第41回
「人生最初の小説を書き終えて」『最初の晩餐』常盤司郎さんインタビュー
2020.04.09更新
3月20日、ミシマ社史上初めて、小説を刊行しました。
ちいさいミシマ社の4冊目『最初の晩餐』です。お通夜の食事が思い出を呼び起こし、バラバラになっていた家族が、もう一度家族になっていく物語です。読んでいると、思わず自分の家族について思いを馳せてしまいます。
構想から7年掛けてつくりあげた映画『最初の晩餐』を、監督の常盤司郎さんが自ら小説化したこの一冊。
普段は映画の監督をされている常盤さんにとっても、人生で初めて書かれた小説となりました。小説と映画の脚本はどう違うのか? 物語の着想はどこから得ているのか? をうかがいました。
そして、お互い小説に初めて挑戦することになった、常盤さんと編集・ホシノの制作秘話をお届けします。
※常盤さんが映画『最初の晩餐』についてお話しされたインタビュー記事はこちら
(聞き手:星野友里 構成・写真:須賀紘也)
小説の人称は映画のカメラアングルに似ている
ーーこれまで映画監督として作品を撮られてきた常盤さんが、今回は初めて小説を書かれました。映画の脚本を書くことと、小説を書くことではどこが一番違いましたか?
常盤 ホシノさんがいるかいないかです。
一同 (笑)
常盤 それは冗談ですけど(笑)。脚本と小説の大きな違いの一つに、心情描写の有無があります。脚本は目に見えるものしか書いてはいけないので、心情描写を書き込めない。たとえば、「彼女は赤いバラが好きだ」という文章を映像で表現するのはすごく難しい。彼女が微笑んでいる横顔を撮って、そのあと彼女の見ているバラを撮ってみても、それで「彼女はバラが好き」ということにはならないんです。工夫してそう見せるというのが、脚本の難しさかなと思います。
小説は、逆に文字でいろいろなことが、それこそ心情までも無限に表現できるのですが、だからこそ選択肢が多くて難しいというところもある。それに、そもそも文字だけで"完成された作品"にしなければいけないということが難しかったです。文字のなかだけで、映画でいう脚本・撮影・演出をすべて行わなければならないというのが小説であると感じました。
ーー『最初の晩餐』は、常盤監督の文体、リズムがでている小説だと思います。それは最初に原稿をいただいたときから、こうやって本になるまで一貫して変わらなかったと思うんですけど、書き始めてすぐに迷うことなく、書き進めることができましたか?
常盤 書きながら最初に悩んだのが、「人称をどうするか」ということでした。「このシーンは誰の目線で書けばいいのか?」をずっと考えていました。
ーー 人称は、最後まで苦しみぬいたポイントでしたね・・・。
常盤 ほんとうに七転八倒しましたね(笑)
ーー今うかがっていて思ったんですけど、映画で人称にあたるような、「誰目線」ということはどうやって表現しているんですか?
常盤 カメラを向ける回数やアップにする回数が多いかとか、そういうことで、誰が主人公なのかを分からせていきますし、それらを駆使して、感情移入を導いていく。それが「人称」にあたることなのかなと思いますね。
「家族」について、大きな問いかけをしました
ーー 常盤監督が物語の着想を得るのは、ご自身の体験を通してですか? それとも、「こういう感情を描いてみよう」というような抽象的なものからですか?
常盤 自分の体験は大きく関係していると思います。もちろんそのまま使うことはないのですが(笑)。ただ、もし自分が完全に満たされていたら、物語を書くことはできないのかなとは思います。やはり怒りを覚えたり、すごく悲しい思いをすることがまったくないのであれば、物語を書く必要がないのではないでしょうか。
ーーそれでは、日常生活のなかで「怒り」「悲しみ」のような、ネガティブな感情も、チャンスと前向きに捉えるような感覚でしょうか?
常盤 いやいや、傷ついたときは本当に傷ついていますよ(笑)。だから僕は、分析的に物語を書くタイプではなく、自分の感情から汲み上げていくタイプだと思います。過去に体験した感情が、ストーリーに混ざり込んでいたり、登場人物の中に宿っていたり、もしくは物語の根っこ自体がそういうものであるときもあります。
『最初の晩餐』でいうと、映画を作る際にプロデューサーからステップファミリーというお題が投げかけられて、そのお題に自分の父親の葬式のときに感じた気持ちが化学反応を起こして、ああいう物語の基盤ができたということだと思います。
ーー 常盤さんは『最初の晩餐』という物語に、映画では7年掛かりで、その後に小説でも向き合われました。次は何をされるかというイメージはすでにありますか?
常盤 うーん、ぼんやりとはあるんですけど・・・。でも「家族」というテーマは当分やらないでしょうね(笑)。『最初の晩餐』という物語を書き進めるなかで、「家族って何?」という壮大な問いかけを行うことになりましたので、もうそれ以上の問いを投げかけることができるかというと、今すぐには難しいなと思います。
ホシノさん、しつこいなー
ーー『最初の晩餐』の原稿についてやりとりするなかで、根源的なところから「小説とはなんぞや」というのを発見していった感じでしたね。どうやらあんまり「......」は使わないらしいとか。
常盤 小説はここ(下の写真参照)から始まるモノがほとんどらしいぞ、とか。
『最初の晩餐』の本文最初のページ:左ページから始まっている
常盤 ホシノさんは編集のどこが難しかったですか?
ーー 常盤さんと原稿に赤字をいれてやりとりするなかで、「それは(一般論というよりは)ホシノさんの好みですよね?」とか「ホシノさんの感覚ですよね」と聞かれることがありました。思えば小説を読んでいるときは「なんとなくここにこの言葉があるということが引っかかる」という、単語の選び方や配置について気になることが、人文書とかエッセイのような他のジャンルの文章を編集している時よりも多かったです。
引っかかったのに言わないのも嫌だなと思っていたのですが、「好みですよね?」と聞かれると、「たしかにただの好みなのかも・・・」と、自分のなかでもわからなくなっていきました。
常盤 映画の編集でも、「このシーンはテンポよくカメラの視点を切り替えよう」「このシーンはワンカットで一つの視点で長回ししよう」というのは、最終的にはやっぱり好みだったりするんですよね(笑)。
ーーいい意味での力の抜き方がわからず、全身にムダな力みをみなぎらせて走り抜けた感じでした。
常盤 なにせ著者も編集者も小説をつくるのは、初めてでしたから、非常に貴重な体験でした。かなり難産だったので、この作品を作ったことは一生忘れないと思いますよ。今の力でやれることは、全てやりきったはずなので。「ホシノさん、しつこいなー」と思ったこともありましたが。
一同 (笑)
常盤 もちろんそれはいい意味です(笑)。サラッとつくってもロクなものにはならないですから。映画でも、ヒリヒリしたシーンの撮影で、俳優さんに「もう一回」とはかなり言いづらい。でも「なにか気持ちが悪い。引っかかる」というのを、そこで流してしまう人は、監督には向いていないのかもしれないと思っています。それと同じで書籍を編集者される方も言いにくいことを言わなければいけない、大変な仕事だと思いましたね。だから本にホシノさんの名前が載らないと聞いた時は驚きました。映画だとスタッフの名前がエンドロールで流れますから。だから脚本と小説の違いは、ホシノさんがいるかいないかですね(笑)。
ーーうまく締まりましたね(笑)。
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