第104回
『菌の声を聴け』刊行1周年 鄭文珠さんインタビュー 「『菌の声を聴け』を韓国の読者に届ける」前編
2022.06.17更新
2022年5月、『菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案』(渡邉格・麻里子著)が刊行から1周年を迎えました。この間、ものづくりに関わる方、食や微生物について考えたい方、地方で暮らすことや町づくりに関心のある方など、たくさんの読者の方々が本書を手に取り、おもしろい! と支持してくださっています。
その反響は日本に留まりません。タルマーリーの実践は、じつは韓国でも注目いただいています。
私たちは、『菌の声を聴け』1周年を記念し、韓国語版翻訳者の
日本と韓国は、東アジアの隣国で経済規模も近く、少子高齢化、首都一極集中、若者が将来に抱く不安・・・といった社会的な課題を共有しているように思えます。
鄭さんは、どうして『菌の声を聴け』を韓国の読者に届けたいと思ったのでしょうか? 韓国にもタルマーリーのような試みはある? キムチやマッコリに代表される韓国の菌文化は、人びとの生活にどんなふうに息づいている? 貴重なお話をたっぷり伺いました!
(取材・構成:角智春)
~はじめに~
はじめまして。翻訳家の
『菌の声を聴け』の刊行1周年、おめでとうございます。韓国の読者が愛するタルマーリーの渡邉格さん、麻里子さんの歩みを、私も応援しております。韓国の読者に伝えるうえで小さな役割を果たしただけの私ですが、このような取材の機会をいただきとても光栄です。
『腐る経済』との出会い
――チョンさんがタルマーリーさん(の本や実践)に出会ったきっかけはなんですか?
2014年に『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社、2013年)を知ったことがきっかけでした。
通訳・翻訳の仕事は前からしていましたが、出版翻訳については始めて数年しか経っていないときでした。経験が浅かったこともあって、正直、「あんまり読みたくない本」の翻訳をさせてもらうこともありました。
そんなある日、翻訳エージェンシーから「サンプルの翻訳に応じないか」という提案がありました。原稿を送った数日後、私の訳が選ばれたという連絡を受けました。それが、『腐る経済』だったんです。読んでみたら、とてもうまく企画された本で、著者の人生と哲学がそのまま映っている本物のストーリーでした。
韓国で『腐る経済』がベストセラーになって、こちらの出版社の人たちと取材のために日本を訪問するようになりました。格さんと麻里子さんには、岡山県の勝山のイベントで初めてお会いしました。強烈な印象を受けました。誰も歩んだことのない道を作っていらっしゃるお二人には、自然に尊敬の念が湧いてきました。
その後、お二人は数回韓国を訪問されました。講演やブック・トークショーというかたちで読者と会って話すこともありましたし、教育分野の方々と対談して本を出すこともありました。私は、その度に通訳・翻訳者として参加しました。そのご縁が『菌の声を聴け』の翻訳までつながったのです。
(イウ学校という教育共同体で渡邉格さんが講演したときの様子)
(左が格さん、右がこのとき通訳を務めたチョンさん)
――なぜ『菌の声を聴け』を韓国語で届けたいと思われたのですか?
前作『腐る経済』は韓国の読者から大きな反響があり、多くの読者が、格さんと麻里子さんの挑戦が「仕事」と「暮らし」の両面でどう持続されているのかにとても関心を持っていました。私にとって『菌の声を聴け』は前作の続編という意味もありましたが、それにかかわらず、良い本なので広く読まれてほしいとも考えました。
人間や人間が築きあげた社会について深く学べば、それをもとにより良い人生、より良い社会を作ることができます。学校に通ったり、他者の人生を見習ったり、本を読んだりすることのすべてが学びです。そういう意味で『菌の声を聴け』は、自分と他者、私たち、私たちの社会、韓国と日本の社会について考察し、学べる機会を提供する本でした。だから、喜んで翻訳を引き受けたのです。
韓国ではタルマーリーのような試みがある?
――韓国でも、タルマーリーさんのような、天然の菌をつかった食品づくりは盛んですか?
