第72回
「今日の人生」連載100回直前! 記念 益田ミリさんインタビュー
2021.06.29更新
益田ミリさん作「今日の人生」が本誌で始まったのは、ちょうど本誌が「みんなのミシマガジン」と 誌名を改め、リニューアル創刊した2013年4月でした。以来、毎月、一度も休載することなく、続いております。この8年間で唯一、毎月掲載されている読みものでもあります。2017年4月には、連載を再編集して『今日の人生』という一冊になりました。そして、昨年10月に『今日の人生2 世界がどんなに変わっても』が「ミシマ社創業15周年記念企画」として発刊。ともに装丁・デザインを大島依提亜さんに手がけていただき、抜群にかわいい本となりました。おかげさまで、累計12万部に迫る大ヒットとなっております。2021年6月30日(水)には、NHK総合の「おはよう日本」にて、「"コロナ禍の日常" 広がる共感」として2冊を特集いただきました。
この「今日の人生」が来月(7月)2日に連載100回を迎えます。それを記念して、今回、著者の益田ミリさんへ特別インタビューをお願いしました!連載100回を目前に控え、益田さんはどんなことを思っているのでしょう? 益田さんにとって「今日の人生」とは?? ・・・などなど、とても面白いお話をうかがいました。ぜひ、ぜひご高覧くださいませ。
取材・まとめ 三島邦弘
(『今日の人生』、『今日の人生2 世界がどんなに変わっても』)
日常を描くということについて
――いよいよ「今日の人生」が連載100回を迎えるのですが、いまどのようなご心境ですか?
益田 ふつうの日常を描くことに、コロナ禍において、自分がすごく助けられているんです。いつも通りの小さな世界、たとえば遊歩道の花が咲いたとか、のら猫を見つけたとか。それが自分にとってこんなに大切になるとは想像もしてなかったので。
――コロナ前は、日常を描くことそれ自体はとりたてて重要とは思わずに描かれていた?
益田 もちろん重要ではあったんですが、これまで経験したことがない非日常の中で、日常のありがたみを噛み締めているという感じがします。
――このコロナ禍で、私自身、『今日の人生』、『今日の人生2』、そしてミシマガの連載を読むことが、すごく救いになっています。
益田 うれしいなぁ。『今日の人生』1と2を読み返したんですけど、1を久々に読むと、こっちが非日常になりつつあったのが、ちょっと怖かったです。
「あ、マスクしてない」、「こんな急に旅行とか行ってたんだ」みたいな。
――けっこう至近距離で会話をしていることとか(笑)。今はそれがないですからね。
益田 ね。
コロナになってから実家には帰ってないのですが、1を読んでいると、「あ、母と一緒にご飯食べてる」とか、そういうことに驚いている。ご飯を一緒に食べるなんて、本当に当たり前のことなのに。そういえば、三島さんとも自由が丘オフィスで一緒に体操している漫画がありましたね!
――そうですよね。
(『今日の人生2』、25~25ページ。ミシマガでの初出掲載日は2017年8月)
外に出れば、誰でも必ず描けるのが「今日の人生」
――ついに連載はこの4月から9年目に入りました。
益田 ちょうど、ミシマガがはじまるときにお話をいただいたんですよね。打ち合わせのときには、観た映画や読んだ本の話を書く、みたいなことでしたが、いざ描いてみると自分の日常全般だったという経緯だったと思います。それが9年って。
――あっという間だったような感じがします。
益田 連載100回とか9年目というのは、教えていただくまでまったく気づいていませんでした。気負いなく描いている漫画なので、余計に100回という感じがしないんです。けれども、連載をしたことによって自分自身が変わったとも感じます。街に出たときの世界の見方は、この連載の影響を受けていると思うんですよね。
例えばなんですけど、子供の頃に「
――・・・あると思います。
益田 鬼の人が「赤」と言うと、街の中にある赤い色のものを触っていないと、鬼に「でん」ってされちゃう。「タッチ」って言うのかな? 大阪では「でん」って言うんですけど。その色鬼を始めようと言った瞬間に、世界にぱぁっと色が広がる瞬間があるんです。今までこの看板のこのおじさんのネクタイが赤だったとは気づかなかったとか、団地の階段の縁のところに黒い線が入っていたとか。普通に生活をしていたら見落としているんだけど、色鬼が始まった瞬間に、「あっ、あそこにも色がある!」という感覚になる。
「今日の人生」の連載が始まったことによって、日常の色がより鮮明に飛び込んでくるようになったと感じます。
――色が飛び込んでくるように、「今日の人生」の絵が飛び込んでくる・・・?
