第11回
フカフカの土が世界を救う!? 学校では教えてくれない「土」のはなし(1)
2019.04.12更新
なんだか当たり前に足元にあって、地味で、取り立てて興味を持つこともない・・・そんな存在「土」。農業でもやっていない限り、特に「土」について考えたり、学んだりする機会もないかもしれません。
『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台』でお百姓さんを取材したり、発酵について取材したりしてきたミシマ社ですが、ご多分に漏れず土についてはほとんど知らないことばかり。
そんななかで、ある著者さんから興味深いを話を聞きました。
「農家さんを訪ねたときに、フカフカのお布団みたいな畑の土があって、寝転んでみたらめちゃくちゃ気持ちよかった」
そんな土があったら、ぼくも寝てみたい・・・!!
俄然、土に興味が湧いてきたミシマ社メンバーが偶然にも出会ったのが、藤井一至先生の『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社新書)という本。
読んで一気に「土」の世界に引き込まれてしまいました。
せっかくお庭もあるのだから、土についてもっと勉強して、「フカフカの土」を自分たちでつくれないか?
そんな妄想にも似た夢を抱きつつ、まずは土についてのアレコレを藤井先生に教えてもらおう! ということでお話をうかがってまいりました。
ここに、ミシマ社と「土との共生」の第一歩がはじまる!?
(文・池畑索季、写真・須賀紘也)
学校では教えてくれない「土のはなし」
―― 『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』を読みました。文章がめちゃくちゃ面白くて、一気読みでした! まず、土(土壌)は地球にしかないという話があって、ガツンと衝撃を受けました。
藤井 月や火星には、岩や砂(レゴリス)しかないんですよね。土(土壌)には動植物の死骸が混ざっているけど、レゴリスにはそれがない。
そもそも学校で土について教わる機会がないですよね。だから講演するときは、小学生相手でも、大学生や大人相手でも、同じスライドを使います。みんな情報ゼロからスタートなんです。
藤井一至(ふじいかずみち)
土の研究者。国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。
1981年富山県生まれ。京都大学農学研究科博士課程修了。博士(農学)。
京都大学研究員、日本学術振興会特別研究員を経て、現職。カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究している。
第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。
著書に『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社新書)、『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』 (山と溪谷社)など。
―― 本当に知らないことだらけですよね。藤井先生がそもそも土に興味を持ったきっかけはなんだったんですか?
藤井 僕が高校生だったころに、中国の人口増加で世界的に食糧不足になるという話がニュースで流れて、食糧問題を意識するようになりました。あと、ナウシカとかラピュタに土が出てきますよね。宮崎映画はなんであんなに土をクローズアップしてくれるんだろうと思うぐらいに。僕だけじゃなく、あれで土に興味を持ったという人は結構いると思います。「あ、土って大事なんだ」と。
元々子どもの頃から岩が好きでした。それがだんだんと、土と岩がこんなに違うのはどうしてだろうという興味になっていって。似ても似つかないものに変わっていくことに対する興味ですね。それからちょっと打算的な部分もあって、岩の知識がある分、土を理解するのに有利じゃないかという・・・(笑)
―― アドバンテージですね(笑)
藤井 大学に入ってからは、もうちょっと技術的なことに興味が湧いてきました。
中国の西の乾燥地帯にあるアルカリ性の土壌は、塩が噴き出した土で植物が育たないという問題がある。じゃあどうすれば育つようになるか?