天然菌を利用した韓国の発酵食品には、キムチ、
麹を利用するおもな食品は、醤類(醤は味噌・醤油・唐辛子味噌の総称。基本は、韓国味噌=在来テンジャン)と伝統酒(基本は、マッコリ)ですね。
在来テンジャンは、まず麴をつくってわらの上で一次発酵を起こし、空気中にぶら下げて乾燥させながら二次発酵を起こした
お酒も似たようなやり方で麴を作った後に、「法製」という過程を経て作ります(こちらは、でんぷんが分解される過程)。韓国の伝統麹は、穀物を粉砕して水を入れて混ぜた後、堅い円形の固まり(
(チョンさんの自宅にあったテンジャン。「左上は知り合いの姉さんにもらった豆味噌、右上は母にもらった麦味噌、下は有名なお寺の尼僧さんにいただいた豆味噌です」)
韓国の伝統麹にはすでに酵母が入っているため、別途に酵母を入れる必要はありません。ただし、工場で一定品質の製品を大量生産するときは、日本でよく用いられる
市販されるテンジャンはほとんどそうです。伝統的なやり方で作ると、不要なカビが生える可能性がありますし、その都度味が違ってきます。
マッコリなどの伝統酒については、伝統麹を使うところがけっこうあります。でも、一応伝統麹を使ったあと、大量生産するために純粋酵母を入れる場合も多いです。
(「赤いのは母にもらったコチュジャン、黒いのは前述の姉さんにもらった醤油です」)
――タルマーリーさんが取り組んでいるような地域循環型のまちづくりの事例は、韓国にもありますか?
広く知られている事例を二つご紹介しますね。
まず、1983年に始まった「ハンサリム生産者連合会」という生活協同組合があります。
全国的な組合組織があり、生産から加工、販売まで行う共同体の第1世代と言えます。有機農法によって食べ物を生産することで、自然と人、農村と都市がともに生きていくことを目指してきました。
「ミシラン」という営農企業もあります。2006年、
今の時代に消滅しつつあるものの代表例といえる「地方、農村、稲作、共同体」を持続させるために努力してきた企業です。CEОは、博士号をとった農夫で、国連食糧農業機関(FAО)の模範農業者賞も受賞しました。自然に優しい農業だけでなく、多様なイベントやプログラム、公演も開き、書店やご飯カフェ、子供向け体験・教育機関も運営しています。すべて、自然や地域住民との共生を実践する試みとなっています。
私も、ミシランで生産される発芽玄米を食べていますよ。今日の朝食もここの発芽玄米で作ったはったい粉ミルクでした!(※編集部注:はったい粉とは、オオムギの玄穀を焙煎して挽いた粉)
地方移住のブームと難しさ
――韓国では、地方移住は盛んですか?
そうですね。国の機能の一部がソウル市からセジョン市に移されたこともあり、各自治体も移住を促すための努力を盛んに行っています。でも、大きな流れとしては、やはりソウルと首都圏の一極化が深刻です。雇用、資産価値の増加幅、娯楽の多様性といった点で、地方はソウル・首都圏より不利だからです。
農村への移住については、2010年代初めごろに「帰農ブーム」が起きました。今も帰農を望む人はいます。政府、地域の様々な支援があり、「スマートファーム」(※編集部注:農作物の栽培や家畜の飼育から、生産物の流通に至るまでを、コンピューターの人工知能で管理・自動化する農場)など、若者が起業のために移住することもあります。
しかし、地域に溶け込むことが思った以上に難しかったという経験者の話もたくさんあり、以前のように漠然とした夢を持って動くわけではありませんね。
年配者の場合は、年を取るほど病院、買い物などの生活インフラの整った都市に住まなければならないという認識が広がって、どんどん慎重になっていると思います。
(後編につづく)
編集部からのお知らせ
渡邉格さんと平川克美さんが対談されます!
渡邉格さんが、『共有地をつくる』の著者である平川克美さんと対談されます。
野生の菌による発酵を起点とした地域内循環の実現、里山の恵みを最大限に活かした農産加工と、豊かな食を楽しむ最高の「場づくり」を目指す渡邉さん。また自ら「非私有」の実践を行い、街の「学び舎」や「共有地」としての隣町珈琲を目指す平川克美さん。「撤退戦」を余儀なくされる現代の日本で、明日への希望をつなぐ取り組みを目指す二人が、その活動や考え、また将来の展望をたっぷり語り合われます。
隣町珈琲「タルマーリーデイ」特別トークイベント
渡邉格×平川克美「共有地に明日の菌(タネ)をまけ」〜「撤退戦」を生き延びるための「非私有」と「発酵」〜
日時:2022年6月18日(土)19:00〜(開場:18:30)
出演:渡邉格(タルマーリー・オーナーシェフ)、平川克美(隣町珈琲店主、文筆家)
場所:隣町珈琲
〒142-0053 東京都品川区中延3-8-7 サンハイツ中延B1(スキップロード内薬局「Tomod's」下)
[アクセス]
東急大井町線「中延」駅 徒歩3分
東急池上線「荏原中延」駅 徒歩5分
都営浅草線「中延」駅 徒歩4分
入場料:3000円
お申込み/お問い合わせ:
下記Peatixページから事前にお申込み、お支払いをお願いいたします。
https://peatix.com/event/3255376