第88回
中島岳志×タルマーリー(渡邉格・麻里子)対談 「思いがけず発酵」(2)
2021.11.24更新
10月29日、『思いがけず利他』著者の中島岳志さんと、『菌の声を聴け』著者のタルマーリーのお二人、渡邉格さん・麻里子さんの対談が、MSLive!で開催されました。
『菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案』渡邉格・麻里子(ミシマ社)
「利他」を、「良いことをしよう」と思って作為的に行われるものではなく、不意に思いがけずやってくるものだととらえられている中島先生。そんな「利他」と、野生の菌でパンやビールづくりを行うため、発酵の成功や失敗を直接的な因果ではなく「縁起」でとらえて、施設内にとどまらず里山などの自然まで及ぶタルマーリーさんの「場づくり」のお話が響きあい、考えを深める対談となりました。
また、当日は衆議院の総選挙を2日前に控えていました。移住先の鳥取の智頭町で環境保全や過疎の問題に取り組むため、行政や周囲の事業者と一緒に町づくりの活動も行うタルマーリーさんと、「永田町だけが政治ではない」と語る中島先生に、今の日本の政治や、「保守」とはなにかについてもお話いただきました。
昨日と今日の2日にわたり、本対談の一部をお送りします。
(前半の記事はこちら)
町づくりと政治
中島 最近(10/29現在)は選挙の報道が増えていますが、私は「永田町」だけが政治だとは思っていないんですね。「投票率上げましょう」と口々に言われていますが、口で言っても上がらない。そのためには日常を整えなければならないんですよ。政治に関与するルートを、自分の身近なところにつくっておくことで、はじめて私たちは政治を自分ごととしてとらえるようになる。それがないと、投票しなさいと言われても「めんどくさい。その日どこかに遊びに行くのに」となってしまうわけです。だがらそこを整えていくことが政治においても重要だと考えるんですけど、今タルマーリーのお二人は鳥取の智頭町で町づくりにも関わっているとお聞きしました。これも「場」の問題とすごくかかわっていると思うのですが、どういう活動をされているのでしょうか?
麻里子 もともと麹菌を採れる環境をつくるために、地域で採れた自然栽培の作物を使うなど、地域内循環を実現できる環境をつくっていけたらいいなと考えていました。でも3年前に大雨で川の護岸が崩れたとき、その後地域住民に全く相談がなく大規模な土木工事が行われ、大事に思っていた生態系や自然環境が激変してしまった。自分たちだけの事業を頑張っていれば麹菌が取れる環境を維持できるわけではないというのを痛切に感じるようになって、地域のほかの事業者、町役場、県などがもっと協力して、環境保全や産業の衰退、空き家の問題などに取り組んでいけるように、町づくり団体を立ち上げました。私たちの指標は菌なので、「麹菌を採り続けることができる町」をコンセプトとして、移住者を増やすことを目指し、まずは間口を広げて、長くとどまってくれる旅人を増やすところからやってみようかと思っています。そこで昨年から空き家を1軒改修して、そこを滞在拠点とするため、宿とカフェにしています。
中島 僕も、北海道大学に勤めていたころ、カフェをつくったことがあります。北海道に行ったのがちょうど小泉内閣の終り頃で、いわゆる新自由主義が押し寄せ、北海道も特に札幌以外の地域はもうボロボロで、私が住んでいた札幌市西区の商店街もシャッター通りになっていたんですね。なんとかしようと思って、その商店街の人たちとカフェをつくりました。なんで政治学者がそんなことをするんだと言われたのですが、これをやることが小泉内閣に対するリアクションだと思っていたんですね。
