珍しい日々 〜「ダンス・イン・ザ・ファーム」刊行に寄せて〜
2021.03.18更新
この文章のタイトルは、「水中、それは苦しい」という3人組のバンドのボーカル、ジョニー大蔵大臣という人が昨年僕に送ってくれた言葉からとった。昨年ニューアルバム「ゆりかごから保育園まで」が出るというので、通販で注文したら、直筆のこの言葉の紙が入っていた。CDを通販した人はみんなこの言葉なのかと思ったら、どうもそれぞれ違っているらしかった。ジョニーさんはタイトルやら歌詞やら、奇妙で絶妙な言葉選びにずっと命を懸けている人だから、だろうか。
妙にひっかかったので、ずっと机の前の壁に貼っていて、毎日この紙と目が合っている。
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4か月前に、わが家へヤギを迎え、飼い始めた。名前を「こむぎ」という。「トカラヤギ」という鹿児島の諸島出身の小型のヤギで、家のすぐ横にエリアを作ってそこに住んでいる。さっきの机、向かって右手。窓の外にそのエリアがあって「めえ~」といってサッシに足を乗っけて顔をのぞかせてくる。窓に顔をぶつけながら。
草食動物の彼女は、僕が植えたオリーブなどの苗木をかたっぱしから食べていってことごとく禿げてしまった。苗木の中には神様と仏様に供えるための榊(サカキ)、樒(シキミ)もあった。育つのに大変な時間がかかるのに。めえ。ヒドイ。
シキミは僧侶の作法で使うものでもあり、また独特の芳香があって、毒を持つのだけれども、それにも関わらず食べていく。食べた後、ヤギの口の中から、ほわーんとお寺の匂いが漏れてくる。めえ。やめなさいよ。
オリーブもキリスト教などで使うものと聞いており、榊は神社では欠かせないものだ。
あるとき、この子は「神かなんかなんだ」と思えてきて、そうしたら「どんどん食べてください」という気持ちになってきた。
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この日々のなかで、初めて「本を書く」という機会をいただいた。もとになったのは、このwebマガジンで連載させてきてもらった文章と、ミシマ社の雑誌「ちゃぶ台」のコラム。そして、それらを書く前に記していた、ベビー雑誌「tocotoco」でのリレー連載で、周防大島に移ってから書いてきたものだ。でも、本になるとは思っていなかった。
思えばひょんなことの連続だ。
「本にしましょう」、そう声をかけてくださったミシマ社との出会い、帯文を書いてくださった森田真生さんとの出会い、きっかけとなる内田樹さんとの出会い。さらにそこまでの、一つ一つの出来事が、根を生やしていって形になってくれたのがこの本、ということに驚き続けている。
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中身はぜひ本文で、というところなのだけど、本の作りについて紹介させてください。
この本は、何を隠そう、異例のデザインが施されているから。
本の装丁を担当してくれた、tento・漆原悠一さん。先述の、雑誌「ちゃぶ台」シリーズの6号から装丁を担当されている方で、昨年オンラインでの公開企画会議「ちゃぶ台編集室」という、ミシマ社の真骨頂シリーズの4回目で拝見して、お会いしている気分になっていた。
その画面越しに、ちゃぶ台のデザインの「過程」を惜しみなく優しく伝えてくれる様が心に残っていた。そして、ぜひ、とお願いすることに。
すると、この本の想像を遥かに超える見事さで仕上げてくれた。というのも・・・
文章の加筆修正が進んでいた2021年1月。編集部経由で漆原さんから表紙について「イラストをあしらいたい」旨の提案があった。この時、僕はしばらく考えて、本当にふと、このことを思いついてしまった。
「ティムカーにお願いできたら最高かも・・・」
Tim Kerrさん。Big Boys他、たくさんのバンドのギタリスト、そして数え切れないほどの国内外のバンドのプロデュースもしてきた人で、画家、写真家。
僕は10代後半の時期、バンド界隈のお兄さん的存在の人たちが口々にBig Boysの話をしていたのでCD屋で探して聴いて、大好きになった。移動中に聴くための編集カセットテープに曲を頻繁に入れていたし、当時やっていたバンドのライブで何度もカバーした。ライブを通じて友達になったJoshという友達が、TimのPOISON 13 というバンドを教えてくれて、海賊版のTシャツを作ってくれた。プリントが剥げるまでそれを着た。部屋の一番いい場所にはポスターを貼った。
なぜ大好きになったかというと、パンクをベースにいろんな音楽をクロスオーバーした先駆者の一人、とりわけファンクやブルース、ガレージをパンクの上で鳴らしていたから。
「ダンス」にぴったり、だと思った。
Timの作品の展示を日本で行ってきているHENRY HAUZさんの紹介文が胸踊る。
1999年、彼のバンドLORD HIGH FIXERSと親交の深い静岡のバンドestrella 20/20の対談記事(「DOLL」 9月号)ではこんなことが書いてある。
「レコードにYoung Lions Conspiracyってライオンのロゴが入っているじゃないですか。あれってどういう意味なんですか?」
「何かを自分でやってみようっていう前向きな考え方を持つってことだね。(中略)自分の信念、本心を持って、経験を積んでいくことだね。そうやって自分の生き方、音楽に対して接することが出来るようになれば、その人はヤング・ライオンってことだよ」
20歳の僕はこの頃インタビューを毎日トイレで読んでは、吸収した。
またその後、彼のバンドNOW TIME DELEGATIONが来日公演をすることになり、当時僕とJoshたちで組んでいたバンドSTDが共演するという話になった。
「すごい・・・」
僕は憧れの人との共演のオファーに天にも昇りそうだった。ところが、来日直前でその公演はキャンセルになってしまった。Timがスケボーをしていて転倒、骨折してしまったという。
