第67回
『アンナの土星』にみつける、あの頃の私、いまの私
2021.05.05更新
今年2月に、益田ミリさんの小説『アンナの土星』が角川文庫から刊行されました。
『アンナの土星』は、2009年に上梓されたミリさん初の小説です。文庫版の発刊を記念して、ミシマ社メンバーとデッチ(大学生のお手伝いメンバー)がこの作品を読み、座談会を開きました!
『アンナの土星』の主人公アンナは中学2年生で、父、母、兄と4人で暮らしています。大学生のお兄ちゃんは大の宇宙好きで、家の屋上から望遠鏡で月や星を観測し、いつもアンナに「なあ、アン、冥王星のことなんだけど・・・」とか「月、見ていかないか」と話しかけます。
学校や家庭を舞台にしたアンナの日常には、ちょっとした幸せも、なんとなく息苦しい人間関係も、全身で味わう悩みや喜びもあります。毎日の出来事は、お兄ちゃんがふと話してくれる宇宙の謎や奇跡と重なって見え、アンナは星空と地上のことを思いながら少しずつ成長していきます。
「こんな兄がいたら」「中学生の私も悩んでいたんだな」「大人になりたかった大人って、案外少ないのかも?」。・・・あの頃の自分やいまの自分とアンナを重ね合わせながら、みんなで話しました。
(中央が『アンナの土星』。ミシマ社から発刊の『今日の人生2』や『今日のガッちゃん』も大好評いただいています。
『今日のガッちゃん』は、『アンナの土星』の装画も担当された平澤一平さんとの共著です!)
こんなお兄ちゃんがほしい!
サトウ 私には姉がいるのですが、まさに中学生のとき、姉妹で宇宙の話にハマっていた時期があるんです(笑)。きょうだいと、家族のことでも友達のことでもなく、「宇宙」という生活と一見関係のない話をする時間は、いま振り返ると楽しかったし必要なものだったと思います。
アンナは兄の話を聞きながら、中学校のクラスメイトがグループに分かれている様子を「銀河系」になぞらえますよね。「中学校は空気が薄い気がする。(...)そして、私たちは、密封されたペットボトルのなかで細分化されている」(p.32)。「宇宙にはたくさんの銀河系があるみたいだけど、教室のなかに存在する、マリとリカの銀河系は、わたしとみずほの銀河系とは別なのだった」(p.36)。
「家族」とか「友達」とか、自分が所属する場所どうしも、それぞれ銀河のように質が違うと思います。なかでもお兄ちゃんの存在は、アンナにとって特別なものですよね。
スミ お兄ちゃんは宇宙の話ばかりしていますが、それによって家族の関係をいい意味でずらしてくれていますよね。宇宙の話を他愛なくできることで、家族みんながどこか救われています。それは、アンナが学校のしがらみをすこし忘れられる時間でもあります。
サカイ お兄ちゃんは超宇宙オタクだけど、その世界に一人で閉じこもっているわけではありません。宇宙の美しさを身近な誰かと共有したいという素朴な思いをもっていて素敵だと思いました。こんなお兄ちゃんがほしいです!
あの頃の気持ちは悩みだったんだよ
スミ この本はアンナの一人称で綴られています。中学時代の記憶が蘇るようなエピソードや瑞々しい感覚の描写であふれた本ですよね。
オカダ とくに私の印象に残ったのは、あるグループから仲間はずれにされちゃったノダッチという子に、アンナが「ばいばい」と声をかけるシーンです。アンナは下足室でノダッチを見かけたとき、靴紐をわざとゆっくり結び、ノダッチがそばまで来るのを待って、さりげなく「あ、ノダッチ、ばいばい」(p.57)と言います。
私も中学時代にこういう経験がありました。自分がいじめられるのが怖いから、仲間はずれにされた子に声をかけたり、自分のグループに誘ったりすることがなかなかできなかったんです。その一方で、「はい。プリントだよ」とか、ちょっとしたことで話しかけようとはしていたなと。正面から問題解決することは難しいかもしれないけど、何かを変えようともがいている。小学生でも高校生でもなく、中学生らしい葛藤が描かれていると思いました。
ヤマモト このときアンナはお兄ちゃんに「中学校は窮屈だ」と愚痴をこぼして、お兄ちゃんはこう言います。「そうなんだ、アン。窮屈なんだよ、窮屈に決まってる。だって、あんなに小さな建物の中にいるんだから。宇宙規模で見たら、びっくりするほど窮屈さ、中学校なんて」(p.51)。この言葉にアンナは嬉しくなるんですよね。「窮屈に決まってる、と、お兄ちゃんが言ってくれて嬉しかった。嬉しいと思ったことで、わたしは誰かにそう言って欲しかったのを知ったのだった」(p.51)。
私は中学の頃、ある銀河系に属すというよりも、いろんなグループのあいだを衛星みたいにうろうろしていました。特定の人と深く関わるのが苦手だったんです。アンナはみずほという子と二人組をつくっています。二人をみると、誰かとずっと一緒にいるほうが、悩みを悩みとしてはっきり捉えられる気がしました。私はこういう友人関係をあまり持たなかったので、この本を読むことで、中学生の自分が感じていた閉塞感も同じ悩みだったんだと思えました。「窮屈に決まってる」という言葉のように、私も「あの頃の気持ちは悩みだったんだよ」と言ってもらえたと感じて嬉しかったんです。
大人も子どもも同じように、苦しみ、胸をときめかせる