元々中国では、燃料に石炭をいっぱい使うんですけど、そこで不純物の硫黄が余ってゴミに出ます。ゴミは、カルシウムと硫黄をくっつけた、いわゆる石膏です。その余った石膏を西の乾燥地へ持っていくと、ナトリウムの塩でいっぱいの土にカルシウムが混ざって、土がすごく良くなって作物が育つんです。その話を聞いた時、「おお、すごい! 土を改良するって素晴らしいことだな・・・ほう、土壌学というのがあるのか」と。だから最初は食糧問題をなんとかしようと思っていたんです。それで研究室に入ったんですけど、いざ入ってみたら「中国とか乾燥地は、うちではやっていない」と言われてしまって・・・。
―― それはショック・・・。
藤井 大学の時、森林のことなんかも勉強していたんですけど、木の名前は全然覚えられなかったので、木だけはやりたくないと思っていたんです。でもなぜか吉田山という裏山の森林について研究することになってしまって・・・まあ自分で選んだんですけど(笑)
困った酸性土壌の犯人は・・・
藤井 結局そんなに選択肢がなくて、裏山の森の土の成り立ちとかを研究することになった。しかもやってみると、そこは元々やりたかったアルカリ土壌じゃなくて、酸性土壌だった。
―― 全然思った通りに進まないのですね。
藤井 でも実は酸性土壌というのも結構世界中にあるんですね。アルカリ土壌の地域って雨が元々少ないので、灌漑でもしないとあまり作物が育たないんですけど、日本みたいに雨が多いところは水が豊富でいっぱい作物が育つんです。だから農業では、むしろ雨がいっぱい降る地域のほうが大事なんですけど、雨が降ってしまうと、今度は土が酸性になってしまい、だんだんと収穫量が落ちていきます。それで酸性土壌も結構問題だと思って。どういうふうに酸性になるのか、どうしたら酸性になるのを遅くできるのか、というような研究をずっとやってきて、それをまとめたのがこの本(『大地の五億年 せめぎ合う土と生き物たち』(ヤマケイ新書))です。
―― 本の中で、土を酸性にする犯人が、実は植物自身だと書いてあって驚きました。
藤井 そうそう。でももっと言うと、やっぱり究極の原因は人間なんですね。僕たちは畑から取ってきたものを食べて、それをトイレに流してしまっていますよね。つまり畑に返していない。僕たちは食べたものから、カルシウムとか、いろんな生活に必要な栄養素を取り入れているんですけど、それを畑に返していないということは、それだけ畑から養分が失われているということです。僕たち自身が畑から栄養分を奪っているんです。
養分をなんらかの形で返してあげないと、どんどん土が弱っていくという現実がある。結局自分たちが原因なんだ。植物や、人間、動物が、お前が畑を酸性にしているんだ、と。それって面白いことだなあと思って。
文明は土壌に始まり土壌に終わる
藤井 森の土って酸性なんですけど、植物からしたらダメなことじゃないんです。木だったら大丈夫。そこでトウモロコシを育てようとしたら枯れてしまうけど、日本の在来の品種というのは実は酸性土壌に強いことが多いんですよ。
でももし仮に、世界的に農業をどんどん単純化していこうということになると、日本の酸性に強いタネが、だんだん捨てられていく可能性もあります。昔はみんな好き勝手にいろんな植物を育てていたのに。
もちろん効率化も大事なんですけど、これまでやってきた農業は、そこの気候とか、土に対応するものだったりするので、伝統農業も残ればいいなあと思うんです。グローバル化の中でも「そもそも土が違う」「気候だって違う」ということを忘れないでほしいなと。結構忘れるんですよ、人間って、ある程度のサイクルで。
たとえば、メソポタミア文明というすごい文明があって、建物の遺跡だけはありますけど、なぜ廃墟になったかについては、みんなあまり知らない。それが『土の文明史』(デイビッド・モントゴメリー/著、片岡夏実/訳、築地書館)という本では、メソポタミア文明は土壌の侵食で終わってしまったと書かれているんですね。そしてそれは乾燥地の農業に依存している今の自分たちにも当てはまる話なんです。
文明崩壊は食卓から?
藤井 実は僕たちは小麦を乾燥地域から輸入しているのですが、そこではあまり雨が降らないのに、バンバン小麦を育てています。それは地下水を汲み上げて、撒いているおかげなので、一歩間違うと地面に塩分が集積してしまって、不毛の地になってしまうんですね。メソポタミア文明が土壌侵食で滅んだのと、同じ轍を踏むかもしれない。
実際そういうリスクが高い場所に依存している状態はあんまり良くなくて、輸入小麦のパンを食べ続けていると結果的に、乾燥地にプレッシャーをかけていることになるんです。食卓やスーパーマーケットでの選択から、土壌侵食の問題ははじまっているはずなんですけど、あんまり実感として繋がってこないですよね。学校の社会科の授業で、「自給率が何パーセント」って覚えろとは言われるけど。
もっとそういう意味でも、みんな土とのつながりを知っているといいかなとてほしいと思うんですけど、あんまり言うと説教じみた感じになっちゃう。
一同 (笑)
藤井 そこは僕も考えていて。僕の本をよかったって言ってくれる人に、「他の土の本は説教じみていてねえ」なんてよく言われたりするんですけど、「あっ、でも僕も中身はまったく同じです」「思っていることは同じで、表現を変えているだけなんです」というところがあって(笑)。土のことをもうちょっと理解してほしいなという気持ちが大元にはあるんです。
(つづく)
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