第126回
『小さき者たちの』いよいよ発刊!!
2023.01.19更新
明日1月20日(金)、『小さき者たちの』が発刊日を迎えます!
2017年刊の『うしろめたさの人類学』と2021年刊の『くらしのアナキズム』では、エチオピアでの長年のフィールドワークをもとに、私たちが前提としている考え方の枠組みを外して、日常の暮らしを通して社会を変えていく可能性について綴られた、松村圭一郎さん。
『小さき者たちの』では、初めて、生まれ育った故郷である熊本をテーマに執筆されました。「はじめに」で、松村さんは本書での試みの意図を、下記のように綴られています。
はじめに
大きくて強くて多いほうがいい。そう教えられてきた。人口の少ない田舎町よりも、大都会のほうが便利で進んでいる。就職するなら、大企業がいい。小さい店よりも、大きな店。売上や収入は多ければ多いほどいい。そうやって、「大きさ」や「多さ」を称える価値観に知らないうちにさらされてきた。
どんなに偉い人でも、有名な人でも、ひとりでは生きていけないし、いつかはかならず死を迎える。一人ひとりは、みんなちっぽけな存在だ。その人間の小ささや弱さから目を背けるために、大きくて強いものにすがろうとしてきたのかもしれない。
歴史の教科書に出てくるのも、英雄や偉人たちばかりだ。皇帝とか、国王とか、将軍とか。でも、そんな歴史に名を残した人たちだけでこの世界を動かしてきたのだろうか。彼らの住むところや着るもの、食べるものは、いったいだれがつくったのか。その「偉業」を可能にし、生活を支えたのはどこのだれなのか。
いまこの瞬間も世界を支え、動かしているのは、教科書には載らない、名もなき小さな人びとの営みなのではないか。文化人類学を学び、エチオピアの農村に通いながら、ずっとそんな思いを抱いてきた。
エチオピアの村で出会ったアッバ・オリとその家族のもとに二十年ほど通ってきた。彼らの歩んできた歴史を学び、生活をともにするなかで、その小さな営みのなかに世界のさまざまな動きが映しだされていると気づかされた。
コーヒーを栽培している彼らの生活は、世界の主要生産地の収量に大きく左右されている。ブラジルで大豊作となれば、コーヒーの市場価格は暴落し、エチオピアの村人の収入は激減する。中東湾岸諸国でアフリカからの外国人労働者の受け入れがはじまると、村の女性たちが一斉に家政婦として出稼ぎに行くようになった。
世界市場とか、外交関係、国際情勢などがエチオピアの片隅の小さな暮らしと直結している。その小さな営みの現場をとおしてしか、その大きな動きがもたらした変化のリアリティをつかむことはできないのではないか。そう心にとめながら、人類学のフィールドワークをつづけてきた。
小さき者たちの生活は、この世界がどういう姿をしているのか、それを映しだす鏡である。人間は、これまでどんな暮らしを営んできたのか。そこに世界の動きがいかに映しだされているのか。
本書では、私が生まれ育った九州・熊本でふつうの人びとが経験してきた歴史を掘り下げようとした。とくに私が地元でありながらも目を背けてきた水俣に関するテキストを中心に読みこみ、自分がどんな土地で生をうけたのか、学ぼうとした。そこには日本という近代国家が民の暮らしに何をもたらしたのか、はっきりと刻まれていた。
小さき者たちの暮らしをたどる。そこから、この世界を考える。
この試みが、さまざまな土地で営まれている小さき者たちの生活のリアリティと結びつくことを祈りつつ。
働くことの意味、自然への接し方、責任をとるという言葉の中身、貧富の格差・・・今、社会はなぜこのようになっているのか。
「近代」とくくるとぼんやりしてしまうものが、水俣や天草、須恵村に生きた人々の、ときに生々しく、ときに活き活きとした言葉を通すと、鮮明に伝わってきます。
この記事を書いている編集ホシノは、本書の元となったウェブ連載「小さき者たちの生活誌」の編集を担当していたとき、毎月、松村さんから原稿が届くたび、鈍く体に響いてくるようなインパクトを感じていました。今回それが一冊になり、通して読んだとき、そのインパクトは同じなのですが、それと同時に、連載のときには気づいていなかった、静かな明るさを感じました。
ぜひ、みなさまにお手に取っていただけたらと思います。
そして、松村さんは「おわりに」で、本書は「最初の一歩」だと書かれています。
その言葉のとおり、本書をめぐって交わされる対話もまた、その続きをつくる営みになると考え、発刊を記念して4つの対談イベントを企画しました。
それぞれのイベントが、本書に別の角度から深める内容になると思いますので、こちらもぜひ、奮ってご参加ください。
(※すべて、リアルとオンラインの同時開催で、オンライン参加の場合は開催後1カ月、アーカイブを視聴いただけます)
①1/27(金)松村圭一郎×辻山良雄「『小さき者たち』を生きる ~エチオピア、熊本、そして『私たち』~」@東京・Title
②1/28(土)松村圭一郎×藤原辰史「私たちとは誰か?〜人と植物の小さき声を聴く〜」@京都・恵文社 一乗寺店
③2/13(月)松村圭一郎×齋藤陽道「小さきいのちを、生きるよろこび ~100年前の熊本、今の熊本~」@天草・本屋と活版印刷所
④2/14(火)松村圭一郎×村瀨孝生「バラバラのまま一緒に生きる」@福岡・ブックスキューブリック箱崎店