第78回
『辛口サイショーの人生案内DX』刊行記念 最相葉月さんに訊く!「人生案内」の職人技 (後編)
2021.08.24更新
8月24日、ついに『辛口サイショーの人生案内DX』が刊行となります! 読売新聞の大人気連載「人生案内」から、最相葉月さんによる名回答68本を厳選した一冊です。多種多様なお悩みに対し、最相さんはときに鋭く、ときにはゆったりと構え、鮮やかな答えを次々に提示されます。
私は本書の編集補佐をさせていただいたのですが、最相さんの回答は、「どうやったらこんな答えを編み出せるのか?」と思ってしまうものばかり。「誰かの悩みに触れつづけると、どんな感覚になるのだろう?」という問いも湧きました。とにかく、舞台裏が気になってしかたがありません。
そこで、最相さんご本人に、長年「人生案内」を続けながら考え、感じてこられたことをインタビューさせていただきました! 前編では、最相さんが無類の人生相談コーナーファンで、さまざまな回答者から、答え方の技を学んでこられたことがわかりました。本日は、相談者からの手紙の読み方、字数の制約があることのおもしろさ、新聞の人生相談ならではの価値などについて、たっぷりお届けします!
(取材・構成 角 智春)
(左:シリーズ・コーヒーと一冊『辛口サイショーの人生案内』、右:『辛口サイショーの人生案内DX』)
一緒にぼけてしまっていいんですよ
――『辛口サイショーの人生案内DX』(以下、『DX』)には、老いや介護にまつわる人生案内が多数収録されています。認知症と思われる方に何度同じこと言っても忘れられてしまう、というご相談に対して、最相さんが、ときには相手に調子を合わせればいいと回答されていたことが印象的でした。「どこに行ったんでしょうねぇ」「明日また探してみますね」といったふうに(『DX』88~89頁、92~93頁)。読んでいて、まさに「回れ右をしたら答えがあった」という感覚がしました。
最相 私の母親は脳血管性の若年性認知症を患っていましたので、認知症の人とどういうふうにコミュニケーションをとるかは、長年、自分自身の課題でもあったんです。いろんな体験談を読んだり、介護関係者とお話ししたりするなかで、だんだんわかっていきました。
もちろん、認知症は人の数だけケースがあるので一概には言えないのですが、私の場合は、母親と同じところに立って同じ方向を見ることで、自分自身も楽になるなと気づいたんですね。だから、たまには一緒にぼけてしまっていいんですよ。「誰かが〇〇を盗んだ」って言われたときには、「盗んでないよ!」と言い返すのではなく、「ほんとだね、じゃあ一緒に探してみよう」と言っちゃう。
さきほどは回答に自分を入れ込まないほうがいいと言いましたが、認知症や介護関係のご相談については、私の長年の経験がなければ答えきれなかったですね。
「読み物的」に答えてはいけない相談
――「人生案内」をするうえでは、相談の手紙をどう読むかがすごく大事なのだと思います。最相さんは、手紙のなかに登場「しない」人物のことや、相談者が自覚なく同じ言葉を多用していること、便箋の柄への違和感などにも言及されていますね。
最相 新聞の紙面では相談内容が短くまとまっていますが、私たちにはフルのお便りが届きます。便箋5、6枚にわたって相談が書かれている場合もあるんですよ。たとえば、そういう長いお便りが届いたときには、一体この人は何を悩んでいるのだろうかということを考えます。深刻に悩んでいるときって、自分が本当のところは何を悩んでいるのかもわからなくなることがありますから。読んでいるうちに、これだけ長い手紙を書いているのに夫が登場しない、みたいなことが見えてきて、悩みの背景にはおそらく夫婦関係の問題があるはずだ、というふうに想像できるようになるんです(たとえば、『DX』62~63頁)。
あとは、書かれている内容とは段違いにファンシーな便箋が使われていたりするとかですね。すごく悲痛な悩みが、かわいいキャラクターの便箋に書かれていたら、ちょっと異様ですよね。短い手紙でも、書き手の置かれた状況が浮き彫りになることはあります。ほんの数行のメールからでも、その人の怒り、投げやりになっている感じ、どうせ答えられるはずがないと挑んでいるような姿勢などは読みとれるんです。
こうしたことは、回答の「構え」を決めるための手がかりになりますね。長年相談を読み、返事を書いてきた経験から生まれた勘なのだと思います。
――相談者の方が最相さんの回答を読んで、後日メッセージを送ってこられることはありますか。
最相 人生案内では、相談者は回答者を指名できないし、回答を掲載するかどうかの連絡もありません。それでも、記者さん宛にいくつかお手紙をいただいたことがあります。
一冊目の本に、夫が自殺したあとに義理の母との同居を続けるべきかという、非常に苦しいご相談がありました(シリーズ・コーヒーと一冊『辛口サイショーの人生案内』84〜85頁)。家にいると、夫が亡くなったときの残像が浮かぶ。義母は生前の夫の看病を一切手助けせず、家のこともずっとおろそかにしてきた。相談者は、そんな義母と一緒に住んで、面倒を見続けなければならないのかと悩んでいました。私は、義母と縁を切ってでも家を出たいというのなら、「姻族関係終了届」を役所に提出すれば、親族関係は終了し、扶養の責任も消える、と回答しました。
後日、この相談者からお手紙をいただきました。「回答を読んで、さっそく弁護士の先生のところに行きました」と。私の答えが役に立つこともあるんだなと感じました。
とても大事なことなのですが、相談者の生命の危機に近いような相談には、精神論を説いたり、角度をつけて答えたりしてはいけません。まず、行政や法的手続による具体的な解決策があるかを調べて、きちんと伝えることが大事なんです。読者が読んでいて面白いかどうかということとは違うレベルで対応すべきものなんですね。読み物的な内容ではないので書籍にはあまり収録されていませんが、実際の人生案内には、こうした相談も何通かに一度は届きます。
制約があることの自由
――人生案内の回答欄は、450字前後と短いですね。字数の制約が厳しいと感じられたことはありますか。
最相 それはないですね。
――そうですか!!