彼はスケーターでもある。「VHSMAG」のインタビュー記事(2020年3月)ではこんな応答がある。素敵な言葉が散りばめられているから、ぜひ読んでみて欲しい。
「あなたにとってスケートとは」
「空気のような存在。息をするのと同じ。ただ自然にやっているもの。アート、音楽、スケート、サーフィン...どれもそうだと思う」
SNSのプロフィールもかっこいい。
Take photos Do art Play music BREATHE
make art, play music, take photos, breathe
やりたいことをやる。呼吸しているんだ。そういう生き方に勇気をもらう。Tim Kerrさんは先日の3月11日で65歳になったばかりだ。かっこいい。
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イラストを描いてもらえたら最高。でも、世界はもう以前のようではなく、それぞれの地域で様子は違う。本自体、日本の「本」は右から左にめくっていくのが一般的だけど、海外の「Book」は左から右。縦書き、横書きの文章の違いから来ているのだろう。
かくして、全く得意でない英語に思いの丈を書いて、先述のJoshの力を借りて届けた。彼はTimと旧知の仲だったからだ。ミシマ社の出版全体を見渡す特別なあり方も、きっとTimさんに響くだろうと直感して、三島邦弘さんに思いを書いてもらった。
ドキドキした数日。そして、想像以上の優しいレスポンスでTimさんは快諾してくれ、もうこれ以上ないというイラストを描き上げてくれた。それが今回の装画だ。
この最高な絵が、本となって日本の書店に並ぶために。その試行錯誤が次の大変なチャレンジになったのだけど、そこで濃縮した時間の中から、漆原さんとミシマ社のウルトラCが飛び出した。
通常、なかなかカバーを外して中まで見ない、「表紙」。よく単色で印刷されているそのカバーの中を、カラー印刷にしてのオリジナルイラストにしよう。というアイデアだった。
普通、そこをカラーにしてしまうと、本を刷れば刷るほどお金がかかってしまうんだそう。それは想像に難くない。だけど、この最高の絵をあしらった本を日本のお店に並べること、それを実現することを目指した、本全体で、生かし生かされ合う見事なアイデア。クロスオーバー、それは日本語にすると「習合」ということになるのかもしれない。
ただ自然にやって、呼吸する。そういう感じが、奇跡的にこの本の佇まいになった。
日本語版、オリジナル版、カバーをつけたり外したりして、思い思いに本の手触りを楽しんでいただけたらとても嬉しいです。
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帯コメントを森田さんが書いて、それをミシマさんが送ってくれた晩。
僕はその文章の前でしばらく固まって、泣き崩れてしまった。
「なんでこんなにわかるんだろう」
森田さんと出会ったのはこの数年だけど、まるで、生まれた時から僕のことを知ってくれているように思った。理解してくれる、ということは、救いになるんだと感じた。魂に刺さり、気の済むまで泣いた。
森田さんには、数年前にミシマ社から出た、「みんなのミシマガジン×森田真生0号」という、ライブ会場で販売がメインで、バーコードもつけない。そういう出版方法にも感銘を受けたし、何よりこの本の装丁にも驚いた。詳しくは手に取っていただけたら、と思うのだけど、この本の担当したファッションデザイナーの山縣良和さんの装画がミシマ社に届いた日、その現場に僕はちょうど居合わせていた。
それは、装画と言っても絵ではなく生きた「植物」という事件だった。その作品を生かすために、水をやる仕事を担うミシマ社メンバーを目の前で見て、衝撃を受けた。そして、それは後に見事な本になった。その気持ちを抱えたまま島に帰った。
今回の僕の本のことでも、きっと潜在意識にこの出来事も入っていたのだと思う。
今、Tim Kerrさんと森田真生さんが本の中で共演しているさまに、心が震えている。
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ヤギのこむぎがイラストにあしらわれている。
イラストの中身については、僕は何もリクエストしていなかったのでお任せだった。周防大島での暮らしがイメージできる写真をTimさんに数十枚送っただけだったのだけど、その絵に選んでくれたヤギ「こむぎ」。僕は、描かれているのが人間だけでないこのイラストが、本当にいいなと思った。そして、生後4ヶ月で最高のアーティストの手で表紙デビューしたヤギ。彼女もやはりただモノではないな、と思った。
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本の執筆が大詰めを迎えていた時。
原稿をどうしても今日中に東京に送らなければいけない、というタイミングで書き終わるや否や、焦って集配所まで持って行くと、大きなトラックが島外に向けて出て10分経った後だった。自分の情けなさと、どうしようもない気持ちとで集配所で途方に暮れた。
すると、そのY運輸の方が、
「トラック追いかけますんで、預かります」
と言って高速道路のゲートへ向けて出発してしまった。悪いので僕が行きますよ、と言っても、遮るように「大丈夫です」と。申し訳なさとありがたさでいっぱいになった。
話を聞かせてくれた人たち、相談に乗ってくれた人たち、印刷、製本、運送の方たち。お店。この本は、たくさんの人の力を借りでできている。そのことをずっと心に感じていきたい。
そして、手に取ってくださった皆さんが楽しんでくださるといいな、とドキドキしながら、気持ちも新たに、これからも周防大島で暮らしていくことにしている。
いろいろな人たちの気持ちが編み込まれたこの本。もし見かけたら、どうぞ手に取ってみてください。