第113回
『偶然の散歩』まえがきを公開します
2022.09.12更新
いよいよ9月15日(木)に、森田真生著『偶然の散歩』が書店先行発売となります。(公式発刊日は9月22日(木)です。)
本書は、森田さんが2017年から2022年にわたって、日経新聞の「プロムナード」などに寄稿したエッセイ全40篇を収録しています。
不確かな時代を、他者とともに生きる。その一瞬一瞬が詩のような言葉で刻みつけられています。
本日のミシマガでは、『偶然の散歩』の刊行を記念して、森田さんによるまえがき「散歩に行こうよ」を公開いたします。
散歩に行こうよ
おとーさん、おさんぽいこう!
仕事から早く戻ると、子どもたちが玄関に駆けてくる。
よし、行こう!
とすぐに答えることができるときもあれば、そうでないこともある。
子どもたちのあふれる体力に、ついていけないときもある。
それでも僕たちは、また散歩に出かける。
そのたびに新しい風景に出会う。
言葉が生まれる。
笑う。
走る。
転ぶ。
驚く。
見つける。
隠れる。
歩く速度でしか見えないものがある。
サクラの新芽にイモムシがやってくる。
岩かげにサワガニが隠れている。
ともに歩いてくれる人がいるからこそ、歩く速度を緩めることができる。
散歩のたびに、子どもたちは生まれ変わっていく。
自力では歩けなかった子が、よちよちと歩きはじめる。
山道を登る。
蝶を追う。
小さな手をつなげるようになったかと思えば、手を振り払ってスタスタと歩き出す。
言葉が増える。
背が伸びる。
知らない虫の名前を教えてくれるようになる。
同じ散歩は二度とない。
僕はこのことを、いつも
二〇一七年の夏から冬にかけて、日本経済新聞夕刊「プロムナード」の欄で、半年にわたってエッセイを連載していた。「promenade(プロムナード)」とは、「散歩、散策」を意味するフランス語である。週に一度、日々の「散歩」の記録を書き残していくように、言葉と向き合う半年間だった。
散歩は、子どもたちとの本当の散歩のときもあれば、先人や先達との、時空を超えた思索の散歩のこともあった。二度とない偶然の散歩を、心に刻みつけるように書いた。
本書第一章には、このときの連載のエッセイを、連載のときと同じ順序のまま収めている。
連載は当時一歳四カ月になろうとしていた長男との散歩から始まる。
当時の彼はまだ、「おさんぽいこう!」と言葉にすることもできない。
それでも全身にあふれ出すその情熱が、僕を何度も散歩に連れ出していくのだった。
連載が終わったあとも、偶然の日々は続く。
長男の入院。
次男の誕生。
パンデミックの襲来。
思いきりみんなで駆けることができた日もあれば、その場で立ち止まるしかない日々もあった。第二章にはそんな家族との日々をめぐるいくつかのエッセイを収めた。
第三章で散歩は、さらに人間以外のものへと、少しずつ開かれていく。
家族だけでなく、人間だけでもなく、散歩はあらゆる生き物との遭遇の場なのである。
本書に収められたエッセイを読み返していると、あらためてすべての散歩が一度きりだと感じる。親指と人差し指をピンと立て、「んん?」と不思議そうな声をあげていた一歳の長男の姿を、いまは記憶の彼方に、
おさんぽいこう!
という子どもたちの声を、遠い記憶として、思い出す日が来るのだろうか。忙しく、疲れていて、散歩どころではないときに、散歩の誘いを何度も断ってしまったことを、そのとき僕は悔やむのだろうか。
それでもたしかに、僕たちは散歩に出かけた。そして一度きりのすぐ近くにある、永遠をつかもうとして、僕は言葉を探し続けてきた。
本書に収められているのは、その
散歩に行こうよ。
そう呼びかけ合える相手と、一生にどれだけ出会えるだろうか。
目的もなく、行く先もなく、ただ一度きりの偶然を分かち合う。
それは本当に特別なことなのである。
本書を好きなところから、散歩するように、めくってみてほしい。
速度を緩め、行く先も忘れて、ただ一度きりの瞬間を歩いていくのだ。
道中、読者との偶然の出会いを、僕は心から楽しみにしている。
森田真生
刊行記念イベントを開催します
『偶然の散歩』の刊行を記念し、9月15日(木)に森田真生さんによるオンラインイベント「散歩に行こうよ」を開催いたします!
2022年9月15日(木)19:00~
「散歩に行こうよ 〜『偶然の散歩』刊行記念〜」
出演:森田真生
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決められた目標も行き先もなく、ただ偶然に身を任せて歩く。そうして目を開き、耳を澄まし、この世界を心に刻みたいのだ。
それは人生の寄り道ではなく、人生そのものである。この世で
p231「永遠の散歩」より
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森田さんは本書のエピローグでもある「永遠の散歩」でこう綴ります。
ここに辿り着くまでにいったいどんな過程、そして散歩があり、どのような思いで言葉を紡いでこられたのでしょうか。今回のイベントでは、そんな本書ができるまでのお話を、森田さんにたっぷりしていただく予定です。
またこの日は、「散歩」を軸にした、新たな学びのコミュニティの提案も森田さんからある予定です!
皆さんとの偶然の出会い、新たなご縁を、心より楽しみにしています。
ミシマ社から出ている森田真生さんの本
これまでにミシマ社からは森田さんの本が2点刊行されています。
森田さんの思索とプロジェクトについて、じっくりと味わえる作品です。ぜひ、あわせてお手にとってみてください。
『数学の贈り物』
2019年に刊行となった、森田さん初の随筆集。
いま(present)、この儚さとこの豊かさ。
独立研究者として、子の親として、一人の人間として、ひとつの生命体が渾身で放った、清冽なる19篇。
「目の前の何気ない事物を、あることもないこともできた偶然として発見するとき、人は驚きとともに「ありがたい」と感じる。「いま(present)」が、あるがままで「贈り物(present)」だと実感するのは、このような瞬間である。」――本書より
『みんなのミシマガジン×森田真生0号』
2016年に生まれた、森田さんとミシマ社による「実験」の結晶。
森田真生著作の本でもなく、通常の雑誌の範疇にも収まらない。そんな新種の読み物です!
学ぶ喜びを体感する一冊。数学、そして学問への新たな入り口がここに!
森田さんによるエッセイをはじめ、小田嶋隆さん、榎本俊二さん、立川吉笑さん、池上高志さんによる寄稿&インタビューを収録。