最相 これもやっぱり、職人的な感覚ですね(笑)。
――びっくりしました。
最相 字数の制約は、読売新聞の「人生案内」というコーナーが持つ面白さだと思います。
私は星新一の評伝を書いたことがありますが(『星新一 一〇〇一話をつくった人』)、原稿用紙十数枚の「ショートショート」をたくさん書いた星新一は、「制約があることの自由」とおっしゃっていました。「人生案内」も、いわば450字の自由というんでしょうか。さきほども言ったように、悩みの一部をちょっと動かすような文章を書くには十分だと思います。
――最相さんは、「人生案内」の回答者どうしの座談会(『読売新聞』2017年12月17日、13面)でも、書籍第1弾の「はじめに」(シリーズ・コーヒーと一冊『辛口サイショーの人生案内』1頁)でも、「相談者一人ひとりの人生が愛おしい」とおっしゃっています。大勢の方の悩みに触れるのは、ものすごく大変なことなのではないかと思うのですが・・・。
最相 相談者に私の回答が受け止めてもらえなくても、通り抜けていってもいいんです、という感じでしょうか。何か引っかかるところがあったらいいけれど、「ああ、結局、サイショーはわかってくれてなかったな」と思われても、それはそれでしょうがないというか(笑)。やはり、カウンセラーのように一対一で向き合う厳しさとは違う次元の仕事だと思っています。
だから、大変というよりは、やっぱり、ああ人間って本当に面白いな、みんな生きているな、と思いながらやっています。面白いというのは、愛おしいということです。たくさん回答して疲れてしまうことはありません。手元にある相談のお手紙が減るたびに、読売の記者さんに「なくなりましたよ。次、送ってください」と催促しています(笑)。
新聞は、一呼吸おいてから回答できる
――新聞という媒体で人生相談をすることの良さは、どんなところにあると思われますか。
最相 相談を受け止めてから、しばらく時間をおけることだと思います。
たとえば、メールをしていて返事が一日以上来なかったら、あれ、と思うじゃないですか。既読がつくSNSならば、その時間感覚はもっと速くなりますよね。私は、かなり早い段階からインターネットの力を借りて仕事してきました。『絶対音感』(1998年発表)という本を書いたときも、ニフティサーブというパソコン通信サービスを使って、音楽関係者の方々に取材させてもらったのでネットの力は確信しているんですよ。でも、人生の悩みは情報が次々流れていくインターネットよりも、つかもうと思えばつかめる紙媒体のほうが向いているように思います。回答する者としても、一旦寝かせることでもっと考える時間を持てば、それだけ、言葉が自分の体をしっかりとめぐって出てくる感じがしますね。
ラジオの人生相談の場合は、相談者と回答者が直接しゃべります。これは大変で、相談者が途中で怒って電話を切ってしまうこともあります。だからこそ格闘技のようなおもしろさがあるんですけどね。新聞の場合は、一度お悩みが受け取られると、相談者はもう逃げられません。そこに向けて、回答者が一呼吸おいてから打ち返す。その良さがありますね。
――文章として残ることで、読者も回答をくりかえし読むことができます。今回の本も、ずっと手元に置いておくことで、読み方がどんどん変化していくのだろうと思っています。
最相 そうですか。回答を読んで怒っている人もいっぱいおられると思うんですけど・・・(笑)。この場をお借りして、お詫び申し上げます。でも、そういうふうに読んでいただけたらいいですね。ありがとうございます。
――とても貴重でおもしろいお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました!
(終)
編集部からのお知らせ
最相さんと仲野徹さんの対談イベントを開催します!
『辛口サイショーの人生案内DX』と『仲野教授の 笑う門には病なし!』の同時刊行を記念して、最相葉月さんと仲野徹さんに対談いただきます!
最相さんは、科学や医療を題材とした文章を数多く発表してこられました。仲野さんは、病理学の研究者でありながら、無類の読書家で、新聞の読書委員も務めておられます。文理の境界を超えて思考し、書いてこられたお二人のお話は、盛り上がることまちがいありません!
最相さんが、臨床心理士の佐々木玲仁さんと対談されました!
最相葉月さんが、臨床心理士の佐々木玲仁さん(九州大学准教授)のYouTubeチャンネル「ひねもす」に登場され、『辛口サイショーの人生案内DX』について対談くださいました。
本書に収録された相談を取り上げ、「人生案内」回答者とカウンセラーというそれぞれの立場から、悩み相談への応え方について語り合っておられます。
人生案内とカウンセリングの違いは? 最相さんはどんな思いで回答者を続けてこられたのか?
動画はどなたでもご覧になれます。ぜひ!
「聴くことを生業にするふたりが相談を受けることについて話す|最相葉月×佐々木玲仁」