第125回
歴史的王将戦のおともに『透明の棋士』と『等身の棋士』を!
2023.01.15更新
2023年1月8日、羽生善治九段と藤井聡太王将の初めてのタイトル戦が始まりました。
・・・と書いている私(編集ホシノ)は、将棋に詳しいわけではないのですが、北野新太さんの著書『透明の棋士』と『等身の棋士』の編集を担当した身としては、他人事ではなく、ソワソワしていて、テレビでお二人が盤をはさんでいる様子を見るだけで、なんともいえない高揚感を味わっています。
将棋を知っている方には言わずもがなだと思うのですが、現時点ではまだピンときていないみなさまとも、これから続く王将戦七番勝負の高揚を共有したく、僭越ながら、先述の2冊をご紹介しつつ、今回の対戦がいかに奇跡的かということをお伝えすることを試みたいと思います。
将棋の歴史を知ると、今が違って見える
将棋は、スポーツに比べて、プロとして活躍されている方々の年齢層の幅が広く、現役で活躍される期間も長く、それゆえに、5年前、10年前、20年前・・・の棋士たちの活躍や、繰り広げられてきた熱戦を知ると、ものすごくたくさんの文脈が交差して立体的になっている「今」が見えてきます。
2017年12月、『等身の棋士』が発売になったときに、ミシマガ(旧サイト)に掲載した著者インタビューで、北野さんはそのことを「モーツァルトのライブを最前列で見ているようなもの」とお話しくださいました。少し長くなりますが、以下に再掲したいと思います。
北野:本書の中で、羽生善治さんが目の前で汗をかいている、という話も書きましたけど、これ、考えてみるとものすごいことなんです。30年も前にトップに立った人が未だ戦っていて、永世七冠をかけるような真剣勝負の場にいることのすごさがあって、で、自分がその場に居合わせる幸福みたいなものがものすごくあるんです。
モーツァルトがそのへんのライブハウスかなんかのコンサートをしていて「これが僕の新しい曲です」って言ってメロディーを奏でているのを最前列で見ているようなものなんですよ。また大げさな、と言われると思うんですけど、意外と大げさすぎることもないとも思っていて。
将棋の今のルールや制度みたいなものが原型的に始まったのが400年くらいなんです。モーツァルトが生きていたのは200何十年か前ですよね。将棋の400年間の歴史の中で、羽生さんくらいに、その時代において屹立した人、長きにわたって活躍した人、後生に影響を与えた人っておそらくいないんです。
そういう人がまだ現役でいて、それを目の前で見られるってことはモーツァルトの新曲を聴くようなものなんですよね。で、この曲にどんな気持ちを込めたのか、とかを尋ねることができてしまう。たぶん羽生さんならば、丁寧に語ってくれる。だから書ける。書けば「へえ、羽生さんはそんなことを考えていたのか」って興味を持って読む人もいるはずで。その、ものすごさのようなものが伝わればいいなと思います。
――皆さんに知ってほしいですよね。今すごいことが起きているって。
北野:起きてるんです。特に2017年は、加藤九段がいて、藤井四段がいて、羽生さんがまだトップでいてっていうことが奇跡的に重なった、輝ける時なんですよね。
それこそ、本書にも書いたことですけど、マリリン・モンローとジョー・ディマジオが結婚して離婚した1953年に加藤先生は学ランを着て実戦を指しているんです。その人が64年後の今年、まだ現役で、目の前にいる若い棋士を「俺のほうが強いんだ」と倒そうとしていて、その数日前には、14歳の藤井さんが新記録を懸けて戦っている、という、これを歴史と言わずしてなんと言おうか、なんですよね。
『等身の棋士』が発刊されてから時を経ること5年・・・その羽生さんが、その藤井さんを相手にタイトル戦に挑んでいるというのは、もう本当に「今すごいことが起きている」んです!
