第86回
タルマーリー×三砂ちづる×竹内正人 『菌の声を聴け』発刊記念トークイベント~発酵、身体、生き方~(前編)
2021.11.04更新
10月7日、鳥取県智頭町のタルマーリーにて、『菌の声を聴け』(ミシマ社)の発刊を記念したイベントが開催されました。ゲストは、ミシマ社から『自分と他人の許し方、あるいは愛し方』等の著書を発刊されている三砂ちづる先生と、智頭町にある助産院「いのちね」に携わる産婦人科医として、たびたび智頭を訪れている竹内正人先生。
新型コロナから、生殖医療、そして私たちの身体性まで、話題は多岐にわたりました。科学というのは本来何で、私たちが大切にすべきは何なのか。異なる道を歩んでこられた4人の、一歩踏み込んだ議論が、とても刺激的な2時間でした。
ミシマガジンでは、このイベントの内容の一部を2日間にわたってお送りします。
(構成:星野友里)
(左から、タルマーリーの渡邉格さんと麻里子さん、三砂ちづるさん、竹内正人さん)
格さんは、南方熊楠の末裔!?
麻里子 私たち夫婦は、タルマーリーの活動を通して、身体性を取り戻してきたような気がしています。格のほうは、野生の菌でパンやビールをつくるにあたり、麴に関する知識というのが秘伝だったために文献としてはほとんど残されていなかったので、菌の声を聴いて、「昔の人はどうやっていたんだろう?」と試行錯誤しながら、感覚を身につけてきました。私のほうは、子育てを通じて、「昔はどうやっていたんだろう?」ということを探ってきました。そこから気づいたことなどを、今日はお二人とお話できたらと思っています。
三砂 私は津田塾大学という女子大の教師をしながら、いろいろ物を書いておりまして、みなさんに一番読んでいただいたのが『オニババ化する女たち』という新書で、その副題が「女性の身体性を取り戻す」なんですね。さっき麻里子さんからも「身体性を取り戻す」というお話がありましたが、そういう本を書いて、みなさんに読んでいただいたところから、その後の執筆や研究が広がったことが、今日のご縁にもつながっています。
私はもともと研究者で、COVID-19で有名になった疫学の研究者です。疫学はもともと感染症の研究から始まりましたが、今はその方法論を使ったいろんな研究がされています。私の場合はその方法を使って、女性のこと、母子保健の研究を、とくに健康格差の大きいブラジル、コンゴ、エルサルバドルなど、あまり人が行かないようなエリアでしてきました。その中で、たくさんの女性の妊娠出産を見てきたのですが、原因と結果を結び付ける疫学の方法論だけでは解決できないこともたくさんあって、そのことも考えたいと思って、それについては文章に書いてきた、というところがあると思います。
私はもともと20歳くらいのときからお産が好きで、それはもう理由の説明のしようがないことなのですよね。お産というと「痛い、苦しい、つらい」と言われるけれど、お産に関する写真を見たり原稿を読んだりして、輝かしい経験でありうるんだということを感じてきました。それでお産にかかわる仕事をしたいと考えて、先ほどお話ししたような海外での仕事を経て、20年ほど前にブラジルから帰ってきた頃に出会ったのが竹内先生です。
竹内先生はそのころ、より自然なお産、出産のヒューマニゼーションに取り組まれていて、その後JICAの仕事で一緒にアルメニアに行ったり、カンボジアやフィンランドで一緒に仕事をしたりもしてきました。
竹内先生と私は、お互いに似ているところがあり、会うと、人にはできない話をよくしていたので、私はけっこう彼の人生を知っていて、彼も私の人生をよく知っているんですね(笑)。でも会わないときは会わないので、今回5~6年ぶりに会うことができて嬉しく思っています。
私は先週、和歌山県田辺市で、南方熊楠の足跡をたどってきました。じつは竹内先生の出身地でもあります。南方熊楠は、どのスケールにも入らない素晴らしい学者ですが、彼の一番有名な研究は粘菌の研究で、いかにこの世界が深いかということを大きな世界観をもって研究しました。膨大な標本を作って、いろいろな資料を残したのですが、まだまだ彼の研究は探索されきっていないと思います。私が『菌の声を聴け』を読んで感じたのは、「ここに一人の南方熊楠の末裔がいる」ということでした。
格・麻里子 恐れ多いです、ありがとうございます・・・!!