普通、町の復興などをするときは何かを誘致することが多いんですね。例えばスーパーだったり。でもそれは違うんだ、「場」をつくらなければと。「場」をつくれば人がやってくる。いろいろな人が来たらその人たちのポテンシャルが引き出されるなかで、思いがけないことが起こってくる。実際そのカフェでは、いろいろな人たちとイベントを開催し、お客さんがたくさん集まったり、想像もできないいろいろなことが勝手に立ち上がって、長い時間をかけながらシャッター通りではなくなっていきました。タルマーリーさんがやろうとされていることも、このこととかなり近いことで、そしてやっぱり菌との向き合い方とも同じ構造にあると思うんですね。
保守するための改革
格 もともと自分は左翼だと思っていたのですが、中島先生の本を読み、「あ、自分って保守だったんだ」と気づきました。ここ10年ぐらいの政治を見ていると、種子法廃止法案であったり、TPPだったり、この先本当に恐ろしいことが起きるぞと思います。食の仕事をやっていて、「できるだけ変化しないようにしなければ、いいものがつくれない」と、ある意味すごく保守的な考え方になってきたように感じます。
中島 私はもう右も左もなくなったと思っているんです。左派はもともとフランス革命に表れているように、人間の理性によって進歩した世界の像を描き、その通りにやっていけば世界はうまくいくんだという思想で、人間の力に対する過信だったんですね。対して保守派は、人間の理性は無謬ではなく、不完全な人間で構成されている社会は不完全だ。それで何に依拠するべきなのかというと、時代のふるいにかけられながら残ってきた経験値や慣習のなかに、重要な英知があるのではないかと考えたのが保守なんですね。
ただ、保守はエドマンド・バークという人が起点にいるのですが、「Reform to Conserve」と言っているんですね。つまり「保守するための改革」が重要である、つまり大切なものを守っていくためには変わっていかなければならないと言っているんです。少し話がかわりますが、大学時代、友人の実家である京都の老舗の和菓子屋に遊びに行ったことがあります。そこのおじさんに「中島くんな、江戸時代からおんなじ味出してるんちゃうで」と言われたんですね。「戦後すぐの日本人の甘さと今の人たちの甘さと全然ちゃうやろ」と。だから味は変えているけども、それをつくる精神や技法、大切なものは変えていないと言うんですね。
格 まさにおっしゃる通りで、私たちはすごくストイックに手作業だけでパンをつくっていると思われている方が多くてですね、実際に現地に来ていただくと、「こんなに機械使っているんですか!」と言われるんですね。やっぱり安定してしっかりとしたものをつくっていくために、機械を否定していません。そういう意味で私たちは保守的だけれども、ある程度必要な技術を新しく身につけたり、手に入れることは行っていますね。
中島 「保守」と「反動」という言葉があります。反動は何も変えないことですが、保守は時代と呼吸しながら変わっていくプロセスのなかで、大切なものを残そうと考えていると思うんですね。そういう保守の思考と、左翼的な世界のなかから人間のエゴを反省的に見つめるといった思考、そのふたつが重なるのが現在なんだと思うんです。要するにもう右左というのは意味がなく、違う入り口から入って同じところで出会っているのが今の時代なのかなと。
今の時代はとっても面白いです。政治の世界でも、保守だからといって自民党に投票するということは全くなく、むしろ共産党の言っていることのほうが保守なのではないかと思っています。地方の中小企業を守れ、農業を守れと一番強く主張しているのは共産党です。自民党は新自由主義でマーケットに任せて自己責任と、保守では到底考えれない人間観なんですよね。これはいったい何なのかを考えてみると、単に変なことが起こっているのではなくすごく重要な世界の切り替わりが起こっているんだと思っています。
自民党は保守ではない
格 今回中島先生に聞きたいと思っていたのですが、現在の自民党をどう分析されますか?