タイトル戦の重み
将棋の8つのタイトル戦(竜王戦、名人戦、王位戦、叡王戦、王座戦、棋王戦、王将戦、棋聖戦)は、その舞台にあがる権利を勝ち取るために、ほぼ1年をかけて予選や本選などが行われていて、群雄割拠の棋士たちのなかで、たった一人しか挑戦権を得ることができません。
そのため、実力があっても、なかなかタイトルを取ることができないことは普通ですし、今回の羽生善治九段と藤井聡太王将のように、伝説的な棋士が同時代に生きていたとしても、その二人がタイトル戦で顔を合わせることが、必ずしも叶うわけではありません。
そして、タイトル戦は、七番勝負や五番勝負で、同じ顔合わせで複数回戦うため、より深く相手と対峙することになります。
北野さんは、『透明の棋士』のなかで、タイトル戦について、下記のように書かれています。
タイトル戦とは、ひとつの祭である。当然、戦う者にとっては大勝負なのだが、観る者にとっては慶賀すべき非日常に他ならない。始まる前は楽しみだし、始まれば心を動かされるし、終わってしまえば淋しい。
番勝負を追えば、約二カ月間は心の片隅に高揚が息づく。好カードや白熱のシリーズならばなおのことだ。そして、素晴らしい勝負であればあるほど、閉幕後の喪失感は大きい。
――『透明の棋士』p69。ここでは、2013年の秋、羽生善治王座(当時)と、初タイトルに挑む中村太地六段(当時)によって戦われ、羽生王座が同一タイトル獲得二十一期の歴代最多記録を樹立した第61期王座戦について綴られています。
棋士たちの人柄を知る
今回の王将戦について、いろんな方たちが「どちらにも勝ってほしい・・・」と苦悶(歓喜?)の表情を浮かべて語るのをよく見かけて、将棋の勝負を象徴するコメントだなと感じます。
普通、勝負事となると、どちらかに肩入れして応援するのを楽しむことが多いと思うのですが、将棋の場合、戦いでありながら、その戦っている二人が一緒に作品をつくっているような感じもあり、創作の現場にたくさんの人が立ち会っているような、一種独特なイベントだと思います。
そして、仮に将棋のルールをほとんど知らなかったとしても(!)、棋士の方々のお人柄を知ると、そのイベントを自分なりに楽しむことができます。
ちなみに私は、駒の動かし方や基本的なルールは知っているけれど、戦術などについてはほぼまったくわからないというレベルなのですが、北野さんの本を担当して以来、テレビや新聞、ネットで知っている棋士の方のお名前を見かけると、前のめりにチェックする習慣がつきました。
『透明の棋士』と『等身の棋士』は、北野さんが本のタイトルに込められたように、たくさんの棋士たちの透明で等身な人柄が、強烈に伝わってくる本ですので、将棋に詳しくない方にも、いや詳しくない方にこそ、ぜひ手に取ってみていただきたいと思います。
羽生善治九段については、両方の本で、藤井聡太王将については『等身の棋士』で、そのお人柄が、インタビューやエピソードを通してたくさん綴られています。
最後に、5~6年前の時点で、羽生さんと藤井さんがお互いに対してコメントしている箇所を引用して、終わりたいと思います。
【藤井さんの言葉】
羽生先生は僕が生まれるずっと前から棋士であられてすごいと思いますし、対戦したい思いは強いです。(『等身の棋士』p21)
十年後は二十四歳ですから実力としてはピークにいる時だと思います。羽生先生も二十五歳で七冠を達成されていらっしゃいますし。どれくらい強くなっているのか、どのような景色が見えているのか・・・強くならなきゃいけないと思います。(『等身の棋士』p50)
【羽生さんの言葉】
今まで中学生で棋士になった人は五人いますけど、さすがに十四、五歳の時だと、詰みはすぐ見えるけど序盤は苦手、というように、ここはすごく強いけど、ここはまだ弱点、ここは粗削り、という部分が必ずあります。(略)でも、彼の場合は現時点で足りない部分、粗削りな部分が全く見えません。あの年齢でそのような将棋を指していることは驚くべきことだと思います。(『等身の棋士』p55)
もちろん、次の世代が出てくることによる大変さはありますけど、全くそのような人が出てこない世界には活気がありませんから。だから非常に良かったと思っています。(『等身の棋士』p67)
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