菌の声を聴きづらい医療
竹内 今の医療はおおむね、根拠があること、ガイドラインをもとに成り立っています。そこから外れて結果が思わしくないと訴訟になるんじゃないか、というような強迫観念もあるし、逆にそのとおりにしていれば結果が悪くても「私たちはちゃんとやりました」と言えてしまうところがある。かつては医師の経験というものが重視されていて、それはそれでどうかというところもあったんだけど、今はビッグデータの世界になって、過去の分析から、薬や治療法がある程度決められてしまう。今後AIが発達してくると、医師がいらなくなるのではないかとも言われている、そういう時代ですよね。僕の場合は、それだとおもしろくないんです。
今日、この講演会の前の見学会のときに格さんの話を聞いててわかったんですけど、ぼくも飽きっぽいんだな、と。飽きちゃうから失敗もしてきましたけど、またそこから探索して光が見えてきたようなところがあります。
医療で解決できないことってたくさんあるわけです。たとえば9割の方には効くけど、1割の人は増悪するかもしれない根拠に基づいた治療法があるとします。そこで患者さんに「助かるんですか」ときかれたときに、ただ「9割は助かりますけど、1割は治りません」と情報だけを提供する。そこに人間が医療をする意味はあるのか? ぼくは「大丈夫です、何かあったら何とかします」とつけ加えたい。人間はどうしても悪いほうに考えてしまうし、リスクを考えだしたらキリがない。実際に何かあったらどうするかはわからないのですが、そこに信頼関係がなければそうは言えないですよね。
出産についてもそうで、リスクを取れない社会になってきているので、リスクがあるかもしれないから、元気なうちに帝王切開をして早く出しましょうという傾向があります。菌に関しては、菌は悪者と認識されてしまっていて、徹底的にやっつけるという判断になります。「菌の声を聴け」なんていうコンセプトは全然ない。最近になって、どんな菌がお母さんにあるのかということがとても大切ということがわかってきているのに、ちょっとでも危ない菌があれば抗生物質で叩く、それによって赤ちゃんにいい腸内細菌が受け継がれないということが言われ始めています。
そんな中で、最初から医療に委ねず、医療は見守る形でかかわり、自分の力でお産をしたいという傾向は少し出てきているけれど、それができる医療の体勢がなくなってきてしまっている。それを目指してゆこうというのが「いのちね」の活動でもあり、今回のご縁にもつながっていることですね。
格 本にも書きましたが、ビールでも、大手のビール会社では、とにかく乳酸菌を嫌って、徹底的にやっつけるんですが、それでも乳酸菌が湧いたり、別の変な菌が湧いたりするようなんですね。病院でも、徹底的に殺菌してきれいにしているのに、カンジタ菌の感染が起きたりしますよね・・・?
竹内 叩けば叩くほど、普段は潜んでいた菌が出てくるんですよね。体が健康だったらそんな菌には勝てるんだけど、弱っているから、その菌によって体調が悪くなってしまうということがあります。
格 カンジタなんていうのは、酵母の一種ですよね。ビール業界でも、あまりに殺菌しているから失敗するということが起こっている。科学はそこについてはどう考えているのかなと思うのですが。
将来的な影響のわからないワクチンをどう捉えるか?