中島 政治は何をやっているかと考えた時に、内政面では2つの仕事をしていると考えています。ひとつはお金の問題。もうひとつは価値観の問題。お金の問題は、私たちから集めた税金を何に使うのか。その際、リスクの「個人化」と「社会化」の2つの軸があると思うんです。リスクの個人化は「基本的には自己責任ですので行政に頼らないでくださいね」というもので、これが昨今の考え方です。一方の社会化は、「リスクはいっぱいあるから社会全体で支えあいましょう。だから税金高くなるかもしれないけど、セーフティーネットは強化します」というもの。しかも社会化というのが重要で、行政だけではなく、私たち社会の側でも、ボランティアの方に寄付をしたり、助け合いましょうよというあり方なんですね。
もう一つは価値観の問題で、例えば選択的夫婦別姓やLGBTQの人たちの婚姻についてどう考えるのかについては、お金の問題ではなく価値観の問題ですよね。価値観の問題を考えるとき、リベラル対パターナルという対立軸があると思います。リベラルは基本的には個人の自由を尊重する。反対にパターナルは父権的と訳しますが、父親が権限を持っている時代には妻や子は権限なかったですよね。強い力を持っているものが、価値の問題に介入していくのがパターナルです。だから選択的夫婦別姓も「そりゃ二人が決めたらいいのではないですか」と考えるのがリベラル。「日本人だったら同姓で家族をつくっていくんだだからそうしなさい」と考えるのがパターナルです。
縦軸にお金の問題、横軸に価値観の問題をとると4つの組み合わせができます。今の自民党は、リスクの個人化とパターナルの組み合わせなんですよ。それに対して僕自身が考えている「リベラルな保守」はそれの真逆で、リスクは社会みんなで背負いましょう。そして考え方についてはリベラルにやっていく。やはり保守は、「人間は間違えるかもしれない」という人間観なので、考え方の本質はリベラルなんです。間違えているかもしれないので、他の人の意見に耳を傾けようとします。その結果、「なるほど、それも一理あるな」と合意形成するんですよね。どこが落とし所なのか調整し、収まるところに収まるのが保守政治なんです。保守って本来リベラルで、むしろ共産主義とかのほうがリベラルじゃなかった。この思想こそが正しいといって、スターリンや毛沢東は粛清してしまいましたよね。ああいうのは嫌だよねといってきたのは保守の側だったのですが、最近は粛清に入ってしまっています。野党の言い分も国民の言うことも聞かないで、記者会見も開かず、何か強制的なことを閣議決定で全部決めちゃうとか、これは保守じゃないんですよ。だから保守をもう一回リベラルなものに戻したいというのが僕の考えです。
格 今日一番聞きたかったことです。ありがとうございました。
編集部からのお知らせ
11月もタルマーリーさんと中島岳志さん出演のイベントを開催します!
【11/25(木)】斎藤幸平×タルマーリー対談 「コモン再生は日本のグローバルサウスで芽吹く」
◎開催日時 11月25日(木)19時~21時(休憩を5分ほどはさみます)
※イベント翌日に、申込者全員にアーカイブ動画をお送りします。
◎出演 斎藤幸平 タルマーリー(渡邉格・麻里子)
◎参加費 2,200円(税込)
☆本ライブを含む3イベントがセットになった「
『人新世の資本論』にて、
日本のグローバルサウスとも言える鳥取県智頭町で、人間よりも、
ローカルでのものづくりは、いかにして、
【11/29(月)】斎藤幸平×タルマーリー対談 松村圭一郎×中島岳志
「くらしをよりよくするために、自分たちが「政治」にできること
――アナキズムと利他を手がかりに考える」
◎開催日時 11/29(月)19時~20時半(休憩を5分ほどはさみます)
※イベント翌日に、申込者全員にアーカイブ動画をお送りします。
◎出演 松村圭一郎 中島岳志
◎参加費 2,200円(税込)
☆本ライブを含む3イベントがセットになった「ミシマ社15周年記念チケット 第2弾」でもご視聴できます。割引もあります。詳細はこちら
昨年から続くコロナ禍で、私たちは身をもって知りました。
――私たちの国では、政治は機能していないらしい。 では、私たちは国民不在が続くこの政治状況に対し、
今、できることは何か?
一方で、気候変動やジェンダー、地方自治など、
こうした近くて遠い「政治」をテーマに、人類学者・
その際、手がかりになるのは、この秋、
今回のMSLive!では、政治を遠い世界のことではなく、
政府が機能不全に陥る「アナキズム」的状況で、
☆上記の2ライブを含む3イベントがセットになった「
【12/5(日)まで】中島岳志×タルマーリー対談 「思いがけず発酵」アーカイブ配信中