益田 そうですね。ひとんちのベランダに、ハロウィンの腐ったかぼちゃが置いてあるとか、ひょいっと目に飛び込んできて。
――なるほど(笑)
益田 そう、目に飛び込んできて、きっとその家ではすごく楽しいハロウィンがあったんだろうな、と思う。感情が少し増えるというんですかね。
――益田さんの目を通して描かれた光景がすごく気になって、自分が見たような感じになりますね。
益田 誰もが描けるのが「今日の人生」。わたしはわたしの「今日の人生」しか描けないので、三島さんの「今日の人生」もぜひ読んでみたいです。
――そう言ってくださいますが、実際にやろうとしてみると、やはり全然観察していないんですよね。
益田「色鬼、スタート!」と言われたら描けるんじゃないですか?(笑) 年中、鬼ごっこをしたまま生きている感じで。
世界から私にプレゼントがやってくることがある
――年中、鬼ごっこしたまま生きている感じかぁ・・・。
益田 本当に何気ないんですけど、例えば、満員電車の中で、リュックサックのポケットにアザラシの人形が入っていた漫画(『今日の人生1』、160ページ)。これも、鬼ごっこをしていないと、スルーしていたかもしれない。けど、「色」を探していれば、あんなに満員で苦しい中でも、良いものを見つけたという気持ちになれる。
――満員電車って、ただのネガティブなことになってしまうものですからね。
(『今日の人生1』、160ページ)
益田 これを読んでくださった方が、なにかのときに、ちょっとしたものを見つけて、ちょっとほっとしてもらえたら何よりだなと思います。
――ほんの少し視点を変えるだけで、とたんに日常が気持ちよく流れていくことがありますよね。
益田 小学生の男の子が傘を逆さまにして雪を集めながら帰ってきたというシーンを偶然見かけました(『今日の人生2』、53ページ)。そういう時は、世界から私へのプレゼントじゃないかと思いました。こんな素敵なものを見させてくれて、今日はすごいプレゼントをもらったという気持ちになりますね。自分も嬉しいけど、その男の子が体感しているすごく楽しいひとときと自分の心が同期する。雪が傘に積もっているのがきっと彼は本当に嬉しいんだろうなぁという気持ちと、それを見て嬉しいと言う私の気持ち。この2つの気持ちが同時に広がります。そういう時は本当に世界が輝いて見えますね。
――2の帯(裏面)に掲載している漫画もすごくいいですよね。
(『今日の人生2』、帯の裏面)
益田 世界から本当に良いプレゼントをもらったという気持ちがして、しばらく幸せな気持ちがつづきました。この人たちの顔はもちろん忘れているんですけど、これをいいなと思った時の自分の気持ちは覚えているから、今読んでもほっとします。
――益田さんがその光景に同期するように、読んでいるほうも益田さんにどんどん同期していきます。そうそう、『今日の人生2』に、「時刻が不正確だった電波時計を買い換えようと思ったとたん、正しい時間を指した」というエピソードがありますが(170~171ページ)、わが家でも同じようなことが起こったんですよ。
益田 うそー!