スミ みずほとアンナが学校帰りにドーナツ屋さんに通ったり、好きな人を携帯の写真に収めようとがんばったりする場面は、読むと懐かしさで胸がむずむずします。
私の心に残ったのは、そんなアンナとみずほの「終業式」の場面です。「新学期になれば、きっとわたしたちは違うクラスになってしまう。一年かけて縮めたみずほとの距離は、少しずつ遠ざかるのだ。そして、それぞれの新しい友達と、新しい銀河を作っていく。あの、小さな教室の中で。そういうことを、もう、なんとなくわかっている。だから、三月の終業式は、わたしとみずほの卒業式でもあるのだ」(pp.195-6)。すごく大人ですよね。関係の脆さに気づいてそれを受け入れながら、一緒にいることを心から楽しんでいる。私も、疎遠になってしまったたくさんの友人を思い出して、どうしてこうなっちゃったんだろうと考えることがあります。でもこれを読んで、あの友情はたしかにあったし、大切な思い出だと思っていいんだと感じました。
オオナリ この本は益田ミリさんのほかの作品と同様に、全体的に優しい印象があるけれど、アンナはちょっとえぐいことも考えていますよね。いじめをなくすために「いっそ先生が、友達と仲良くすることを禁止してくれればどんなにいいだろう」(p.46)と。あるいは、「これからの人生に、いいことなんか、なにひとつなくてもいい。そのかわり、嫌なことを、なにひとつわたしに与えないと約束して欲しい(...)泣かないで済むなら、もう、二度と笑わなくていいんだ」(p.156)。ふわふわとした雰囲気のなかに鋭い暗さが入ってくることがあって、その対比が印象的でした。
あと、これとは別なのですが、アンナの家にみずほが来たときに、はりきって喋りまくるお母さんが好きでした(笑)。「みずほちゃん、おばさんね、ずーっと、憧れてたの。ほら、娘のお友達にね、おやつを作って出してあげたりするの。アンとダイアナの世界みたいじゃない? ねぇ、みずほちゃん。おばさんね、『赤毛のアン』が大好きなのよ。読んだことある?(...)」(p.164)。アンナにとってはめんどくさいお母さんだけど、憎めないんですよね。
サカイ 大人も子どもも同じように、何かに胸をときめかせたり、苦しみを抱えたりしていると感じるシーンがたくさんありました。たとえば、お父さんは熱を出しているのに会社をなかなか休めない。アンナは学校を休んで看病したいなとは思うけど、部活の「地獄マラソン」をサボると白い目で見られてしまう。お母さんのほうは、パートで先日休みをもらったばかりなので、今日は午後まで出勤しないといけない・・・。子どもも大人も、それぞれの社会のなかでがんばらなきゃいけないんですよね。
ねぇ、その履歴書、私にくれない?
スガ お父さんが熱を出して寝ているシーンは心に残りました。ここでお父さんは「宇宙船ボイジャーには、宇宙人にメッセージを届けるためのレコードが搭載されていた」という話をしながら、「アンナ、面白いと思わないか? 大人なのにそんなことを考えるなんて」と言います。「大人になりたかった大人って、案外少ないんじゃないかってときどき思うんだよ。いつの間にか大人って呼ばれるようになっていて、結構みんなびっくりしてるんじゃないかなぁ」(p.76)。
僕も、内面は14歳の頃から何も変わっていないくせに、いつの間にかスーツを着て営業していることが信じられなくて、これは何かの悪い冗談なんじゃないかと思うことがあります・・・(笑)。アンナは「未来が未使用であることは、大人たちよりもうんとマシだと思う」(p.64)と言っていて、僕もまさに同じことを考えてきたのに、もう大人になっている自分がいるんですよね。
僕のイチ押しは、アンナとみずほが年齢を偽って、スナックの清掃バイトの面接に行くシーンです。まず、中学生の二人が書く履歴書がすごくいい。長所には「足がはやい」「立ち直りもはやい」、そして、短所には「食べるのが遅い」とか「おっちょこちょい」と書きます(p.171-2)。僕も誰かから進路相談を受けたら、「〇〇検定1級」とかだけじゃなくて、こういう人間的なところを大切にするんだよって言ってあげたいと思いました。
面接をするママさんもすごく素敵なんですよ。未来が未使用じゃなくなってしまいつつある僕たちにとって、生きるためのヒントになりそうな場面です。ママさんは二人をもちろん採用しないけど、嘘の履歴書のことも責めないんですよね。帰り際に、「ね、その履歴書、やっぱりわたしにくれない? 落ち込んだときに、それ読んで笑いたいから」(p.180)と。歳を取ってしまったと落ち込むだけじゃなく、若い頃の自分を思い返して笑ってみるとか、切なさと同時にどこかユーモアのある生き方が素敵だと思いました。
スミ アンナたちの履歴書がスナックのママの小さな力になったように、私たちも、過去を思いながら笑っていまを生きていくための本として、この『アンナの土星』を受けとっているところがあると思います。
今日は、みんなの心に残った場面について、すこしずつでしたがお話できました。記事を読んでくださった方には、ぜひ実際に本を手にとって、アンナが悩みごとと向き合っていく過程や、タイトルの「土星」とじかにかかわるアンナとお兄ちゃんのラストシーンを味わっていただきたいです!
編集部からのお知らせ
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