第24回
『脱・筋トレ思考』が発刊しました!
2019.08.29更新
こんにちは。今日もミシマガジンに訪れてくださり、ありがとうございます。
本日8/29(木)、『脱・筋トレ思考』が発売日を迎えます。
著者は、元ラグビー日本代表、現在は神戸親和女子大学教授でスポーツ教育学や身体論を専門に研究をされている平尾剛さん。「みんなのミシマガジン」での人気連載「近くて遠いこの身体」「脱・筋トレ主義」に加筆修正を加え、このたび一冊の本が完成しました。
装丁は、BOOTLEGの尾原史和さんにお願いしました。これまで尾原さんは『うしろめたさの人類学』や『すごい論語』などの装丁も手がけてくださっています。
さて、ここでかなりいきなりですが、クイズです。
今回の本の著者である平尾さん、装丁の尾原さん、そしてミシマ社代表三島にはある共通点があります。
①全員、1985年生まれ
②全員、1975年生まれ
③全員、1995年生まれ
・・・いずれにしろ、同じ年齢の3人による本が出来上がりました。(答えは本書著者プロフィール欄にて!)
気を取り直して本書は、スポーツの場面に限らず、教育や仕事、日常生活においてもじわじわと浸透する「筋トレ主義」(=勝利至上主義、商業主義、過度な競争主義)に警鐘を鳴らす一冊。指導者、教育関係者、そしてスポーツをする人もしない人も、ぜひ読んでいただきたいです。
本日のミシマガでは、『脱・筋トレ思考』より「まえがき」を公開いたします。
(ミシマガ編集部)
『脱・筋トレ思考』まえがき
平尾剛
現代スポーツには勝利至上主義や商業主義、過度な競争主義がはびこっている。勝利、カネ、ランキング上位といった、目に見えてわかりやすい目的を掲げ、それに向けてシンプルな 方法で解決を図る考え方を、本書では「筋トレ主義」と呼ぶ。筋肉さえつければパフォーマンスは高まるという単純思考が、スポーツ界でまことしやかに広がりつつあることに、私は一抹の不安を感じている。
動きを身につける、あるいは動きをより精妙にしてゆくために筋力が大切なことは、元ラグビー選手だからよくわかる。だが、ことはそう単純ではない。スポーツ界を見渡してみれば、それほど筋力がなくとも高度なパフォーマンスを発揮する選手はざらにいる。小柄ながら力強いプレーを披露する選手のパフォーマンスは、けっして筋力だけで測ることができない。つまり筋力以外のなにかが、そこには確実に関与している。
彼らのハイパフォーマンスを支えるものとは、いったいなんなのだろう。
この問いから思考は深まり、複雑になってゆく。生まれながらの運動神経か、それとも意欲や精神力などの心理的な側面、あるいはその人特有の身体感覚が為せる業なのかと、あらゆる角度から思索を重ねなければ答えには辿り着けない。
思考の軌跡がいくつも折り重なるなかでようやく見えてくるもの、それがハイパフォーマンスを支えるものである。からだにまつわる現象は、単純思考で一刀両断にできるほどシンプルではない。だからこそ、あらゆる角度からの思索を同時並行的に繰り返す思考の仕方が求められる。こうした問いを、一刀両断に解決しようとする「筋トレ主義」では、求める答えに辿り着くことはできない。
これはなにもスポーツだけにかぎらない。
たとえば教育の現場がそうである。
児童や生徒、学生の成熟こそが本来の目的であるはずなのに、試験の成績というわかりやすい指標でそれを測ろうとする風潮ができつつある。ある自治体の首長は小中学校で学業成績を教員の人事評価やボーナスの参考にするという構想を打ち出した。そもそも学校は、そこに通う子ども一人一人が市民的成熟を果たす場としてある。さまざまな科目を学ぶことを通じて子どもたちは「おとな」になってゆく。それを支えるのが教師の仕事であり、教育であるはずなのに、いつしか学業成績に過度に重きを置いて教育効果を評価する目が生まれてしまった。教育に携わる立場からすると目を覆うばかりである。
この学業成績を営業成績に置き換えると、一般企業でも同じような事態が進行しているといえる。数年前に大学を卒業し、とあるスポーツジムに就職したゼミ生が、会員の勧誘にノルマが課せられ、その数字だけを見て叱咤されることに嫌気が差してわずか三カ月で退職を決めたと聞かされた。仕事内容ではなく数字の推移だけで評価されるそのシステムに耐えられなくなったのだという。ここにもまた「筋トレ主義」という単純思考が幅を利かせている。
本書は、スポーツ界のみならずいつしか社会全体にまで広がり、知らず識らずのうちに内面化しつつある、この「筋トレ主義」を乗り越えるための思索である。複雑に絡み合った現象を、その複雑さを損なわないように根気強く紐解いてゆく思考を「脱・筋トレ思考」と名付け、その道筋を描いてみた。スポーツに関わる人でなくとも、自身の身近な問題に引きつけて、ぜひ最後まで読んでみてほしい。
ここまで読んで本書の内容が気になった方、ぜひ、お近くの本屋さんでお手にとってみてください。ミシマ社のオンラインショップ「ミシマ社の本屋さんショップ」でもお買い求めいただけます。