――こういうことは起こりうるんだなと思いました(笑)。
どんなビジネス書より『今日の人生』が効く
――あと、仕事で少し大変なことがあったりとか、ちょっと今辛いなという瞬間とかに、「今日の人生」の一言がすごく効きます。
「なんか/ビミューなズレがあるなと感じる人がいた場合、/積み重なっていくとかなりのズレが生じ、疲弊します/どこで気をつけておけばよかったのか?/と、振り返ってみるわけですが、/やっぱり/あそこなんや/最初に違うと感じたら、ずっと違うんやわ」(『今日の人生』、219ページより)
そう! って思えるだけで、前進できます。
益田 ああ、よかった。心からそう思って書いた8コマでした。
「割り切って考える/って/なんなのでしょう?/たとえ割り切れるのだとしても/わたしの中の/この、/割り切りたくない気持ちは」(『今日の人生2』、p18-19)
――「割り切りたくない」。この一言が挟み込まれているだけで、滞っていたものを流してくれますし、ストッパーにもなり、すごく助けになります。
益田 私自身も、「ちょっと聞いてくださいよ~」という気持ちで描いていることが多いです。「嫌いな人と許せない人はちがう」とか、「無理して笑って疲れるのって、全責任自分やな、と思った」とか。読んだ方はこれをどう受け止めるんだろう? と思いながらもやっぱり聞いてほしいという。
――よく言ってくださった、という感じだと思います。そういう気持ちって、コロナの前とか後とかにかかわらず、なかなか言語化できないで自分の中に溜めて、自分の中に滞っていた部分が流れるという感じがあります。
すくなくとも私は、どんなビジネス書よりも今日の人生だ、と思っています。
益田 まじですか。
一日中、家にいても何も起こらない日はない
――『今日の人生2』の212ページに、去年の7月の時に「2月14日に仕事の打ち合わせをして以来/7月3日の今日まで電車もバスも乗らずステイホームの日々」とありますが、その回の最後に「その後、再び200人超え」とあるんですよね。ここからさらに1年近く経って、今は誰も200人じゃ驚かなくなっている。そのことに改めてすごく驚きました。
益田 そうですね。連載中に急にマスクの顔になり、それが今もつづいています。単行本の大島さんのデザインではマスクだけが白になっていて、はっとしましたね。
(『今日の人生2』、194ページ)
――今もその渦中にあるわけですけど、「今日の人生」って益田さんにとってどんな存在になっていますか?
益田 なんにもない日はないんだな、と思える連載かな。一日中、家にいることもあるわけですけど、何も起こらない日はないんですよね。ゴロ寝して終わったとしても、ゴロ寝をしながら何かは思うわけで、何も書くことがないという日はやっぱりない。そういうことに気づかせてくれる連載ですね。
――7月2日に連載100回になりますが、これから150回、200回という時にまたお話を伺えるとすごく嬉しいですし、それを楽しみにさせていただきたいと思います。今日はありがとうございました!
益田 ミリ(ますだ・みり)
1969年大阪府生まれ。イラストレーター。 主な著書に、『今日の人生』『今日の人生2 世界がどんなに変わっても』『ほしいものはなんですか?』『みちこさん英語をやりなおす』『そう書いてあった』『しあわせしりとり』(以上、ミシマ社)、『すーちゃん』シリーズ(幻冬舎)、『こはる日記』(KADOKAWA)、『アンナの土星』(角川文庫)、『僕の姉ちゃん』シリーズ、『スナック キズツキ』(マガジンハウス)、『沢村さん家のこんな毎日』(文藝春秋)など。共著に、絵本『はやくはやくっていわないで』『だいじなだいじなぼくのはこ』『ネコリンピック』『わたしのじてんしゃ』、2コマ漫画『今日のガッちゃん』(以上、平澤一平・絵、ミシマ社)などがある。
編集部からのお知らせ
ついにミシマガ連載「今日の人生」が連載100回目!
7月2日、「今日の人生」が連載100回目を迎えます。益田ミリさんが受け取られた「世界からのプレゼント」を私たちも受けとりましょう!
NHK総合「おはよう日本」にて『今日の人生』を紹介いただきました!
6月30日(水)のNHK総合「おはよう日本」(7:45~8:00、関東甲信越エリア)にて『今日の人生』『今日の人生2 世界がどんなに変わっても』をご紹介いただきました! 「“コロナ禍の日常” 広がる反響」として、読者の方々から寄せられた反響や、ミシマ社代表・三島のコメントも取り上げていただきました。この機会に、ぜひお手にとっていただけますと幸いです!
『今日のガッちゃん』「原画帯」付き書籍を限定販売します!
益田ミリさん(作)・平澤一平さん(絵)による『今日のガッちゃん』を、「原画帯」付きで数量限定販売しております! 益田さんと平澤さん直筆のとってもかわいい帯をまとった特別な書籍、ぜひ、お手にとっていただきたいです。
お求めいただけるお店はこちらです。(無くなり次第終了となります)
・京都市 誠光社
・枚方市 枚方蔦屋書店(7月8日(木)~)
今後、ほかの本屋さんでも展開予定です。詳細は近日中にミシマ社HPにてお知らせいたします!