竹内 簡単に言ってしまうと、ばい菌も殺すけど、傷をふさぐ細胞も一緒に殺してしまうということですよね。評価というのは難しくて、医療はかなり細分化・専門化しているから、その先生がその患者さんをずっと見るわけではない。産婦人科でも、子どもが生まれて退院したら、将来的にその母子に何が起こっているかというのはわからないんです。とりあえず目の前の短期的に効果がある方法を選択しています。感染防止のためにばい菌は殺すけど、一緒に殺してしまった細菌や細胞の影響はわからないままなんです。
三砂 疫学というのはエビデンスを出していく学問なんですけど、ある薬を使っていいかどうかの調査というのは、短期的な目でしか見ないんですよね。20年後、40年後にどうなるかということを追うスキームができていない。みなさん、「ワクチンって大丈夫なのか」と今言っていると思いますけど、COVID-19という、致死割合が高くてワクチン以外にできることが限られているものを抑えるために使うというだけで、将来大丈夫なのかということには誰にも答えられない。近代の医療というのは、そのスキームの中でしか成立していないということですよね。
格 先日、鳥取市のイオンに入ろうと思ったら大渋滞していて、なんだろうと思ったら、そこのマクドナルドのドライブスルーに並んでいるんですね。何が言いたいかというと、密が危ないから接触を避けているのだけど、その食べたもので免疫力を下げているという、私たち食を大切に考える側から見るとちょっとどうかなと思ってしまいます・・・。ワクチンが将来的にどういう影響があるかわからないという状況なのであれば、もう少し昔に戻って免疫力を高めるといった方法をとるというのは、疫学では考えられないのでしょうか?
三砂 それは、今私たちが直面している問題がどれくらいシリアスかということによると思うんですね。COVID-19というのは、誰でもかかってしまうのに、インフルエンザなどと比べると致死率が非常に高い、やはり危険なもので、対処しないと大変なことになってしまうという状況がここにある。そのなかで今のところ、三密を避けてワクチンを打つということしか、集団という面では手が打てない。
でももちろん個人のレベルでは、格さんがおっしゃるように、免疫を高めることはとても大切で、同じ条件でもかかる人、かからない人というのはいつも必ずいるわけです。タルマーリーさんと一緒に智頭町で暮らすと、都会の真ん中でマクドナルドを食べながら暮らしているより、自分の力が高まりますよね。私たちもこの2日間来ているだけでも「なんか元気になる」という、それは気のせいだけではないはずですし、現実に、地方に住んでいるほうが、人口密度も低くて、感染を防ぐという意味でもいいと思います。
編集部からのお知らせ
『菌の声を聴け』3刷が決まりました!
渡邉格さん、麻里子さんが過去8年間のタルマーリーの経験を綴った『菌の声を聴け――タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案』が、この度3刷となりました! コロナ禍で「新しい生活様式」が謳われるようになるずっと前から、千葉、岡山、そして鳥取・智頭町へと移転しながら、新しい生き方を実践してきたタルマーリー。パンとビールの源泉をとことん探って見えたものとは?
斎藤幸平さん×タルマーリーさん対談を開催します!
タルマーリーさんが、斎藤幸平さんと対談されます。
斎藤さんは『人新世の資本論』で、資本主義を抜け出して本当の豊かさを取り戻すカギはコモンの再建にあり、それは各自の現場で実現できるものだと記されました。そして、経済的成功よりも行動が価値となる時代には、グローバルサウスが重要になるとも説かれました。日本のグローバルサウスとも言える鳥取県智頭町で、人間よりも菌たちの声に徹底的に耳を傾け、パンとビールづくりを実践してきたタルマーリーは、まさにコモン再生のために行動するトップランナーと言えます。
今後の日本を辺境から占う、小さくて大きな対話がここに!
タルマーリーさん×中島岳志さん対談のアーカイブ動画を販売中です!
タルマーリーさんと『思いがけず利他』の著者である中島岳志さんがご対談されました。その名も、「思いがけず発酵」。タルマーリーさんが日々実践する「菌との対話」と、政治学者が解く「利他」の問題は、深いところでつながっていました。全編のアーカイブを配信しておりますので、ぜひご覧いただけますとうれしいです。
【主なトピック】
・利他を道徳から解放したい
・『思いがけず利他』と『菌の声を聴け』が共有する世界観
・発酵と窯変・・・偶然はただ偶然に起きるのではない
・投票率と政治
・「リベラル保守」とはなにか?