえば「お前そんなことやってると長生きできないよ」とか言われたりしても「上等じゃねぇか」と思ってましたね。「早死に上等じゃねぇか」って。
酒を飲んで泥酔しているときはよくわからない人でしょ。自分が多少ともまともな、原稿を書ける状態の人間だったのは、飲んで30分から3時間後までの2時間半くらい。酔いが回っちゃって頭がどうかしちゃう前の、若干ほろ酔い気分の、ややハイで少し気持ちが落ち着いている期間。
仲野 冷めてしまうともうすぐに抑うつで・・・。それって、めっちゃインターバルが短いですね。
小田嶋 そう。それがだんだん短くなるっていうのが、アル中という病気だと医者からは忠告されましたね。
(写真)仲野徹先生
客観視するのになんだかんだ20年かかっている
仲野 アル中って「否認の病」で、自分はアル中じゃないと否定するから、辛いということも認識できないんですかね。聞いていると、「辛いんやったら酒やめたらええやないか」と思ってしまいますけど。
小田嶋 いや、酒がないのが辛いとか自分では自覚してないんです。「人生そのものが辛い」と思っていて。だからあの憂鬱を酒のせいだと思ったのは、酒をやめて1年が経って、「あぁ、そういえば、ああいう憂鬱って俺の中からなくなったな」ということに気がついてからです。
仲野 そうやったんですか。これ読んでたら、アル中になっていく過程も客観的に描かれてるから・・・。
小田嶋 いや、それはちがうんです。私は客観視するのになんだかんだ20年かかっているみたいなところもあって。
もともと自分がアル中になった頃に、「小田嶋さん、ぜったいマズイですよ。医者に行ってください」と散々言ってくれていた編集者がいるんですが、10年後に「そろそろ本を書きませんか?」と言ってくれて。「それもいいですね」と言ったんですけど、ちょっと書くともう嫌な気持ちになって書けなかった。
それでまた5年くらい経った頃、ミシマ社の三島さんが声をかけてくださった。それでも結局、この本も5年くらいかかってるんです。
仲野 そうやったんですかぁ。
小田嶋 2つくらい短い文章を書いて、それをまたずっと放置していて。「しょうがないから、テープ起こしにしましょう」ということになって。そうして話してテープ起こしをしたものに、手を入れた感じです。
仲野 あー、そうでしたか。いつもの小田嶋さんのコラムとかとちょっと違いますよね。
小田嶋 そうなんです。文体がわりとわかりやすいと思います。これはすごく素直に書いてる。
仲野 僕、意図的に軽やかに書かれたんかなと思ってました。
小田嶋 これは、聞かれた質問に対して答えてるからですね。文章って実は自分の内面を掘り出していく作業なんですけど、自分で自分の内面を掘る作業って、都合のいいところしか掘らないというところがあるんですよ。
仲野 自分かわいさというか、ここはえぐられたくないというところは避けると。
小田嶋 だから「俺って偉い」というところばかり掘っていく感じの文章になるんですけど、三島さんは容赦なく「どうなんですか?」と。ニコニコしながら、けっこうひどいこと聞くんですよ(笑)。それに対して苦労して説明したのが元になったから、自分では掘れなかった部分を掘れたということあると思うんです。
仲野 そうだったんですか。本の成り立ちや客観性がよくわかりました。
プロフィール
小田嶋 隆(おだじま・たかし)
1956年東京赤羽生まれ。幼稚園中退。早稲田大学卒業。一年足らずの食品メーカー営業マンを経て、テクニカルライターの草分けとなる。国内では稀有となったコラムニストの一人。著書に『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)、『ポエムに万歳!』(新潮文庫)、『地雷を踏む勇気』(技術評論社)、『超・反知性主義入門』(日経BP社)、『ザ・コラム』(晶文社)など多数。
仲野 徹(なかの・とおる)
1957年大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。3年間、内科医として勤務の後、真面目な基礎医学研究者の道に。ドイツ留学などを経て、1995年から大阪大学教授。希少価値を求めて、お笑い系生命科学研究者の道を真摯に歩んでいる。著書に、『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル)、専門分野で、一般には難解と不評の『エピジェネティクス』(岩波新書)、そして現在絶賛発売中の『こわいもの知らずの病理学』(晶文社)など。3月生まれなので、小田嶋さんとは同学年です。